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29  作者: 葵 しずく
第5章 それぞれの想い
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第3話 突然の再会

 立ち上がった瑞樹が、突然真鍋と部屋に入ってきた男子を岸田と呼んだ瞬間、室内が一瞬静まり返った。

 そんな静まり返った空間で、一人の女子が恐る恐る指を刺しながら、立ち尽くす男子に話しかける。

「え?岸田君って・・・あの転校した岸田・・・君?」

「え?あ、うん・・・そうだけど・・・」

 そのやり取りを聞いていた全員が目を丸くして、その直後どよめきが起こった。

「えぇ!?あの岸田君!?ほんとに!?」

「うっそ!マジかよ!てか、あんな感じの奴だったっけ!?」

 そんな感じの言葉が一斉に岸田に向けてシャワーのように降り注がれた。

 当人の岸田は頬を人差し指でポリポリと掻いて、照れ臭そうに苦笑いを浮かべている。

 そんな岸田を離れた場所にある中央テーブル席から、瑞樹は目を見開きながらジッと見つめていた。

「ね!驚いた?」

 立ち尽くす瑞樹に横からそう声がかかり、声をかけられた方に顔だけ向けると、ニヤリと笑みを浮かべた眞鍋が立っていた。

「うん・・・凄く驚いた。でも・・・何で?岸田君は転校していったんだよ・・・」

「そうだよ!探し出すの苦労したんだからね!」

 眞鍋は瑞樹に冗談っぽくそう話すと、いつの間にか真鍋と共に今回のクラス会の幹事をしていた2人が、瑞樹と眞鍋の周りに集まって腕を組みながらうんうん!と頷いている。

 そんな2人を横目で見ながらクスッと笑った眞鍋は、瑞樹に説明を求められる前に、詳細を話し出した。

 瑞樹の自宅に謝りに行った帰り道、今回のクラス会の企画を思いついた。

 1人1人に平田が謝罪に回った事で、クラス全員が瑞樹に謝りたいと聞かされていた事もあり、年末のクラス会は延期の流れになっていたのだが、その企画を引き戻す事に決めた。

 だが、それだけだと何か物足りない・・・何か瑞樹にサプライズを用意出来ないかと思案している時に、当時、唯一瑞樹の味方をした男子の顔が思い浮かんだ。

 その男子をクラス会に招待出来れば、あの時唯一の心の支えであった存在が目の前に現れれば、瑞樹にとって間違いなくこれ以上ないサプライズになる!そう考えた眞鍋の目は本気だった。

 早速、自室で岸田を招待する為の問題点を洗い出し始めた。

 その直後に気付く。問題だらけだった事に・・・・

 まず、どこに転校とゆうか、どこに引っ越したのか分からない。

 勿論、番号が当時から変わっていなければ瑞樹は知っているかもしれないが、クラス全員岸田の連絡先を知らない。

 他にも色々と問題はあるが、この2点だけですでに詰んでいるようなものだった。

 しかしこのサプライズは是非とも実現させたい!

 他の幹事に相談して、岸田捜索作戦を実行に移す事にした眞鍋達は、まず母校である中学校へ出向き、当時担任をしていた先生に岸田の引っ越し先、若しくは転校先を問い合わせに行ったのだが、個人情報だからと断られた。

 事情を説明して粘ってみたが結果は変わらなかった。

 次の作戦は、岸田がいたクラスメイト達を卒業アルバムを頼りに連絡、又は直接会いに行って、岸田の転校先を聞き出す作戦を決行した。


 当時、平田の圧力で学年全員が瑞樹を無視する空気になっていた時に、唯一岸田だけが、その圧力に逆らい瑞樹に近づいたのだ。同然、岸田も孤立していた事は容易に想像出来たのだが、それでも一人くらいは表立っては関わっていなくても、学校外で繋がっていた生徒がいたかもしれない。

