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第2話 妖魔

数秒。時間に直して仕舞えばその程度の時間だっただろう。僕は、身動きも取れぬほどの頭痛に苛まれていた。怖い。その気持ちが、僕の中で乱反射し続ける。怖い。怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い....................

恐怖感。そんな一言ではとても片付けられない。首の根に錆びたナイフを押しつけられた様な、崖を掴む手を踏み躙られるような、縛られたまま水の中に蹴落とされるような、大事なもの、大切にしたものをズタズタに切り裂かれたような。

そんな無数の敵意が、悪意が、差し向けてくるその正体すらもわからぬまま、僕の中に雪崩れ込み、脳を混ぜ、心を破り、魂を砕く。激痛に気は動転し、ぇう、という吐息とも嗚咽ともとれぬそれが漏れ出たその時。


「大丈夫かい、少年。」


気がつくと、彼女に優しく頭を揺すられていた。自分が血をダラダラと流すのも厭わず。透き通る様な白い肌が僕の髪を梳くように撫で、わさわさ、と揺らされる。

口調とは違い、心配するというより宥める様な声色。普段は何も意味をなさず、僕を苦しめるだけの文字の羅列も、心なしか優しさで溢れているように、見えた。


「え....あ....えと」

「お、正気に戻ったようだね。その様子だと....代償(リコイル)かい?」

「りこ....?」


ニコリと笑み、少し思案して彼女は口を開く。

さっきの、池尾と名乗った彼と同じ言葉を彼女は口にする。リコイル....直訳なら、確か反動。一体、何の?僕のこの痛みが、あの実験の帰結であることは想像に難くない。反動ということは、あの無用の長物を使った代償...対価とでもいうのだろうか。なら、さっき彼が倒れ込んだのも、それに呼応するように悪化した僕の頭痛も、僕に埋め込まれた化け物の力が、作用した結果...?

