続く挑戦
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
グギャア、グギャア。
朝、特徴的な鳥? の鳴き声で目を覚ます。
昨日、僕は首長列島・第一島にある受験生用テントで睡眠を取った。
眠りに入った時間は遅かったのだが、なぜだかスッキリ起きることができ、テント内にいた男子受験生の中で一番初めに起きたのは僕だった。
テントの外に出て、大きく深呼吸をする。
また、ここに戻って来られた。まだ挑戦することができる。
その事実が、僕にエネルギーを与えてくれる。
「マジか!! やったな!!」
昨日の深夜、テントにいたタツゾウが満面の笑みで喜んでくれたのを覚えている。
別れの言葉を交わした手前、若干の恥じらいがあったのだが、僕の一次通過を自分の事のように喜ぶタツゾウを見て、そんな羞恥心はすぐにどこかへ吹き飛んでしまった。
「おはようございます。戻って来たのですね」
朝の早い時間、受験生の多くはまだテントの中で眠っている。
あの壮絶な一次試験の後なのだ。きっとみんな疲労が溜まっているに違いない。所々いびきも聞こえてくる。
しかし、一番疲れが溜まっていてもおかしくない人が、最も早くに起床していた。
「おはようございます、レイアさん。そのー……、僕にもよく分からないんですけど、なんとか二次試験受けられそうです」
「それは良かったです。一次試験突破おめでとうございます」
「レイアさんと皆のおかげです。ありがとうございます!」
結局君嶋さんから、僕の失格が取り消しになった理由は説明されなかった。
僕が一次試験を突破できたことに関しては、少しモヤッとした気持ちが残る。
「レイアさんも突破おめでとうございます!」
「私の場合は、あなた程めでたいものではありません」
それはそうだろう。彼女にとって一次試験は、いや、きっとこのアカデミー試験自体が通過点なのだ。
「レイアさんは、こんなに朝早くに起きて何をしているんですか?」
もう少し寝ていても良い時間なのに、彼女が活動を始めた理由を知りたくて尋ねる。
「ジョギングです。毎朝の日課ですから。……一緒にどうです?」
「えっ、良いんですか!? 行きます!」
まさか、僕がレイアさんの誘いを受けるなんて思いもよらなかった。
僕の中で、初めは冷たいイメージしかなかったレイアさんだが、今はそうでもない。人には色々な一面があるのだと気づかされる。
「ところで、脇腹は大丈夫なのですか?」
唐突な質問にハッとさせられる。
そういえば、昨日まで僕に激痛を与えていた脇腹の痛みがない。全くだ。
「大丈夫……、みたいです……」
「本当ですか? かなりの重症だったはずですが、回復が恐ろしく早いのですね」
包帯を何重にも巻いたところをさすってみるが、不思議なことに痛みどころか何も感じない。
多分、ルーゲさんの注射の効果なのだろう。今は回復している途中で、じきに感覚も普通に戻ってくるはずだ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、おえっ……」
第一島、海辺の砂浜にうつ伏せで倒れ込む。
もう一歩も動けない。吐きそうだ。レイアさんの姿なんてとっくに見えなくなっている。
あれ? ジョギングって、軽い運動じゃなかったっけ?