 そんな可能性が低い事に縋る事しかもう方法を思いつかなかった眞鍋達は、必死に全員調べ潰しにかかる。

 そして残り三人となったところで奇跡はおきた。

 孤立していた岸田とバレないように繋がりを持っていた男子がいたのだ。

 その男子と岸田とは幼馴染だったらしく、表立っては関わっていなかったが、学校外でよく会ったりしていたらしい。

 だから、当時の岸田の状況や気持ちをよく理解している人物でもあった。

 その幼馴染は黒田と名乗った。

 その黒田に真鍋達は藁にも縋る思いで、現在の岸田の居所を聞いた。

 初めは平田達の事を懸念していて警戒していたようだったが、詳しく事情を説明すると黒田は本当に嬉しそうな顔を見せて是非協力させて欲しいと言ってくれた。

 当時転校が決まった時、黒田に本当に悔しそうに胸の内を明かした事を聞かされた。瑞樹を支えれるのは自分しかいないのにと途中で離れてしまう事を嘆いていたと言う。

 勿論、その行動の根元には瑞樹への恋心があるのだろう。

 だが、岸田だけではなく、瑞樹に思いを寄せている男は大勢いたはずだ。

 でも、そのほぼ100パーセントの男達がその気持ちを捨てて自分の保身に必死だったのに、岸田だけは自分の立場など考えず完全に孤立した瑞樹に手を差し伸べた。これほどのナイトがいるだろうか!

 黒田自身は2年の時に瑞樹とはクラスメイトだったらしく、瑞樹の性格はある程度把握していた為、平田のバラまいた噂は全てでっち上げなのは分かっていたが、黒田もまた保身を優先してしまった一人として、申し訳ないとゆう気持ちをずっと持ち続けていた一人だ。

 だから、自分に出来る事は何でもすると言ってくれた。

 その日はもう遅い時間だった為、後日改めて落ち合う約束を取り付けて解散した。

 そして後日4人が集まったファミレスで、黒田は事前に岸田と連絡をとってくれていて、岸田の住所と転校先、そして連絡先の携帯番号をまとめたメモを手渡してくれた。

 岸田はどうやら名古屋の方へ引っ越したらしい。

 ここからだとかなりの距離だ。

 だが、この件は電話などではなくどうしても直接会って話がしたいと考えていた真鍋は、貰った連絡先へ電話をかけて名古屋まで会いに行くと伝えた。


 その二日後、幹事三人は名古屋へ来ていた。

 事前に決めていた待ち合わせ場所へ向かうと、真鍋達が持っていた彼のイメージを根本的から崩壊させる程に変貌していた岸田がいた。

 岸田と落ち合い近くにあるファミレスに入る。

 そこで今回の件を最初からなるべく詳しく岸田に説明すると、嬉しそうに参加を快諾してくれた。

 その後は、瑞樹はどんな女の子になった?とか孤立する前の明るい女の子に戻ったのか?等、岸田の一方的なマシンガンのような質問攻めを受けたが、眞鍋達はわかる範囲ではあるが、懇切丁寧に質問に応じると岸田は本当に嬉しそうな表情を見せた。

 それから後日開催日と場所の打ち合わせをして現在に至る。

 岸田を探し出した詳細は、瑞樹には正確には話さずオブラートに包んで説明した。

 もし、本当の事を知ったら、受験を控えた大事な時期に時間を使わせてしまったと、瑞樹の性格なら責任を感じてしまう恐れがあったからだ。

 瑞樹に喜んでもらう為に起こした行動が、瑞樹を苦しませてしまっては本末転倒と言うものだ。


「そうだったんだ・・・ありがとう・・・」

 発した言葉の後半は声が微かに震えているのがわかった。

「ん~ん!どういたしまして!」

 涙声になっているのをからかったりしない。

 だって、当時、学年中から孤立していた瑞樹にとって、どれだけ大きい存在かなんて考えなくても、誰にだって分かる事だったから。


 取り囲んでいた参加者に一通り挨拶を済ませると、真っ直ぐに瑞樹に向かって歩いてくる。近づいてくる度に中学の時とは別人の様に感じたが、立ち姿からは当時の優しい雰囲気を感じさせてくれる。

