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29  作者: 葵 しずく
3章 過去との決別
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第25話 瑞樹 志乃 act6 ~最初で最後のデート~

期末テストが始まった。始まったのだが、岸田はテストに集中出来ない。

「クソっ!何でテスト前にあんな事言うんだよ!クソ親父!」

瑞樹に教えてもらった数学も、頭の中は転校の文字が鎮座してしまって、もう滅茶苦茶な結果に終わった。

テスト期間中は昼までで下校する為、ランチで瑞樹に会う事がなかった。期末テスト最終日、全日程を終えた生徒達は、疲労感を漂わせている者、笑顔ではしゃいでいる者、撃沈してしまって机にふさぎ込んでいる者と様々だった。

岸田はそのどれにも当てはまらず、テストの出来など気にする事なく学校に留まらずに帰宅した。

瑞樹からlineでテストの手応えや、夏休みの事を楽しそうにメッセが届いていたが、返信する事なくそのまま眠りに就いた。


翌日、家を出る前、放課後に転校の手続きと挨拶に母親が学校へ行くから、一緒に来るように告げられた。

こうなると自分の中で転校する事が現実味を帯びてくる。後、数日で夏休みに入る・・・夏休みが始まったら・・・もう瑞樹と会えなくなるのか・・・

ドンッ!

