第6話 彼女の道のり×旅路の目的
「そんなことないよ! エニグマとか関係ない! ヴァルフリートさんやメテウスさんもいるし、俺もいるから。だから……そんな事言わないで、ね!」
そう笑顔で言って見せれば、曇った表情は消えて微笑んでくれた。
「そうですね……エドガー君も一緒に背負ってくれていますから」
「うんうん、一緒に背負ってるんだから安心して! ヴァルフリートさんの家での扱いは悪くない? 大丈夫だった?」
「そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ。待遇は良くはなかったですが、孤児院にいた時よりも遥かに良くて悪くもなかったです。辛い事も多くありましたが、アイリス様とターニャ様が貴族と付き人という垣根を越えて、良き友人でいてくれて楽しい日々を送れました。それに……離れていてもエドガー君がいてくれるからと、心の支えになっていましたので」
晴れ渡る青空と同じように一切の曇りのない微笑みで嬉しそうにそう話すミラちゃんの表情が、どれほど幸せな時間だったのかを物語ってくれる。そして自分も心の支えになれていたことが嬉しくてたまらない。
その表情が見れて心底嬉しくて、ホッとした。俺もずっと同じ気持ちだったから。
「そっか……よかった」
「そんなに泣いてくれるくらいに思っていてくれたんですね」
気が付いたら涙がまた頬から落ちていく。本当に泣いてばかりだ。
でもそんな俺を見てミラちゃんは嬉しそう。
「俺もミラちゃんがずっと心の支えになってくれてて……本当は手紙を出そうと思ったんだ。でもあの孤児院には色々あって記憶がおぼろげなまま行ったから場所がわからなくて……ようやく見つけた時には閉鎖してるって聞いてさ。ずっと心配してたんだ!だから泣くくらい嬉しいよ」
「フフッ、ありがとうございます。私も心配してました。同じく手紙を出そうとしましたが……孤児院での待遇が悪く、調べる事もできませんでした。まぁ待遇が悪いのは私の一族が残した負の遺産のせいですがね。それとあの孤児院はエニグマを報告したという事でヴァルフリート家から相当な報酬金を貰ったみたいで、職員全員がやめてしまったので閉鎖となったようです。なんだか複雑な気分ですけど仕方がない」
彼女の一族は没落貴族だった。
それなりの地位にいたがそれは、あくどい生き方をしてのし上がってきたという事らしい。だが悪事が露呈し凋落。そのタイミングでミラちゃんが生まれたものだから呪いの子だと蔑まれ、あの孤児院に捨てられた、とあの日に話してくれた。
一族の悪事が尾を引いて、周囲や親類からも敬遠。あの時いた孤児院の関係者もその影響を受けていたので、ミラちゃんの待遇は良くなかった。まぁそれでも孤児院としての最低限の事はしてもらえていたようではあったが。世の中、良い親ばかりではないのが悲しくなる。こうやって何も悪くない子供に被害が及ぶのだから。
そういう意味では、研究に没頭し蒸発したライナーの父親も同じ。世界は無慈悲だ。誰に対しても平等に。
「ミラちゃんは悪くないのに、それでいて嫌な大人だけが得をする……なんだかなぁー」
「強いて言えば『運が悪かった』と言う感じですかね。でもそのおかげでエドガー君に出会えましたし、アイリス様、ターニャ様にも会えたので良しとしましょう」
「それもそうだね! 俺もミラちゃんに会えたから良しとするよ!」
人生は不条理だ。悪い事をしていても人生は大きく好転するし、逆もまたしかり。全員に不平等だ。だからこそ目の前の幸せを全力で噛み締めた方がいい。
いつその幸せが消えるかわからないからね。
「それでエドガー君はどこへ行こうとしていたんですか?」
「騎士団養成学校に入るために、入学試験を受けに【イクシオン】に行くんだ!」
『イクシオン』─スカイ国の中心に位置する都市であり、王都である。
王都というだけあって広大な土地に国の中枢を担う機関がこの場所に多く集まり、スカイ国を回している場所である。そのためこの場所に本家を置く貴族も多い、とライナーが事前に情報を調べて教えてくれた。下調べするなんて偉い。
