第4話 天国と地獄
「♪~~~」
瑞樹はまたスマホに映し出されているさっき撮った集合写真を、鼻歌交じりに眺めながら駅まで歩いていた。
「お~い、こんな所でながらスマホしてっと誰かにぶつかるぞ。つか、スゲーご機嫌だな。」
「おっと!そうだね。えへへ!それはそうだよ。今日は本当に嬉しい一日だったもん。沙織達と色々話せたし、それに岸田君にまた会えたんだよ?鼻歌くらい普通でしょ!」
指摘されたスマホを鞄にしまって、ニッコリと白い歯を見せた。
そんな笑顔をした原因に自分と会えた事だと言われて、思わず赤面してしまったが、辺りがもう暗くなっていて助かったと安堵した。
「そっか・・・まぁ、喜んでもたえたなら特急まで使って参加した甲斐があったよ。」
「そうだよ!名古屋から来てくれたんだもんね。これからまた特急で帰るの?」
「いや、流石にこの時間からだと途中電車が無くなってしまうから、今晩は元クラスメイトだった幼馴染の家に泊めてもらう事になってるんだ。」
「そうなんだ。その人って同中の男子だよね?てことはA駅まで一緒に帰れるね。」
そう言う瑞樹の足取りは益々軽くなり、軽く飛べるんじゃないかと思える程、軽快なステップを踏んでいるように見えた。
その後ろ姿は都会のネオンに美しく映し出され、まるで無邪気な天使が舞うように見える。
その姿を眩しそうに見つめる岸田は、何故か彼女が遠くへ行ってしまったかのような錯覚を覚えずにはいられなかった。
瑞樹が眩しく輝けば輝く程、瑞樹の隣にまだ見ぬ男の影が岸田には見える。
やはり、その男が瑞樹の殻をここまで壊してきたのだと確信して、胸がチクリと痛んだ。
A駅までの切符を買って改札をくぐり、2人並んでホームへ向かう。
さすが都心部と言うべきか、かなり遅い時間にも関わらずまるで昼間のような、大勢の人間が駅構内を行き交っている。
中学の時は友達同士で都心部へ出かけた事がなかった為、岸田は周りをキョロキョロと見渡しながら歩いていると、瑞樹は涼しい顔で目的のホームへ流れるように進んでいく。
流石は、東京の現役JKだ。都心部だろうとまるで田舎の商店街を歩くように進んでいく。
「あれ?どこいった?」
キョロキョロとしすぎてしまたったのか、いつの間にか案内する為に岸田より少し前を歩いていた瑞樹の姿が見当たらなくなってしまった。
岸田は少し速足に歩いてきた方向に歩を進めた。
「な!なにしてんの?これから俺らと遊びに行こうぜ!」
「は?見ての通りこれから帰るとこなんだけど。だから他当たってよ。じゃね。」
岸田と逸れて早々に、いかにもチャラそうな2人組に声をかけられて、初めて岸田が側にいない事に気が付いた。
瑞樹はうんざりといった様子で、ナンパ男を振り切ろうとしたが、瑞樹を狙ったナンパは大概簡単に諦める奴はいなくて、この2人も例に漏れずしつこく粘りだした。
「いいじゃん!電車なら心配ないって!俺ら余裕で朝まで付き合うからさ!いい店知ってんだよ!いこうぜ、な!」
ナンパ男は瑞樹が逃げないように乱暴に手首を掴んだ。
「ちょ!何触ってんのよ!離してよ!」
捕まれた手を振り払おうとしたが、男の力に勝てるはずもなく振り払えない。
捕まれた手首を強引に引かれて、痛みに顔を歪ませる。
「ここじゃなんだし、ちょっとそこの通路で話そうや!」
「ふざけんな!離してよ!!」
瑞樹の声が多きくなり、大勢が行き来きする通路で雑音が響く場所だったが、流石にこの瑞樹の声は周りの通行人にも聞こえたようで、数人が立ち止まった。
周囲の反応に気が付いたナンパ男達は、さらに強引に急いで通路へ連れて行こうとする。
だが、通行人は異変には気が付いたが、特に何もする気配がない。
