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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第四章・空の支配者編
77/117

ハッピーバースデー!!

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「ユウガ! 受かったよ!」

 カコは瞳をキラキラと輝かせて私に一枚の紙を差し出し、満面の笑みで報告する。


 その紙には、「合格」と大きな文字で書かれていた。

 彼女は八併軍アカデミー・既過生試験に合格した。狭き門を見事潜り抜けてみせた。


「おお! おめでとう! やったじゃん!」

 とても喜ばしいことだ。彼女は自分の夢に一歩近づいたのだ。


「カコ! すごい!」

「八併軍かよ!? 信じられねえ!」

「ねえ、サイン貰っといて良い!?」


 その頃には、カコの八併軍志願の件は、公然の事実となっていた。

 合格を決めたカコの周りにクラスメイトが群がる。


「あっはは! サインかー。考えてないから、考えたらあげちゃう!」

「やったー!」


 私には、その景色がとても羨ましく感じられた。

 夢に向かって進んでいくカコの姿は、夢を持たない私には眩しすぎる。


 私の行きつく先は、とある日に夢で見た、あの理想的(たいくつ)な自分と決まっているのだから。

 周囲が望む私の将来像。そして、私自身が、その未来に向かって歩むことしか想像できないのが、何よりも恨めしい。

 私の人生は、「普通の人生」だ。



 その日の授業が全て終わり、帰路に着こうとする。

「ねえユウガ、今日も部活、来ないの?」

 玄関で靴を履いていると、片方履き終えたタイミングで、後ろからカコの声が聞こえてきた。


 私は、ここ数日部活を無断で休んでいる。つい先日、学校も特に理由も無く休んだ。しいて言うなら、得も言えぬ倦怠感(けんたいかん)が私を(さいな)んでいるからだ。

 気力が湧かない。ただそれだけの理由で学校や部活を休むのは、今回が初めてだった。


「うん、ごめんね……」

 後ろめたさのあまり、目を伏せて言葉を返す。

 カコは今、どんな顔をしているだろうか。


「よし! じゃあ今日はあたしも休む!」

 思いがけない彼女の言葉に、反射的に顔を上げてしまった。

 屈託のない笑顔が私を照らす。


「あたし、サボるのは得意だからさ」

 カコの瞳が、私を見て失望の色を映し出したことは無い。

 いつの間にか、私が心から信用できる人間は、彼女だけになってしまった。


 家への帰り道、通り道にあるクレープ屋さんに寄り、甘いスイーツを食べながらカコと並んで歩く。

「ねえ、教えてよ」

「何を?」

「なんかあったでしょ?」


 カコから見ても、最近の私の様子はおかしかったのだろう。

 部活では気の抜けたプレーを連発。普段絶対にしないような私のミスに、チームメイトたちは失望を越えて驚愕していた。

 学校でも授業に集中しておらず、先生に当てられたことにも気づかなかった。ノートだって取っていない。


 努力する意味を見失ってしまった。

 たとえ今まで通り頑張ったとしても、頑張った先にいる私が、退屈な世界にいる退屈な私だと分かってしまったからだ。


「皆心配してたよ、最近のユウガはおかしいって」

「そっか……」

 クラスメイトや部活のチームメイトも、私の状態を心配しているらしい。

 まあ、知ったことではない。もう、どうでも良い。


「カコ、私はカコが羨ましいよ」

 人を羨むのなんて初めてだ。それを伝えるのも初めてだ。夢に生きるカコのことが、たまらなく羨ましい。


 人が生きていくには夢が必要だ。大小関係なく人は何かしら夢を抱くべきなのだ。

 それが無ければ、きっとどこかで立ち止まってしまう。自分の道を見失ってしまう。


 私には夢が無かった。

 これまで人のために生きてきた。自分のために生きてこなかった。


 親や先生、大人の言葉に従って生きてきた。そうすれば彼らは喜んでくれた。

 彼らが正しいとすることを守って生きていれば、幸せになれると信じて疑わなかった。

 そんな私の人生なんて間違いだ。


「そうなの? あたしは何でもできるユウガが羨ましいけど」

「私は、そんなんじゃない……」


 しばらく沈黙が続いた。

 カコと一緒にいて、こんなに気まずい時間は今まで一度もない。


「ユウガ、今日誕生日だったよね?」

「えっ!?」


 今の今まで忘れていた。

 そうだ。そう言えばそうだった。まさか、こんなことまで忘れてしまうなんて。


「家に来なよ、ユウガ! お父さんもお母さんも仕事だから、ケーキ買って一緒に食べようよ!」



 カコの家。思えばここからだった。

 ここでカコの夢を聞いたことが、私の「綻び」の始まり。


「う~ん……、これ全部食べられるかな?」

「ど、どうだろう……」

 どでかいショートケーキを勢いで買ってしまった。これを二等分。正直、甘党な私でもちょっときつい。

 包丁で食べやすいサイズに切り分け、それを互いの皿に均等に載せる。


「いっただっきま~す!」

「いただきます!」

 テーブルの椅子に腰かけ、ケーキをフォークで口に運ぶ。


 食べている間、私たちはいつも通りの他愛無い話をした。

 学校での面白い話や、最近テレビやネットで話題になっていることの話。

 カコとこういう話をしている時は、何も考えなくて済む。とても楽しい。


「ねえ、やっぱり話したくなったらで良いからさ。気持ちの整理が付いたら、ユウガの悩み、あたしに教えてよ」

「……うん」

 カコは食器を洗いながら、隣でそれを手伝う私に告げる。


 今は、たとえ親友であっても、いや親友だからこそ打ち明けられない。

 今の私のこの気持ちを打ち明けてしまうと、対等の関係ではいられなくなってしまう気がする。


「あたし、二年に上がるときに八併軍アカデミーに行くからさ、ユウガとは今年でお別れになっちゃうね」


 そうか。カコはアカデミー試験に受かったのだから、来年から明桜華にはいないのか。

 そっか……。


 あれ……、何だこれ?

