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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第五章・紅茶会編
80/117

アルファ対イプシロン

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「それでは、両者構えて……」

 鬼教官が、開始直前の掛け声をかける。

「開始!」


「珍獣装備『ガーゴイル』!!」

 痣小路君は自信に満ちたその声で、ガーゴイルを装備する。武器の形状は、長刀だ。


「い、いくよ、カブ太」

「かふぅ……」

 彼とは対照的に、僕は膝を震わせながらカブ太に合図を送る。

 カブ太も元気なく僕の呼び掛けに応答した。


「珍獣装備『巨人カブ』……」

 カブ太の姿が、メインカラーを白とし、アクセントに緑が混じった片手剣へとフォルムチェンジする。

 重さは一般的な剣よりも軽い。そのため、僕の腕力でも片手で構えることができる。


「ギャラリーが俺たちに注目している。最高のショーを見せなくちゃ、失礼だよな?」

「そ、そうですね……」

 僕は辺りを見渡す。バトルボックスの外では、たくさんの生徒たちが、僕らに対して大きな声で何かを呼びかけている。


「いけー、痣小路! 良いもの見せてくれよ!」

「キャー! 痣小路くーん! がんばってー!」

「痣小路が、イプシロンの奴料理してくれるそうだぜ!」

「えー、見たい見たい!」


 違った。僕らにではなく、痣小路君に向けてだった。

 この様子を見るに、痣小路拗太はアルファ・クラスで人気者のようだ。


「来いよ、イプシロン。先制攻撃は君にやろう」

「えっ……」

 そう言うと痣小路君は長刀を地面に突き刺し、仁王立ちで僕の攻撃を待ち構える。

 僕は、カブ太のイメージカラーである白と緑の剣を右手でギュッと握りしめた。


 これは絶好のチャンスだ。しかし、簡単には踏み込めない。

 なぜなら、先制攻撃の機会をくれるからと言って、相手が反撃してこないとは限らないからだ。事実、今目の前で仁王立ちをしている痣小路君には隙が無い。


「来ないなら、俺から行く」

 痣小路君はしばらく僕の攻撃を待っていたが、(しび)れを切らして仁王立ちを止めた。

 ガーゴイルの長刀をその場に放置し、ジリジリと迫ってくる。


「ひ、ひいいい!」

 完全に腰が引けている。痣小路君が詰め寄る度に、僕は少しずつ後退していく。


「やれやれ、せっかく二度と来ない攻撃のチャンスを与えてあげたというのに……」

 彼はため息をつきながら肩をすくめ、僕への呆れの感情を露わにする。

 バトルボックスの端の方に追い込まれ、もう後ろに下がれなくなったところで、痣小路君は一瞬にして僕に近づいてきた。


 ガシッ! ドン!

「うわっ! ゲホッ、ゲホッ!」

 胸ぐらを掴まれ、地面に投げ飛ばされた。実技演習場のゴム製の床に叩きつけられ、激しくえずく。

 その拍子に、僕は武器を手放してしまった。白刃に緑の柄の剣が地面に落ちる。痣小路君はそれをノールックで、足で払い除けた。


「すぐに終わらしても良いんだけど、俺は皆を楽しませなくちゃいけないんだ。君にはもう少し踊ってもらうよ」

 彼は倒れた状態の僕の胸ぐらを再び掴み、宙に持ち上げてくる。


 僕は足をバタつかせ、胸ぐらを掴む痣小路君の右手を両手で引き剥がそうとした。しかし、彼の右腕は、僕が両手で挑んでもビクともしない。

「君ごときに、俺の行動が制御されるはずもないだろう」


 ドン!

「うごっ!」

 腹部を左の拳で思いっきり強打された。殴られた部位に激痛が走り、内臓が飛び出てくるような吐き気を催す。

「痛いだろう? バトルボックスが痛みを消すのは、重傷や致命傷だからね」


 初めて知った。

 僕はこれまで、すぐに致命傷を負って敗北を(きっ)していたから、その仕組みに気が付かなかった。

 大画面に表示されている、僕の体力ゲージを見る。すでに四分の一程度が削られていた。


「じゃあ、どれくらいから痛みが無くなり、データ上のみのダメージになるのか調べてみるとしよう」

 痣小路君は僕を掴んだまま、彼の珍獣装備がある位置まで移動する。

 僕はこの状況を打開すべく必死にもがくものの、事態が変わる様子はない。


 スチャ。

 痣小路君がガーゴイルの長刀を左手に持つ。

「これはどうかな?」

 彼は長刀を僕の太腿(ふともも)に突き刺す。熱い感覚が、刺部に伝わってきた。


「ぎゃああああああ!!」

 絶叫。そして、悶絶。あまりの痛みに、思考が完全に停止する。


「おお、良い声で鳴くじゃないか。じゃあ、これはどうだい?」

 ザシュ!