 やっぱり岸田君だと改めて実感できた。


「久しぶり、瑞樹さん。元気だった?」

 瑞樹の目の前に来た岸田はニッコリと優しい笑顔で、在り来たりな挨拶だったが、その声が、その笑顔が瑞樹の中にスッと馴染む感覚を覚えた。

「うん・・・久しぶりだね!岸田君・・・その・・・私・・・」

 最後の方は声を絞るように話したあと、閉じた口元が震えて、目元から涙が流れて落ちていく。


 あの日、岸田が瑞樹の前からいなくなった日から、ずっと、どんな時だって、それこそ意中の間宮と会っている時だって、気を張り続けていた。

 悔しそうに、瑞樹の側から離れていく岸田に心配をかけたくない一心で・・・

 初めは気を張るのに意識していたと思う。

 でもいつの間にかそれが癖になり、気を張っている状態が当たり前になってしまっていた。


 その力が目の前に現れた岸田の笑顔を見た途端、スッと抜けていくのを感じると、足に力が入らなくなりその場に倒れるように上体が前に立っている岸田に向かって傾いていく。

 ヤバい!とは勿論頭では分かっている。だが、体に力を入れたくても抜けていく一方で、全然体の制御が出来ない。

 もう、一旦倒れてしまおうと諦めた時、力強い腕に肩回りごと抱かれて、倒れる速度に合わせて衝撃を逃がしながら、床に倒れ込む直前に落下する上半身が止まった。


「し、志乃!?ちょ、どうしたの!?大丈夫!?」

 慌てる眞鍋の声が聞こえる。

 その後に周りの人間が騒めきだす声も聞こえてきた。

「瑞樹さん、大丈夫?」

 そして、顔のすぐ側から聞こえてきた岸田の声に体がピクリと反応する。

 優しくて、耳に馴染む懐かしい声だ・・・

 その声を聴くと、さっきまで抜けていた力が少し戻り、相手の肩に沿えるように置いてあった顔を上げて、目線を岸田に向けた。

 お互い目が合った時、岸田は本当に心配そうな顔をしている。

 背丈も伸びて、体つきもガッシリと逞しくなり、スポーツマン的な爽やかな顔立ちになって、さっきまで他の女子達に騒がれていても、岸田の目だけはあの時のままの優しさと、強さに満ちた目をしていた。何度その目に救われたか分からない。


 うぐっ・・・え、えっぐ・・・・あ、ああぁ・・・・


 その懐かしい目で見つめられると、心の底から安心してしまって、抑えていた感情が溢れ出してしまい嗚咽が漏れ始める。

 岸田の服を両手でギュッと握りしめて、抱きかかえられていた腕に顔を隠す様に埋めて肩が震えだす。

 そんな瑞樹を察して岸田は何も言わずに、ただ優しく瑞樹の頭を撫でた。


 ぐす・・・う、あぁ・・・わああぁぁぁぁ!!!


