イプシロンの凶星
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
イプシロン・クラスは、上位クラスに蹂躙されていった。
模擬戦闘訓練も終わりに近づいて来たが、未だに勝利できた人はクラス内に一人もいない。
ギャラリーは、大体がクラスごとに固まっているが、イプシロン・クラスのいるエリアはかなり重い空気に包まれている。
ピーッ。
機械音と共に、イプシロン・クラスの最後の一人が俯きながらギャラリーの方に戻ってくる。
全滅だ。僕たちのクラスは必死でもがくも、誰一人として上位クラスに敵わず、クラス全体で赤っ恥をかくという虚しい結果に終わったのだ。
その中でも、特に僕のやられっぷりは酷かっただろう。手も足も出ず、遊ばれて無残に敗北。
ああ、もう嫌だ……。帰りたい……。
「おいおい、どうしたよ! メチャクチャ元気ないじゃねーか!」
突然、僕の背後から声が掛かる。
反射的に振り返った。
「よっ、ソラト! 調子どーよ?」
そこには、ここにいるはずのない人物の姿があった。
「タツゾウ! なんで? 罰は?」
どうしてここに? 罰を受けているんじゃなかったっけ?
「おう! 特別に訓練に参加して良いらしくてな! やってやるぜ!」
なんと、タツゾウは今から模擬戦闘訓練に参加すると言う。つまり、イプシロン・クラス最後の挑戦者は、彼ということになる。
彼の姿に、クラスメイト達は珍しいものを見る眼差しを向ける。
そりゃあ、1か月間教室に入ることなく、関わりもロクにないのだ。珍しくて当然だ。
「うわ~ん、タツゾ~ウ! メーちゃん達、みんな負けちゃったよ~!」
「おう、随分舐められてるみてーだな。任せとけ」
泣きついてくるメンコに、タツゾウはグッドサインを突き付ける。
僕は他クラスの実力を前にして、完全に意気消沈していたのだが、タツゾウなら、彼なら一矢報いてくれそうな気がして希望を持たずにはいられない。
「それでは、最後の組み合わせを呼ぶ。最後は数の都合上、1組のみで行ってもらう」
鬼教官が、学年全体に呼び掛ける。
模擬戦闘訓練・最終戦、タツゾウは否が応でも注目を浴びることになる。
「アルファ・クラス、エドガー・守大院。イプシロン・クラス、アズマ・タツゾウ」
今日最後の組み合わせが発表される。
アルファ・クラスが固まるギャラリーから、女性のような金の長髪を垂らし、背が高くてスマート、おまけにイケメンという、如何にも品のある貴族を思わせる人物が会場中央に向かって歩いてくる。
対するタツゾウは満面の笑みで「行ってくるぜ!」と僕に言い残し、胸を張ってギャラリーから戦場へと向かった。
「はははっ! 最後の組み合わせ、アルファ対イプシロンかよ!」
「今日二度目!」
「もうやる意味ねーだろ!」
これまでの戦績から、アルファ・クラスとイプシロン・クラスの力の差は歴然だ。
そのため、つまらない試合になると予想したギャラリーから大きなブーイングが起こる。
「「「ブ~!!」」」
「棄権したって構わないぞ。俺には、人の醜態を大衆の面前で晒す趣味は無い」
「何つまんねえこと言ってんだよ。せっかくなんだし、楽しもうぜ!」
エドガー・守大院は、タツゾウの答えを聞いてやれやれと首を横に振る。
「おいエドガー、そういう奴は完膚なきまでに叩きのめして、俺たちアルファ・クラス様に、二度とその生意気な口を利かせないようにしてやれば良いのさ」
痣小路君がエドガー・守大院に対して、完勝を要求する。
会場のムードは、アルファ・クラスの応援で一色に染まる。
タツゾウは完全にアウェーだ。
「エドガー・守大院。我、四天王家が一角『痣小路家』に仕えし者。誇り高き『守大院』の名を胸に、いざ尋常に」
「お、そういう感じか。俺タツゾウ、よろしく!」
互いに名を名乗り合い、そこからは試合開始の合図があるまで、二人とも無言で相手を睨み合う。
「それでは、両者構えて……」
炎天教官から、今日最後の掛け声が掛かる。
エドガー・守大院の足元には、深い藍色の体毛をした大型犬が一頭いる。
耳は大きく、上方に鋭く尖り、小さな赤い目を怪しく光らせて対峙する敵を見据えている。額にはひし形の赤い宝石らしきものが埋め込まれてあり、一般的な動物の犬とは異なることが一目瞭然だ。
対してタツゾウの周りには、珍獣の影も形も無い。
一体どうするつもりなのだろうか。
「珍獣装備『ドッペルドーベルマン』」
主の側で喉を鳴らす珍獣が光に包まれ、藍と紅の大剣へと姿を変える。
少しだけ禍々しさを覚えるその珍獣装備は、高潔な見た目のエドガー・守大院にはあまり似つかわしくないような気がする。
ピューイ!