「いて!」

何かがぶつかってきて、思わず体がよろけた。何事だと押された方向に目をやると、

「既読スルーとか酷くないですかねぇ?」

驚いた!目を見開く位驚いた!登校時に声をかけられるどころか、姿を見た事すらなかった彼女が、自分の体を俺の体に当てて声をかけてくるなんて・・・

「み、瑞樹さん・・・」

「む~~~・・・」

瑞樹は唇を尖らせて、訴えるような表情で岸田を上目遣いで見つめていた。

怒っている原因は、昨日のlineメッセに返信しなかった事なのはすぐに分かった。

「ご、ごめん!昨日はその・・・色々あってさ・・」

後頭部に手を当てながら、内容のない言い訳をした。

「別にいいけど・・・・」

プイッと顔を背けた瑞樹の姿を見て、彼女が聞いたら怒るかもだけど、そうやって拗ねている瑞樹を見るのが癖になる程お気に入りだった。

「ほんと、ごめんね!」

両手を合わせて瑞樹に謝ると、彼女は爽やかな笑顔を向けてくれた。

「うそ!別に怒ってないよ。おはよ!岸田君。」

その笑顔が眩しすぎて、今の自分には直視出来なかった。

「お、おはよう、瑞樹さん。」

夢では何度も見た事がある光景だった。瑞樹とこうして並んで歩いて一緒に登校する光景を・・・でも、今は現実になっている事が自分の心を痛めつけている。

「どうしたの?何だか顔色悪いよ?」

少し屈む姿勢で、俺の顔を覗き込んで心配そうに言ってくれた瑞樹に、咄嗟に視線を逸らした。

「テストの出来があまり良くなかったからかな・・・」

「え~!?あんなに勉強会したのに!?同じ高校目指してるんじゃないの?そんな事じゃ、英城に合格出来ないよ!」

今は転校の話を瑞樹にしたくなくて、テストの出来の話で誤魔化したつもりだったが、その瑞樹の返答に驚いて足を止めた。

「ん?」

突然足を止めた岸田を振り返って瑞樹が見つめた。

「え?いいの?俺も英城目指して・・・」

「ん?何で?岸田君が志望校を英城にするのに、私の許可なんて必要ないでしょ?」

「それはそうだけど、だって・・・あの時迷惑そうな感じだったからさ・・・」

「迷惑なんて思ってないよ。ただ、私個人の考えで岸田君を振り回すのは嫌だなって思っただけ・・・」

「振り回されてるなんて思ってないよ!そりゃ、瑞樹さんと同じ高校へ行けたらなってのもあるけど、将来の事を考えたらやっぱり狙える大学が増えるのもあるわけだしさ!」

「そ、そう・・・それならいいんだけど・・・」

思わず同じ高校へ行きたいって本音が漏れてしまって、その後は2人とも顔を赤らめて無言で登校した。

そう、瑞樹と同じ高校へ進学したい・・・したいのに・・・・

転校の事を瑞樹に伝える前に、片付けないといけない事がある。

その為にホームルームが始まるまで、まだ時間があったから平田をメールで屋上へ呼び出した。

「朝っぱらからなんだよ!」

不機嫌そうに屋上へやってきた平田に、小さな袋を差し出した。

「これ!返すよ!」

「は?お前、これ返すって意味わかってんのか!?」

袋に入っていたのは、平田に押し付けられた盗聴器だった。

「わかってる!でも、もうこれで俺を縛れなくなったんだ。」

「何言ってんだよ!」

「俺、夏休み中に転校する事になったから・・・だから、休みに入る僅かな時間位、好きにさせてもらう!」

「えっ!?お、おい!」

もう盗聴なんてさせないと断言し、呼び止める声を無視して、教室へ戻った。後は昼休みに瑞樹に転校の話をして、それから・・・


◇「えっ?今なんて言ったの?」

昼休み、テスト期間中は午前で学校が終わっていた為、久しぶりにいつもの渡り廊下で瑞樹と会っていた。

「うん・・・突然であれなんだけど、急に親の都合で転校する事になってさ・・・」

「う、嘘だよね・・・そんな・・・」

驚い声から、段々と声色が掠れていく。そんな瑞樹を見て現実を受け入れたはずの心が疼いた。

「ごめんね・・・瑞樹さんの側にいるなんて一方的に言ったくせに、こんな事になってしまって・・・」

「・・・・・・・」

瑞樹は、色々な事が頭の中を駆け回り、何も話せずに硬直してしまった。

正直、岸田がいなくなったら、不安しかない。いつの間にか彼は自分にとって唯一、心の拠り所になっていたんだ。でも・・・岸田にとってはこれで良かったかもとも思う。何もないと言い切っていたけど、やはり何らかの平田からの圧力は受けていたはずなのだ。受験前にその事は足枷でしかない。だから転校して自由な身になれば、受験に集中できるはずだ。いつまでも甘えてなんていられない事を再認識して、岸田が転校していくのを受け入れた。

「そうなんだ・・・凄く淋しいけど、仕方が無いよね・・・」

瑞樹は岸田に心配かけまいと、必死で笑顔を作ってみせた。

「そ、それでさ・・・瑞樹さんって8月3日って何してる?」

「えっ?3日?」

そう言って瑞樹はスマホを取り出して、スケジュールの確認を始めた。

「えと、その日は特に予定はないから、1日家か図書館で勉強するだけかな・・・」

「そ、そうなんだ・・・だったらさ!」

岸田はそこまで言うと、両手を力いっぱい握り締めて、

「その日、1日俺に貰えないか?」

「えっ?そ、それって・・・」

「うん。俺と1日デートしてくれないかな?」

もう会う事はない、だからこそ言えた事だ。情けない話だが、転校の件がなければ、中学の間は言えなかったと思う。そんな事を考えながら、瑞樹の返事を待った。

瑞樹はデートの誘いを受けて、顔が真っ赤に染めあがりモジモジと俯いて、何か考え込んでいるようだった。

少しの間、沈黙が訪れたが、すぐに顔を岸田の方へ向けた瑞樹は、相変わらず顔を真っ赤なまま、

「うん!私なんかで良かったら、いいよ。」

!!!!!!!!!!