こんな反応は東京では珍しい事ではないのだが、瑞樹にはその光景が悲しく映った。
ナンパ男2人と瑞樹が通路の入口へ入ろうとした時、
通路の入口を塞ぐように男達の前に足が伸びた。
「あ!?なんのつもりだ!?」
ナンパ男が足を伸ばして邪魔をしてきた男を睨みつける。
「悪いな、兄ちゃん!その子俺の身内なんだわ。」
邪魔をしてきた男がナンパ男に不敵な笑みを浮かべて、男達にそう告げた。
「松崎さん・・・」
無理矢理ここまで連れてこられた瑞樹が、男達が立ち止まり引っ張られる力が無くなりようやく顔を上げて、立ち塞がる人物にそう呟いた。
「よぅ!神クラスのJKはこんな馬鹿共に絡まれまくるから大変だな!ハハハ!」
「そうなんですよね・・・松崎さんもツイてないですね!こんな場面に遭遇してばかりで。」
「あ、愛菜ちゃんから聞いた?ハハ・・・ガラじゃないんだけどな・・・」
こんな場面なのに、余りにも緊張感がない普段の調子で松崎が話すから、瑞樹も松崎を揶揄うような口調でクスクスと笑いながら話した。
「お~い!何2人の空気作っちゃってんですか?俺ら無視とかナメてんの?あ!?」
まるでナンパ男なんて、この場にいないような空気で話している事に腹を立てた男が松崎に食って掛かった。
男達に詰め寄られた松崎は、溜息をついて視線を瑞樹から外す。
「はぁ・・・あのさ、折角逃げても追いかけないって空気作ってやってんだから、さっさと逃げちまえっての!」
松崎の挑発するような口ぶりに、男達の目つきが更に鋭くなり腕が松崎の襟元へ伸びだした時、松崎の体が一瞬スッと消えたように男達に詰め寄った。
「な?」
いきなり目の前に現れた松崎に男が驚いて、思わず声が漏れる。
だが、そんな反応を無視して詰め寄った松崎は2人の蟀谷を両手でそれぞれ鷲掴みにした。
その行動に男達が対処を始める前に間髪いれずに、鷲掴みにした手に力を一気に込めた。
「だっ!!い、いって!!痛てえって!は、離せよ!」
「グアッ!!ちょっ、ま、待てって・・・」
「痛みを与えてるんだから、痛くて当然じゃん!馬鹿なの?」
男達の訴えに呆れながら、更に力を込めると痛みに耐えられなくなった2人は、とうとう両膝を地面に着いて、松崎の手を引き剥がそうと掴みかかってきた。
だが、松崎の力はそんなチャラい男の力では剥がす事が出来ずに声を荒げる事しか出来ずにいた。
そして痛みに抵抗を諦めた男の一人が、苦しそうに声を絞りだして話し出した。
「わ、わかった・・・悪かったよ・・・勘弁して・・・くれ・・・」
その言葉を聞き終えると、松崎は込めていた力を抜いて手を離した。
ようやく痛みから解放された男達は両手で顔を覆うようにして蹲る。
「ほら!今日はこれで勘弁してやるから、とっとと消えろ!」
松崎が蹲る2人の上から格の違いを見せつけるように、男達にそう言い捨てた。
言われるまでもないと言わんばかりに、2人は俯いたまま立ち上がり踵を返して、そそくさとその場から走り去って行った。
「ありがとうございました。助かりました。」
瑞樹が立ち去る男達の姿が完全に見えなくなったところで、両手を足の付け根辺りで組み、頭を下げて礼を言った。
「いや、別にたまたま遭遇しただけだしな。気にしなくていいよ。」
松崎はそう言って両手をズボンのポケットに突っ込んだ瞬間、胸蔵に圧力を感じて、気が付くと壁に押し付けられていた。
「おい!彼女になにしてんだ!!」
松崎の胸倉を掴んでいる人物が、剣幕にそう怒鳴る。
その一瞬の出来事に思考が追い付いていなかった瑞樹が、慌てて松崎を壁に押し付けている男の腕を握って引き離そうとしながら口を開いた。
「岸田君!違うの!この人は、私を強引なナンパから助けてくれた人なの!!」