 その優しい手の感触が瑞樹の感情を完全に決壊させて、元クラスメイトが見ている中、羞恥心など完全に忘れたように大声で泣きだしてしまった。

 そんな瑞樹を見ていた元クラスメイト達は笑う人間など一人もなく、その感情の決壊こそが、瑞樹が負った心の傷そのものなんだと改めて思い知らされた。

 自分の歯がゆさや情けなさに涙を流す者もいた。


 気が付けば跪いた状態で、大泣きしている瑞樹とそれを優しく抱きかかえている岸田の周りをクラスメイト達が取り囲み、全員床に座り込んで俯いて涙を流していた。


 暫くして瑞樹の鳴き声が小さく鳴り、やがて鳴き声が止まった。

 埋めていた顔を腕から離した瑞樹は、まだ小さな癇癪を起していたが、徐々に落ち着きを取り戻してさっきまで顔を埋めていた岸田の服をジッと見た。

「ご、ごめんね・・・服汚してしまって・・・脱いでくれたら洗濯して返すよ?」

 涙や鼻水で汚してしまった服を、申し訳なさそうに洗濯すると言った瑞樹に岸田は悪戯っぽく笑みを浮かべた。

「いやいや!瑞樹さんの涙がしみ込んでるんだぞ?このまま持ち帰って保存しないとでしょ!」

「へ?な、なに言ってんのよ!だ、だって鼻水だって付いちゃってるのに!」

「マジで!?それはもう永久保存確定だな!」

「ちょっと!今すぐ脱いで!絶対綺麗に洗って返すから!」

 顔を真っ赤に染めながら、勢いよく立ち上がって岸田をそう捲し立てた瑞樹の周りから笑い声が響き渡った。

 ビクッと驚いて周りを見渡すと、瑞樹と岸田を中心に皆が取り囲むように座り込んでいた、クラスメイト達が2人のやり取りを見て笑っていた。

 周りの反応に戸惑った瑞樹は、まだ座り込んでいる岸田に視線を落とすと、岸田はニッと白い歯を見せて片目を閉じた。

 その表情で瑞樹は理解した。岸田は皆の前で大泣きした瑞樹が恥ずかしい思いをしないように、わざとあんな態度をとって周囲の笑いを誘ってくれたのだと。


 最後に立ち上がった岸田は、他のメンバー向かって口を開いた。


「さて!変な空気にしてしまってごめんな!仕切り直してクラス会を始めてよ!それで俺は部外者だけど、このまま参加させてくれたら嬉しいんだけどいいかな?」

 元3-3ではない岸田だったが、このまま参加させて欲しいと参加メンバーに訴えかけると、幹事の眞鍋が少し溜息をついてから答えた。

「あたりまえじゃん!今日はサプライズゲストとして招待したんだから、最後まで参加してもらうよ!いい?」

「うん!ありがとう!」

 クラス会に参加を受理された岸田は嬉しそうに笑った。

「と!その前に・・・」

 眞鍋がそう呟くと、笑っていた他のメンバーが岸田に視線を集めた。

「ん?なに?」

 岸田はその視線に驚いて、思わず身構える。


「えっと、岸田君。志乃の傍に付いていてくれて本当にありがとう!岸田君がいなかったらって考えると、怖くて仕方がないよ・・・」

 最悪自殺をしてしましまうんじゃないかと思う程、彼女が追いこまれている事を、当時の瑞樹を知っている者なら想像するのは容易だった。

 だから岸田の勇気ある行動は、当時、クラスメイト全員が口には出せなかったが本当に感謝していた。

 その感謝の気持ちは、当時存在していた3-3のグループlineとは別に、平田だけを省いた裏3-3グループlineでのやり取りでも証明されている。

 初めて岸田の存在を認識した日はその掲示板には凄まじい程の書き込みがあった。

 全員が岸田を称賛するのと、同時に何もして出来なかった自分達への懺悔の書き込みも、同等の凄まじさがあった事を、ここにいる瑞樹と岸田以外の全員が鮮明に記憶していた。

 だから今回のクラス会でスペシャルゲストとして招待する事に成功したと報告を掲示板に書き込んだ時から、瑞樹への謝罪と岸田への感謝の気持ちを伝えようと満場一致で決定していた。