やった・・・・やった・・・・・

「ほんとに!?やった!やったぁ!!!!!」

瑞樹からOKの返事を受けて、岸田は体全体で喜びを爆発させた。

はしゃぐ岸田を、瑞樹は恥ずかしそうに横目で見ながら、微笑んだ。

その日を境に、終業式までの間、平田は岸田に絡む事はなかった。恐らく転校が確定している相手を、痛めつけたら仕返しの恐れがない為、学校へこの事を話す恐れがあるからだろう。

久しぶりに訪れた2人だけの時間、もう盗聴を意識する必要がない優しくて穏やかな時間が戻ってきた。終業式の前日まで受験の話は一切せずに、3日のデートはどこへ行こうかと言う事で、本当に楽しい時間が流れていった。

学校側の転校手続きも滞りなく終わり、休みに入ってからは引越しの準備に追われた。予定が遅れると3日のデートに支障をきたす為、積極的に作業を進めて何とか3日の出かける時間を確保した。

待ち合わせ15分前の午前8時45分に岸田は待ち合わせ場所へ到着した。

もちろん、前日の夜は楽しみと緊張で殆ど眠れなかったが、高いテンションが身体中を支配していて、眠気など一切なく、まだ来ていない想い人を待った。

「あれ?早いね。」

耳に素直に馴染む綺麗な声が届く。

初めて声をかけてから、何度も聞いてきた声なのに、全く飽きない、心を躍らせる声が鼓膜に響くと、自然と笑みが溺れ落ちそうになる。

「おはよ!瑞樹さん。楽しみで早く目が覚めちゃったんだ。」

「フフフ・・私も何だか緊張しちゃって寝付けなかったんだ。」

お互い今日、この日を意識していた事を告白すると、何だか照れ臭くなり視線を逸らした。

「は、初めてだもんね。岸田君と学校以外で会うのって・・・」

「そうだね。今日は来てくれてありがとう。」

「ううん!お昼休みじゃ時間が短かったし、今日はゆっくりおしゃべり出来るから楽しみだったんだ。私の方こそ誘ってくれてありがとう。」

弾けるような笑顔を見せた瑞樹は、本当に嬉しそうだった。

「それじゃ、いこっか!映画だったよね?」

「うん!前からこの映画観たかったんだ。」

映画館の前で目をキラキラさせて看板を眺めていた映画は、今、大ヒット中の年の差ラブストーリーだった。

館内へ入ると平日とはいえ、夏休み中だった為、かなりの客で賑わっていた。

「瑞樹さん。ネットでチケットと席の予約してあるから、並ぶ必要はないよ。」

早速カウンターへチケットを買う為に、並ぼうとする瑞樹をそう言って呼び止めた。

「え?あっ!そうなの?ありがとう。」

少し驚いた表情をした瑞樹は、そうお礼を言って肩に下げていた鞄から、財布を取り出した。

「あぁ!いいよ、いいよ!今日は俺が誘ったんだから、お金はいらないよ。」

「そんなの駄目だよ!自分の分は自分で払うよ!」

奢ると言った岸田に少し怒った表情で、その申し出を断った。

「いいから!格好つけさせてくれよ。」

岸田は頑としてチケット代を受け取らず、手に持っていた瑞樹の財布を押し戻した。

これは絶対に受け取って貰えそうにないと判断した瑞樹は、カウンターの隣にあるフードコーナーを指さした。

「じゃあ、飲み物とか食べ物は私が払うからね!」

そう言った瑞樹は、これは絶対に譲らないと言わんばかりの表情だった。

「わ、わかった、わかった。じゃあ、それはご馳走になるよ。」

ここも自分が払うって言ったら、ケンカになりそうな勢いだった為、岸田は観念してご馳走になる事にした。

飲み物と定番のポップコーンを買って、指定された会場へ入り、事前に予約していた席に座った。

次々とお客が入ってくるのを眺めていると、予告が流れ出して館内が少し薄暗くなった。

映画を観るのは勿論、初めてではないが、女の子と2人で観るのは初めてで、薄暗い中、並んで座っていると今まで感じた事がない独特な雰囲気があった。

横目で隣を見ると、瑞樹は予告を観ながら、美味しそうにジュースを飲んでいる。

「私ね、この映画の原作を読んだ事があって、凄くいいお話だったんだ。だから実写化されてどうなったのか、興味があって観てみたかったの。」

もう予告が始まっていたから、瑞樹は少し岸田に顔を寄せて、小声でそう話しかけてきた。何だか耳元で囁かれているような錯覚に陥って、心臓が飛び跳ねたのが分かる程ドキドキした。

