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第21話 命を狩る者×渦巻く黒い感情

「なぜわかった……いつ気が付いた」


 俺の言葉に苦虫を噛み潰したよう表情を浮かべ、睨みつけてくるトリスタン。


 本当ならそんな疑問に答える気はないけど、できるだけ時間を稼ぎたいから話をしてみる事にする。周囲に動きがない。どうやらあちらも、少しはお話に付き合ってくれる雰囲気だ。



「まず俺は、最初からアンタが怪しいと警戒していたんですよ。入学試験の時、アンタは受験者の1人と手合わせしていたのに俺を視界に入れた瞬間、一瞬だけ笑ったんですよ……まるで探していた得物が向こうから来てくれたかのように、嬉しそうに不敵に。アンタとは初めて会うから『なんで俺の事を知ってるんだろう?』って思ったけど、第七騎士団が入学試験を管轄してるって聞いて、提出した資料でも見て、俺の顔や名前を知っていたんだろうなって納得したよ。まぁそれがなくとも『この人は悪い人間だ』って、鑑識眼がそう語りかけてきていましたけど、決定打にはなりました。俺、目にはかなりの自信があるんですよ。視力的な意味でも、人を見る意味でも。遠くにいたからと笑ったのは油断しましたね」


「そんな非論理的な事で最初から怪しまれ、計画が破綻するとは……納得できないな。ベルクマンを襲うタイミングも読まれていたのも全てが納得できない」


「狙う時にテンションが高くなったのか知らないですけど殺気が出てましたし、敵がいるかもしれないのに直前にあんな露骨に分断するような隊列を指示するなんて不自然でしょ? 警戒さえしていればタイミングなんて余裕でわかります」


 嘘です。めっちゃギリギリでした。


「それに始めてくる場所なのに案内されてもないのに襲撃場所の方向へ歩いていくなんて、不自然すぎるだろ。まぁあんたはこんなもんだ。次は……アンタだ。いい加減出てきたらどうなんだ? 貴族だからってこそこそと高みの見物は許されないぞ。共犯者のクライム・アダムスさん」


「チッ……目ざといガキだ」


 舌打ちをして不機嫌そうに眉間にしわを寄せた領主のアダムスが、騎士の後ろから顔を出した。ずっとこそこそ隠れていたから気が散っていたんだ。隠れてる割には結界魔法も張って準備万端そうだし。


「アンタは人を見下しすぎた。町が盗賊に襲われているにしては緊張感がなかったし、トリスタンと初めて会うって言ったのにどこか知っている仲のような会話だったし、何よりも……なんで俺たちが学生だって断言できたんだ? このライトブルーの鎧は全員共通だぜ。それと後ろの反逆者の騎士風情は手を抜きすぎだ。盗賊との戦闘で怪我人が……って、だったらもう少し血痕とか戦闘の痕跡が残ってるだろうよ。あんたらは騎士崩れだろ? 今の学生を舐めるなよ。どいつもこいつも舞い上がりすぎて作戦がグダグダなんだよ」


「下民が……今すぐその口を──」


「だけど!!どうしても気になる事がある」


 話しが終わりそうな雰囲気だった。危ない危ない。もう少し引き延ばしたい。


 話を折られた事と、俺から散々な言われようだった敵陣営の表情は険しくなる一方。殺気が増し、苛立ちを募らせていくが、指揮官であるトリスタンに回復魔法をかけている関係でまだ動くのを待っている。でもそれもあと数十秒もない。


 まぁ…引き延ばさなくとも、どうしても気になる事があるのは事実だが。



「なんで俺を狙った? 上流貴族や第七騎士団でそれなりの地位についている人間が、リスクを冒してまで。俺はアンタらを知らないし関係なく生きてきた。関わりなんてなかったのに……なぜ? 自分で言うのも悲しくなるけど、俺に特別な価値なんてないぜ。メリットがない」


「あぁお前に価値なんてないさ。俺達にとってはお前はどうでもいい存在だ。そこにいるミネルバの連中の方がよっぽど価値がある。そいつらは金になるからな」


「俺が狙いなのにどうでもいいって矛盾してないか?どういう事だよ」


 俺を殺すために呼んだ。でも奴らにとって俺はどうでもいい存在。意味が分からん。


「黒幕がいるって事だ。そいつはお前の事は狙っていてここに連れてきたけど、他の奴はどうでもいい。目の前にいる下賤な輩はミネルバの民である2人を狙っているから、それに合わせてお前を連れて来る作戦に乗った……って感じじゃないか?」


 ライナーが呟いた。

 黒幕。なるほど。確かにそれなら辻褄が合う。そいつからの報酬を目当てにトリスタンとアダムスは俺を探していて、見つかったから今回の事を決行した。でも今の地位がありながらリスクを冒してでも欲しい報酬ってなんだ。というか、俺ってそんな人の怨まれるような事したか?


