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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
82/117

畠中・アールグレイ

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 あれから数日、タツゾウは毎日遅刻せずに教室に現れた。

 明るく元気なタツゾウは、教室に入った初日でクラスに溶け込み、すぐさま皆の人気者となった。


「タツゾウってどこ出身なんだ?」

「おう! (じょう)の国の煬香寺(ようかでら)だぜ!」


「何でそんなに強いの?」

「小さい頃から修行してたからな! 勉強はマジで苦手だけど、腕っぷしには自信あるぜ!」


「お前、何でこのクラスなんだよ?」

「八併軍の許可を得ずに珍獣と契約しちまって、ペナルティーだとよ。ホントは逮捕らしいぜ!」

「あははは! なんじゃそりゃあ!」


 タツゾウのおかげで、クラスの雰囲気が前より明るくなった。

 僕の方はと言うと相変わらずなのだが、気の置ける友人がクラス内にいることはとても安心する。


 でも、あの全クラス合同訓練の後、僕はタツゾウに羨望(せんぼう)の感情を抱くようになっていた。

 明るく元気で、気の良い奴で、人気者で、そして何より強いタツゾウは、僕の目にはとてもカッコよく映った。

 きっと、この気持ちは親友に向けるべきものではない。親友なら対等でいたい。



「えいっ! えいっ!」

 木刀を前方に構え、何度も空を斬る。


 入学してからの一か月間、この素振りを毎日の授業が終わった後、欠かさず行ってきた。以前までやっていた、ランニングや体幹トレーニングなどのメニューに追加して継続している。

 ただ、上達している実感は湧かない。


「ふう……」

 息を整える。プラクティスルームの茶色い床に、汗がポタポタと滴り落ちる。


 プラクティスルームは、アカデミー生専用に作られた、個人訓練のための部屋だ。

 1階に十数部屋設けられているが、アカデミーでは毎日の授業でも厳しい鍛錬を行うため、ここを利用する生徒はそう多くない。毎日利用しているのは僕くらいじゃないだろうか。


 朝学校に登校し、夕方まで授業を受け、そこからここで個人訓練を行い、ヘトヘトになって寮に帰り、死んだように眠る。それが僕のアカデミーに入学してからの日課だ。


「よし」

 息を整え、プルプルと震える腕でもう一度木刀を構え直す。

 頭上に大きく振り上げ、そこから振り下ろそうとした。


「もうやめたまえ」

 いきなりプラクティスルームの扉が開けられ、後方から声を掛けられる。


 僕は振り返りながら、振り上げた木刀を振り下ろすことなく、片手でそのまま下方に持っていこうとした。

 カラン、カラン。

 右手から木刀が滑り落ちる。

 握る手に力が入っていなかった。限界だ。これが、僕の中での訓練終了の合図だ。


「はい、今日はもう終わります」

 振り向いた先に立っていた見知らぬ教官に深くお辞儀をして、プラクティスルームの奥にある細長いロッカーからモップを取り出す。

 この部屋を使った後は、感謝を込めてモップ掛けをする。プラクティスルーム利用の注意書きにも書いてある。


「違います。『やめろ』とはそういう意味ではありません」

「えっ?」


 僕はモップを取り出したところで、もう一度入り口に立つ教官の方を振り返った。

 腕を組み、ドア枠にもたれ掛かる彼は、僕にこう告げた。


「八併軍アカデミーを辞めたまえ」


 残酷な一言が僕の胸を貫く。

 知らない教官が、僕にアカデミーの退学を勧めている。


「……ど、どうしてでしょうか?」

 当然、そのまま「はい」と言う訳にはいかない。

 僕が一体何をしたと言うのか。退学案件にまでなるような、何らかの事件を起こしてしまったのだろうか。


「君には絶望的にセンスが無いのです、戦士としての」

 教官は僕の問いに答えてくれる。


 美しい逆三角型の上半身に、足が長く、高身長でスマートな体型だったため、最初に見た時は若い人だと思ったが、よくよく見ると中年の男性教官だ。

 真っ白い肌にエメラルドの瞳、その下には深い隈を作っており、(つや)のある美しい金の髪を整髪料で七三に分けて固めている。


「これは優しさですよ。私はここをよく通るので、君の一か月間の努力を見てきましたが、これ以上無駄な労力と時間を費やすのは止めたまえ」


 これまでの頑張りをすべて否定されたような、そんなやるせない気持ちになる。

 でも、自分でもよく分かっている。僕もできないなりに頑張ってはみたが、まるで成長を感じられない。このまま続けても意味がないのではないか。そんな気はしていた。


「私も長く戦士をしていました。そして、教官になってからも多くのアカデミー生を送り出してきました。その私が断言しましょう。君に戦士としての未来は感じられない。戦士になることを諦め、故郷に帰り、別の道を探すことを勧めます」