「え!?」
怒りで顔を真っ赤にした岸田が、瑞樹の説明を受けて込めていた両腕の力を抜いて、胸倉を掴んでいた手を解いた。
「す、すみません!!お、俺てっきり・・・本当にすみません!!」
岸田は青ざめた顔色で、全力の勢いで頭を深く下げて謝罪した。
「いや、傍から見てたらそんな風に見えても仕方がないと思うしな。だから気にしなくていいよ。」
「私からも、本当にごめんなさい!」
頭を下げる岸田の横に立ち、瑞樹も一緒に松崎に頭を下げた。
「だから、気にすんなって。でも・・・」
苦笑いをしながら2人にそう促した後、顔を上げた岸田の肩にポンっと手を置いて話を続けた。
「瑞樹ちゃんみたいな子を連れて歩く時は、目を離さないようにな!少し一人になっただけでこれなんだから!何せ彼女チョロいからさ!」
「な、何言ってるんですか!私はチョロくなんてないですからね!」
岸田に悪戯っぽく笑みを浮かべてそう言うと、瑞樹が激しく抗議してきた。
「もしかして、2人は知り合いなんですか?」
見た感じ2人は相当年の差があるように見える。
だが、そんな雰囲気をあまり感じなかった岸田は、不思議そうにそう質問した。
「あ、紹介してなかったね。えと、この人は知り合いの松崎さんて言うの。そして、こっちが同中だった岸田君です。」
瑞樹は2人の間に入りお互いを紹介した。
「あれ?俺って瑞樹ちゃんの知り合いなん?俺的には友達だって思ってたんだけどな。」
「え?あ、ごめんなさい・・・私みたいな子供に気安く友達なんて紹介されたら気分悪くするんじゃないかなって思って・・・」
「そんな事ないって!俺は間宮に深く関わる人間は皆友達だと思ってるしな!」
「私もそう思ってますよ!じゃ、改めて友人の松崎さんです!」
「はい!友達の松崎君で~~~す!」
改めて松崎を紹介し直した瑞樹を見て、妙なポーズで茶目っ気たっぷりのリアクションをとったのだが、2人の目は凍るように冷たかった。
「え?なに?そんな冷たい目で見るなよ・・・・泣きたくなるからさ・・・」
あはははは!
オロオロする松崎を見て、瑞樹と岸田は思わず吹き出して笑った。
そんな2人を見て空気が戻った事を確認した松崎は、乱れたワイシャツを整え曲がったネクタイを締め直しクスっと笑って話しだした。
「そんじゃこれ以上邪魔したら悪いから、俺は帰るけど2人共気を付けて帰るんだぞ。」
そう言って松崎は岸田の肩をまたポンと叩いて歩き出した。
「あ、はい!助けてくれてありがとうございました!おやすみなさい。」
瑞樹は改めて助けてくれた礼を言うと、松崎は2人に背を向けたまま手を軽く上げてその場を立ち去って行った。
「松崎さんって格好良い人だよな。」
そんな松崎の背中を見つめながら、岸田は憧れの目を向けていた。
「そうだね!私もそう思うよ。」
立ち去る背中が大きく見える。
そんな男に岸田が憧れるのは当然なのかもしれない。
そして、その人を気になっている加藤の気持ちも理解出来ると瑞樹はそう思った。
「さて!それじゃ帰るか!今度は絶対に逸れないからさ!」
岸田がそう言いだして瑞樹はクスクスと笑い目的のホームへ歩き出した。
電車に乗り込んで、何度か乗り継ぎ最後に乗り慣れた電車に乗り込んで、後はA駅に到着するだけになった。
車内は適度な込み具合で、所々1人分のスペースが空いていて、岸田は瑞樹に座るように勧めたが、一人で座るのも気が引けると断わりドア付近で立っている事にした。
「そういえば、明日って何時くらいに名古屋に帰るの?」
「ん?あぁ、折角こっちに来たからついでってのは変かもだけど・・・って、あっ!!そうだ!瑞樹さんって明日何か予定ってある?」