相手が契約している珍獣を装備化させたタイミングで、タツゾウは天高く口笛を響かせた。
彼は一体何をしようとしているのか。全く読めない。
「グギャオオオオオオン!!」
「よし、来たか!」
その大地に轟く声を聞き、その場に居た生徒全員が耳を塞ぎながら周囲を見渡す。しかし、声の主はどこにも視認できない。
「なんだ!? 今の声は!?」
エドガー・守大院も剣を構えたまま戸惑っている。
突如、実技演習場に巨大な飛龍の影が出現する。
その大きく長い影はフィールドを自由気ままに泳ぎ、やがてタツゾウの側で渦を巻く。
影は渦を巻きながら、徐々にその輪郭をはっきりとさせていった。上空から何かが降下してくる。
「よっしゃ、行くぜ! タツゴン!」
実技演習場の空から、巨大な飛龍が姿を現した。
その大きさは、この合同訓練で見たどんな珍獣よりも大きく、そして威圧的だ。
アカデミー試験で見た、巨人カブやギャングコングと比べてどうだろうか。もしかしたら、こっちの方が大きいかもしれない。
うねる体から生えた二本の腕は、三本指の先に鋭い爪を覗かせ、体の終わりにある尻尾は、クルクルと巻き尺のように巻いており、水生生物であるタツノオトシゴを連想させる。
「クォ~ン……」
突然、エドガー・守大院の持つ珍獣装備が解除され、ドッペルドーベルマンが小さく縮こまった状態で現れる。
「おい、どうした!? 元に戻れ!」
自分の意志と反した行動を取る珍獣を、エドガー・守大院は叱りつける。ドッペルドーベルマンはその声に従い、再び剣の姿に戻ったものの、あれは確実に目の前の怪物に恐怖していた。犬の事には詳しいつもりだ。間違いない。
「珍獣装備『タツノオトシゴン』!!」
橙色の巨大な飛龍は、タツゾウの方に頭部を近づけると、タツゾウの手がそこに触れたことにより、その大きな体を光で包む。あまりの眩さに僕は手で顔を覆った。
龍はタツゾウの代名詞とも言える大太刀の姿へと変貌を遂げると、その橙色の刀身を太陽に反射させてその存在を周囲に主張する。
なんて大きな刀だろうか。僕が背中に背負ったら、地面に突き刺さって上手く歩けないだろう。
「もう良いか……?」
タツゾウの珍獣召喚から珍獣装備化まで、その一連の流れが終わるまでずっと待っていた炎天教官が、彼に試合開始の確認を入れる。
「おう! いつでも良いぜ!」
対戦相手と教官を待たせたにもかかわらず、タツゾウは少しも悪びれる様子無く、準備が整っていることを伝えた。
「それでは……、開始!」
試合開始の合図とともに、バトルボックスが実技演習場の中央に展開される。
先に仕掛けたのはエドガー・守大院だった。
彼は大剣の柄を両手で掴み、顔の前に持ってきて何やら唱えだす。
『完全複製体、契約者&珍獣装備』
詠唱の後、姿形そのままのもう一人のエドガー・守大院がバトルボックス内に現れる。
今の彼と同じように、大剣を両手で掴み、眼前に持ってきている全く同じ大勢だ。
全く同じ人間が、あの場所に二人いる。
世の中には不思議な珍獣がたくさんいて、その種類だけ異能が存在する。なんて心躍る話なのだろうか。
二人のエドガー・守大院は「ドッペルドーベルマン」の大剣を両手に構えると、同時にタツゾウに向かって襲い掛かる。
双剣が、大太刀使いを前後から挟むようにして迫っていく。
『煬香流・青龍流し』
タツゾウは背中の大太刀を右手に取ると、しなやかな剣筋で二方向から来る斬撃をいなす。
しばらく同じような攻防が続いたが、エドガー・守大院の刃がタツゾウに届くことは無かった。
