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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
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一縷の希望

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「お願いします!」

「しつこいですね、嫌だと言っているでしょう」

 畠中教官に弟子入り志願をして二日目、僕は尚も彼に付きまとっていた。


「もしも誰かの師となるのであれば、私は才能ある生徒を育てたい。君に掛ける時間など、私から言わせてもらえば無駄でしかないのですよ」

「そこをなんとかお願いできませんか!」


 僕は必死だった。

 このままでは僕は一向に成長できない。そして、そのままの状態でアカデミーを卒業して戦士となり、おそらく何もできないままに死んでいく羽目になる。

 もしかすると、一生アカデミーを卒業できずにここで人生を終えることだってあり得るかもしれない。


 あわわわわ、嫌だ。それだけは嫌だ。

 僕はこの人に強くしてもらわなければならない。他の教官の教えを実践しても、成長は無かった。でもこの人なら、この人ならこんな僕を変えてくれるかもしれない。


「なぜにそこまで教えを乞うのです?」

 畠中教官から質問を受ける。

 僕にはこの場合の正解がパッと思い浮かばなかった。だから、僕の中にあるありのままを正直に答える。


「人の夢を守れる戦士になりたいんです」

 僕の答えを聞いて、彼はしばらく沈黙した。


「君の理想とする戦士像を具体的に言いなさい。目標が抽象的(ちゅうしょうてき)すぎると、努力する意義を見失ってしまいますからね」


 僕がなりたいと思う具体的な戦士像?

 そんなの分からない。考えたことがない。


「えっ……、えっと……」

 言葉に詰まってしまう。沈黙が続けば続くほど、僕の中の焦りが増大していく。焦燥感は思考をバラけさせ、整えようと躍起になっている僕の邪魔をする。


「はぁ、全くこれだから……。まず、なぜ戦士を志したのですか?」

「えっと、ドラミデ町で、人の夢が消えていくのを見て、悲しいなって思って……」

「続けなさい」


「理不尽に街を襲うミカエリから、助けに来てくれた八併軍の戦士を見て、僕もあんな風に人の夢を守れたらなって思って……」

 だんだん頭の中がまとまってくる。僕が目指すべき戦士像が、徐々に浮かび上がってくる。


「それで? 助けに来てくれた八併軍の戦士とは、具体的にどんな人を思い浮かべていますか?」

「バフロさんやフェンリルさん……、です」


 そうだ。僕は彼らのようになりたいのだ。


「生前、部隊長の中でもトップクラスの実力を誇っていたバフロに、十奇人フェンリルですか……。つまり、君は十奇人クラスの戦士を目指したいということですね?」


 恥ずかしい。すごく恥ずかしい。今の僕が十奇人を目指したいなんて、とても人に言えたもんじゃない。

 でも、残念ながら僕の中にある理想の戦士像は、バフロさんやフェンリルさんのような強い戦士の形をしている。


「……じゅ、じゅ、十奇人に、な、なな、ななな、なりたいです!」

 口元が震え、上手く喋れない。


「諦めなさい。ハッキリ言いましょう、それは不可能です」

 畠中教官は、僕の心の奥底に眠る理想を引き出すだけ引き出しておいて、いざ僕が答えを出すと、食い気味にその理想に見切りをつけるよう言ってきた。


「君のポテンシャルでは、たとえ何十年何百年かけても十奇人にはなれません。君でなくともそうなのです。十奇人とはそれだけ選ばれた人間たちなのですよ」


 それでも、たとえそうであっても、簡単に諦めきれるものじゃない。

 一度灯ってしまった僕の中の焔は、そう簡単には消えてくれない。


「それでも、お願いします! 僕を強くしてください! 今のままじゃ、嫌なんです!」

 この人に頭を下げるのは何度目になるだろうか。きっと、畠中教官は僕の後頭部を見飽きてしまったことだろう。

 教官は少し考え込んだような仕草を見せた後、唐突に脈絡のない話を切り出してきた。


「実は二週間後、紅茶会がありましてね。私が主催なのですよ」


 紅茶会?