 ガクリと俯く。

 炎天教官に、このプラクティスルームを利用したいと言った時、彼はいつもの厳しい口調ではなく、比較的優しい声色で僕に励ましの言葉をくれた。


『おう! 努力は必ず実る。大切なのは諦めない根性だ』


 僕は彼のその言葉を信じてここまで突っ走ってきた。

 多分、炎天教官の持つ理論は、他と比べて圧倒的に才能の無い僕には当てはまらないのだろう。


「退学届けを担当教官に提出することを勧めます。理由を聞かれたら、畠中(はたなか)・アールグレイ教官に言われたと言いなさい。それで大抵は納得しますよ」

 畠中と名乗った教官は、そう告げながらこの場を去る。


「あの! 待ってください!」

 遠ざかっていく畠中教官を呼び止める。

「どうして、僕に未来は無いと思ったんですか?」


 彼は立ち止まり、その場で体半分に振り返る。

「挙げればキリがありませんが、そうですね……。一番は努力の仕方がへたくそなことです」


 炎天教官やイプシロン・クラスの授業を担当している他の教官は、いつも口を揃えてこう言っていた。

『あきらめるな!』『継続することが大切なんだ!』『根性が足らん!』


 僕含め、皆に対して同じようなことをずっと言い聞かせている。

 忍耐、継続、根性。きっと強くなっていくためには欠かせない要素なのだろう。彼らは、がむしゃらに努力する僕の姿勢を褒めてくれた。


 でも目の前のこの人は、そんな僕を真っ向から否定した。


「お願いします! 僕を弟子にしてくれないでしょうか!」


 この人は僕の足りないところを全部知っている。僕が戦士になる上で必要なことも全部知っている。

 そして、きっとそれらが多すぎて、時間がいくらあっても足りないと判断したのだ。

 だから、僕の努力を否定できた。だから、アカデミーを辞めるように言えた。


「嫌ですよ。普通に迷惑です。早いとこ荷物を(まと)めて実家に帰りたまえ」


    ◇


 アカデミー1階、イプシロン・クラスの教室にて―――


「あれ? そういやソラトはどこ行ったんだ?」

 タツゾウは、一か月間授業に出なかった分の遅れを取り戻すため、サニやメンコのノートを写している途中であった。

 放課後の教室にソラトの姿がないことに気が付き、周囲を見回す。


「ソラトって、いつも授業終わった後どこに行ってるの? いっつもいないじゃん。サニなんか知ってる?」

「僕は知ってるけど、君に言っちゃうと彼の邪魔をしそうだから言わないよっ」

 サニはメンコの問いかけに対する返答を、理由を交えて拒絶する。


「えーっ! なんでなの! メーちゃん絶対邪魔なんてしないよ!」

「世の中には、君がいるだけで邪魔になってしまうこともあるんだよっ」

「……結構キツめのこと言うのな」



 アカデミー5階、アルファ・クラスの教室にて―――


 レイアは帰り支度を済ませ、肩掛けカバンを、利き腕を(かば)うようにして左肩に持つと、隣で(たたず)んでいるファナに声を掛ける。

「行くわよファナ」

「レイア様、お荷物を私がお持ちします」


 麗宮司レイアは片手剣の使い手である。剣の持ち手である右手に負担が掛からぬよう、彼女は日頃から心掛けて生活を送っていた。

 麗宮司家の侍女・ファナは、そんなレイアを気遣い、荷物持ちを打診する。


「結構よ、あなたの働きにはいつも助かっているもの。自分の荷物を自分で持つぐらいさせなさい」

「ありがたきお言葉をいただけて、このファナ、至極光栄にございます」

 レイアが教室の出口に向けて歩き出すと、ファナはその一歩斜め後ろを張り付くようについて行く。


 教室を後にしようとする彼女たちを、変声期を終えた男子生徒の声が出入り口付近で呼び止める。

「レイア嬢、紅茶会の招待はあなたのところにも来ているのでしょう? 麗宮司家からは、やはりあなたが出るのですか?」


 痣小路拗太は自分の席から立ち上がり、その長髪を掻き上げながらレイアとファナの元へと近づいていった。

 ファナは主に危害が及ばぬよう、反射的にレイアの前に立ち、敵意を含んだ懐疑的(かいぎてき)な視線で痣小路を睨みつける。


