深層の奥地にて蛇の王は待つ
「いい、それだよ、もう少し……!」
ガーデンの中、完成したばかりの焼きガマに隠れて私はある光景を見守っていた。
視線の先にいるのは、以前はじめてのナイトウォッチングのときにエッグロウを襲っていたモンスターだ。エッグロウは体のシルエットそのものが卵に似ているけれど、このワシらしきモンスターも翼が白っぽく、翼を畳むと丸っこい印象になる。だがこのこは生卵というよりはゆで卵の印象だ。
胴体部分とクチバシが黄色い派手なカラーをしているが、それが余計にゆで卵っぽい色みに思える原因になっているように思う。長い尻尾の真ん中が銀色の羽色をしていて、一見すると卵にスプーンが刺さっているようにも見える。面白いカラーだ。
腐食して色がくすんでいるといっても、夜の草原でこれだけ目立つ色をしていながらハンターをしていたというのがすごいと思う。普通なら夜に紛れづらい色だし、狩りには不向きだと思うけれど。
そんなモンスターを観察している理由はひとつ。
ゆで卵を近くに置いて食べるかどうかを観察しているのだ。
来訪しているのだからあと一歩だろう。条件があるとするなら、やっぱり卵料理かなあ……と考えたのだが、なんと何回かもうこのチャレンジは失敗している。
でも別に、それは食べなかったというわけではなく……。
「クルルルル……」
あ、食べた!!
苦節ゆで卵を設置すること六回……ようやく!
ゆで卵を、他のモンスターや住民ちゃんたちに何度も先に食べられちゃって、あのモンスターが食べるまでになんと六回も設置し直すことになったのだ。モンスターたちは自由にガーデンを闊歩しているし……釣りゲームで目当てのおさかなのシルエットが引っ掛かる前に別の魚が餌に食いつく現象のように、何度も失敗していた。
そしてようやく……ようやく今成功したのだ!
ワシがクチバシでゆで卵をはさみ、上を向いて丸呑みするように喉の奥へ押し込んでいく。ごくんと喉が鳴って、バサリと翼を開いたワシがモンスターの卵に変化していく。
そうしてピシリと卵が割られると、そこには色鮮やかな、腐っていないゆで卵カラーのワシが一羽立っていた。
――――――
No.135
名称【エーグル】
・ 分類:畜産物
・ 原型食物:卵
・ 原型生物:ワシ
・ 危険度:D
・ レア度:SR
・ 大きさ:1タイル
・ 生息地域:枯れ果てた草原
・ 好物:卵料理、穀類
・ 来訪条件:
枯れ果てた草原の表層探索を一度以上行っている。
卵料理を一種類制作する。
・ 住民化条件:
枯れ果てた草原の表層探索率30%以上。
ゆで卵を1回与える。
・ 汚染タイル数: 陸上1
・ 能力:
一日一回、卵を1個生産する。
探索に同行可能。同行中、飛行系・空中出現モンスターを優先して発見し、攻撃する。
空中からの奇襲を一度だけ無効化する(探索1回につき1回)。
・ 備考:
探索同行時、地上戦闘能力は低い。
・ 生態観察:
エーグルは枯れ果てた草原の上空を滑空する、小型のワシ型モンスターである。
卵を原型とするためか攻撃性は低く、早い段階から人の営みに順応する傾向がある。
表層探索の時点で出会うことができる数少ない飛行系存在であり、対空の索敵役として重要な役割を担う。
地上での戦闘力は乏しいが、空からの警戒と初動の安全確保においては非常に有用である。
草原における探索の幅を広げる、初期の対空要員として位置づけられている
――――――
攻撃性が……低い?