 僕はまたもや世間知らずを晒してしまうのだろうか。


「えーっと……」

「いえ、君が知らないであろうことは大方予想できますよ。無理に取り繕う必要はありません」


 なんだか全てを見透かされているようだ。

 心を読む特殊装備でも身に着けているのだろうか。もしそんなものがあったら恐ろしい。


「君がその紅茶会の中で行われる『お家交流戦』に出場し、一勝でもできれば、弟子の件を考えてあげましょう」

「本当ですか!?」


 諦めずに弟子入りを志願し続けて本当に良かった。

 (わら)にもすがる思いだったが、一縷(いちる)の可能性が見えた。


「ただし、負ければこの話は白紙です。私ではなく他を当たりたまえ」

 こうして、僕はその紅茶会? で行われるお家交流戦? に死に物狂いで勝ちに行かなくてはならなくなってしまった。


「それまでの二週間は、特別に稽古(けいこ)をつけてあげましょう。毎日死ぬ気で挑みたまえ」

「はい!! ありがとうございます!!」


    ◇


 アカデミー3階、ガンマ・クラスにて―――


「今日の戦闘術も、いつものようにガンマ第一演習場と第二演習場に分かれて行います。それぞれの実技成績を鑑み、成績上位組と下位組の二組に分け、上位組が第一演習場、下位組が第二演習場にて実技演習を受けることになります」


 畠中・アールグレイは、自分が戦闘術の担当を受け持つガンマ・クラス全体に、今日行われる剣術訓練の実施場所について告知した。


「もう気付いているとは思いますが、私は成績下位組の第二演習場は訪れません。この意味が分かりますね? 下位組諸君は、気張って授業に臨みたまえ」


 彼は戦闘術の授業中、下位組が訓練に励む第二演習場へは顔を出さない。

 これの意味するところは、下位組のメンバーについては自分が見るに値しないという、彼らに対してのある種の警告であった。


 知らせを受けた生徒たちの一部がざわつきだす。

 そしてその中から、一人の男子生徒が畠中の立つ教壇へと真っ直ぐに歩いてきた。


「教官、自分は戦闘術の剣術訓練のみ、下級クラスであるデルタ・クラスの授業に参加させてください。失礼ですが、教官の授業を受けていても強くなれる気がしません」


 至極真剣な眼差しで畠中に語り掛ける男子生徒は、目の前の中年教官が担当する剣術訓練に不満を持っていた。

 彼はガンマ・クラスの成績下位組である。ここで訓練を受けていても、教官からの教えを乞えないため強くはならない。そう考えた彼は、畠中の授業からの脱却に踏み切った。


「私の元から離れることを希望する者がいたとは……、自ら成長の機会をドブに捨てるとは愚かですね」


 男子生徒は畠中の言葉に何も返さず一礼すると、粗雑に教室のドアを開けて出ていった。

 実際、この男子生徒の考えに共感する者は、このクラス内で少なくはない。多くの生徒が、彼の決断を理解することができた。


「一つ、残酷な現実を伝えておきましょう。八併軍の戦士として大衆の脚光を浴びるのは、元アルファ・クラスやベータ・クラスの上級クラス出身者たちなのですよ。その中でも、英雄と呼ばれることになる戦士は一握り」


 畠中は、自分が目にしてきた数々の実力者たちについて語る。

 そして、彼の脳裏には同時に、戦場に散っていった名も無き戦士たちの顔も浮かび上がっていた。


「おそらく君たちの多くは、世間が認識していないような大多数の戦士の一人として、光を浴びることなく生涯を終えるでしょう。ふっ、実に名誉なことですね」

 嫌味たらしく皮肉めいた笑みを浮かべ、畠中は天井の一点を見つめる。


 アカデミー生の、戦士志願の動機のほとんどは、英雄と称される現役の戦士達への憧れである。このガンマ・クラスに所属する生徒たちも同様、英雄に憧れ入学した者が大多数を占めていた。