 眞鍋は身構える岸田の手を両手でぎゅっと握り、真っ直ぐに岸田の目を見つめた。


「岸田君。志乃の傍にいてくれて、励ましてくれて、元気づけてくれて、守ってくれて・・・・本当に、本当にありがとうございました!!」

 岸田の手を握りしめたまま、真っ直ぐな目で感謝の気持ちを伝えると、眞鍋の後方を囲む様に立っていた、他のクラスメイト達が何も言わずに深く頭を下げた。

 その様子を目の当たりにした岸田は、アタフタとしながら少し口早に話し出した。

「ちょ、待ってよ!お礼なんかいらないって!俺がしたくてしただけで、皆の為にしたわけじゃないんだから!早く顔を上げてくれよ!」


 ブンブンと空いている方の手を振りながら、礼を言われる覚えはないと眞鍋達のとった行動を否定した。

「岸田君がそう言うなら、もうこれ以上は止めないとだね!困らせたら意味ないし!」

「おう!もうこの件は終わりだ!さぁ!クラス会始めようぜ!」

 中学時代の事を完全に切って、クラス会を始める為に岸田が音頭をとると、皆さっきまでの神妙な面持ちが嘘のように変貌して、一斉に騒ぎだした。

 その変わり身に早さに苦笑いを浮かべていると、後ろからクスクスと瑞樹が笑っている。

 瑞樹のこんな笑顔を見たのは、中学時代を思い起こしてみても記憶になかった。

「そんな顔見せてくれるようになったんだな。嬉しいような、悔しいような複雑な心境だよ。」

「え?そ、そうだったかな・・・ん、そうだったかもね。でも、何で悔しいの?」

「その表情を引き戻したのが、俺じゃないから・・・・かな・・」

「そんな事ない!もしあの時、岸田君が私の傍にいてくれなかったら、きっと・・・壊れてたと思う・・・」

 それは分かっている。だが、岸田が言いたいのは今見せている表情は、中学時代に瑞樹の傍にいた時は、見た事がない表情だとゆうことだ。

 つまり、今現在、瑞樹を助けている人物がいる。岸田は直感で理解していた。

「ん~、そうなのかもしれないけど・・・・ん!まぁ、いいや!この話はもうやめて何か食べようよ!俺必死で走ってきたから腹減ったわ。」

「フフフ!そうだね!食べよう!」

 そう話して、瑞樹達は中央テーブルにあるソファに座って、運ばれてきていた軽食を食べる事にした。

「岸田君、お皿に盛ってあげるよ。何が食べたい?」

 瑞樹が明るい表情で、そんな事を言ってくるから岸田は無意識に顔が火照りだした。

「どうしたの?顔赤いよ?走ってきたから?」

 真っ赤な顔を覗き込むように見つめる瑞樹の顔が近寄ってきた。

 約3年近くぶりに間近で見る瑞樹は、当時の子供っぽさが随分抜けて、とても綺麗な顔立ちで、相変わらず真っ白な肌がその顔立ちをより一層日際立たせていた、サラサラの髪がその肌の上で揺れている。

 もう幻想の世界の住人なんじゃないかと思えるほどに、彼女は想像を遥かに超えた美少女に成長していた。

 近くにある、そんな瑞樹の顔を直視出来ずに思わず顔を背ける。

 背けた後、激しく後悔するのだがもう後の祭りだ。


「あ、えっと・・・そこのサンドイッチと唐揚げとサラダを・・・あ、それとそのパスタも欲しいかな。」

「OK!ちょっと待っててね。」

 そう了承すると、瑞樹は手に持っている皿と、岸田が欲しがっている食べ物を交互に見ながら少し思案した後、テキパキと盛り付けを始めた。

「はい!おまたせしました!」

 そう言って岸田に手渡した皿の上には、本当に綺麗に盛り付けられた食べ物が乗っていた。彩もバランスよく考えられていて本当に美味しそうに見えた。

「うわ~!綺麗な盛り付けだな!美味そう!」

「ふふ、ありがと。」

 クスリと笑った瑞樹は、当然の様に岸田の隣に座る。

 当時あれほど遠くに感じた距離が、あっさりと手に入った事に驚きを隠せなかった。

「ん?どうしたの?食べないの?」

「え?いや、勿論食べるよ。いただきます!」

 自分の気持ちを隠すように、岸田は皿に盛られた食べ物をガツガツと食べ始めた。

「あはは!そんなに慌てなくても沢山あるよ。私もいただきます。」

 隣で座って、上品に食べているのを見ると、中学の時に瑞樹が作ってきてくれた弁当を思い出す。

 あの弁当は本当に美味かった・・・・と思う・・・・

 憧れだった瑞樹の手作り弁当だ。緊張と嬉しさで舞い上がるのを必死で堪えていたから、正直よく味わう余裕なんてなかった。

 まさか、またこうやって並んで座って食事をする日が来るなんて、何が起こるか分からないなと実感した。


 少しお腹が満たされたところで、久しぶりに会った受験生同士では、ベターな話題から話し出した。


「ところで、受験勉強は順調?」

「まぁまぁかな!とりあえず前回の模試で志望大学A判定だったから、後は油断しないように継続していければって感じなんだ。」


 カシャーン!