 寂しい? 違うな。悲しい? これも違う。

 ああ、そうか。分かった。


 私は「怖い」のだ。

 彼女がいなくなってしまった後のことを考えて、恐ろしくなっているのだ。


 信頼を置ける人間が側からいなくなってしまう。私のことを評価する眼差しで見ない唯一の人間がいなくなってしまう。「私」を見てくれる友がいなくなってしまう。

 まさか私の心が、こんなにもカコに支えられていたなんて。


 いやだ。いなくならないで欲しい。

 いやだ。一人になってしまう。


「いやだ、行かないで」

 思わず本心を吐露していた。

 涙が零れる。人前で泣くなどいつぶりだろうか。


「ええっ? ユウガ?」

 カコは私の顔を覗き込んできた。彼女は涙を流す私の様子を、困惑しながらまじまじと見つめる。

「……!?」

 そして私は気付いてしまう。


 カコが、私に「失望」の眼差しを向けていることに。

 彼女は今の私の発言を聞いて、惨めな私の様子を見て、失望してしまったのだ。


 彼女だけは違う。違うはずなのに。それなのに。

 あいつらと同じ目を、親友が向けてくる。


「やめて……、その目をやめて……」

「へっ!?」


 やめさせなければ、彼女にその目をやめさせなければ……。


 気づけば私は、台所の包丁を握り締めていた。

 そして……、


「ぎゃあああ!! ああああああ!!」


 カコの目を包丁で刺していた。

 血しぶきが、真っ白な台所に飛び散り付着する。


 片目を抑え、床を転げ回るカコ。何かの使命感に囚われたように、私はカコの側でしゃがみ込む。

 そしてもう片方の目も上から突き刺す。

「ぎゃああああああ!!」


 床に倒れて暴れるカコを見て、私は気付いた。

 目が見えなくなったら、戦士にはなれない。


 私は、彼女の大切な夢を奪ってしまった。


「ふふ、ふひひひ」


 人として最低最悪なことをした。誰が見ても、この行いは許容できるものではない。

 だと言うのに、私の心は高鳴っていた。

 探していたものが見つかった様な、そんな高揚感。


 台所にある全身鏡に目を移す。

 そこには、返り血を浴び、大量の涙を流して立ち竦む自分の姿が映っていた。


 しかし、その顔には、涙と同時に不気味な笑みが浮かんでいる。

 破滅へと向かって行くような、そんな笑みが。


 ハッピーバースデー、今日は私の誕生日!