「そ、そうなんだ。じゃあ、観に来れてよかったじゃん。」

ドキドキしながら、岸田も瑞樹に少し近づいて小声でそう言った。

「うん。ほら、今の私ってボッチだから、一緒に観に行ってくれる友達なんていないから、連れて来てくれて嬉しかった。ありがとう、岸田君」

ニッコリと微笑みながら、嬉しそうにそう言った瑞樹が、可愛過ぎてどうにかなってしまいそうだった。

こんな状態じゃ、映画に集中なんて出来ないって・・・

そう心で呟いた時に、予告が終わって本編が始まり、館内は完全に照明を落とした。

ーーーーーーーーーーーーー

「おもしろかったぁ!!」

「だよね!私原作読んで知ってるのに、泣いちゃったんだけど!」

集中なんて出来ないとか言っておきながら、ガッツリ入り込んでしまった。

「ラストの見せ方とか、色々想像してたけど、いい意味で裏切られた感、半端なかったよね!」

「それな!いや、あれは感動するでしょ!観に来てよかったわ!マジで!」

席を立ってからすぐに2人はテンション高く映画を語り合った。

その後、カフェで休憩したが、そこでも映画トーク全開!とにかく2人共かなりツボった映画だったようだ。

「いいなぁ・・・私もあんな風に一生懸命恋愛出来たりする日が来るのかなぁ」

恐らく心の中でそう呟いたつもりだったのだろう・・・

だがその想いが強すぎたのか、心の声がダダ漏れていた。


2人が観た映画は決してハッピーエンドで終わったものではなかった。

主人公が25歳、ヒロインが17歳の女子高生の年の差恋愛物語。

色々な障害を乗り越えてお互いの距離が近づいた時、主人公が海外で勝負するチャンスを掴んだ事をきっかけに、事態は急展開を迎える。

男として仕事で勝負するか、彼女に気持ちを伝えて2人で歩んでいくか、大きく揺れる中、ヒロインは主人公の為に、気持ちを殺して悪役を演じて、男を突き放した。揺れていた主人公はこれをきっかけに迷いを捨てて、海外へ旅立つ事になる。出発当日、周りから自分の知らない所で、仕事の夢を捨ててヒロインと歩む人生を選択していた事を知る。最後の最後で、お互いの事を想い過ぎた結果、最悪なすれ違いをしてしまう。後悔しかない気持ちを胸に空港へ走るヒロイン。せめて自分の素直な気持ちだけでも伝える為に・・・

だが、一歩間に合わずに主人公を乗せた飛行機は飛び立ってしまっていた。

それから6年後

東京で主人公とヒロインは偶然再会してしまう。

主人公の腕にはまだ小さい赤ちゃんがいて、ヒロインの左手の薬指に婚約指輪が光っていた。

お互いのパートナーに気付かれない様に、2人は視線を合わせて歩み寄り、すれ違う瞬間、口元に笑みを作り心で同じ事を相手に伝えた。


ーーーありがとうーーー


その言葉を最後にスタッフスクロールへ以降して、この物語は終わったのだ。


「瑞樹さんは、本当に好きな人の為に、自分を犠牲にするような恋愛がしたいの?」

「へ?え、えぇ!?私、今、声に出てた!?」

「う、うん・・・」

「やだ!恥ずかしい・・・何やってるのよ・・・私・・・」

頭の中で考えていたはずの言葉が、岸田に伝わってしまった事を知った瑞樹は、慌てて顔を真っ赤にして俯いて、聞かれた質問に答えだした。


「えと・・・大切な人の人生だからこそ、力になりたいって思う事はあっても、足を引っ張る存在になりたくなんかないから、もし、そんな選択を迫られる事があったら、同じ事をするかもしれないかな・・・わかんないけど・・・」

「そっか!うん、瑞樹さんっぽいな。」

その後も暫く映画の話で盛り上がり、カフェを出てからは、モール内にある映画館だったので、そのままモール内のショップをブラブラと巡り、受験勉強ばかりで運動不足だからと、ボーリングを楽しんだ後、近くのファーストフード店で夕食をとってA駅まで戻ってきた。

