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29  作者: 葵 しずく
4章 錯覚
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第19話 自分の中の存在

「もうクリスマス一色になってきたな。」


 今年も約一か月程になった11月下旬

 間宮は顧客回りで外回りを終えて、会社へ戻る途中に街のクリスマスムードが高まっている事に気が付いた。

 イベント商戦の切り替えは早いもので10月31日のハロウィンが終わった途端に次はクリスマス商戦だと言わんばかりに、一晩で街が様変わりする。

 もう少しすればサンタの衣装を身にまとったスタッフ達が、街道に現れるのだろう。毎年恒例の景色を見ると若者は活気づくのだろうが、間宮くらいの年齢になると今年ももう終わりかぁ・・・などと考えてしまう。


「もうクリスマスセールを売り出してる店舗も結構出てるな。ま、独り身の俺には関係ないイベントだな。」

 1人で苦笑いしながら駅へ歩いた間宮は、クリスマスが近づくにつれて、もう決断を下すまであまり時間が残されていない事を実感していた。


「おい!間宮!お疲れ!」


 会社へ戻りデスクワークを終えて会社を出ようとすると、後ろから松崎が声をかけてきた。


「あぁ!お前も終わったのか?」

「そ!最近バタバタしてて参ったわ!」


 会社のロビーを出ると、肌を刺すような冷たい風が2人の周りを吹き抜けた。

「さっぶ!!もう完全に冬だな。」

「そうだな・・・鍋が恋しくなる季節がきたって感じだな。」

「鍋か!いいな!なぁ、これから鍋つつきにいかね?」

 鍋の単語で出て、松崎は温かい鍋を食べるイメージが湧いてしまったのだろう。急にそんな事を言い出した。

「悪い、俺、明日も早いから今日は帰るわ。」

「そっか、それじゃ仕方がないな・・・」

 鍋のスイッチが入っていた松崎はションボリした表情で諦めた。


 そのまま2人が駅前に到着すると、簡単ではあるが駅前の広場にイルミネーションの光が輝いていた。


 2人が歩く前方をイルミネーションの光に照らされている少女の姿が目に入る。

「あっ・・・」

 その少女の姿を見て、松崎が思わず声を漏らした。

 その僅かな声に気が付いた少女が顔だけ後ろを振り向く。

「あ!間宮さん!」

 少女は間宮と目が合うと、振り向いて足を止めた。

「何だ、加藤だったのか。」

「志乃じゃなくて残念でしたね!」

 加藤は皮肉を込めて舌を出した。

「何で残念なんだよ・・・ゼミの帰りか?」

「そうですよ!受験生は大変なのですよ!」

「それはお疲れ様です。」

「うむ!間宮さんもご苦労じゃった!」

 そんな軽口を言い合っている2人を、松崎は後方から疎外感を味わっていた。


「松崎さんもお疲れ様です。」

 完全の2人の世界に入っていると思っていた矢先に、加藤が目だけ松崎を見てついでかのように、そう挨拶してきた。

「お、おう・・・お疲れさん・・・」

 加藤と松崎はあのお礼で食事をした日から会っていなかった。

 加藤の気持ちを押し戻して、自分の体裁を優先させた結果、加藤を怒らせてしまったからだ。

 その後、間宮に相談をしてちゃんと話をして謝る事にしたのだが、タイミングが合わずに今日まで会う事がなかった。

 いや、タイミングが合わないなんて言い訳だ。