段々と去る痛みを忘れようと思考する僕。その眼前に屈む彼女のさらに奥でゴソゴソ、と音がした。

大の字になって倒れていた大男がむくりと起き上がりごぼっという音と共に血塊を吐き出す。


「オ゛ェ....んあ....生きてるぅ....?えんら....。」

「あ〜〜....死にそう。エビが動けるなら帰還したいね。」

「なっ....!?は、早く病院に....」

「無駄だよ、というかワタシたちみたいな化け物の受け入れ先なんて....」


サッと青ざめる僕にそう断言する彼女。

瞬間、ガシリ、と手首を掴まれる。そして謎の浮遊感と圧迫感に襲われた....いや、違う。


「くっちゃべってると死ぬわよ!さあ、しっかり捕まりな!」


見えたのは、だんだん沈む僕自身の体だった。

大男が僕と彼女を地面に引き摺り込む。

驚きの光景が、映る。地面の中が、薄ぼんやりとだが見えるのだ。まるで、薄茶色い水の中で泳いでいるような感覚。


前も良く見えないだろうに、ものすごい勢いで地中をバタ足で進む大男。

不思議と息も苦しくならず、10数分程で浮上した。


「よっ....こいしょ!」


土の中から引き抜かれる大根の気分を味わいながら、土の外に出る。ドヤ顔でヤンキー座りの大男、僕と同じように引き摺り出された彼女。思わず、口から漏れる。


「な....何が....土を、泳いでた....?!それに....」


土の汚れひとつ目立たぬ僕の服。摩訶不思議としか言いようのない大男の力に、驚くしかない。


「ふぅん、アンタアタシの因子が気になるのぉ?どーしよっかしらねぇん、イ・ジ・ワ・ルしちゃおっかしらぁ?」


耳ざとく聞きつけた大男がそう言い出すが、すぐさま彼女が制してくれる。


「やめろエビ、と言うか時間がないんだ。多分だが結構ヤバい。」


顔の痛々しい怪我を指差す彼女の口振りは、妙に他人事のようだった。


「んじゃ、アンタが教えたげればいいでしょ。先に治療受けといていいわよ、アタシあのボーヤ探ってるから。」

「わかった。終わったら呼びに来るよ。」


ツカツカとヒールの音をたてて階段を登り出す大男。後ろ手を振りながら、彼女は歩き出す。


「さて....ソウくんと言ったかな?改めて自己紹介を!ワタシは縁羅(えんら)けむり、先ほどは本当に助かった、深く礼を言うよ。」


快活に、自身の傷を感じさせないような動きでそう名乗る。

....僕は、彼女に礼を言われるほどのことが出来ただろうか。

あれを、彼女が傷を負う前に発動できれば、もっと被害は少なく済んだ。

悶々と、そう考え込む。


「お礼に、知ってる限りは話そう。ワタシのこと、先ほどの少年、あるいはエビでも、気になることがあればなんでも聞いてくれたまえよ!」


アパートの1階、その奥へ向かいながら彼女は話しかけてくる、軽快なステップを踏みながら。先ほどからわからないことばかりで、それは僕にとって願ったり叶ったりだった。


「さっき言ってた....リコイル....ってなんだったの。」

「ああ....なんというか、"妖魔"の力を持っていたり、使うことによって発生する代償、とでもいいのかな?具体的に言えば極度の痛みが発生したり、心身への健康被害が起こったりだね。理由は様々あれど。」


僕の頭痛....あれはそういうことだったのか?妙に、腑に落ちる。


「キミもあの研究者たち、『D'sMRA(ドムラ)』の被害者だろう?」

「....うん。」


名前なんて知る由もなかったけど、ほぼ、間違いない。


「知っての通り、キミやワタシの中にある力はヒトの理の外にあるシロモノだ。したがって、ヒトの身の内にあれば副作用のようなものが発生するという訳らしい、厄介極まりないね全く。」


不満げに、そう呟く彼女。同感だ。何故、あの研究者たちは僕らに目をつけたのか。


「さて、ようこそ我らがアジト....メゾン・ド・オオジへ。」


アジト、と呼ぶにはあまりに日常的なアパートの一室。

ガチャガチャと鍵のかかったドアを開けて、けむりが叫ぶ。


「ユニー。ちょっといいかい?」


パンプスをガサツに脱ぎ捨て、奥の部屋に向かって彼女はずんずん進む。


「ユニ、いるかい?いたら返事を....」

「はいはいなに....ってうげぇ....ひっでぇ傷。治すの嫌だわ....」


その反応も無理はないほどの彼女の顔。右目の近くは抉れ、肉が削がれたまま血が垂れ続けている。


「毎度こんな怪我ばっか負ってきて、不甲斐無いばかりだよ。」

「はぁ....仕方ないからやるけどさ....何されたの、一体。」


嫌そうな顔をする少年。その質問にけむりは、端的に答える。


「氷の塊で渾身のストレートパンチを。」

「えっっぐ....」


一流の外科医でも即座の完治なんて無理だというのは、素人目にもわかる。大学病院みたいに設備が整った場所でもないのに、本当に治るのか....?


「心配そうだけど、ユニのことは信用していいよソウ。」

「え?」

「むしろ....心配していてほしいのはユニの方かな。」


奥に行った少年を慮ってか、けむりは声を顰めて僕にそう言った。


「持ってきたよ....ここ座って、けむねぇ。」


鍼灸用毫鍼と書かれた箱を持って、少年が戻ってくる。その中から1本の長い針を取り出して、何かを覚悟したような面持ちをする。その顔は、まるで注射を受ける前の怯えた子供のようだった。


