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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第四章・空の支配者編
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綻び

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 あれから数週間、私の中の「(ほころ)び」は拡大し続けていた。


「ユウガ、あなた一体どうしちゃったの?」

「ごめんなさい……」

 模試の成績が、前より僅かに下がった。校内席次もトップだったのが、二位と入れ替わってしまった。

 母に原因を問い詰められる。


 勉強を怠ったつもりはない。

 ただ、前のように百パーセントの集中力を以て臨めていないのは明らかだった。


「何があったの? どうしてこんなことになっているの?」

「……分からない」

「分からないじゃないでしょ!!」

 私の受け答えに、突然母は大声で怒り、リビングのテーブルを拳で上から勢いよく打ちつけた。


 久々だった。母のこんな姿を見るのは。

 久々だった。自分がこんなにも情けなく感じたのは。

 どちらも多分、小学校に入学してからは見ていないし、味わっていない。


「あなたの志望しているところは、こんな成績では行けないのよ! 分かってる!?」

「…………」

 本当に久々だった。私が誰かの問いかけに対して、沈黙を貫くことしかできないのは。


 その日の夜。父と母の喧嘩を横耳にして眠りについた。 

 私の中に、疑問が増える。


 どうして? ほんの少し下がっただけじゃん。次頑張れば良いじゃん。

 私には、少しの失敗も許されないの?


 眠りに落ちて、夢を見た。

 私がこれから歩むであろう未来。


 このまま一生懸命勉強して、部活もして、友達と遊んで、国内でも有数の超有名エリート大学へ進学する。

 そして、誰もが認める大企業に就職して、誰もが認めるキャリアウーマンになり、その会社で出会った人と結婚する。子供が生まれて、子育てと仕事に追われるも、日々の温かな幸せを噛みしめながら生きていく。

 両親は、そんな忙しくて幸せそうな私を、嬉しそうに見つめるのだ。


 子育てを終え、孫を可愛がり、少しずつ記憶を失いながら天寿を全うする。

 うん。何不自由ない、理想的な人生。


 朝、目覚ましで目覚める。

 なんて、つまらない夢を見ていたのだろうか。



「いける! あと少し! 追いつけるよ!」

「ディーフェンス! ディーフェンス!」

 ベンチから力強い応援の掛け声がかかる。


 練習試合の第4クオーター、試合時間は残り30秒を切った。

 点差は1点差。ここを乗り切って、シュートを一本決めれば逆転勝利だ。


「はあっ!」

 相手選手の山なりのパスを、後半の苦しい時間帯であるにもかかわらず、カコが最後の力を振り絞ってジャンプし、見事なパスカットをする。

「ユウガ!」

 カコは、絶好のチャンスと見て走っていた私を確認すると、その手に持つボールを前に放り投げる。


 あのボールは、カコの、皆の思いが詰まったボール。

 チームメイトが必死に守った1点差を、逆転への希望を、あのボールに触れた者は託される。


 私はそのボールを受け取ると、敵ゴールへ向けてドリブルを開始する。

 目の前には相手ディフェンスが一人だけ。いける。


 私は一度左にフェイクを入れ、逆の右へと加速する。

 この緩急に、相手のディフェンスはついて来られない。


 完全にフリーだ。あとはレイアップを決めるだけ。

 ゴールに置きに行くイメージでボールを手放す。


 ガンッ!

 しかし、無慈悲にもボールはリングに弾かれた。

 そのままボールがコートの外へバウンドしながら出る。


 プーッ!

 それと同時に、試合終了のブザーが鳴った。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ゴール裏の壁に両手をつく。


 ショックだった。こんなビッグチャンスを私が外すなんて。 

 なんだか最近いろんなことが上手くいかない。自分の中のあらゆるリズムが乱れてきているような気がする。


「ほい、お疲れ。最後のはドンマイ!」

 カコがスポーツドリンクの入ったボトルを私に差し出す。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ごめん、私のせいだ……」

「なーに言ってんの、ユウガいなかったらここまで戦えていないって」

 カコの励ましが胸に刺さる。ボトルを受け取るため、彼女の方を振り返った。


 その時私が見たものは、皆の「目」だった。


 温かい笑顔を私に向けているカコとは対照的に、チームメイトや監督、試合を見に来ていたギャラリーの見物人までもが、私に失望の眼差しを向けている。


 もちろん気持ちはわかる。あと一息で勝てた試合だった。

 私が最後のシーンを決めていれば、劇的な大逆転勝利だったのだから。

 でも……、


 どうして? どうして私だけにそんな目を向けるの?