 本当に会いに行くつもりだったら、会える距離にいるのだから会えたはずなのだ。

 要するにビビっていたのだろう。また怒らせてあの目で自分を見られる事に・・・


 そんな事を考えていると、加藤は間宮との会話に戻っているのを見て、

 安堵したような、ガッカリしたような複雑な気分だった。

 視線を下に向けて無言で2人の後を歩き、改札を通過した直後で間宮から声がかかる。

「おい、松崎!俺帰るぞ!お疲れさん!」

「え?あ、あぁ!おつかれ・・・」

「間宮さん!またで~す!」

「おう!またな!気をつけて帰れよ。」

「は~い!」


 間宮はその後、こちらを向く事なく下りホームへ歩いて行った。

 立ち去る間宮の背中を何となく眺めていると、隣にあったはずの気配が消えている事に気付いた。

「あれ?」

 慌てて後ろを向くと、加藤は何も言わずに上りのホームへ歩き出していた。

 やはりまだ怒っている事はこの行動で確定した。

 溜息交じりに加藤についていくように歩き出した時、加藤の真後ろにピタリと歩く2人組の男が目に入った。


 正確には少し前、駅前で加藤と会って三人で改札へ向かっている時から、この二人組が妙に気になっていた。

 男達の前を通過した時から、加藤を見る目がまともな視線には松崎には見えなかったからだ。


 用心深く男達を見張るように松崎も上りのホームへ向かう。

 ホームへ着くとタイミングよく電車が到着していて、松崎がエスカレータを登り切る時には、加藤はすでに電車に乗り込んでいた。


 松崎も同じ車両に乗り込もうとしたが、発車時刻が迫り扉が閉まりかけた為、仕方なく一番近い車両に飛び乗るしかなかった。


 電車が動き出して加速が落ち着いてから、車両を移動しようとしたが、車内が混雑していて思うように動けない状況だった。


 上り線のホームで走り去る電車を見送る間宮もあの怪しげな連中の存在には気が付いていた。

 だが、何も行動を起こさずに下り線の走り去る電車を眺めているだけだった。


 まぁ、松崎があの連中に気付かないわけないだろうし、あいつなら大丈夫だろ。それにこれをきっかけに仲直り出来れば・・・

 間宮がわざと手を出さなかったのは、松崎への絶大な信頼と、加藤を怒らせてしまった事を気にしていた松崎への配慮があった。



 ふん!私の方から挨拶してあげたのに、何も言ってこないんだ。

 私みたいな子供を怒らせたって気にならないって事?

 あの日から意地張って、空気悪くしてしまってずっと気にしてたのに・・・

 何よ!私だけ意識して馬鹿みたいじゃん!


 ヒッ!?


 ふくれっ面でつり革に掴まり、ブツブツと呟いていた加藤の体が突然、一瞬跳ねた。


 な、なに?


 サワサワ・・・・・


 き、気のせいなんかじゃない・・・これって・・・・


 嘘!?痴漢!?


 加藤の後ろから怪しい手が伸びて、太ももを弄る様に触っている。

 初めは電車の揺れで、偶然太ももに当たったのかと思ったが、どう考えても触り方が故意である事はすぐに分かった。

 加藤は硬直して動けない。

 痴漢はターゲットが抵抗しないと判断して、痴漢行為をエスカレートさせてスカートの上から加藤のお尻を鷲掴みするように触ってきた。


 ヒッ!?

 加藤は恐怖で思わず悲鳴に似た小さい声を上げる。

 そこで最悪は事に加藤は気が付いた。

 スカートの上から両手で触られているはずなのに、太ももにも触られている感触があったからだ。

 痴漢は1人じゃない!?