「やるぞ....『穢無癒角(サナティオ)』。」


そう唱えた少年が、手にした針をけむりの顔の患部に軽く突き刺す。


「........イッ....ヅ....ギァ....ァ....ァ....ガッハァ....アァ....」


針を刺した瞬間、突如として苦しみ始める少年。だけど、僕が駆け寄ろうとするのを手で制した。


「........!?」


僕を驚かせるようなことしか、ここ2時間で起こっていない。刺された針の周りの血は徐々に消え去り、怪我の跡など跡形もなくなろうとしている。


「....あーー。くっそ、いてぇ。....言ってなかったな、そういや。」


先ほどまでのけむりの患部とちょうど同じところを押さえながら、少年はそう言う。


「大丈夫、じゃないよね....?」

「大丈夫だ。大丈夫。めっちゃ痛いけど。」


明らかに大丈夫ではなさそうな顔をしながら、2本目の針を刺す。また少年のうめき声が漏れ、彼女の傷は見る見るうちに塞がっていく。脂汗がツーッ、と少年の額を走った。


「....すまないね、ユニ。」

「俺には....これしか出来ないから。」


鎮痛な面持ちで俯くけむりと少年。


「そんなことはない、そしてこれだけでも十二分だよ。」

「んなことは....俺じゃ、戦えない。けむねぇはすげぇよ。....今日も、戦ってきたんだろ?」


自身の無力さを嘆くように、少年は笑う。笑っているように見える、だけなのかもしれない。

クルリと椅子を回して、僕に向き合う少年。


「わり、心配かけたよな。あれは俺の妖術で....相手に棒状のものを突き刺すと、刺したところが治るんだけど、代わりに、俺にもその傷分の痛みがくる。っていっても、痛いだけなんだけどな。」


ははは、と弱々しく笑う彼。戦ってけむりの役に立ちたいというけれど、彼の"治療"は強敵に立ち向かうよりも、ある意味よっぽど勇気がいると、思う。

彼の笑いは、強がりなのだろうか。SOSなのだろうか。


「名前、言ってなかったな。俺は古音(ふるおと)由仁(ゆに)、年は13。ここじゃ『医療リーダー』なんて権限を与えられちゃいるけどさ、由仁でいいよ。二人もそう呼んでるしさ。よろしく、新しいメンバー。」