 そんな彼らに対し、畠中は躊躇(ちゅうちょ)なく戦士世界のありのままを語る。


「君たちは数少ないチャンスを掴まなければなりません。人によっては、そんなチャンスは来ないかもしれない。逆境に後ろ向きな人間は、英雄にはなれません」


    ◇


「畠中・アールグレイ教官に弟子入りしただって!?」

 翌朝、タツゾウやサニ君、メンコのいる場で、僕は昨日の出来事を話した。

 タツゾウやメンコがポカーンと口を開けていたのに対して、サニ君だけ食いつきが違った。


「誰だそれ?」

「メーちゃんも分かんない」

 タツゾウとメンコは、畠中教官のことを知らなかった。

 まあ僕もついこの間まで知らなかったのだ。そんなものではないだろうか。


「知らないのかい!? 畠中・アールグレイ教官といえば、十年に一人の天才剣士と言われた元十奇人だよっ!?」

「ええええええっ!?」


 衝撃の事実に、思わず教室中に響き渡る大きな声を上げてしまった。

 教室の皆の目が僕の方に集まる。すかさず周りに謝った。


「確か今は、ガンマ・クラスの剣術指南(しなん)をしていたはずだよっ」

 畠中教官は放課後、3階の自分の教官室に来るように言っていた。

 3階はガンマ・クラスのエリアだ。ちょっと行きづらい。


「評判はあまり良くないね。ひねくれていて皮肉を言うことが多いんだって。あと、ハッキリと物事を述べることが多いから、それで泣き出しちゃう生徒もいるとか」

「ひえ~、炎天教官も怖いけど、メーちゃんその教官じゃなくて良かった~。絶対嫌い」

「ハッキリと物事を言うことに関しては、メンコちゃんも同じだけどねっ」


 サニ君はかなりの情報通だ。

 一体どこで仕入れているのだろうか。


「とにかくソラト、心と体を壊されないように気を付けてねっ。何かあれば、すぐに僕たちに相談してよっ」

「なんか面白そうだな! 俺も行って良いか?」

「ダメだよタツゾウ君、彼の修練の邪魔をしてはいけない」

「ま、それもそうか……」

 サニ君に釘を刺され、タツゾウは若干しょぼくれたような表情を見せる。


「そっかー、修練かー、お前頑張ってんのな」

 タツゾウは頭の後ろで腕を組み、座席の背もたれにもたれ掛かる。


「これからだけどね……」

 正直、僕はサニ君からの情報を聞いてビビりまくっている。やっぱり怖いものは怖い。

 でも、やるしかない。強くなるために。前に進むために。



 放課後、僕は畠中教官と共に、珍獣園を訪れた。

 巨大な真っ白い八併軍アカデミーと、その横に並ぶさらに巨大な白と青の八併軍本部。

 珍獣園は、その二つの建物の後ろに広がる広大な自然公園だ。大都会である中心球においては、自然が残る貴重な区域なのだ。


「あの、どうして珍獣園なんでしょうか?」

 僕はてっきり、プラクティスルームで修行を行うものだと思っていたために、この場所に連れて来られて少しばかり戸惑っている。


「君が持ち合わせていないものを得るためですよ」

 教官は、僕の質問にそれだけ返して歩き続けた。


 森の中を歩き続けること数十分、教官は、木々に囲まれたちょっとした広場で足を止める。


 森の奥から川が静かに流れ出て、たった一つの大きな岩が水流を塞いで流れを分かち、二つの分かたれた水の流れは再び森の中へと還っていく。

 穏やかな河川の側に佇む大木は、周囲の木々と比較して倍のサイズはある。その木に止まった小鳥が甲高い鳴き声を上げて、巣のひなに餌をやっていた。


 とても都会の中にあるとは思えない、喧騒とはかけ離れた穏やかな空間だ。


「ここが、君がこれから修練を行う場所になります」

「はい……」

 どうして移動する必要があったのだろうか。僕が持ち合わせていないもの、それがこんな何もないところで得られると言うのだろうか。


「畠中教官、僕が持ち合わせていないものって何ですか?」

「それは今から君が自分で見つけたまえ」

 肝心なことは教えてくれない。


「君は今からここで目を(つむ)って座禅を組み、視界に頼らず川の中を泳ぐ魚の数を数えなさい」

「へえっ!?」


 とんでもないことを言われた気がする。

 目を瞑って川の中にいる魚の数を数える。そんなの場合によっては、目で見たって正確に当てられる気がしない。


「む、無理ですよ!」

「これができるようになるまでは、私の元を訪れてはなりません。言っておきますが、私は君に期待していないのですよ。出来ないのなら、それでも結構」


 イメージが全く湧かない。そんなことが人間に可能なのだろうか。

 いや、可能だろうと不可能だろうと、僕に残された選択肢は一つしかない。

 やるんだ。どれだけ無理なことでもやるんだ。


「分かりました。やります!」

「よろしい。しかし、基礎体力トレーニングを怠ってはいけませんから、これに加え、5キロの全力ダッシュ、腹筋200回に腕立て200回、両腕の前腕とつま先のみを接地させて行う体幹トレーニング5分の3セット。これらも忘れずにこなすこと」


「うっ……、はい! 分かりました! ありがとうございます!」

 様々な感情を飲み込み、教官に精一杯の感謝の気持ちを込めて深々とお辞儀する。


 こんな僕にでも修行をつけてくれたんだ。甘えてなんていられない。

 感謝を胸に、地べたに足を組んで座る。


 数分経って、疑念が出てきた。

 こんなんで本当に強くなれるのだろうか。

お読みいただきありがとうございました。

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