 クックックッ・・・

 それに気が付いた時、耳元で小さいがいやらしい笑い声が聞こえた。

 痴漢は大胆にも加藤の真後ろに陣取り、2人で加藤を取り囲むように立っていたのだ。

 足が震える・・・涙が滲み出る・・・でも声が出せない・・・


 怖い・・・怖い・・・・誰か・・・・助けて・・・・


 痴漢行為は更に酷くなり、とうとう痴漢の手がスカートの中に忍び込もうと、太ももを触っていた手が、上の方へと肌に触れたまま移動してきた。

 その時、触られていた数本の手の動きが雑になったかと思うと、その手の動きが止まり触られていた肌から痴漢の手が離れた。


 加藤は恐怖で強張った顔で、恐る恐るチラリと横目で後ろを見た。

 するとそこには、恐らく痴漢行為をしていたであろう男の二人組が苦悶の表情で、声を必死に殺している姿が目に入った。

 そこで痴漢達の手元へ視線を落とすと、犯人達の手首がへし折れるのではないかと思う程に、痴漢達の手首を握りしめる手が見えた。

 この手が痴漢行為を止めてくれたんだと判断した加藤は、そのまま止めてくれた手の持ち主へ視線を移動させると、そこには少し怖い顔をした松崎が立っていた。


 あっ・・・・


 加藤は松崎の名を呼ぼうとしたが、さっきまでの恐怖が収まっていなくて咄嗟に声が出なかった。

 そんな加藤と一瞬だけ目が合った松崎は、何も言わずに視線を痴漢達に戻した。


「次の駅で大人しく降りろ・・・抵抗したら分かってるよな・・・」

 低く、本当に低いまるで血の底から湧き上がってきたような、寒気すら覚える声色で松崎は、犯人達の耳元で呟いた。

 犯人の男達は黙って変わらず苦悶の表情のまま頷いた。


 電車が次の駅へ滑り込んで停車する。

 ドアが開いてある程度降りる乗客を見送ってから、松崎は痴漢達の腕を引いて電車を降りようとする。

 声がまだ上手く出せない加藤は、思わず松崎に手を伸ばした。

 そんな加藤に気が付いた松崎は、黙って加藤に視線を合わせたまま首を横に振った。

 その動きでお前は来るなと言われている事を理解して、踏み出しかけた足を止めて、伸ばしていた手を下ろした。



 ドサッァァァ!

「グッ・・・痛ってぇ・・」


 松崎は痴漢達をトイレに引きずり込んで、壁に叩きつけて倒れ込んだ男達を覗き込んだ。


「さてと!どうしてくれようかねぇ・・・」

 いつもの口調で話しかけている松崎だったが、表情はそんな口調とは全く似つかわしくない冷たい目で痴漢達を射抜きながら手を2人の前に出した。

 その差し出された手の意味が分からずに男達は互いの顔を見合わせている。


「とりあえずお前達の携帯出せよ。」

 そう言われて男達の表情が強張っていく。

 痴漢のターゲットが後で暴れださない様、脅す為に痴漢行為を働いている模様を動画で撮影していたからだ。

 その事を読んでいた松崎は、携帯を差し出すように要求するのは当然の行動だ。


「は?携帯なんて持ってねぇよ!」

 男達の一人が携帯だけは死守しようと、白々しい嘘を吐いた瞬間、その男の表情が激しく歪む。


 ドカッ!!!


 松崎が自分の体重を乗せた蹴りを、男の腹部にねじ込んだためだ。

 松崎は恐ろしく冷たい目で更に、男の横顔に蹴りをいれる。


「ガハッ!!・・・」


「す、すみません!」

 痛みに苦しむ男の様子を見て、もう1人の男が慌てて自分の携帯を差し出してから、倒れ込んでいる男のズボンに手を入れて、もう一台の携帯も差し出した。


 その2台の携帯を手に持ち本体の弄って何かを確認してから、差し込んであるマイクロSDカードを引き抜いた。

 引き抜いた携帯本体をトイレの床に落として、鬼神のような顔つきになった松崎は、全力の力で足元に転がっている携帯に殴りかかった。

 激しい衝撃を受けた携帯は、木っ端みじんに砕け散る。

 松崎の拳から液晶の破片が突き刺さり血が流れる。

 だがそんな事はお構いなしに再び殴りつける。

 これを数回繰り返して携帯は原型をとどめていない状態になった。


 マイクロカードはポケットに仕舞い込む。

 その意味を2人はすぐに理解したようだった。

 あとは・・・痴漢達の前に再び立ち松崎が見下ろして告げる。


「さて、後はお前達の脳内データを消去するだけだな。」


 松崎を見上げる2人が、体の芯から震えあがる。

 何故なら、松崎の顔が決して冗談や大袈裟に言ってるように見えなかったからだ。

 あのどうしようもない荒くれ者の平田を従わせていたのは伊達ではない。


「す、すみませんでした!ゆ、許して下さい!」

「お、お願いします!金なら全部差し上げますから!」

 男達は財布を差し出して、トイレの床に頭を擦り付けて土下座をして命乞いをする。


「あのさ、お前らみたいなのに痴漢されて、周りの男が信じられなくなってしまった女が、男の目に晒される度にビクビクしながら生きている事を知ってるか?」


「へ?あ、いえ・・・」


「頭の悪いお前らにも分かるように言い方変えるわ。お前らが今まで痴漢してきた女のその後の事って考えた事あるか?」

「え?い、いえ・・・」

「だよなぁ・・・考えた事あるんなら、こんなゴミみたいな事繰り返すわけないもんな・・・・」

 松崎はヤレヤレと溜息を付きながら、そう確認してから少し目を鋭くして質問を続けた。

「てことはだ・・・さっき襲った子もその先の事なんて微塵も考えなかったわけだよな?」

「ま、まぁ、そうですね・・・はい・・・」

「ですよねぇ・・・・」

「は、ははは・・・・」

 痴漢達は笑って誤魔化して、この場を収めようと考え出した時、急にトイレ内の空気が変わった気がした。


「今までの被害者も気の毒にとは思うんだけどさ・・・・」

「はははは・・・・はい・・・サーセン・・・」

 ここで一旦2人から目線を外し天井を見上げてから、再び2人を見下ろす形で目を合わせると、男達の血の気が引いた。


「選りにも選って・・・・愛菜に手をだすなんてな・・・」

「ヒ、ヒイィ!!!」

「目を覚ませる事を祈っとけや!」


 ゴンッ!!ガンッ!!ドッ!!!