「レイア様に気安く話しかけるな。この()れ者が」

「そう邪険にしてくれるなよ、傷つくだろう」

 痣小路は、人を小馬鹿にした表情でファナを見下ろす。その顔が(かん)に障り、ファナは相手にも聞こえるよう舌打ちをした。


「同じ四天王家の明日を担う身として話がしたかっただけさ。それに、一従者の分際でこの俺にそんな態度を取るなど、愚か、そして哀れ極まりない」

 二人の視線の間に火花が散る。一触即発の冷戦状態に、アルファ・クラス内に緊張が走った。


「ファナ、彼が私に危害を加えることは無いわ。下がりなさい」

 レイアは目の前の従者の臨戦態勢を解き、自身の後方に下げさせた。


「ははは、天下の麗宮司家を敵に回すなど、愚か者のすることですから」

 痣小路は乾いた笑いをすると、レイアの認識を肯定する。


「俺が訊きたいのは、紅茶会で毎年行われるお家交流戦のことです」

「もちろん出ます。麗宮司の名に懸けて、私は交流戦に勝利します」

 レイアの勝利への自信は、もはや確信に近いものだった。その揺るがぬ確信を、彼女の瞳は強く映し出している。


「さすがですね。俺も出るんですよ、お手柔らかに頼みます」

「いいえ、全力で向かいます」

 痣小路はレイアに右手を差し出し握手を求める。レイアもそれに応じた。


 ファナは、麗宮司家宛に届いた紅茶会への招待状のコピーをカバンから取り出す。

 差出人は「アールグレイ家」。今回の紅茶会の主催者である。



 二百年前に起きた世界大戦で武勲(ぶくん)を上げた戦士貴族たちは、今も八併軍に優秀な戦士を送り出すことで世界の平穏を守っている。

 彼らは二百年に渡って、七か国連合軍・八併軍において大きな影響力を持ってきた。


 その筆頭である四天王家の力は特に強大であり、戦士の世界で彼らを敵に回せば良き未来は保証されない。

 八併軍における四天王家とは、「絶対」を意味する。


「炎の英雄」が活躍した「英雄の時代」から二百年。

 この体制はずっと変わらず、四天王家をはじめ、その他戦士貴族たちの権威は永遠に維持し続けられるものだと人々に信じられている。


 紅茶会とは、年に一度、そのような戦士貴族たちが一堂に会し、それぞれの家の発展を祈願すると共に、交流を行う催事である。

 少なくとも、紅茶会が始まった当初はそうだった。


 しかし現在では、それはあくまで名目的なものへと成り果て、それぞれの家の権威を誇示するための場と化している。

 戦士貴族たちが権威を示すための(もよお)しの一つとして挙げられるのが、紅茶会中に開かれる「お家交流戦」である。



 レイアとファナは、5階にあるアルファ・クラスの教室を出てから、だだっ広いエレベーターで1階まで降りる。彼女たちは毎日、そこから迎えの車両が来る駐車場へと歩いていく。


「ふん、何が『お家交流戦』ですか。『お家対抗戦』の間違いでしょう」

 ファナは、招待状のスケジュールの最後に書かれているイベントに、鼻を鳴らしてケチをつけた。


「ファナ、間違っても紅茶会でそんなことを言わないように」

「もちろんでございます。レイア様のご迷惑になるようなことは決して致しません」

 ファナはレイアの方に向き直り、胸に手を当てそう宣言した。


「えいっ! えいっ!」


 1階のプラクティスルーム付近にて、何やら人の声が聞こえてきた。そこは、彼女たちが向かう駐車場までの道のりの途中にある。

 しばらく歩いていると、使用中のプラクティスルームの中に人影が見えてくる。入学してからの帰り道、彼女たちはずっと同じ光景を見ていた。


 少年は、今日も訓練に励んでいる。

 そんな彼の後ろ姿を見て、レイアはいつも活力を貰っていた。


 負けられない、自分も頑張ろう。

 イプシロン・クラスの少年の日課は、アルファ・クラスの少女に、日々の鍛錬への意欲をもたらしていた。

お読みいただきありがとうございました。

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