「え?明日?ううん、明日はいつも通り勉強してるくらいしかないけど?」
瑞樹が明日の予定の事にそう答えると、岸田は得意げな顔で話を続けた。
「じゃさ!俺、明日コーチに挨拶に行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」
「挨拶?ってどこに挨拶に行くの?」
「K大!!」
「え?」
岸田は以前からスポーツ推薦を受けていたK大に挨拶に伺おうとしていた。
だが、名古屋からだとかなりの距離だった為、中々伺う機会がなかったらしい。それで今日のクラス会の事をコーチに電話で話すと、明日時間を空けておくから顔を出せと言われていたのだ。
「だからさ!事前にどんな大学なのか見ておくのもいいんじゃないかって思ってさ!」
「まぁ、そうかもだけど・・・でも勝手に入っていいのかな・・・私まだ受かったわけじゃないんだし・・・」
突然の提案に瑞樹は少し困惑していた。
「大丈夫だよ!心配なら明日朝一で大学に確認とっておくし!それに・・・」
「それに?」
ここで言葉を切った岸田は首を傾げながらそう尋ねる瑞樹に、本当に言おうとしていた事を引っ込めて、当たり障りない言葉を口にした。
「そ、それに、目指してる大学を事前に見て回ったりすると、受験へのモチベーションが上がると思うんだよね!」
確かに一理あると右手の指を顎に当てて、そう考えていると電車は瑞樹が通っているゼミがあるO駅に到着した。
ドアが開き、結構な乗客がこの駅で降りて行った。
瑞樹達が立っている並びにある席がかなり空いた為、岸田が座ろうと声をかけてきたから、とりあえず考え事を一時中断して一番近いシートに座ろうと上体を少し屈めた時、窓から上り線のホームが見えた。
そのホームの風景は特に代わり映えのしない、いつものホームだったのだが、瑞樹の視線はそのホームで電車を待っている、スーツ姿でその上に黒のロングコートを羽織った男性に止まった。
間宮さん・・・
瑞樹はまだ帰宅する会社員が多くいる上りホームの中で、間宮の姿を見つけたのだ。
何故か懐かしさを感じた。そういえば、駅前の本屋で逃げるように間宮の前から立ち去った日以来、初めて姿を見かけた。
とはいえ、まだその日から一週間程しか経過していないのに、瑞樹にはまるで一年ぶりに会ったような気持ちになっていた。
しかし、その後、違和感を感じて腕時計に視線を落とすと、時刻は午後8時20分を指していた。
そろそろ帰宅する時間のはずだ。
だが、帰宅するなら瑞樹達が乗っている下り線の電車に乗るはずが、何故か上り線のホームに立っている事が瑞樹には腑に落ちなかったのだ。
もしかしたら、何かあって顧客に呼び出されたのかもしれないと考えたが、瑞樹は取り留めのない不安を感じた。
そんな不安を抱えながら、上体を屈ませたまま間宮を目で追っていると、間宮の顔が誰かに呼ばれたかのように向きを変えた。
その間宮の視線の先を追っていくと、薄いグレーのダウンジャケットに赤いチェックのロングスカートが目を引く女性に行き当たった。
その女性はニット帽を被りメガネをかけていたせいで顔がよく見えない。
やがてその女性は間宮の元に到着すると、缶コーヒーのような物を手渡して、何やら話しかけている。間宮もその女性の話しかけに応じているように見えた。
その女性はとても楽しそうに話していて、間宮の目をずっと見つめていた。
何だかその2人の雰囲気がまるで恋人同士に瑞樹には見えた。
間宮達から視線を外せない。まるで金縛りにでもあったかのように、体が固まって動かない。
何か隣で自分を呼んでいる気がしたが、今は対応する気が起きない。