 帰りのバス。チームメイトはいつも通り私に接してきた。

 他愛のない話で仲間と笑い合いながら、学校へと戻る。

 いつもと同じ、何か変わった様子も特にない。


 それでも、たとえ話が盛り上がっている最中でも、私はあの瞬間、周囲から向けられた冷ややかな視線を忘れることができなかった。

 私に笑顔を向けていた世界は、あの一瞬だけ、私の敵になった。


 バスが学校に到着し、ミーティングを終えて家に帰宅する。

 帰り道も、ここ最近の異変についてずっと考えていた。何かの歯車が噛み合っていない感覚を漠然と抱えたままだ。

 なんだか、世界が私の敵に回ってしまったような、そんな感じ。


「お帰りユウガ。夕飯作ってあるから、温めて食べてね」

「ただいま。うん、分かった。今日何かあるの?」

「校内試験問題の作成。あんたもそれくらい把握しておきなさい。そんなんだから成績伸びないのよ」


 最近、母は私に冷たい。

 理由は至極明白。成績が思うように上がらないからだ。


 内心、私は焦っていた。

 ただ、母の焦燥感は私以上だ。日頃の雰囲気や態度から、それが目に見えて分かる。


「お疲れ様、試合どうだった?」

「負けちゃった。でも、惜しかったんだ」

「そうか。部活を頑張るのも良いが、勉強も頑張れよ。部活のせいで勉強に支障が出るようなら、本末転倒だからな」


 父は、テレビのニュースから目を背けずに私と会話する。

 母とは違って、心配を露骨に表には出さないが、日頃の会話の節々から、私のことを案じていることがそれとなく伝わってくる。


 父と母は近頃、私に対して同じ眼差しを向けてくる。その目は私にとって、とても居心地の悪いものだった。

 そう、試合後に私が周囲から浴びた、あの目と同じだ。



 数日後、校内定期テストが実施され、私は見事学年一位を奪還した。


「ユウガ、帰りにチーズケーキ買ってきたんだけど、夕飯のデザートに食べる?」

「えーホント! 食べる!」


 その日、母は仕事帰りに、私の大好きな甘いスイーツを買って来ていた。あまりの態度の変化に驚いたが、とりあえず美味しくいただくことにする。

 家族で取り囲んだ夕飯の食卓は、昨日までと比べて、若干豪華になっている様な気がした。


「全く、俺たちは幸せだな!」

 父も母も、久しぶりに上機嫌だ。夕食の間、笑顔が絶えなかった。

 父と母は、仕事であった面白い話を楽しそうに語っていた。私もそれを聞いて笑い、学校であった面白い話を二人に共有した。


 今までの私なら、それが幸せだった。彼らの笑顔が、私にも笑顔を与えてくれた。

 でも、その日の私の笑顔は、まさに張り付けられた仮面だった。


 お前らの幸せを、私にも押し付けるな。強要するな。

 勝手に私を「幸せ者」にするな。


「やったー!!」

「さっすがユウガ!」

「はぁ、はぁ、勝った!」


 女子バスケの地区大会決勝。

 この日、弱小明桜華学園のバスケ部は、創部40年の歴史で初となる全国大会出場を成し遂げた。しかも相手は、あの峰天高校だ。


 一年生である私やカコは、三年の先輩たちに交じってこの試合に出場した。

 接戦の末、カコから受けた美しいパスを私が着実に決め、全国への切符を掴み取った。


 私は地区大会の得点王となり、大会MVPにも選出され、表彰を受けた。

 表彰台で向けられたチームメイトや他校の選手からの眼差しは、私がこれまでずっと浴び続けていた「羨望」の眼差しであった。


 学業、スポーツ、共に順風満帆(じゅんぷうまんぱん)

 あの時の代わり映えのない私に戻った。


 もし私がこれ以上を求めるなら、人は私のことを傲慢(ごうまん)な女だと指摘するかもしれない。

 周囲に褒められることが嬉しい。両親に喜んでもらえて嬉しい。自分の活躍が誇らしい。

 皆に頼られることが誇らしい。皆の助けとなり、笑顔にできたことが嬉しい。


 毎日の生活が楽しい。

 そのはずだ。そのはずなのだ。そうでなくてはならない。


 でも、私の心は満たされなかった。


 これじゃない。心の奥底にできた「綻び」が、私から幸せを零してしまう。

 ()い直さなければ。そうしなければ、いつか私という存在が全て解けてなくなってしまう。



 ある日の何気ない夜。

 ベッドに横になると、眠りに落ちるまでの間、嫌でも色々と考え事をしてしまう。


 最近、私はある能力を手に入れた。

 それは、漫画やアニメに出てくるようなカッコよくて皆が憧れるようなものではなく、むしろあまり望まれないものだろう。


 その人が私に対して思っていることが、ある特定の場合においてのみ、その「目」で分かるというものだ。

 特定の場合、それは私への「期待」と「失望」である。


 これまで生きてきて、私もある程度、自分がどのような人間であるか理解している。

 私はおそらく、他の人よりも高い評価を受けやすい人間だ。そのため、人に高い水準の「期待」をされる。


 他の人がすると小さなミス。しかし、それを大きな期待を背負う人間がやってしまうと、たちまち「失望」の眼差しを向けられることになる。

「期待」されるのは簡単だが、「失望」を受けると、それを払拭するのはなかなか難しい。


 私は今、「普通の人生」を送っている。

 普通の人生とは、誰かに自分を評価され続ける人生のことだ。

 他者からの評価を上げ、時には下がり、それをまた頑張って戻す。これの繰り返し。それが普通の人生。


 なんだろう、とっても息苦しい。胸が締め付けられる。

「普通の人生」の仕組みに気付き、絶望する。


 周囲が私に向けていた笑顔、あれは、私への「評価」の表れ。いわば、彼らの表情は私への「評価メーター」だったわけだ。

 私周辺の人達の「期待」と「失望」の動向によってそれに気づかされた。


 つまり、私はあのメーターを上げるためだけに生きていたということだ。

 何と空虚な人生か。


「あ、ああ、ああああああ……」


 ああ、間違っていた。私は間違っていた。

 なんで、あんな奴らのために頑張っていたんだろう。


 頭を抱える。吐き気を催す。ベッドの上で、小さく縮こまる。

 生き方を完全に間違えていた。

お読みいただきありがとうございました。

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