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千日紅の捧ぐ場所  作者: 水無月


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2/5

2輪目



 エヴァンジェリン・マクミールの生家、マクミール家は厳格な家だった。代々王家に仕えており、長く続く歴史を誇りにしていた。

 どの貴族よりも自分たちこそが一番の忠臣であると心の底から思い、事実であると思う家だった。

 その所為か、教育には非常に厳しく、常に貴族たれという言葉が、その根底には在った。




 エヴァンジェリンも例にもれず、幼いころから厳しい教育が施されていた。弱音を吐けば見えないところを教鞭で叩かれ、痛みに涙を堪えながらも頑張っていた。

 しかしいくら頑張ろうとも親から手放しの称賛はなく、ただひたすらに高みを目指すように教育されてた。唯一褒められるとすれば、周りから賞賛の言葉を貰えた時だけは両親も満足そうに笑っていた。

 そうした生活は幼く柔い心は少しずつ削り取り、日々感情というものが理解できなくなっていった。

 ❘それ《感情》を感じなくなるのも時間の問題だろうと本人すらうっすらと感じていたそんな最中、王城に初めて上がったのだ。


 公爵である父は国の中でも力を持っており、最低限及第点に達した(モノ)を王室に紹介するためのものだったと知ったのは、いつの頃だろうか。


 そうして初めて会ったのが、ジルベスタだった。ジルベスタはあまり表情が変わらず、面白みの欠片もないエヴァンジェリンにも関わらず、楽しそうに一日あったことなどを話してくれた。


 ―――その世界がどれほど美しく彼女の耳に響いたのか、ジルベスタが知ることはないだろう。


 幾度か城へ訪れていると、エヴァンジェリンもすっかり馴染んだ。

 そしてつい、両親が求めるほどの才能がなくて自分が不甲斐ないと漏らしてしまったのだ。生家でそのようなことを口にすれば、すぐさま叱咤の声がかけられるというのに、ジルベスタは違った。エヴァンジェリンの愛称であるエヴァと名を呼び、とても良く頑張っていると褒めてくれたのだ。

 そしてエヴァが頑張っているのを見て、自分ももっと頑張らなくてはと笑ってくれた。


 そう言ってくれたのは、ジルベスタが初めてだった。


 両親も、二つ上の兄も、誰もがエヴァンジェリンには努力が足りないと言って詰る。エヴァンジェリンは、初めてに等しい優しい言葉に、心を完全に許した。


 始めは兄のように慕っていた感情が恋へと発展するのに、大して時間はかからなかった。


 ジルベスタも、自分に懐くエヴァンジェリンを可愛がり、大切な存在として彼女を扱った。




 そうしているうちに、二人は共に国を良くし支え合おうと誓った。

 ―――幼い子供たちの言葉でしかなかったが、二人は本気だった。


 その日のうちにジルベスタは父王にそのことを伝え、そして内々にマクミール家へエヴァンジェリンへの婚約打診の話がいった。

 エヴァンジェリンの父は、その話に驚喜した。何代か前に王家の姫が降嫁されたことはあったが、マクミール家から王家に嫁ぐことはなかったのだ。―――その代わりなのか、忠誠に対する褒美は稀にあったが。

 マクミール公爵は、自分たちの忠誠心からのお話だ、ようやく、公爵家が報われるのだと男泣きをしたのを知っているのは、夫人だけだった。



 そうして王太子妃候補、行く行くは王妃となるエヴァンジェリンの教育は苛烈を極めた。長年忠誠を誓ってきたマクミール家から、下手な王妃は出さぬと決めた夫妻によって。



 振る舞いは当然のこと、国内外の貴族やその力関係にその歴史。王妃として政治にも通じよと毎晩遅くまで机に噛り付く日々。有事の際には王家の盾となり守るようにと剣技も学ばされた。


 字面通り、それらは血反吐を吐くほどの教育だった。




 