砂の感触を顔で覚えながら、僕は目を閉じる。
ああ、心地良い。
「へへへ、生まれ変わったら砂でも良いなー、何も考えないで良いから。もういっそ周りの目なんて気にしないで、ここで寝ちゃおう」
「ダメです、不審者情報が上がりかねませんので」
「うわあああ!」
さっきまで影も形も無かったレイアさんの突然の出現に、さわやかな朝には相応しくない叫声を上げてしまう。
彼女は水の入ったペットボトルを片手に、いつもの感情を汲み取ることのできないポーカーフェイスで僕のことを見下ろしている。
「あまりに遅すぎて驚きました、あなたに合わせて走っていたはずですが……。これ、良かったらどうぞ」
ペットボトルが水滴を滴らせていることから、中に入っているのが冷水だと分かる。
ありがたい。今一番欲していたものだ。
「ぷっはー、ありがとうございます!」
受け取ったペットボトルの水をゴクゴクと喉を鳴らして飲む。
生き返る。全身に水が染み渡り、意識が覚醒するこの感覚。
覚醒したことにより、先程自分が発した珍妙な言葉を思い出してしまう。
「あの、さっきのは……、違くて……」
「……私は、生まれ変わっても私が良いです」
「違うんです! 冗談なんです! ホントです!」
なんだか、走る前より少しだけ距離を感じる。
◇
「ぐぬぬぬ」
麗宮司家、長女レイア専属侍女・ファナ。
彼女は今、少し離れた木陰から雨森ソラトと自身の主を凝視していた。
ここ数日、いつもの様子と異なるレイアに、ファナは得も言われぬ不安感を抱えていた。
「何してんだ、お前?」
「お悩み事なら、メーちゃんに任せといて!」
彼女の背後に現れたのは、タツゾウとメンコである。
不審な挙動を見せるファナが気になり、木の裏で激しい歯ぎしりをする彼女に声を掛けたのだ。
「あ?」
振り返ったファナの顔は、真っ赤に紅潮して血管を浮き立たせた、通常時の感情を見せない無の表情からは想像の付かないものだった。
タツゾウとメンコは目の前にいる鬼に一瞬たじろぐ。
「囮役に、スーパートラブルメーカーですか。驚かせないで下さい」
「作戦の時の役職で呼ぶんじゃねえ!」
「ビックリしたのはこっち!」
ファナは表情を瞬時にいつもの無に戻す。
その切り替えの早さは機械的で、人間味を感じさせるものではない。
「ソラトとレイアか、あいつらがどうかしたのか?」
タツゾウがファナの見ていた方向を確認し、彼女に尋ねる。
「レイア様が最近おかしいのです」
「そうなのか?」
「なんで?」
ファナが語り出す。タツゾウとメンコは、二人同時に首を傾げた。
「笑うことが増えました」
「そうか? 笑っているようには全く見えねーぜ」
「あなたたちよりも長くレイア様と一緒にいた、この私が言っているのです! 間違いありません!」
「何怒ってんだよ?」
ファナは表情を先程の鬼の形相に変化させ、タツゾウに詰め寄る。
「レイア様を理解し、レイア様に理解されるのは私だけでいいのです。他の人間に彼女の真の素晴らしさを、美しさを理解されてたまるものですか。それだと言うのに、レイア様はあの騒動であなたたちと出会ってからというもの、いつもより楽しそうなのです」
(こいつ、こんな奴だったのか……)
(もしかして、ヤベー奴?)
ファナは再び表情を戻し、ペラペラと語り出した。
いきなり饒舌になった彼女に、タツゾウとメンコは二人して困惑する。
「それの何がダメなんだよ?」
「あなたに私の気持ちを理解できるわけがない! 私と共にいる『いつも』よりも、レイア様はあなたたちといる時の方が笑うのですよ! こんな屈辱、耐えられません! 私は……、私は……」
表情がコロコロと変わり忙しい。
タツゾウもメンコもドン引きである。
「お前の気持ち、さすがに俺には分かんねーかもな」
「天才メーちゃんにも分からない……」
「あなたたちには、分からずとも良いのです。私はただ、レイア様唯一の理解者であり、彼女の『過去』、『現在』、そして『将来』であれれば他に望むものなどないのです」
ファナは陶酔したように微笑みながら、天を仰いで祈りを捧げる。
その姿は、タツゾウとメンコの二人には狂気的に映った。
「タツゾウ、天才メーちゃんは分かったよ。こいつはヤベー奴よ」
「天才のお前が言うなら間違いねーぜ!」
◇