    ◇


 パトカーのサイレンがけたたましく鳴っている。

 徐々にその台数が増えることで、道行く人達に、この街で一大事件が起きたことが伝えられる。

 表通りはガヤガヤと騒がしい。野次馬が事件現場に群がり、それを抑える警察官の声でごった返している。

 おそらく患者を乗せたのであろう救急車が、ものすごいスピードで走り去っていった。


 私はカコの家を出て、すぐに裏通りに逃げ込んだ。

 それからすぐに遠くへ離れようとしたのだが、カコの返り血を浴びてしまった格好で人目に着く通りに出れば、通報されることは間違いない。

 結局私は、その場で身を潜めることにした。


 なんてことをしてしまったのだろうか。親友をこの手で……。


 カコのたゆまぬ努力を、その日々の積み重ねの先にある夢を、私は踏みにじった。

 罪悪感に押し潰されそうになった。そして、罪を犯し、警察に追われる立場となってしまったことへの焦燥感も同時に芽生える。


 しかし、どうしてだろう。私は今、笑っている。

 あの台所から、私の笑みは止まってくれない。

 とてつもなく大きな罪悪感と焦燥感、それを凌ぐほどの深い高揚感。


「そっか、私は今、満たされてるんだ!」


 あの「普通の人生」で得られなかった「満足感」を私は得ている。

 乾き切った日常に、水分が足されたような感覚。水が、全身に染み渡る。


 これが、私が求めていたもの? だとしたら笑えてくる。

 なぜなら、私がこれまでの人生、人の笑顔ばかり求めて動いていたからだ。しかし、実際に望んでいたのはその真逆だったのだ。


「人の大切なものを奪うことが、私の幸せ……。ふふ、ふひひひ」

 全てが馬鹿らしく思えてくる。一体今まで何をやっていたんだ私は。



 そんな私の元へ、一つの足音が近づいてくる。

 体がビクリと跳ねた。警察……、だろうか。


「娘、ここから逃がしてやろう」


 黒のローブを羽織った男が、路地裏のゴミ捨て場近くに身を隠した私をすぐさま見つけ出し、声を掛けてくる。フードを深く被っており、その顔は闇夜に紛れてよく見えない。

 取り敢えず、服装からして警察ではない。胸を撫で下ろす。


「我について来るがよい」

 見るからに怪しいが、今はこいつについて行くしか現状を打開する手立てがない。


 返事も待たずに歩き出す謎のローブ男に、急いでついて行く。

「誰なんですか? どうして、私を助けてくれるんです?」

「答える義理無し。しかし、安全なところまでは連れて行く。安心するが良い」

「ぜんっぜん安心できないんだけど!」


 とは言うものの、私ももはやアウトローな人間になってしまった。

 安心安全を求めてはいけないのかもしれない。


「しいて言うのであれば、『王の(しるべ)』である」

「王の導? 訳分かんないこと言わないで下さいよ!」

 聞き慣れない言葉だ。この感じだと何の情報も得られそうにない。


 ブーッ、ブーッ、ブーッ。

 制服のポケットに入れていたワイフォンが鳴動している。

 急いで取り出し、画面を確認した。


 不在着信通知の欄に、母が7件、父が5件、その他学校の友人の名前が数名ある。

 皆、私を心配して電話をかけてきたのだろう。

 でも、その着信に応じることはできない。もう皆のいるところへは戻れないのだから。


 確かこのワイフォンには、私の動きをチェックするために母がGPSを仕込んでいたはずだ。この辺りで捨てておこう。


「貴様はこれから中心球に行き、とある組織に所属することになる」