「よろしく、僕は詩須瀬奏、ここのメンバーってのは....その。」


もはや完全に、何事もなかったかのように傷が塞がったけむりが、助け舟を出してくれる。


「そこはまだ未確定だよ由仁。何せエビとワタシが通りすがっただけの一般人だ。"こちら側"ではあるけどね。」

「そうか....まあ、俺らの仲間に入ってくれると助かるよ。」


軽く笑って、由仁はそう流した。


「じゃあ、エビのところに行くとしようか、二人とも?」

「いいぜ。ボスも怪我してる感じか?」

「ああ。多分重症なんだろうけど、エビもエビで痛みを隠しがちだからな....。」


どこか呆れ気味に、けむりがそう言う。


「鍵は閉めておいてくれ、ユニ。最近何かと物騒だからね。」

「はいはい、わかったよ。」


サンダルにささっと履き替えたけむり、その後ろからついてきた僕、棚の上から鍵を探してきた由仁の順に、外に出る。

そのまま階段近くまで歩き、カンカンとブリキ板の音を響かせて2階へ登る。

ガチャリ。階段すぐの部屋のドアは、鍵がかかっていなかった。


「エビ、入るぞ。」

「はいはーい。奥にいるから来なー。」


間伸びした大声でそう叫ぶ声が、聞こえる。


「説明やらなんやかんや、終わった?」


どこか気だるげに、そう大男は問う。


「まだだよ。というかワタシから話すことではないと思うんだがね、エビ。」

「いーでしょ、後でやれば。」

「無責任な....」


ジトッとした目で大男を睨め付けるけむり。悪かったわよ、と大男は呟いて、話を切り出した。


「んで。成果だけど....正直、類似する因子はあるのよ。報告書に。んだけどねぇ?どれもこれも違うの。」

「へぇ?興味深い、例えば?」


小首を傾げけむりが問う。


「例えば伝承級・雪女。性別を抜きにしても、あのボウヤは氷を操っていたように見えたけど、この力は物体に含まれる水分の凍結であって氷の生成とかは出来ないわけよ。」

「........空気中の水分を凍らせていた可能性は?」

「あの量の氷よ?日本が蒸し暑いことを差し引いても多すぎるわよ。」

「他の特徴は....?何かないですか、えと....」


言葉を詰まらせた僕に大男が助け舟を出す。


「呼びづらけりゃ好きに呼んでいいわよ。アタシは海老川天國(えびはらあまくに)っての。一応、此処のボス!」


にっと笑って、自慢げに自分自身を指差す海老川。


「そんで雪女の他の特徴は極地的な時間停止とかもあるっぽいけど....そんな気配なかったわよね?」

「ああ、ないな。あの動きは時間停止というより氷で無理やり体を動かしているようにワタシには見えた。」


手足を氷漬けにして操作する、という荒々しくシンプルな彼の動き。僕の何倍も強そうな二人ですら、圧倒されていた。


「同感よ。何より、あのケモ耳....犬っぽいから狗神や人面犬の可能性も考えたけど、他の身体的特徴や氷に関係する何かが一致しないのよねぇ。それに動き方も人間のそれだったから、その線もないと見ていいわよ。」


二人は考察を進め、由仁は退屈そうに腕を後ろ手に組んでいる。また、わからない単語が出てきた。


「あの....そもそも因子って何ですか....?」


僕の問いに、二人の目が見開かれる。1秒にも満たない時間の後、納得したような表情に変わった。


「そうかそうか、そういえば当たり前に使い過ぎていたね。」

「アタシらにとってはいつものことだもんね、気にしないでいいわよ。」

「1からワタシが説明しよう。報告書借りるよ、エビ。」

「はいはい、んじゃユニの治療を受けてくるわ。頼める?」

「わかった、けむねぇほど痛くなけりゃいいな....」


そう言って大男が立ち上がる。またあの少年....由仁が受ける苦痛を思うと、胸が痛んだ。


「....浮かない顔だね。」


二人が出て行った後、けむりがこちらに向き直る。


「いや、えと....その。」

「....ユニ自身の申し出とはいえ、あの子に苦痛な思いと不道徳的な協力をしてもらっているところには、ワタシも思うところがある。」


苦虫を噛み締めたように、自身の力不足をけむりは嘆く。


「けれど、ここでは、ここにいるなら体を張らないなんてことは許されない。自身の能力の限りを、目標のために行使しなければならない。ワタシも、キミも、ユニもだ。当然エビも。後方支援だから、若年者だから、と言うのはここでは言い訳になり得ないんだよ。」


キッパリと、けむりはそう断言する。


「言ってしまえば、現状はそれだけシビアだ。元の体に戻るため、力を貸してほしい....君にね。」


堅かった彼女の表情が少し、穏やかなものになる。


「もちろんこれは強制じゃない。平穏無事に、化け物であることをひた隠して生きるのも1つの手だ。ただ、ここにいるメリットがないわけでもないよ。」

「メリット....?」


大仰に頷いてから、彼女は僕の疑問に答える。


代償(リコイル)は原因が理解できれば多少の改善が見込める。ワタシもそうだ。この報告書には、私たち被験者の能力に関してつぶさに纏められたデータや特徴などの一部が記載されていてね。」


彼女が(おもむろ)に取り出した書類の束は所々端が汚れていて、真ん中には「D'sMRA 妖魔適合因子関連特別報告書-A」....と、書かれていた。


「因子....。」


因子。何かはわからない。けど、これが僕を、僕らを苦しめている、諸悪の根源....


「そう、因子だよ。これによれば正式名称は妖魔適合因子....妖怪が妖怪であるために必要な要素を、ワタシたち被験者に埋め込んだことで発現したヒトの理を超えた何か、らしい。」