 両手の指だけを軽く合わせて、ニッコリと笑顔でそう話す姿は、持っていたフォークを落としてしまうのに十分な破壊力が岸田にはあった。

「あ、しまった!」

 慌てて落としたフォークを拾おうとすると、タッチの差で瑞樹がそのフォークを拾って、岸田の顔の前に人差し指を天井に向かって指した。


「もう!子供みたいだなぁ!」

 まるで小さな子供を優しく躾けるように、「めっ!」って聞こえてきそうな口調で、岸田にそう言いながら反対の手で代わりのフォークを手渡した。


「あ、あはは!ごめんな!うっかりしてたよ・・・」

 誰せいだと言ってやりたかったが、本当の事を話すと彼女はきっとギクシャクしてしまうだろうから、口に出すのをやめたて平謝りした。だって、今の瑞樹は昔見せて欲しかった彼女そのものだったから。


「それはそうと、瑞樹さんってどこの大学志望なの?」

「あぁ、私は一応K大目指してるんだよ。」

「は!?K大!?マジで!?」

 瑞樹の志望大学を聞いて、岸田は大きな声を上げながら思わず勢いよく立ち上がる。

「う、うん・・・・てか、どうしたの?急に。」

「いや、だって、俺もK大なんだよね・・・」

「え?え~~!?ほんとに!?」

 瑞樹も岸田に倣えとばかりに立ち上がって驚いた。

 瑞樹の驚きは岸田のそれとは質が違う。

 何故なら岸田がK大を狙う理由が見つからないからだ。

 彼は名古屋在住と聞いた。なら、何故わざわざこっち方面にあるK大を狙う理由が見えない。

「え、だって岸田君って名古屋の方に住んでるんでしょ?なのにわざわざこっちの大学って大変じゃないの?」

「あ、自分で言うのも情けない話なんだけどさ、瑞樹さんと違って俺の頭じゃK大狙うなんて烏滸がましいってレベルなんだよね。」

「それじゃ・・・・」

「うん、俺は実は受験は免除の立場なんだよ。所謂、スポーツ推薦ってやつでね!」

 そう言って岸田は爽やかに片目を閉じた。

 岸田がk大に行ける事になったのは、小学生から始めた水泳の実力を認められてK大からスカウトされたからだゆう事だった。

 たしかに、それならわざわざ遠い大学へ行くのにも納得出来る。


「スポーツ推薦!?凄いじゃん!」

「自力でK大に合格する方が凄いって!K大の偏差値見た時、眩暈がしたもん。」

「あはは!本当は3年になった頃までは、半分諦めてたんだけどね。ほら!あそこって英語が必須科目だったでしょ?」

「そういえば、中学の時から英語が大の苦手だって言ってたよな。」

「そう、だから無理だろうなって思ってたんだけど、1年の時から通っているゼミの夏期講習に参加した時に出会った英語担当の臨時講師の人が凄くてね!その講義のおかげで苦手意識がなくなって、それからは嘘のように英語の成績を伸ばせたんだ。」

「そんな凄い講師が、臨時ってのがまた凄いな!フリーの講師って事?」

「ううん!普段は会社員で営業の仕事をしてる人だよ。」

「は?」

「ふふふ!可笑しいよね!でも、私はその人がいなかったら、こんなにも将来のビジョンを持って大学受験なんて出来ていなかったし・・・それに・・・」

「それに?」

「えへへ!ううん、何でもないよ。」

 ずっと瑞樹の事を想っていた岸田は、その講師の話をしている瑞樹が僅かに頬を赤らめている事を見逃さなかった。


「ん?どうした?眞鍋。」

「ん~?いや、あの2人があんな感じで話しているの見ると、やっぱりお似合いだなって思ってさ!岸田なんて超イケメンになってるから余計にね。」

「ふん!ま、確かに悔しいけどお似合いってのは同感だな。」

 眞鍋が2人を温かい目で見守っていると、同じ幹事の男子が悔しがっていた。

「あれ?アンタも志乃狙ってたん?」

「まぁ、少しな・・・つか、瑞樹に何も思わない男なんていないと思うけどな!」

 フン!っと顔を眞鍋から逸らして、クラスの男共の気持ちを代弁する。

「あははは!確かに志乃に何も感じなかったら、変な趣味があるのかって疑っちゃうね!」


 あははははは!