思い出すのは野生のエッグロウを襲撃する姿ばかりだが、まあ……図鑑が言うのであれば攻撃性はそこまで高くないほうなんだろう。野生の動物の挙動だと思ったら普通だし。
すでにいるエッグロウとはそこまで仲良くできないかもしれないので、どちらかを第二ガーデンのほうに移すべきかもしれない。ガーデン内もそれなりに広いから端と端で上手く共存してくれたら一番いいんだけどね……。
しかし、これでようやく対空戦力が手に入った! どうやら、条件さえ合うならそれなりに序盤のほうから住民にできる子だったらしい。もしかしたら私よりも先にこの子を住民にしている人だっているかもしれない。
みんなの飼育日誌はちょいちょい確認しているものの、すでに住民にした子以外は見ていない。
やっぱり初見の楽しみってものがあるから、なるべく自分で頑張ってみて、本当に分からなかったら確認しようかなとはじめて思うくらいだ。
今のところ、他の人ので見るのはモンスターの感触日記とか、鳴き声日記みたいなのかな。一言二言の日記だ。早く架空の食レポ載せる人が出てきてほしいものである。絵を使ってる人も増えてきていて私としては嬉しい限り。
焼き窯のそばからスケッチを描いて立ち上がる。
「よろしくね、エーグル」
「クルルルル!」
まだまだ失敗するかと思って用意していたゆで卵をさらに差し出すと、エーグルは喜んで鳴き声をあげる。
クチバシを私の手にすり寄せてパクパクと開閉させた。思わずクチバシを撫でてみると、すべすべしていて、さらに頭にまで手を移動させてみれば羽毛の中に指先が沈み込む。ふわふわだ。ゆで卵がイメージとはいえ、この子はしっかりと鳥であるらしい。
エーグルは小型のワシモンスターだというが、翼を広げればそれなりに大きい。
うーん、3タイル分くらいかな。翼を畳めば1タイル分だ。大型となったらどれだけのものを指すのか……知りたいような、知りたくないような。シーちゃんに訊けば教えてもらえるだろうけど、できればそういうのは実際に見てから驚きたいよね。
……アプリコッティガーのように。
「ティガーくん」
「グォ?」
背中のセルフ木陰でうとうとしていたアプリコッティガーに声をかける。すっかりここの生活にも慣れたらしい。大あくびをする姿はさながらでっかい猫だろうか? 鼻先に手を持っていき、ふんふんと匂いを嗅ぐ素振りを見てから顎下を撫でてみる。地鳴りのようなゴロゴロという音が聞こえてくる。通常の猫モンスターよりもよほど大きなゴロゴロに思わず笑みがこぼれる。
これが……はじめて会ったとき、あんなに怖かった虎か。変わったなあ。
一緒に木陰に入る。胴体部分は背中の樹木で影になっているが、お尻と頭は日向に出ている。あたたかな日向に目を細めながら、尻尾をゆっくりと持ち上げ、隣に座った私の胴体に巻き付くように添えてくる。でっかい猫ちゃんにそんなふうに寄り添われてしまうと、立ち上がれなくなってしまいそうだ。
「シーちゃんもどう?」
「ご遠慮いたします」
「そっかあ……」
それでもそばにはいてくれるらしい。近くに控えて立ってくれている。
やがて、私がティガーとともにゆっくりしていると、今度はギャロットがこちらに走り寄ってきた。パカパカと2節音を鳴らして小走りで近寄ってきて、そして直前で止まる。
わさわさと揺らしている、ニンジンの葉っぱのタテガミが豊かだ。首を垂らして鼻先を寄せてくる。この子にも手を差し出せば、ブフンッと鼻息で答えられた。
そしてパクリと手がギャロットの口の中に納まる。
「えっ」
しかし、痛くはない。上唇と下唇だけで柔らかく手が挟まれて、歯は決して当てて来ない。ちょっとびっくりしたけど、甘噛みっぽいかな?
「馬って、こんな感じなのかな……」
あたたかい。手を抜いて顔を撫でてみれば、横長の瞳孔の綺麗な目が細められる。すべすべした筋肉に覆われているように見えて、短い毛がびっしり生えていてなめらかな手触りだ。耳のあたりまで撫でてみると、ラッパのような耳は私のほうをきっちり向いて唇を震わせている。気持ちいいのかな?