パラパラ、と最初の数ページを捲りながら彼女はそう告げる。


「わからない状態でのこの力は、大抵足枷でしかない。ワタシもそうだった。」

「けむりさんも....。」

「キミも見ただろう?ワタシが彼....イケオと名乗る少年と戦ったとき、体の大部分を煙に変えたのを。」

「ああ....うん。」

「何の因果か、ワタシの妖魔因子はえんらえんらと呼ばれる妖怪のものでね。一言で言えば身体と同じ重量の煙に自身を変化させ、操ることが出来る因子らしい。」


ヒラヒラと、報告書を振りながら彼女はもう片方の腕を即時に煙に変化させる。


「だけどもちろん、ワタシにも代償(リコイル)がある。」

「それって....どんな。」

「実を言うとね、ワタシは過度の運動を繰り返すと脳が苦しくなって、嘔吐、そして昏睡してしまうんだ。」

「....ッ?!」


昏倒。シンプルで残酷で重く伸し掛かるその代償(リコイル)は僕の顔を引き攣らせる。

僕の頭痛とは比べるまでもなく命に関わる凶悪なそれを、どこか達観したようにけむりは淡々と語る。


「とはいえ、全力疾走を繰り返したりしなければそこまで酷いものにはならない。だからワタシはこんなふうにして....」


そう言う彼女の肩から突如1本の手が生える。

その様はさながら、モクモクと言う擬音語がピッタリだ。


「便利なものだろう?ワタシ自身が過度に動かなくていいように、煙の体を動かすことで代償(リコイル)を抑えてるんだ。」


ひょいひょいとコップを数本の煙でお手玉のように綺麗に操りながら、少しドヤ顔でそう言う。

けど、その顔は酷く悲しそうにも見えた。


「原因とか....わかってるの?」


原因がわかれば、僕のこの頭痛も抑えられるのだろうか。


「残念ながら。ただし、ある程度の予測は立てられる。」

「予測、か。」


確証でないことは残念だけど、一歩前進したとも言える。そう考える僕の目の前のドアを開け、海老川が入ってきた。


「そっからはアタシが話したげるわ。」

「おやエビ。いいところだけ持っていこうっていうのかい?」


不満げな彼女を目だけで制し、


「いーでしょ、きっちりわかってる方が説明したほうがわかりやすいし」

「じゃあ最初からやってほしいんだけどな、ワタシは。」

「悪かったって。んで....」


少し間を置いて、海老川は話を切り出す。


「まず、えんらの能力については大体聞いたと思うんだけど。」

「はい。体を煙に変化させられるって....」

「そうそう。」


改めて考えるととてつもなく規格外な力だ。


「でも、人間の体、って一口に言うけどさ?血液やら血管やら筋肉に骨、もっと言えば内臓や脳も煙に置き換わる....体にどんな弊害があったものかわかんないわよね?」

「あ........。」

「そういうことだ。昏倒や嘔吐、頭痛、他にも視力の低下....そこから推察するに、ワタシの肺が何かしらダメージを受けていることは確実だ。」


淡々とそう言いながらも、隠しきれぬ焦りがけむりの声からは漏れていた。


「そこが問題なのよねぇ....多分だけど、症状から見て一酸化炭素中毒だとは思うのよ。その場合、最悪脳死とかあり得るし安静が原則なのよね。....それをあのボーヤ、女本気で殴るとかネジ飛びすぎでしょ。」


吐き捨てるように、海老川はそう締めくくる。


「まあ、分かったおかげで前みたいにしょっちゅう倒れるなんてことも無くなったのは幸いだけどね。そこはとても感謝してるよ、エビ。」

「もっとアタシに感謝することあんでしょアンタら、誰が飯出してると思って....」

「分かってる分かってる。」

数分前までの飄々とした雰囲気が戻ってくるけむりに、軽口で返す海老川。


「まあ、そんな感じで軽ーく説明したんだけど....アタシらの仲間....もとい、妖魔解放団に所属するなら、当然あんたの代償(リコイル)の対処や妖術の制御について、アタシがみっちり仕込んでやる。」

「所属する、なら....」


どうしよう....とても危険そうだし、正直やっていける気はしない。でも、提案は


「....そう急いで決めてもいいことなんてないわよ。今日は帰んな、ほらほら。」

「え....あ、いやその....」

「いーからいーから。えんら、送ってやんな。」

「はいはい....じゃあ、行こうか。」


そう、言われるままにきた廊下を通り、靴を履く。


「....右の角を曲がってまっすぐ行けば停留所だ。面倒ごとのお詫びにバス賃ぐらいなら出すよ。」

「いや、そんな悪いよ。」

「そうかい?」


ふふ、と笑うけむり。気づけば5時のメロディーが、鳴り響いている。


「覚悟が決まってまた明日、ここに来てくれることをワタシは強く望むよ。じゃ、また。」


半開きのドアから顔を覗かせたけむりは、そう言ってニコリと笑い、ドアを閉じた。

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