 泣くことも口をあけて笑うことも許されなくなったエヴァンジェリンの唯一の心休まるときは、ジルベスタの隣だった。ジルベスタに会う為であれば、エヴァンジェリンはどんなに疲れきっていても城に赴くことだけは欠かさなかった。


 そしてデビュタントの日、初めての社交界にも関わらず凛とした佇まいのエヴァンジェリンを、誰もが次期王太子妃として認めた。王家としては微妙な色彩を持ちながらも見目麗しい王太子と、物凄い美人というわけではないが聡明な令嬢の婚約を、誰もが喜んだのだ。


 王家は金髪碧眼を証とするが、何の因果かジルベスタはそれではない。しかしかつて王家の姫が降嫁した歴史を持つマクミール家であれば、生まれてくる子はそれになるだろうと誰もが期待した。


 そしてエヴァンジェリンには多大な期待がかけられた。




 家でも、城でも。どこに行っても次期王太子妃、そして次期王妃としての立ち振る舞いを求められた。それ故に、エヴァンジェリンはその年にしてはらしくない大人びた子供へと成長した。泣くことも、甘えることもしない、そんな少女に。


 そんなエヴァンジェリンが、唯一自分を見せるのが、ジルベスタの前だけだった。


 そしてその色合いの所為か、両親から距離を置かれたジルベスタもそうだった。王からは壁を感じ、王妃は愛してくれるもののどこかおかしい。


 二人は、互いだけが拠り所となっていったのである。



 二人は少しずつその思いを育んでいった。互いの努力を認め、いずれ夫婦となって国を支えてゆくのだと。







「殿下は、物凄い努力をなさっておられるのですね」










 その言葉は、王妃主催のお茶会に招かれていた一人の令嬢の言葉だった。その言葉に、ジルベスタは不思議そうにしながらも首を横に振る。


「いや、王家として当然のことだろう」


 ジルベスタがそう返すと、令嬢は首を横に振った。


「いいえ、例え王族の方でも努力を怠る方はいらっしゃいます。でも、殿下は国のために私では想像もつかないようなことをなさっておられるのですね」


 そう言ったのは、マリアンヌ・ローガルデという子爵令嬢だった。

 彼女の発する言葉は、不思議とジルベスタの心に染み入るようして入っていった。もちろん、エヴァンジェリンとの間にそういった言葉がないわけではない。だが、それは互いの努力を実際に知っているからこその言葉だった。

 だからなのだろうか。何も知らないはずの目の前の令嬢の言葉がジルベスタの耳に新鮮に聞こえたのは。


「―――そう、だろうか」



 なぜ、そのような言葉を漏らしたのか。しかしマリアンヌは大きく頷いて首肯した。その若芽のような明るい瞳がきらきらと輝いて見えた。


「もちろんです!だって―――」

「殿下」



 マリアンヌの言葉を遮ったのは、聞きなれた声だった。


「エヴァ」


 そこには、同じく王妃に招かれたエヴァンジェリンが青灰色のドレスを身にまとって立っている。


「お話し中に恐れ入ります。そろそろお時間とのことです」


 ジルベスタはもうそんな時間かと思った。いつもであれば女性の相手など面倒に感じるはずのなのに。だが、何も知らない彼女――マリアンヌの話を聞きたいとも、思ってしまった。

 しかし、それは許されない。


「わざわざすまない、エヴァ。ローガルデ嬢、私はこれで失礼させていただく」

「あっ、申し訳ありません、お忙しいのに…」

「構わない。機会があればまた」


 ジルベスタはそう言ってその場を離れる。その後ろには、エヴァンジェリンが付き添っている。


「エヴァ、悪いが先に退席すると母上に伝えておいてくれ」

「かしこまりました、あまり無理はなさらないでください」

「ありがとう、エヴァも」


 二人の姿は、どこからどう見ても仲睦まじいものだった。




 どこからどう見ても、この先の国の将来を期待させる二人になると信じられる光景だった。






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