自分の剣撃がタツゾウの剣技の前では通じないことを悟ると、エドガー・守大院は攻め方を変える。
二人の自分で攻撃をバラバラに行うのではなく、二人全く同じタイミングで斬撃を繰り出す方針を取る。
再び双刃が、タツゾウの左右に狙いを定めて斬りかかる。
『煬香流・青龍流し』
右手に持つ珍獣装備で、タツゾウは右方から来る相手の斬撃を凌ぐ。
「ふん、ここは防げても、もう一人は防げまい。どうするつもりだ?」
エドガー・守大院は勝ち誇った笑みを浮かべた。
二体一という数の利を生かした戦術が見事に刺さる。タツゾウの大太刀は、右と同タイミングで斬りかかってきた、左の斬撃を防ぐことができない。
エドガー・守大院の大きく振り被った大剣が、この試合初めてタツゾウの体に届いた。
場内が沸く。誰もがアルファ・クラスの完全勝利を確信した。
『煬香流・玄甲弾き』
しかし、モニターに映るタツゾウの体力ゲージは、未だ無傷のままだった。
今の斬撃を受けてなお、ノーダメージであることを意味する。
タツゾウは左手の甲で大剣を受け止めていた。
とても人間業とは思えないその所業に、僕は十奇人のフェンリルさんや、同じく十奇人であるクログロスさんの驚異的な身体能力を思い出す。
「なんだと!?」
一時は沸いた会場が、驚きのあまり一気に静まりかえった。
痣小路君を含めたアルファ・クラスの面々も、皆驚愕の表情だ。
「すごいねっ、彼は」
隣にいたサニ君が、唐突にボソリと呟く。
「流れるマナの扱いを完全にマスターしているよっ」
マナ。またこのワードが出てきた。一体何だと言うのか。
アカデミーでは未だ教わっていない。基礎知識過ぎて、教わるまでもないと言うことなのだろうか。
「貴様、なぜ俺と渡り合える? 『煬香流』だと……、聞いたことないぞそんな流派!」
「そっか、この機会に知ってもらえると嬉しいぜ!」
確実に仕留めたはずの一撃が防がれ、二人のエドガー・守大院は「ドッペルドーベルマン」を持つ手を震えさせる。
『煬香流・白牙破伝!!』
タツゾウは自分の右側にいる敵に向けて、体の右下から左上へと掻き上げるように大太刀を振るった。
『複製体憑依』
エドガー・守大院はそう唱えた後、タツゾウによって体を真っ二つに斬り分けられる。
そして、斬られた後、彼の体はスゥーっと静かに消滅していった。
「おおっ! 本体を斬ったつもりだったのに、直前で本体と複製体が入れ替わりやがった!」
タツゾウは心からこの模擬戦闘を愉しんでいる。
ギャラリーの反応など眼中には無く、今この対峙している相手との一瞬一瞬が彼の心を躍らせているのだ。
「でも、次は逃がさねえぜ!」
「……!?」
タツゾウの気迫が増す。その圧に押されてか、複製体と入れ替わったエドガー・守大院は、珍獣装備を前方に構えながら数歩退く。
『ドラゴン巻灼!!』
灼熱の竜巻が、大太刀を真上に掲げたタツゾウの周りを渦巻く。
特大の竜巻は徐々に収縮していき、一本の巨大な剣のように変貌した。
あれはタツゾウの使う剣技の類じゃない。
彼の珍獣「タツノオトシゴン」の異能だ。
「…………」
その大規模な攻撃を目の当たりにして、エドガー・守大院は言葉を失い、タツゾウの方を見つめたまま固まってしまう。
当然ギャラリーも彼と同じ反応だ。僕も開いた口が塞がらない。
「はあああっ! いっくぜー! うおおおおおおおおおっ!!」
タツゾウがその巨大な竜巻の剣を振り下ろす。
バトルボックス内に逃げ場は無く、おそらく相手にその強大な攻撃を防ぐ術はない。
ズドーーーーーーン!! ボボボボボボボボボ!!
