4輪目
家族は、すでに処刑されているだろう。王家の裏切りにとも呼べる所業に怨嗟の言葉を吐きながら。そして、その対象には自分も入るのだろう。
すべてを知っていて、言わなかったのだから。
―――でも、良いのだ。
愛した人が、幸せになるのだから。
「マクミール家は取り潰しとなった」
「長年王家に忠誠を捧げていたのに」
「本当にこのままでいいのか」
「これは、我らに対する裏切りでは」
「許せるのか」
「許してもよいものか」
「いずれ我々も」
「そうだ、そうならないとは限らない…」
「この度の暴挙、許してよいのか?」
「否」
「否」
「否」
「―――許してはならない」
*****
ジルベスタは、胸の内にしこりを感じながらも愛するマリアンヌとの婚約に浮足立っていた。子爵という立場では少し難しいため、どこかの高位の貴族に養子に入ってもらってからの結婚となるだろう。
さて、どの家に頼むかとジルベスタが考えていると。
「殿下」
「ん?ばあやか、どうかしたのか」
呼ばれて振り返ると、そこには自分の乳母である老婆が戸惑うようにこちらを見ていた。
「殿下、エヴァンジェリン様とお話はされましたか」
「何故? 彼女は王家を…そして私をも裏切った」
思い出せば苛立ちが胸中にこみ上げる。ともに国をよくしようと、支えあおうと誓ったのに、彼女は権力に目が眩んだのだから。しかしそんなジルベスタに老婆は言った。
「殿下、本当にそうでしょうか? ばあやには、そうは思えません」
「どういうことだ」
「エヴァンジェリン様は、殿下の為にずっと努力を続けておられました。正しく民を導けるように、と。そんなエヴァンジェリン様が、斯様なことを本当になさるのでしょうか?」
ジルベスタは、老婆の言葉にむきになって反論した。
「しかし事実、マクミール家から不正の証拠が挙がったと陛下が認めている」
「…殿下、私には信じられないのでございます。情に厚く、お優しいあの方が…。何か、何か理由があったとしか…」
「ばあや、貴女には育ててくれた大切な人の一人だ。だが、それ以上は王家に対する不敬ととる」
「…」
ジルベスタの一言に、老婆は裏切られたような表情をし、一礼してその場を辞した。
一体、なんだというのか。彼女の悪事が暴かれたことに、むしろ喜びを伝えるべきではないのか。なのにどうして、自分が悪いような言い方をされなくてはならない。
だが、それもあと十数日の辛抱だ。そうすれば、彼女の処罰が決定する。国の膿の一つが消えるのだ。
ジルベスタは苛立つ感情をなんとか抑えようとしつつ自室に向かう廊下を歩いていると。
「ジルベスタ王太子殿下」
「…今度は貴方か、ラシューケ公爵…。だが丁度よかった、頼みたいことがあるのだが」
柔和な顔をした貴族、ラシューケ公爵はそれはそれは、とジルに返した。
「私も殿下にお話ししたことがありましたので、城に出向いたのです」
「公爵も? そうか、なら私の私室で」
「いいえ、内密にしたいことですので、人目のつかないところをご用意しております」
「そうか…? わかった、案内してくれ」
ジルベスタは、硬い表情をしたラシューケに気づくことはなかった。
「恐れ入りますが、人払いをさせていただきます。護衛のものも、出てください」
部屋に入るなり、ラシューケはそう言った。ジルベスタは怪訝に思った。しかし公爵である彼が自分を害するとは思えない。彼もマクミールと同等に王家に忠誠を誓っているのだから。
護衛に視線で出るように命じる。そして部屋には二人の男だけが残った。
「さて、ラシューケ公爵。ここまでさせるということは重大な話でもあるのか?」
「…殿下、今回の一件、我々一部の貴族はその処罰について不信感を抱いております」
「処罰?」
ラシューケには処罰など下していなかったはずだとジルベスタは思う。ラシューケは続けた。
「マクミールです」
「…何を言っているのか、理解しているのか? ラシューケ」
ラシューケの言葉は、王家の決定を疑っているということだ。そしてそれは、彼だけではないということにジルベスタは疑問を抱く。
かの家は王家を長年にわたって騙し、甘い汁を啜っていたはずなのだから。彼のような人物からすれば即座に排除したいはずであるのに。
「殿下、我々にはマクミールがそのようなことをするとは到底思えないのです」
「だが、事実証拠は挙がっているのだぞ」
「…恐れながら殿下、エヴァンジェリン嬢を好意的にみられていたのではないのですか?」
ラシューケの言葉が、いちいち癇に障る気がした。どうして終わったことを蒸し返すのだ。すでに彼女の両親と兄は処刑されたというのに。
「彼女は欲に溺れた。そんなものは妃に相応しくない」
ジルベスタが吐き捨ているように言うと、ラシューケはジルベスタを憐みの目で見た。どうして、そのような目で見てくるのだ。
「…殿下、これだけは言うまいと思っておりましたが…。“本物はちにおちた”…この言葉をご存じで?」
「なんだ、それは」
「この言葉は限られた一部の貴族の間で囁かれているものです。本物は王家の血筋を示し、ちは血脈、あるいは階級のことを指しています」
「だからなんだと…な、に?」
ジルベスタはラシューケの言葉に違和感を覚えた。何を言っているのかわからない。王家の血筋が、落ちた。どこに?下の階級に?
