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千日紅の捧ぐ場所  作者: 水無月


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1/5

1輪目



ひっそりと。


まことしやかに囁かれる。




意味を理解するものは、あまりの禁忌に口を閉ざし。


意味を理解しないものは忘却の海へと投げ捨てるか、あるいはそれを喜々として語る。




絶対に公になってはならないもの。


絶対に公にせねばならないもの。




だからひっそりと、囁かれる。






―――本物は、“チ”に落ちた―――と。







「エヴァンジェリン・マクミール。そなたと、王太子ジルベスタ・ラタティアートの婚約を今を(もっ)てして破棄とする」


 厳かな謁見の間に、その声はよく響いた。息を呑むようなざわめきがないことから、殆どのものが知っていたことが伺える。その場には、数十名以上にわたる貴族や王家に関わる人たちがいるのに、誰もが息を殺してひっそりと存在感をなくそうとしているのだ。

 そんな中、数人だけが息を潜めることもなくその場に立っていた。


 一人は、金茶の髪に青灰色の瞳を持った青年。

 一人は、その青年の傍にいるように立つ、白金の巻き毛に若木のような緑の瞳を持った少女。

 そしてもう一人は、そんな二人から離れ、まるで舞台に一人立ちつくしているかのようにいる黄金の髪と透き通るような碧い瞳の少女だった。

 一人で立ち尽くす少女の周りには誰もおらず、その顔は青ざめていた。


「…な、なぜ…」


 ふるふると震える唇からは、吐息のようなか細い声が零れた。その姿はまさしく悲壮を体現しており、見る人によっては寄ってたかっての苛めの現場だと思われかねないものだった。

 そんな彼女の問いに答えたのは、青年だった。


「エヴァンジェリン・マクミール。それは貴女が一番理解しているはずだろう」


 凍てつくようなその声音に、エヴァンジェリンと呼ばれた彼女は小さく震えた。そんな彼女に畳みかけるように、青年――ジルベスタ・ラタティアートは言葉を続ける。


「エヴァンジェリン・マクミール。貴女は、次期王太子妃という名のもと、公費をいいように使おうとした。あまつさえ、私と少し仲がいいというだけのマリアンヌ・ローガルデ子爵令嬢の悪評を流し、危害すらも加えようとした」

「っ、全て出鱈目です!!」

「更に」


 エヴァンジェリンの悲鳴のような弁明は無視され、ジルベスタは続ける。


「貴女の生家であるマクミール公爵家には、多数の不正が見つかった。既に夫妻は更迭されている」

「嘘です!! そんなこと、あるはずが…!!」


 黄金色と名高い髪を振り乱しながらも否定するエヴァンジェリンに、重苦しい声がかけられた。


「エヴァンジェリン。王家の血を引いているというだけで、そなたとジルベスタを婚約させたのは余の間違いであった」

「!! そ、そんな、陛下っ!!」


 ジルベスタの父、王の言葉に、エヴァンジェリンの細い体はガタガタと震えた。見開かれた碧眼には、今にも零れ落ちそうなほどの涙が湛えられていた。

 そんな様子のエヴァンジェリンに、ジルベスタは沈痛そうな表情で言った。


「…幼いころの君は、愛らしく優しい子だったのに…、どうしてそんな風になってしまったんだ、エヴァ」


 呼ばれた愛称に、エヴァンジェリンは目を見開いた。


「殿下っ、信じてください、私は、私は何もしておりません…!!」


 崩れ落ち、肩を震わせるエヴァンジェリンに、無情な言葉が落とされる。


「―――連れていけ」


 王の言葉に、二人の近衛兵がエヴァンジェリンの腕を持ち、無理矢理立たせる。


「お、お待ちください!! 違います、何かの、何かの間違いです!! 陛下、殿下、王妃様!! 私を信じてください!!」

「証拠は揃っているのだ。諦めよ」


 髪を振り乱しながら叫ぶその姿は、令嬢の中の令嬢と謳われた姿とは程遠いものだった。


「嫌ぁっ、離して!! お願いっ、誰か助けて!! 誰か、い、嫌あああぁぁ――――…」


 絹を裂くような悲鳴は、少しずつ遠くなり、そして聞こえなくなった。






「…殿下…」


 鈴を鳴らしたような声が、ジルベスタを呼んだ。振り向けば、少しだけ不安そうにしているマリアンヌの姿がジルベスタの双眸に映る。


「マリアンヌ…。これで、障害はなくなった」


 ジルベスタはその青灰色の瞳に甘さを滲ませながら囁いた。その言葉に、マリアンヌは瞳を潤ませながらも小さく頷く。


「陛下」


 王は、息子ジルベスタの言葉に大きく頷いた。そして隣にいる王妃を一度見る。王妃は、息子が愛する人と結ばれることを喜んでいるとは到底思えないような表情で王を見た。しかし王はそんな王妃を気にもせず、立ち上がると朗々たる声で発言した。


「余の名を以てして、マリアンヌ・ローガルデをジルベスタ・ラタティアートの婚約者とすることを宣言し、王命とする。非道な真似にも屈することのないそなたなら、ジルベスタを支えることも出来よう」


 名を呼ばれたマリアンヌは頬を薔薇色に染め、うっとりと微笑んだ。そして同じくして、謁見の間にいた多数の貴族たちは拍手を送った。激しく叩く者、優雅にする者…そして、おざなりにする者。

 しかし、王も王太子も、誰もそのことに気づかなかった。



 一部の人間が、侮蔑を含んだ目で見ていることに。









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