たぶんさっきライナーが『目的地は同じ』と言っていたから、ヴァルフリート家もイクシオンに家があるのだろう。
イクシオンを中心にスカイ国が回っていると言っても過言でないため、騎士養成学校の試験もそこで実施される。それを受けるために俺とライナーは国の端っこにある村から出てきたというわけだ。ここまで馬車に揺られる事、丸二日。まだ着いていない。御者さん曰く、今日中には着けるらしい。
「あら、それは奇遇ですね! 私も入学試験を受けるために、イクシオンへ向かっている所でした」
そう言うとミラちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
「え? ミラちゃんも入るの! じゃあまた一緒にいられるね!」
ミラちゃんとまた一緒に過ごせると想像しただけで嬉しくてついつい浮かれてしまう。まだ合格したわけでもないし、なんなら受験すらもしていないが。
「まだ受験すらもしていませんがね」
「動きキレキレだったし、ミラちゃんなら絶対合格できるよ~!俺も 合格できる……はず!」
「先ほどの動きを見ていればエドガー君も間違いなく合格できますよ。対生物としてはまだ経験不足でアジャストできていないようでしたが、剣捌きやマナ操作などの対人技術は余裕で騎士としての水準に達しているように見えました。あの日から、お互い……頑張りましたね」
2人で過ごしたかけがえのない時間を懐かしむようにスカイブルーの瞳はまっすぐ俺を見つめ捉えて、優しく包み込んだ。それが無性に幸せで、嬉しくて、体の芯からじんわりと熱くなっていくのを感じた。いっそう顔が綻んでいくのがわかる。
ある目的のために頑張りすぎるくらいに頑張った。きっとそれは彼女も同じで。あの身のこなしと、この佇まいを見ていればおのずとその努力や頑張り、苦労がわかる。
こんな名もなき草原の真ん中で偶然にも再会できた。この冷たく残酷な世界で『運命』という言葉をあまり信じる事はできていなかったけど、これからは少しは信じてみようかな。
「そういえばミラちゃんはなんで騎士になろうと? ヴァルフリートさんの護衛があるんじゃ?」
「あぁ、それは前当主であるアイリス様のお父上からの命令ですね。ヴァルフリート家は騎士団創設メンバーの一角であり、今も上層部とも深い関わりのある一族ですので、影響力を維持するために『護衛を続けつつ騎士団に入り、手柄を上げる事でヴァルフリート家の名を高めよ』……と面目上は言われています。しかし思惑としては、自分の家が保有しているユニークスキル発現者を誇示することでヴァルフリート家がいかに素晴らしいかというのを見せびらかしたいんですよ。私としては、これからの人生をどうしたいかというのは特に決めていなかったので了承しましたが」
「ミラちゃんの意向も聞かずに自分の欲望のためだけに押し付けるなんて酷い人だね! 引き取った理由といい、人をまるで道具のように見て……」
「世の中、そういい人ばかりではないという事です。思惑はどうであれ、人並みの生活は送れているのでその部分には感謝してますよ。しかし素晴らしい事に、アイリス様はそういう部分を引き継ぎませんでした」
そう言って心穏やかに微笑むミラちゃん。その表情は本当に嬉しそうで、これがどれほどの喜びかと考えれば、ヴァルフリート家での生活の中には幾多の苦労と葛藤があったのだろうと察する。そんな彼女の心の支えに少しでもなれていたことが誇らしい。
あの1日にも満たない時間は一生心に残り続ける、かけがえのない瞬間だった。
さっきの会話と話しぶり的にヴァルフリートさんはミラちゃんを大切にしてくれているみたいだし、本人の意思も聞かずに勝手に決めるようなことはしないと確信すらも持てるほどだ。
「なので心配は無用です。むしろ私としてはエドガー君の方が心配です」
「ふぇ? 僕ですか?」
「エドガー君が騎士団に入りたい理由って─【敵】を探すためですよね?」
「……うん、そうだよ」
ミラちゃんは、全てを知っている。あの日に何もかも打ち明けたから。俺の事も、村での出来事も、そしてこれからどう生きていくかも。
俺が騎士団に入る目的は、俺から全てを奪った『敵』へとたどり着くためだ。