自分という存在がいるのに?
言葉の意味を理解した瞬間、ジルベスタは顔を真っ赤にして立ち上がった。自分が本物ではないと言っているようなものではないか、と。
「わ、私を愚弄するつもりか!! 貴様、言っていいことと悪いことも分からなくなったか!! 私はこの国の王太子だぞ!?」
激昂するジルベスタを、ラシューケは湖面のような瞳で見る。その落ち着いた雰囲気に、ジルベスタの言葉は詰まった。その姿が言葉に信ぴょう性を持たせてしまう。
「…一体、どこから―――」
話を聞く体制のジルベスタに安心したのか、ラシューケは口火を切った。
「―――話は、殿下がお生まれになったころからです。両陛下の不仲は、当時から酷いものでした。そんな中、王妃陛下に愛人がいると噂が立ったのです。もちろん王家はそれを否定し、その後王妃陛下はご懐妊なされたのです。ですが時を同じくして、一人の近衛兵が城から辞しました。彼は、金茶の髪に暗い瞳の持ち主でした」
「――母上が、不義を…?」
「…そして陛下にも愛人がいました。ヴィヴィアン男爵令嬢…現ローガルデ子爵夫人です」
「嘘だ!!」
ジルベスタは絶叫した。そんなことがあってたまるかと言わんばかりに。
しかしラシューケは首を横に振った。
「…嘘であれば、どれだけ良かったことか」
その姿に、ジルベスタは、それが本当のことなのだと知る。嘘だと、そう決めつけてしまいたい。だが、言った相手がそのような嘘を吐く人物とも到底思えなかった。
足元から何かが崩れ落ちてゆくような気がする。まさか、そんな、と意図せぬ言葉が零れ落ちていった。
「なぜ、公にならない…? それに、どうして今になってその話を…」
ジルベスタの力ない問いにラシューケは淡々と理由を話し始めた。
「エヴァンジェリン嬢…いえ、マクミール家から伴侶を取られるのであれば、我々もかの子爵令嬢を知らぬものとしてみていたことでしょう。殿下が伴侶とされるのが、古くからの忠臣であり王家の血筋を引いていると確実に分かっているエヴァンジェリン令嬢であれば。しかし王は、我々が認めたエヴァンジェリン嬢ではなく、かのご令嬢との婚約を承諾された。王としてあるまじき、許されぬ子を」
「それは私が!!」
「ではお伺いいたしましょう。そのご令嬢と親交を深めた切欠は何でしたか?」
「そ、れは…」
そう、切欠はエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンがマリアンヌに辛くあったったのを、マリアンヌに相談されたのが、始まりだった。だが、ジルベスタはようやく不思議なことに思い当たる。今までにも、仲良くなった令嬢はいた。だが、エヴァンジェリンは何もしなかった。なのにどうして、マリアンヌの時だけ、行動を起こしたのか。
―――まるで、そうすることでエヴァンジェリンの王妃としての資質に疑問を持ち、マリアンヌと仲を深めるように行動をしたようではないか。
ひゅ、とジルベスタの喉が変な音をたてた。
「…陛下は、ローガルデ子爵夫人を心の底から愛されておりました。しかし陛下にはすでに王妃が隣にいたことと、令嬢の身分の関係上で認められることはありませんでした。…そして、マリアンヌ嬢は夫人の若いころにそっくりです…。陛下は、国よりもご自身の欲望を、叶えられたのです」
それは、ジルベスタを絶望に叩き込む一言だった。