尻尾はワルフルやジャガイヌたちとは違い、一切振られていない。ただ、ときどき飛来する鳥系のモンスターが背中に乗ろうとしたときだけ、尻尾を振り、当てて追い払っているようだった。馬は喜ぶときに尻尾を振る生き物ではないらしい。
よく見ると、蹄には蹄鉄らしきものを履いていない。野生動物だったんだし、ガーデンの住民となってもあくまで自然体だから、当たり前っちゃ当たり前か。
「こんな風に間近に動物の仕草を見れる機会なんてないからなあ……」
構ってやりながらギャロットのこともスケッチしていく。
それから、少し思い立ってスケッチブックを閉じた。
「そうだシーちゃん、今なら最強のメンバーで探索に行けるんじゃないかな?」
「どのような編成でしょうか」
「ふふん、聞いてね。ティガーに、ギャロット。それにエーグルとバタベア!」
近くで聞いていたらしいワルフルがショックを受けたように固まった。ごめんて。
「近接、地上の戦闘要員にティガーでしょ。ギャロットは私がのって移動する高速移動要員。それから対空要員のエーグルに、探索で邪魔なものがあったとき詰まったりしないようにバタベア。どうかな?」
「よろしいのではないかと」
「だよね!」
いつも一緒に行っていたワルフルがしょんぼりしてしまったが、今回はこのメンバーで試しつつ、深層をざっと見て回りたいので納得してもらうしかない。
「素早く移動するのですね」
「うん、モンスターに遭遇して戦闘にならないうちに逃げながらマップを埋められるといいかなあって」
「そうですか。では、途中で止まってスケッチ……は、難しくなりますね?」
からかうような口調でシーちゃんが言ったものだから、なんだか嬉しくなって「描きだしそうになったらちゃんと止めてね」と答える。
「私がお止めしたところで、ユウ様が止まるとも思えませんが……」
「分かってるなあ……ふふ。ギャロットから落ちない程度に頑張って見るね」
「はい。ガーデンテイマーを落としたなどと、ギャロットにとっての最悪の不名誉を与えないようにしてくださいね」
「もちろん」
シーちゃんはモンスターたちに寄り添うような発言も増えてきている。
やはり私の影響も少なからずあるだろうか? 元々そういう性質だったのが、表立ってきているだけなのかもしれないけれど。
立ち上がって寄り添ってくるギャロットの頸を軽く叩いて撫でて、同じく立ち上がったティガーの背を後ろ手で撫でる。
「バタベア、エーグル。探索についてきて」
呼びかけてやってくる大きなバタベアと、ティガーの背中の樹木に留まったエーグルを見やる。
「ねえワルフル」
「わふん?」
「ジャガイヌたちとガーデンをしっかり守って、お留守番しててね。頼りにしてるよ」
「わっ……! ぅわっふー!!」
気合の入った吠えをするワルフルの頭を優しく撫で、ギャロットに座ってもらって背中に乗る。
肢を折り畳んで地面に座り込む姿を見て、馬ってこうやって座るんだ……なんて感心しながら。
ギャロットが立ち上がると、足がプランと垂れてどうにも安定しない。
「タテガミにお掴まりください。足はあまり力を入れますと、かえって歩いた際の反動が大きく背筋に突き抜けていってしまうため、リラックスしましょう。ある程度はギャロットが歩様を調節するため、体を強張らせないようにご注意ください」
「もしや、本格的なリアル乗馬スキルがいる!?」
「心配はございません。ユウ様に合わせて調整されますよ」
「そ、そっか」
空中都市で乗馬用品が売っているようなら、次はちゃんと鞍を買おう。そう決心した。
◇
ギャロットの背中に乗り、足元にはティガーが控え、バタベアがついてくる。エーグル1羽だけがティガーの樹木で休んで移動の疲労を一切負わずに待機していた。ちゃっかりしている。
私がバランスを取りつつ、景色もある程度見ているからかギャロットの歩みはパカパカと2音節で比較的ゆっくりだ。早歩きくらいの速度で、森を駆け抜けていくような疾走感はない。
深層の中で見かけるのは大きな耳の部分が食パンになっているゾウや、これまでも出会ったことのあるキリンが2種類。また、地面に転がっているチョココロネみたいなのが気になって観察してみれば、それはワームースのようなミミズ型のモンスターらしかった。コロネの中に目が光っていて、どちらかというと宿を借りているなにかっぽい見た目だが……逃げていくとき、巻かれていたコロネみたいなところが伸びてしっかり虫っポイ挙動をしていた。あれは苦手な人は苦手だろう……多分。
そうしてあと少しで、マップだけなら全て埋まる。
そんなときだった。
大きな……ゲームで言うなら世界樹のような、巨大な樹木のある広場に出た。ただし、その立派な幹から想像できるような豊かな葉は1枚もなく、全て茶色く枯れているか、剥き出しの枝のみが残されてどこか寂しい印象を受ける。
その大きな樹木の枝からこちらを見つめる鋭い視線があった。
太い枝を周回してなお余る巨大な胴と、肉厚な舌。
赤い眼。
鱗に刻み込まれた大きな傷跡と、緑のその鱗の尻尾の先に茂るなんらかの葉っぱ。
枯れ落ちた植物体が巻かれた古い怪物。
その鋭い牙から垂れ落ちる液体は、森のあらゆるものを溶かす毒になっているのだろうか?