「アンタらの後ろに付いてるのは──」


「もうお喋りはいいだろう。トリスタン、傷も回復しただろ。時間の無駄だ…殺れ」


 今度はこっちの言葉はアダムスによってかき消された。時間稼ぎはこれが限界か。易々と肝心のことは聞けないのはわかってはいたけど。


 今にも血管が切れてしまうのではないかと思うほどの青筋を額に浮かべ、血走った眼で俺を睨みつけるアダムス。多少煽ったけど貴族っていうのはみんながみんな、ヴァルフリートさんみたいに心に余裕があるわけではないらしい。


「全員、殺してやる。嬲り殺しだ!!!」


 ニヤリと不気味に笑ったかと思えば、正気を失っているような寒気がするくらい悪意に満ちた瞳に変わっていく。腕に矢を放ったのはあるにしても、ここまで敵意と殺気を出すのは異常だ。もう目の焦点すらもあっているような感じではない。何かがおかしい。人間としての外れてはいけない何かが外れてしまったかのような。


 注意深く見ていると、半透明な黒い何かが全身に纏わりついて揺らめいている。トリスタンの殺気が増す度にその黒いオーラのようなものの動きは強まり、揺れ動く。


「なんだ、あれ…?」


「ろくでもないものなのは確かだな」


 わからないけど…『似ている』。あの日に見たものと違うけど少しだけ似ている。

 

 そんなトリスタンを、仲間であるはずのアダムスですら哀れな目で見ていた。


「闇に当てられたか…飲まれる前に理性は保てよ。金になるからミネルバの連中は生け捕りにしろ。他の男は殺して構わん。奴隷は足りてる。女は無傷で生かせ…俺の妾にしてやろう」


 その表情は、人間の醜い部分を煮詰めたようで、直視するのも憚られるほどに嫌悪感を抱くほどに気色悪いものへと変貌していた。欲望に塗れた、見るも無残な人ならざる姿。


 闇に当てられたとか言ってるやつも、自分の欲望を丸出しにするやつも、どいつもこいつも率直な感想は──。


「気持ち悪っ…」


 言動も相まって、ついつい本音が零れてしまった。でも同じ人類であると考えただけで不快だ。もうここまで来れば、あいつらは人間の皮をかぶっている別の生き物だと考えた方が気が楽になる。それほどまでに気持ち悪い。


「しかしトリスタンよ、リストにあったヴァルフリートの所のエニグマ女を連れて来なくて助かったぞ。あんな男みたいな女を連れて来られたら、しらけてしまうからな」


「ハハハハハ、それは確かに!髪は短いし筋肉質で本当に男みたいでしたね!」


「でも顔のパーツ自体は良かったから髪を伸ばせばいい感じになったと思いますぜ」


「…あ?」


 気が付いた時には口から漏れ出ていた短い言葉は、自分でも驚くほどに冷たく、地の底から響くような声。

 同時に、構えていた矢は放たれていた。


 まっすぐアダムスの脳天に向かうが、結界魔法に阻まれて衝撃波を残し、破裂。声は止み、空間に殺気が広がっていく。でもそんな事はどうでもいい。


 ヴァルフリートさんの所のエニグマ女って…ミラちゃんの事か?今こいつらは、あの子の事をあざ笑っているのか。


 髪が短くて筋肉質で男みたい、しらける、髪を伸ばせばいい感じ…。


 その冒涜的な言葉が頭の中でループする度に心臓を直に掴まれたかのような圧迫感に加え、破裂するかのように激動して、血の流れが一気に加速していく。血が沸騰しているかのように熱い。心の中をどす黒く醜い感情がうごめいて、自然と全身に力が入って呼吸が荒くなっていく。


 人生で二度目だ。


「その減らず口、二度と開けないようにしてやるよ……お前らごときが、あの子の事を口にするな!! 穢れる!!!」


 こんな奴を本気でこの世から消したい思ったのは。


 彼女がこんなクズ共に、下らない評価をされなくてはいないのが許せない。たとえ本人が今この場に居なくとも。彼女を傷つける言葉をこの世に放たれるのが許せない。


 人生でこんなにも怒りを感じたことはあまりなかった。しかも奇遇な事にどっちも貴族とはな。


 今はもう、目の前にいる下劣な獣達を黙らせる事しか考えられない。


 ただ良かった事は、この場にミラちゃんがいないという事だ。こんな穢れた言葉を聞かれなくてよかった。


 そして、俺のこんな姿を見せずに済んだ。


 ただそれだけが不幸中の幸いだ。

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