今日、1日、本当に楽しかった。初めはぎこちなかった2人だったが、共有する時間が増える程に、自然に笑い合える様になっていた。

だが、その楽しい時間が終わりに近づいた時、重たい空気が2人の間を流れてた。

岸田が立ち止まり、隣にいる瑞樹の方へ体を向けると、瑞樹も足を止めて岸田と向き合った。

「そ、それじゃ、俺こっちだから・・・」

「う、うん・・・」

お互い視線を逸らして、暗いトーンで最初で最後のデートの終焉を告げ始めた。

「えっと・・・本当にこんな中途半端な事になってごめんね。」

「ううん、岸田君が謝る事じゃないよ。誰が悪いわけじゃないんだから、謝らないで。」

優しい眼差しを岸田に向けて、岸田を優しく慰める様にそう言った。

「本当は同じ高校へ進学して、一緒に登校したかった。こんな別れ方なんてしたくなんかない。したくなんかないんだ!・・・でも・・」

「うん、わかってる。私もそうなる事を楽しみにしてたから、残念だけど・・・私の事なら心配しないで!岸田君に沢山救われたから、大丈夫だよ。」

「そうだな!瑞樹は強いから、俺なんていなくても大丈夫だよな。知り合って3ヶ月間、本当に楽しかったよ。ありがとう、瑞樹さん。」

「ううん、私の方こそ本当にありがとう。凄く楽しい時間だった。ずっと忘れないからね。新しい学校でも頑張ってね!応援してる。」

別れの言葉を交わした2人は最後に、握手を交わしてニッコリと微笑み合った。

「それじゃ、さようなら。瑞樹さん。」

「うん。さようなら。岸田君、元気でね。」

「瑞樹さんもね。」

最後にそう声をかけられた瑞樹は、軽く手を振って、岸田に背を向けて歩き出した。

2人はそれぞれ顔が見えなくなると、我慢していた涙がこぼれ落ちる。

お互い気持ちを確かめ合ったわけではない。

でも、これが初恋だったんだと感じていた。

もう振り返れない・・・振り返ってしまったら、泣き顔を見せてしまう事になる。そんな事をしたら、また心配をかけてしまって、これから新しい学校で大変な岸田に迷惑をかけてしまう。

背中から岸田の気配を感じなくなる場所まで、後ろ姿だけでも平静を装わなければいけない。

その気持ちは岸田も同じだった。ここで泣き顔なんて見せたら、瑞樹の性格だと自分も大変な状況は変わらないのに、俺の心配をするだろう。

そんな情けない事はさせれない。だから、瑞樹の姿が見えなくなるまでは、しっかり立つんだ。


お互いがお互いの事を案じて、崩れ去るのを耐えていたが、相手の姿が見えなくなった途端、岸田は駅の壁に頭を当て、下を向いて大粒の涙を流し、声を殺して泣いた。

瑞樹も背中に感じていた、岸田の視線が切れたと同時に、足は止めずに涙を流して声を上げて泣いた。

中学3年生・・・大人でもないが、子供と呼ぶには抵抗がある複雑な年頃に、2人は初めて別れとゆうものを経験した。

忘れる事はないだろう。この経験がこれからの長い人生の中で、どれほどの財産になるかなんて解らないが、この記憶は大切にしようと誓った、虫達の鳴き声がやけに煩く感じる8月の夜だった。


◇岸田と別れて、夏休みが明けても、学年中の瑞樹への対応に変化はなかった。

元々、そんな事なんて期待していなかった瑞樹は、岸田との思い出とお守りとして貰ったキーホルダーを胸に、こんな事で私は絶対に負けない。

負けたりなんてしたら、岸田君が何の為に頑張ってくれたのか分からなくなるから。


瑞樹はそう誓って、より一層受験勉強に力を入れた。殆どの時間を勉強に費やして、塾長のお墨付きを貰った瑞樹は、見事に英城学園に合格してみせた。


ここから仕切り直しだ。同じ失敗はしない、必ず高校生を楽しんでやるんだから・・・














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