35.氷見谷譲二という人間
氷見谷譲二はあまりに孤独の絶えない青年だった。
だがそれは決して彼が望んだものでも望まれたものでもない。しいて言うなら与えられてしまったものである。
譲二は不治の病を患っていた。余命はとうの昔に過ぎたが治癒したわけでは無く、明日とも知れぬ命を胸に彼は生き永らえていた。
いつ消えるやもわからない灯火を抱えた彼の精神は、もはやいつ折れてもおかしくない状態だった。
学校へはいけないゆえ友達もおらず、病室で常に一人。
彼を一人で育てた母親もたまに顔を出すがすぐ仕事に戻ってしまう。
それは他ならぬ譲二のためであると知っていたから彼もわがままは言わなかったが、やせ細る母を見る度に己の存在価値を考えられずにはいられなかった。
蓄積された悩みの暴発はある日突然に起こった。
彼の母が仕事中に過労で倒れたのだ。幸い命に別状はなかったが、その出来事は譲二に死を考えさせるには十分なものだった。
己の死で最愛の人が楽になるのなら、理由を得た譲二を止められる人間は不幸にも彼の傍にはいなかった。
路側に立つ譲二は何かに背を押されるようにして道路へ身を投げた。
己も母も、ようやくこれで解放される。彼の身体は軽やかなものだった。
しかしその身は車体に衝突し転げるわけでもなく、歩道に引き戻される。
すぐ横には譲二の腕を掴む銀髪の少年が座り込み、譲二に対して荒々しく言葉を投げつける。
決意を遮られた譲二は少年をひどく憎むと同時に涙があふれた。それは車体を前にした瞬間、生きたかったと思ってしまったからだと後に譲二は思う。
病院には戻された、いつも通りただ自責の念にかられながら死を待つ毎日。
唯一変わったことと言えば、銀髪の少年が病室に現れるようになったことである。
飽きもせず毎日訪れる少年に譲二も初めの内は戸惑っていたが、時が経つにつれて譲二の表情にも明るさが戻っていった。
その様子を見て微笑む母の姿が譲二には何よりも喜ばしかった。
一か月後、譲二の容態は急変した。
命が終わろうとする刹那、譲二はこの一か月を想起する。
もし一か月前、少年に腕をひかれていなければどうなっていただろう。
少なくとも人との会話が楽しいことなど知ることはなかっただろう。
何より自死を選んだなら、母は一生を悔やませることになったかもしれない。
間違いなく、こんなに清々しく終わりを迎えられることもなかった。
譲二は一度は心から憎んだ少年に、心の底から感謝した。
そして彼は気を失う激痛の後、息を引き取った。
その後、氷見谷譲二はリズへと転生した。
再び生を宿した彼には、死したからこそ強く思うことがあった。
――オレも、あの少年のように誰かに手を差し伸べられる者になりたい。
そう誓った一年後、彼は刻筆師の娘と出会うこととなる。
そして六年後、彼はノルカーガにて恩人と再開したのであった。