「ギャアアアァァァァ!!!」


 トイレからまるで断末魔の叫びのような悲鳴が響き渡る。


 悲鳴が止んで少し経ってから、まるでトイレで用を足したかのように松崎が1人でトイレから出てきた。


 乗り直す電車はまだ到着するまで、少し時間があった為、自販機で珈琲を買って人気の少ないベンチまで移動して座った。

 わざわざ移動したのは、少し痴漢達の血が服に付着してしまった為、変に思われないように人目を避けたからだ。


 缶のプルタブを開けて一口珈琲を口に含んで、はぁっと息を吐きだして珈琲の香りを楽しみながら、両膝に両腕を置いて下を向き肩の力を抜いた。


 また自分らしくない事をしたのは自覚している。

 下手をしたら傷害罪で捕まるかもしれないリスクまで犯して、やる事だったのか・・・今更に自問自答を繰り返す。

 何だか変だ・・・あの日彼女を怒らせてしまった日から、彼女の事を考える回数が圧倒的に増えた。


 そんな事を考えていると、突然思い出したようにポケットからスマホを取り出して番号をタップして耳にスマホを当てた。


 プル・・

 ーもしもしー

「出るの早っ!殆どコール音しなかったぞ。」

 ーはは、そろそろ連絡がくるかなって、携帯構えて待ってたからなー

「てことは、やっぱりお前も気が付いてたのか。」


 松崎が電話をかけた相手は、さっき駅で別れたばかりの間宮だった。

 恐らく間宮も気が付いていて、わざと気が付かないふりをした気がしていたから、それを確認する為に電話をかけたのだ。


 ーまぁな!気にはなったけど、お前がついてるし問題ないかと思ってさー

「勝手な奴だな・・・何かあったらどうするつもりだったんだよ。」

 ーちゃんと守れたから連絡してきたんだろ?それに・・・-

「それに?なんだよ。」

 ー加藤と話をするいいきっかけになるんじゃないかって思ってさ。-


 間宮の狙いを聞いて、お節介だと文句を言った後、溜息交じりに話を続けた。


「折角、気を使ってくれたのに、申し訳ないけど話すのは無理だわ。」

 ーん?何でだよー

「あいつらを電車から引きずり降ろして、彼女を残してきたからな。今頃帰宅して風呂でも入ってるんじゃねえかな。」

 ー全く・・・何やってんだかー

「いいんだよ。少し助けるのが遅れてしまって、怖い思いさせてしまったから、そんな連中の近くになんていたくなかっただろうし。」


 そこで自分の前に立ち止まる気配に気が付いた松崎は、目線だけ上に向けた。

 その人物を確認すると、松崎は電話越しで間宮が話している電話を無言で切ってしまった。


「何でここにいるんだよ。先に帰れって伝わらなかったのか?」

「別に私がどこにいようと勝手じゃないですか・・・」

 松崎の目の前に立っていたのは、先に帰したはずの加藤だった。

 加藤は口を尖らせてそう反論した後、松崎の手の異変に気が付いた。


「血がでてますよ。」

「ん?あぁ、大した事ない。つばでも付けてれば治るって。」

「そんなわけないでしょ!手だして!」

 加藤はそう言って鞄から、持っていると何かと活躍の機会があるハンドタオルと、ポケットからハンカチを取り出して、松崎に手を出すように催促した。

 戸惑って言われた通りにしない松崎の手を、自分の方に無理矢理引っ張り出すと、すぐにハンドタオルとはハンカチで出血している箇所を押さえるように巻いて、応急処置の止血をした。