激しい轟音とともに、エドガー・守大院の体力ゲージが一気に削れた。
タツゾウが無傷であるのに対して、エドガー・守大院のライフはゼロ。
『WIN:アズマ・タツゾウ』
タツゾウの完勝だった。
文句なしの圧倒。彼の底知れなさを目の当たりにした。
バトルボックスが収縮し、彼らを覆っていた結界が解除される。
「「「うおおおおおおおおおお!!」」」
若干の静寂の後、会場が大きく沸く。
完全アウェーだったギャラリーを、タツゾウはその実力で味方に付けてしまった。アルファ・クラス以外の全クラスが、彼に大歓声を浴びせる。
この試合で負けるとは微塵も思っていなかったであろうエドガー・守大院は、バトルボックスが稼働を停止した後、うつ伏せに倒れ込んで気絶する。
ボックス内の出来事なので、生身の肉体へのダメージは無いのだが、精神的なところが大きかったのだろう。教官二人に担架で運ばれていった。
僕たちイプシロン・クラスは感動のあまり、帰ってくるタツゾウに向かって全員で駆け出していた。
男女ともに、声にならない声を発しながら泣きじゃくる。
皆、悔しかったのだ。上のクラスに一方的に蹂躙されていくのが、本当に悔しかったのだ。一矢報いてやりたいと誰もが思っていた。
「「「うわあああああああああん!!」」」
「うおっ!」
クラス全員で、実技演習場から歩いて戻ってくるタツゾウに飛びつく。
その重量ある波に、タツゾウは押し流されて床に倒される。
「わっはっはっはっ! 俺、アズマ・タツゾウ! 今日からよろしくな!」
彼はもみくちゃにされながら軽快に笑うと、イプシロン・クラス全員に自己紹介をした。
その後、彼は「イプシロンの凶星」と称され、このクラスで他クラスから唯一警戒される存在となった。
◇
「クソッ、何なのだあの男は!」
痣小路拗太はアルファ・クラスの教室への帰り道、自分の自慢の従者が完敗したことを受け入れられずにいた。
「エドガー、あいつ……、調子が悪いなら先に言っておいて欲しいものだ。こっちの気分が悪くなる」
そんな彼の元に近づく影が一つ。
「敗北は素直に受け入れなければなりません。アルファ・クラスは他クラスの見本なのですから」
麗宮司レイアである。
彼女には、最後の試合の結果が見えていた。
「レイア嬢。あなたは今日も今日とて美しいが、今の発言は許容できない。普通なら、エドガーがあんな奴に負けるはずはない」
「いいえ、タツゾウの方が強かった。それだけです。あなたであっても彼には敵わない」
彼女の発言に、痣小路は額の血管を浮き立たせる。
「取り消していただきたいな。今の発言」
「事実ですから」
不満を募らせる痣小路をその場に残し、レイアは教室へ悠然と歩を進めた。
「アズマ・タツゾウ。戦闘力はアルファ・クラス、学力等を含めるとガンマ・クラス。イプシロンにいる理由は、珍獣との無断契約によるペナルティ、および素行の悪さゆえ、ですか……」
アカデミー3階、とある教官室。
男はティーカップに淹れた紅茶を飲み干し、パソコンに映るアカデミー入学者のクラス割データを眺める。
最終試合でアルファ・クラスの生徒相手に勝利を収めた、他のアカデミー生と比較してもかなり異質なその生徒に、彼は関心を持った。
アズマ・タツゾウは、アカデミー入学前、珍獣「胃ガエル」と仮契約を結んでいた。
八併軍の許可が下りない限りは、一般人で珍獣との契約、及び特殊装備の使用は認められない。彼はその条項を破っていた。
「煬香流、あの剣を見たのは実に久方ぶりですね」
お読みいただきありがとうございました。




