表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

現状報告

山本勝だ。日記を書く。やってみたかったんだ。だが毎日というわけではない。大きな変化が起きたら書くようにする。

ひとまず現状報告をする。

俺はあの”施設”から出た後、幸子先生から言われた通り近くを通る船の側面に張り付いてやり過ごし、本州に上陸した。

あのマサヒコとかいう研究員が俺の記録を書いていたようだが、おそらく間違った記録を書いただろう。

身体検査の時、俺は手を抜いた。まだ完全にあの人たちを信用していたわけではなかったからな。俺の能力を把握されたくなかった。感覚的に力を抜いたからかなり不自然なデータが出たと思う。あの男は測定結果を見るなり訝しんでいた。俺には四つの触手がある。二本じゃない。

アメリカ軍を殲滅した後施設を少し見て回ったが、死体の中に幸子先生のがなかった。もしかしたらまだ生きてる可能性が高い。

本州についてから、俺は人目につかないように移動した。出たときは昼だったが、着いた時には二日後の夜だった。船にはアメリカ軍の人間が乗ってた。ばれたらまずかっただろう。

まず服屋を探した。周りを見たらいかに自分の服がボロボロかが嫌でも分かった。まずは不自然に見られない姿を確保したかった。幸子先生からもらった金を使った。あの人には感謝しかない。

人間社会に出て最初に降り立ったのが東京だった。空襲があったらしい。俺が来たときは一面焼け野原だった。

幸子先生に言われた通り、まず家と仕事を探した。

皮肉ながら、東京が焼けたおかげで戸籍の登録が容易だった。ただ「家が燃えた」とだけ伝えると、役所の人は新しい戸籍を発行してくれた。俺の名前は山本勝だったが、偽名を使うべきだろう。俺はその日から、”菅拓磨”と名乗ることにした。

焼けても東京は都市だった。仕事はたくさんあった。問題は家だった。聞いていた家賃の相場よりかなり高い。

人が多いというのもあり、俺は東京での生活は難しいと感じた。

電車とかいう乗り物があったが、できるだけ金は使わないようにしたい。

「しばらくお金に困らない」とは言っていたが、もう少し慎重に行動することにした。

なにより、人が多すぎたし、電車より俺の方が速い。

もっと田舎の方、東北、岩手を目指すことにした。

山の中を大体一時間ほど走っただろうか、盛岡という場所に着いた。

東京ほど都会ではないが、ここもたいそう発展していた。

十一月というのもあって、夜中の東北は肌寒い。

とりあえずその日は宿に泊まることにした。

高級とも貧相ともいかない真ん中の質の宿だった。でも設備はしっかりしている。

共用ではあったが風呂場があり、体を洗った。何気に初めてだったな。疲れがなくなる。

ベッドも食事も、あの施設のものとは一線を画していた。

あの研究員たちに文句を言いたいわけじゃない。ただ、いかに自分があの頃の日常とはかけ離れた場所にいるのかを実感しただけだ。元の”山本勝”もこんな生活を送ってたのだろうか。

次の朝を迎えるとまず俺は仕事を探しつつ町中を練り歩いた。何があるのか確認しておきたい。

朝から人通りは多い。だが普通の格好をしている俺を特に誰も気には留めなかった。城下町の名残があって、瓦の家が多く立ち並んでいた。

商店街や大通り、繁華街など、俺にとっては初めてのことばかりだった。

今や日本全土をアメリカが監視している。ときどき装甲車が横切って行った。

米軍たちが小笠原諸島で起きた米軍の怪死事件について話していた。俺が全滅させた米軍たちのことだろう。あの人たちには家族がいた。俺に家族はいないが、死んでほしくない人間はいる。

あれ以降、俺は言われた通り人に危害を加えるつもりはない。命は尊い。

ただただ歩いて仕事を探すのは無駄な時間だ。俺は公共職業安定所に向かった。

アメリカ軍の占領により日本の社会制度は大きく変化した。それに伴い役所などの公務員の仕事が爆発的に増え、臨時雇いとして求人を出しているようだ。俺は試しに応募してみることにした。

統計や調査などの書類などはよくわからず、素人の俺が行けば足手まといなのはわかっていたので、配給業務の事務作業を選んだ。

だが、仕事を見つけるというのはかなり難しいものだな。あの臨時雇いには優秀な肩書を持った人間が同じように多く応募していた。安定する仕事なのだろう。もちろん何の経歴もない俺が選ばれるわけもなかった。経歴を問われにくい仕事を探す必要がある。

どうしたものかと町中を歩いていた時に、一人の七〇ほどのばあさんに声をかけられた。今暇かどうかとか。話を聞くところによると、そのばあさんは自営業の飲食店をやっているんだが、午後から予約してきた団体の数がかなり多く、今の従業員だけじゃ人手不足らしい。それこそ安定所に求人を出せばいい話だろう。

その旨を伝えたが、求人を受けてくれる人は誰もいなかったらしい。飲食店はそれほどいい家系ではなく、たいそうな給料を出せないために、どうしても他の仕事よりも劣ってしまっていた。

そこで直接人をスカウトすることにしたらしいんだが、俺がちょうどいい存在だった。

若くて動けそうな人間。そして本人は仕事を探している。

俺はその仕事を受け持った。店主のばあさんの田村珠子、その息子の田村虎治郎、そして従業員の佐藤奏。虎次郎から一通り仕事内容を教えてもらった。皿洗い、接客、会計。こなれているのか、中年のおっさんの虎次郎の説明はわかりやすい。料理は珠子が主で虎次郎がたまに手伝っている。俺と同い年に見える奏は今回の俺と同じく皿洗いや接客を行う。

予約の時間、およそ十数人の男たちが来店してきた。二次会というやつなのだろうか、皆顔が赤く、重症とまではいかないが、足元がおぼつかなかった。男たちは椅子なり座布団なりに座ってはかなりの量を注文した、とは言うが、十数人分としては妥当な量だった。虎次郎は珠子の手伝いに回る。

俺は物覚えがいい方だった。言われたことはすべて覚えて、間違いはしなかった。

だがこの男たちはかなり手癖が悪い。奏を呼んでは肩やら腰やらを執拗に触っていた。

初の仕事で俺は一体何を見せられているのだろうか。俺は奏の代わりに男たちの接客を担い、奏を皿洗いに専念させた。男が注文を引き受けるのが気に食わなかったのか、男たちは高圧的気味だった。

これが男というものなのか。だが俺はこいつらと一緒にされるのはごめんだ。

男たちは食事を終えて満足するとふらふらとした歩きで店を後にした。最初から最後まで俺に睨みつけていた。

俺の働きぶりにばあさんたちは感心したのか、俺を臨時ではなくこのまま従業員として雇いたいと言ってくれた。俺には願ってもない話だ。給料は高いとは言えないが、今の俺には十分黒字になる収入だった。俺は二つ返事でその提案を受け入れた。

俺が家を持っていないことを知った珠子は、昔使ってた空き家を俺にくれた。

その空き家はもともと田村一家が使っていたのだが、珠子の夫は病死、もう一人の息子は戦死し、その家は不必要に広い家となり、飲食店を営むようになってから使わなくなったらしい。

俺は遠慮しなかった。ここまでの厚意を無下にするのは逆に失礼だと感じた。

そして十一月五日、今こうして空き家の部屋の一室で机に向っては紙に文字を書き続けている。

力を人を助けるために使えと言われた俺は今、人に助けられている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