「これで一応OKですけど、帰ったらちゃんと消毒して下さいね。」

「あ、あぁ、サンキュ・・」

「お礼を言うのは私の方ですよ。助けてくれてありがとうございました。」

「え?いや、別に・・・」

 照れ臭そうにそう返答すると、加藤が一息ついて話だした。

「でも痴漢にあったのが私でよかったです。」

「は?何で。」

「だって、私って性格がこんなだから、痴漢にあっても寝て起きたら忘れてるみたいな?他の女の人だと被害にあった後とか大変だったと思うし・・・へへへ。」


「そんなわけないだろ・・・そんな事言うなよ!被害にあったのがお前で良いわけないだろ!!」


 加藤の自虐めいた台詞を全否定していると、松崎が出てきたトイレの方が騒がしくなった。

「おい!君達!大丈夫か!?しっかりしろ!」

 駅員があいつらに叫ぶ声が聞こえてくると、加藤が心配そうに松崎とトイレの方を交互に見つめていた。


「心配すんな。あいつらが俺にやられたって絶対に言わないからさ。」

 挙動不審になっている加藤に、苦笑いしながらそう促した。

「え?な、何で?」

「これがあるからな。」

 そう言って仕舞っておいたマイクロSDカード2枚を手に乗せて、加藤に見せ説明を始めた。


 松崎が痴漢達の携帯を手に取った時、素早く動画のフォルダーを確認した時、その動画データをカードへ転送している事に気が付いて、カードだけ引き抜いてから、携帯本体を破壊した。恐らくその動画を盾に、加藤が警察へ出向こうとしたら、この動画をネットに晒すと脅すつもりだった事。それにその動画を脅迫まがいの事をしてくる可能性が予測出来た為、そのカードを手元に持っている事を男達に認識させる事によって、怪我を負わされた相手をバラすとこのカードを証拠に、自分達が痴漢行為に及んでいた事をバラされると無言の脅迫をしていた事を加藤に話して聞かせた。


「これ、一応渡しておくな。」

 そう言って松崎は手に持っていたカードを、加藤に手渡した。

「それは煮るなり焼くなり好きにしたらいい。お前に任せるよ。」

「う、うん・・・」

 カードを受け取った加藤の手は震えていた。

 あのまま痴漢行為を受けていたらと、想像してしまったのだろう。


 渡した手を下ろして視線を加藤の顔から少し下げると、加藤の両手が自分のスカートを力いっぱい握りしめているのに気が付いて、すぐに目線を上げると必死に涙を堪えている加藤がいた。


 松崎はそんな加藤を見て、殆ど無意識に立ち上がり目の前にいる加藤の頭を優しく撫でて優しい口調で声を話しかけた。


「助けるのが遅れて怖い思いさせてごめんな。」

「だい・・・じょうぶ・・・わ、私は・・へ、平気だ・・・から・・・」


 下唇を噛み締め、目に涙を溜めていたが、これ以上迷惑かけまいと必死に去勢を張ろうとしている加藤を優しく見つめていいた松崎が、そんな彼女の感情をせき止めているダムを溶かすように言葉を続けた。


「子供が大人にそんな気を遣う必要なんかない。素直に気持ちを吐き出したらいいんだよ。」


「こ、こわ・・・・こわかっ・・・・・た・・・」


 松崎が加藤にそう優しくそう話しかけると、加藤は掠れる声で途切れ、途切れに言葉を発した。

 まだ素直になり切れない加藤を見て、松崎は撫でていた手を加藤の背中に回して、一歩彼女に歩み寄って自分の胸元に抱き寄せた。

 一瞬驚いて硬直した加藤だったが、すぐに我慢していた感情が完全に決壊を起こしだした。


「怖かった・・・怖かったよ!!凄く、凄く!怖かった!」

 ハッキリした口調で、松崎の腕の中で自分の感情を表に出した加藤は、スカートを握りしめていた両手を松崎の背後に回して、今度は松崎のコートを握りしめて、大声で泣きだした。

 松崎は何も言わずに優しく加藤の頭を撫でている。


 大きな鳴き声を聞きつけて、駅員がこちらに向かってきたが、松崎は駅員の方を向いて、心配ないと首を横に振って駅員の足を止めた。


 松崎は泣きじゃくる加藤を、何も言わずに優しく包み込む。

 だが、心中は穏やかではなかった。助けるのが遅れてしまい、僅かとはいえ加藤に恐怖を感じさせてしまった自分自身に怒りを覚える。


 何故ここまで心がざわつくのか、理由を求めるのを忘れる程に・・・


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