「組織?」

「そうだ。貴様の生活は180度変わることになるだろう。ここから先は後戻りできないぞ。決心はついたか?」

「そんなのとっくについてますよ。組織だか何だか知らないですけど、早くここから逃がしてください!」


 男は私の答えを聞き終えると、地面を正方形に指でなぞり出す。

 彼が指でなぞった軌跡が発光し、暗い路地裏の一角に輝く正方形が浮かび上がる。

 そして、両手の五本指を互いに合わせて三角形を作り、地面の正方形の中に地下へと続く階段を出現させた。


「ええーーーっ!?」

 目の前で起こった怪奇現象に、私は追われている身であるにもかかわらず、大声を上げてしまった。呆気に取られて固まってしまう。


「さあ、(くだ)るが良い。その先は、日の当たらぬ闇なる道」


 どこに続いているのかも分からないその階段を、一段下りてみた。なんだか階段の奥の世界が、私を誘っているような気がする。

 先は真っ暗で段差も良く見えない。


「暗くて何にも見えませんよ?」

「じきに目が慣れてくる」

 そっか。納得して進む。


 階段を無心に下り続けると、先程まで見えなかった奥の段差まで見えるようになってきた。

 目が慣れてきたのだ。この暗がりに、心地良さまで覚える。


 私の中の「綻び」は拡大し続け、遂には私を形作っていた輪郭(りんかく)までも解いてしまった。

 でも、それで良い。縫い直して、新しい私へと生まれ変わるのだ。


 カコ。私、カコのおかげで見つけられたよ。

 自分の進むべき道。


    ◇


 あの事件の日から数か月が経った。


 階段を下りた先に広がっていた景色は、中心球の闇なる世界だった。

 私はそこで、「シンビオシス」と言う組織のリーダー・エデンと偶然邂逅(かいこう)する。


「君、未成年だよね? その年でそこまで禍々しいオーラを出せるなんて驚きだよ」

「なんですか? 冷やかしですか?」

「いや、勧誘だよ。僕のところに来ないかい? 見たところ、行く当ても無さそうだし」


 どうやら彼はメンバー集めをしていたらしく、私はそのお眼鏡にかなったようだった。

 縁の国の警察は、私の身柄がシンビオシスに移ったことを知ると、捜索を八併軍に委託した。


「ユウガ、君に志の国の首都『ボルントック』に行ってもらいたい。シビノとキシが協働で仕事をしてくれているんだが、その手伝いだ」

「志の国、久しぶりに行きます! 了解でっす!」


 キャプテンから下される指令にも慣れてきた頃、私は志の国へ赴くように言われた。

 ボルントックは、家族旅行で何度か訪れた街だ。馴染みはある。

 久々の志の国にワクワクしながら、アジトの船ドラゴンを飛び出し、中心球から目的地へと伸びているCエレベーターに向かった。



「お前が一緒だと、同郷の私まで舐められそうだ」

「あはははは……」


 志の国首都「ボルントック」にて、金髪の少女と紺髪の少年が何やら話しているのが目に留まる。

 二人とも私と同じくらいの年だろうか。少女の方は辛辣な言葉を並べると、そそくさとどこかへ行ってしまった。


 取り残された少年の方は、キョロキョロと辺りを見回している。

 明らかにこの街の人ではない。どこか遠くの辺境から来た、物知らず貧乏少年に違いない。

 気まぐれに、彼の元へと近寄る。


「ねえねえ君君、お困りかい?」

お読みいただきありがとうございました。

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