 彼が手に持つ長い刃が、今度は左足を切断する動きを見せる。


「うわああああああ!! あ、あれっ?」

 今度は痛みを感じなかった。おまけに僕の足はちゃんとくっついたままだ。

 ガーゴイルの長刀は、僕の足をすり抜けるように通過した。

「ふーん、これは重傷判定か。意外にラインはガバガバなんだな」


 痣小路君は僕を開放し、一度距離を取った。

 僕はその場でへたり込む。突き刺された右太腿からは血が流れ出ており、白い制服のズボンに(にじ)んでいる。そして、データ上で切断されたことになっている僕の左足は、ピクリとも動かない。


「それじゃ、ここらで終わらすことにしよう」

 彼は長刀を両手に持ち、体の右後方で構えを取る。

 腰を少し落とし、その状態で、全力疾走でこちらに向かってきた。


「出るぞ! 痣小路必殺の一撃!」

「なんかあの子、差があり過ぎてちょっと可哀そう」

「光栄だろ。あの一撃で散れるんだからな。イプシロンの奴に使うにはもったいないぜ」


 ギャラリーの声が耳に入ってくる。

 僕はその必殺の一撃を防ぐべく、床に転がっている白い珍獣装備目掛けて走ろうとした。しかし、右足には激痛が走り、左足は動かせないためその場にうつ伏せで倒れてしまう。


「あっはっはっは! 何だあの変な動き!」

「はははははは! 人を笑わせる才能だけはあるみたいだな!」

「イプシロンは、戦いの最中に変なダンスを踊るみたいだぜ!」

 僕の滑稽(こっけい)な動きに、ギャラリーから笑いが起こる。


 ドゴンッ!

 痣小路君は、倒れている僕の脇腹を宙に向けて蹴飛ばす。

「がはっ!」

 痛い。辛い。もういっその事楽にして欲しい。

 皆の視線が集まるバトルボックス内の空中を、そんなことを思いながら舞う。


『痣小路式剣技・天断(あまだ)ちの弧剣(こけん)!!』


 痣小路拗太が振るう長刀の剣筋が、虹のような弧を描き、僕の首元に届く。

 そして、先程の足の切断時と同じように、僕の首を刃がすり抜けた。


 瞬間、ピーッという機械音と共に、大画面に勝者の名前と顔が浮かび上がった。

 僕の体力ゲージはゼロ、つまり、痣小路拗太の勝利だ。


 勝負が決し、バトルボックスが役目を終えて稼働を停止させる。

 僕と痣小路君を囲っていた結界が消える。


 結界消滅後、僕は自分の体に違和感があり、視線を下の方に落とす。

 左足は動くようになっており、右足の太腿からは刺し傷が消えていた。物凄い腹パンを食らったお腹にも痛みはない。僕の体から、模擬戦闘で与えられたダメージが綺麗サッパリなくなっていた。


「かふう!」

 いつの間にか元の姿に戻っていたカブ太が、勢いよく飛びついてきた。

「あはは、大丈夫だよカブ太、よしよし」

 カブ太は僕のことを心配そうに見つめる。その頭を軽く撫でてやると、その手に頭を擦り付けてきた。


「ふん、君はガーゴイルの異能を使うに値しなかったよ。俺にとっては、実にしょうもない訓練だった」

 痣小路拗太は、僕とカブ太の(たわむ)れを見て鼻を鳴らし、僕らに背を向けてフィールドから去っていく。


「痣小路、お前やり過ぎだろー」

「圧倒的な痣小路様は、やっぱり素敵です!」

「イプシロンの相手をお前にさせるとはな」

 痣小路君は、アルファ・クラスの仲間たちに迎え入れられる。


「はい、痣小路くん。お水どうぞ」

「ああ、どうも」

 アルファ・クラスの女子生徒が、痣小路君に水の入ったボトルを手渡した。彼はそれを全て飲み干すと、ポイッとその場で捨ててしまった。


「あ、ポイ捨てだよ」

「良いんだよ。あとでイプシロンの奴らに、掃除させれば良いだけの話だろう? アルファ・クラスの名の下に」

 そう言うと、痣小路拗太はアルファ・クラスの面々を引き連れてギャラリーに戻っていった。


    ◇


「うちら今全勝じゃね?」

「まあ、あたしらアルファが他クラスに負けるなんてイメージできないっしょ」

「二人とも、油断は大敵。そんなこと言って負けたら赤っ恥よ」


 ギャラリーにて、アルファ・クラスが固まっている一角では、クラスメイトの途絶えることのない勝利に緩んだ空気が流れ始めていた。

 戦う前から早くも楽勝ムードの女生徒二人に、もう一人が気を引き締めるように促す。


「えー! でもうちらレベルに勝てる奴いる?」

「それな~」

「クロハ、あなたからも二人に言ってあげて」


 アカデミーには、麗宮司レイアともう一人、同率の首席がいる。

 その者こそがクロハである。


 しかし、教官たちからの印象が良いレイアとは異なり、クロハは授業中の居眠りや実技授業のサボりなど、生活態度面がかなり悪い。

 度々注意を受けているが、反省の色はなく、改善する様子も全く見られない。


 話をしている女子生徒三人の隣で、クロハはイプシロン・クラスのエリアを注視していた。

 その一帯は、人を寄せ付けないドンヨリとしたオーラを放っている。


「一人だけいるな」

「誰?」

 クロハの一言に、彼女のグループの一人が反応する。


 クロハは、すでに自身の模擬戦闘を終えている。

 しかし彼女には、この全クラス合同訓練において、事前に一対一のマッチを希望していた人物がいた。


「イプシロンは(あなど)れねえ、あいつがいるからな」



 アカデミー3階、とある教官室。

 中央実技演習場が見渡せる窓際の席に、一人の男がティーカップを片手に模擬演習を覗き見る。


「あの子はダメですね。早くアカデミーを辞めた方が良いでしょう」


 男はティーカップに()れてある温かい紅茶に口を付けながら、眼下で散々な負け方をした紺髪の少年を遠目に眺める。

 紅茶を少しだけ喉に通した後、ティーカップを机の上のソーサーに置いた。


「その道に才が無いのなら、すぐに諦めてしまえば良いものを……。なぜこうも無駄なことをするのか、私には理解できない」


 男は機嫌を損ねる。彼は無能が嫌いであった。

お読みいただきありがとうございました。

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