 眞鍋達の会話を聞いていた周りのメンバーも同調するように笑いあった。

 多くの男達は、楽しそうに話している2人に対して悔しい思いはあったが、妬む気にはなれなかった。それだけの事を当時、岸田がやってのけた事を全員が知っているから、素直に岸田の恋が成就するのを願うように見つめていた。


 微笑ましく見守られているなんて知らない岸田は、臨時講師の事は正直物凄く気になってはいたが、表情や態度には出さないように気を付けて瑞樹との会話を楽しんだ。

 その間、昔からでは考えられない色んな表情を見せてくれた。

 それは勿論嬉しい事なのだが、同時に恐らく現在の彼女になる為に、その講師が大きく関わっていると気が付いた岸田は、なんとも言えない嫉妬心に苛まれていた。


「はい!盛り上がってるとこ悪いんだけど、そろそろ時間が迫ってきたから最後に集合写真撮ろうよ!」


 両手をパンッ!と叩いて、幹事の真鍋が全員にそう呼びかけた。

 呼びかけに対して、皆ノリノリで眞鍋が指定した瑞樹達がいる中央テーブルの周りに集まった。


 今回の主役、瑞樹と岸田を真ん中に置いて、2人を囲むように他のメンバーが配置についてポーズをとる。

「よし!じゃ!撮るよ!今日は志乃の初参加クラス会なんだから、いつもよりいい顔見せてよ!皆!」

 真鍋がそう発破を掛けると、おぅ!と周りからの反応が返ってきた。

 その返事を受けて瑞樹の隣にいた真鍋は、瑞樹にこう提案を持ち掛けた。

「撮るタイミングは志乃の掛け声にまかせていい?」

 いつもの引っ込み思案だった頃の瑞樹なら、直ぐにその提案を断っていただろう。

 だが、この場を用意してくれて、更に岸田まで連れてきてくれた眞鍋に、そして受験生にとってすごく大事な時期なのに、自分に会う為に集まってくれた皆に感謝の気持ちでいっぱいだった瑞樹は、気持ちよく快諾してカメラに向かって大きく息を吸い込んだ。


「皆!今日は本当に楽しい時間をありがとう!今日皆に会って本当に嬉しかった。また皆とこうやって遊べるなんて考えた事もなかったから!だから・・・だから・・・これからもよろしくね!いくよ!!はい!チーズ!」


 カシャッ!


 スマホのシャッターを切る音が気持ちよく耳に響いた。

 その音が何故か涙を誘う。

 溢れそうになる涙を賢明に抑えようとしていると、同じような表情をしていた眞鍋がこちらを見つめていた。

 その視線で彼女が何を言いたいのか理解した瑞樹は、無言のまま眞鍋にそっと抱き着いた。

 真鍋もそれに応える様に両手を瑞樹の腰に回す。


「沙織、本当にありがとう。」

「ううん、志乃こそ来てくれてありがと!嬉しかったよ。」

 お互い抱き合いながら耳元でそう告げ合って、抱擁を解いた真鍋が皆に最後の挨拶を始めた。


「それじゃ、いつもならこれから二次会って流れなんだけど、受験が迫ってるから今日は解散ね!各自で二次会に行くのは自由だけど、それで受験に失敗しても責任はとらないよ!次回は3月にやるから、全員合格報告が出来るようにラストスパ―ト頑張ろう!それじゃ、お疲れ様でした!!」


「おつかれ!」「またな!」「そう言ってる眞鍋が落ちないように気をつけろよ!」

 様々な挨拶が返ってくる一体感のある空気の中、3-3緊急クラス会は無事に終了した。


 店から出て皆各々の帰路につき始めた頃、眞鍋からデータを送って貰ったさっき撮った集合写真を眺める。

 こんな写真が撮れる日がくるなんて、少し前からでは考えられなかった。

 皆本当にいい笑顔をしている。そして自分も幸せが溢れているような笑顔をカメラに向けていた。

 その画像を眺めながら瑞樹は思う。

 ずっと否定してきた事、あの中学での事件や周りの裏切りはトラウマになっていた事を。

 でも、認めよう。あれで自分はトラウマを抱えてしまった事を。

 だから、この画像は解消に向けて大きな一歩になる。

 きっと、いつか完全に乗り越えられる日が来る。

 その日を信じて、自分が何をしないといけないのかを良く考えて、これから頑張って生きていこう。


 瑞樹はそのデータを無くさないように慎重にロックをかけて、用心の為に画像データをバックアップして厳重に保管してから、大事にスマホを鞄にしまった。


 これから・・・・これからなんだから!!


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