シャア、と擦れるようなしゃがれた空気の漏れる音が、遥か遠い枝の上からだとしても、敵意いっぱいの威嚇音が私に向けられた。
「グルル」
「どうなさいますか、ユウ様」
「ちょ、ちょっと待って……! す、少しだけ少しだけ! ティガーは待機。まだ手は出しちゃだめ!」
慌ててスケッチブックを取り出して、荒いラフを作成。それからスクリーンショット。
威嚇するティガーに声をかけつつ、その姿を目に焼き付けようと睨んでくるその赤い眼を睨み返した。
「シーちゃん、あれってもしかして」
「はい。あの『蛇』はこの枯れ果てた草原の深層を支配する頂点のモンスターであり、草原の汚染進行をそれ以上に進行させない成分を分泌していると推測されている、特異な長寿個体です」
牙から滴っているのは毒ではない……?
まさかそんなモンスターがいるなんて思わなかったけれど、間違いなくあの子が枯れ果てた草原の深層ボス。
「――当該区域の奥地にて、頂点個体の存在を直接検知しました」
はじめからあるフィールドの、本当に本当の頂点。
「ユウ様。特異長寿個体『バジルスク』との交戦を開始しますか?」
以前ティガーにはじめて会ったときは、撤退を推奨された。けれど今は、肩に乗っているシーちゃんがどうするかを私にゆだねてきている……つまり、今でも十分挑むことは可能だということだ。でも。
「バジルスク……か。また来るよ」
お散歩感覚のつもりのまま、通りすがりにやり合うのはどうにも相手に失礼な気がした。
するなら、真剣勝負で。
だから。
「撤退! みんな帰るよ!」
空気の擦れるような巨大な蛇の鳴く音を背に駆けていく。
ギャロットの頸にしがみついて、見えなくなるまで私は蛇を見る。
どこか寂しそうな蛇の、鋭く赤い眼を。
視線が遮られて見えなくなるまで、最後まで蛇は私たちを睨んでいた。
作者はリアル乗馬クラブ勤務。
馬の可愛さをもっと知ってもらいたいぜ!! 最近はじめて仔馬が産まれたところを見てあまりにも可愛くて可愛くて仕方ありません。それはそれとして死ぬほど忙しいんですけどね!!
……と余談はここまでにしておきまして。もっと大事な話です。
なんとこのたび、【ネット小説大賞】において本作【腐食世界のガーデンテイマー】が受賞!!!! させていただくことになりました!!!!
神獣郷オンラインもそうですが、私は自分の見たいものを書くをテーマにしておりますので、多くのかたに共感いただけることはとてもありがたいことでございます!!
本作はフレーバーテキストを読むことを主題としているため、コミカライズ!? コスト高くない!? と驚きましたが、心強いお言葉をかけていただき、安心してお任せしてみようと思いました。
これからもどうか本作をよろしくお願い申し上げます!