瑞樹と間宮達の間に、もうすぐ上り線の電車が入ってくるとアナウンスが聞こえた。
そのアナウンスに気が付いた瑞樹は無意識にシートから身を乗り出して、まるで子供が初めて電車に乗って窓からの景色を眺めているような態勢になった。
流石の岸田もそんな瑞樹に唖然としていたが、当人の意識は全て間宮達に向けられていて、全く気にする様子はない。
そこで瑞樹は、初めて間宮の隣にいる女性に見覚えがある事に気が付いた。
瑞樹の記憶にある人物と、間宮の隣にいる女性の姿を重ねるイメージで見つめてみると、見事にその姿が一致した。
あの女性って・・・・神楽優希?・・・・・うそ・・・
瑞樹の記憶の人物とは、先日世間を騒がせた画像に写っていた人物、神楽優希だった。
体型と横から見た立ち姿、そして何よりその時着ていた同じダウンジャケットが綺麗に重なったのだ。
間宮と一緒にいる女性が神楽優希と知った瑞樹の心境はかなり穏やかではなかった。
勿論、好きな相手の隣に自分以外の女性がいる時点で、誰であろうと面白くないのだが、その相手が神楽優希だとその黒い感情の大きさは計り知れない。
その原因は、勿論、相手が超美人の有名人だと言うのもあるが、一番の原因は神楽優希が行ったあのクリスマスライブでのMCだ。
あの時は加藤とカッコいいなんて呑気に話してたが、まさかあの時話していた内容が例え話ではなく、間宮の事を話していたなんて夢にも思わなかった。
ショックだった・・・・確かに自分の気持ちを伝えたわけではないし、勿論付き合っている訳でもない。それどころかこの前から微妙な空気を作ってしまってはいた。
でも、心のどこかで間宮は自分の事を気にかけていると思い込んでいた。
以前にも似たような感情を抱いた事がある。
その相手は藤崎だった。
でも、間宮は誰にでも優しく接する人で、でも、自分には特別な優しさを向けてくれていると思っていた。
だから、心が折れる事なく笑っていられた。
とんだ勘違いだった。勝手な思い込みだった。
いや、単なる願望だったと言ってもいい。
祭りの時、間宮の部屋で2人きりの時、泣いている自分を優しく抱きしめてくれた。優しく頭を撫でてくれた。
ガラの悪い連中から守ってくれた。
文化祭の時、平田達から裏で体を張って私を、私の過去を守ってくれた。
でも、その行動はほっとけない妹を助ける感覚だったのかもしれない・・・
何を舞い上がっていたのか・・・少し考えれば分かる事だった。
間宮は色々な経験をしてきた立派な大人の男だ。
それに引き換え、自分は少し昔に嫌な事があって、その事を何年も引きずってきたような弱い子供なのだ。
そんな子供に対して恋愛感情など持ってくれるはずがない。
ただ、間宮が底なしに優しいだけだったのだ・・・・
惨めだ・・・こんな事になってから改めて思い知らされる・・・
自分がどれだけ間宮の事を好きだったかとゆう事に・・・
不思議だ・・・・
間宮の事を諦めなければいけない時が来てしまったら、周りの事なんて気にせずに大泣きするものだと思っていた。
でも、現実は涙が一滴も出ない。ただ、体が鉛の様に重く感じるだけだ。
多分、まだ現実を受け入れられないのだと思う。
違う、受け入れたくないのだ。
諦めの悪い子供でごめんなさい。
瑞樹の目が虚ろになるその視界の端に、上りの電車が見え始めた。
落胆している瑞樹は、電車が近づくにつれて視線を間宮達から外して俯く。
瑞樹と間宮の間に完全に電車が割り込む直前、間宮は停車している下り線の電車に視線を移した。
だが、俯いた瑞樹はその事を知る事はなかった。
やがて上り線の電車が完全にホームで間宮と瑞樹の間に割り込んで停車した。
その直後、瑞樹達を乗せた下り線の電車が静かに走り出す。