「バフロの件は残念だったな。あいつは良い女だったぜ。俺の口説きに拳が返ってきやがった」
「珍しいみたいな言い方するな。一定数いるだろーが」
懐かしい。あれはアカデミー時代だったか。
当時一般兵だったダリオスが、アカデミー生のバフロに言い寄り、グーで腹パンを食らった挙句にこっ酷くフラれたという事件だった。
「お前、相変わらず三又続けてたのかよ、超絶クソ野郎だな」
俺は今、目の前のチャラ男を罵倒しているところだ。
クルーズもクログロスも席を外しており、十奇人控え室にはこいつと俺の二人だけだった。
「バレなきゃ楽しみ放題だぜ!」
クソ野郎の浮気性は一向に治らない。
裁判で証言を求められたら、包み隠さず全部喋ってやろう。
ダリオス・アンドレアティ。
十奇人の一人で、その立場を存分に利用している超絶軟派野郎だ。
八併軍の戦士としての職務を全うする傍ら、プロのスポーツ選手として愛の国で活躍しているスーパースターでもある。
「いい加減、結婚するつもりないなら別れやがれ」
「良いじゃねーか、俺たち戦士の一生は短いんだぜ。その分、思いっきり楽しまないとな! 悔いの無いようによ!」
戦士の平均寿命は短い。
それがたとえ、八併軍の上位戦士であったとしても、その事実に何ら変わりはない。
ゆえにパートナーを残して逝ってしまうことの無いよう、多くの八併軍戦士は結婚をしないのだ。
正直、戦士という職業が、ダリオスの享楽的な生き方とマッチしている感じがしない。
それに、こいつは戦士でなくても他で稼ぎがある。わざわざ命を張る理由は何だろうか。
「お前、なんで戦士になったんだ?」
「キャーキャー言われるから」
「超絶浅えな」
ダリオスは考える間を置かずに答える。真剣に考えたこっちがバカだった。
「そういうお前は?」
「金」
「ま、大事か」
俺は争の国のスラム街に生まれた。
いや、正確には、物心ついた時にはスラムにいたと言うべきか。
学校も行かずに盗みばかり働いていたため、義務教育を受けていない。
家族や親戚等の頼れる身寄りのいなかった俺は、戦士になるしかなかった。
その時、たまたま争のスラム街を訪れていた八併軍の戦士に見つからなければ、俺は今頃ならず者に成り果て、刑務所の中にでもいただろう。
「金のためか……。本当にそれだけが理由で戦い続けられんのかよ? やっぱ、楽しみがねえとやってらんねえよ。十奇人の肩書は、俺に良い出会いとお楽しみをくれるんだぜ!」
「テメエと一緒にすんな。それに、今は金のためだけじゃねえよ」
「じゃあ何のために戦ってんだ?」
「亡き友の夢のため」
突如、控え室の一角から光が生じる。
発光源は、俺の珍獣装備「雪人狼」だ。
「グルルルル、おい、俺の出番はまだなのか」
「まあ待てよ、超絶せっかち野郎め」
腕装着式バズーカから獣の姿に変えた雪人狼が、契約者である俺に詰め寄ってくる。
二足歩行で迫り、俺の背中を鋭い眼光で見下ろす。
雪人狼の体長は約3メートル40、成人男性の2倍ほどの大きさはある。
「いつまで待てばいいんだ? いい加減待ちくたびれたぜ……」
「そろそろだ」
「お前の回答はいつも大雑把だなあ」
雪人狼は目を光らせ、鋭い前足の爪を研ぎ出す。
そして、俺の後頭部目掛けてその爪を振り下ろしてきた。
ガキン!!
殺気を感知し、死角からの攻撃を腰に携えてあった短剣でガードする。
「グルルルル、お前が弱くなれば、俺はお前を迷わず殺す」
「超絶、臨むところだ」
まったく、なんて凶悪な眼光だ。
前の契約者がこいつから手痛い傷を負わされたことも頷ける。
「盛り上がっているところ悪いんですけど、あまり騒がないで下さいね、フェンリル君、雪人狼君。ここ第五島の運営エリアには、他にもたくさんの人がいますから」
鉤爪と短剣がぶつかり合うタイミングで、テントにクルーズが戻ってくる。
俺と雪人狼のやり取りに割って入ってきた。
「テメエは確か、俺を捕まえた十奇人三人のうちの一人だな」
「いかにも。また拘束されたいですか?」
「3対1でようやく抑えられた俺を、お前一人でか? おこがましい!」
「やれやれ、気性が荒い珍獣とは契約したくないものですね」
クルーズは雪人狼の話を聞き流しながら自身の席に座り、パソコンを開いてタイピングを始める。
「では、溜まったストレスを、二次試験で大いに発散してもらうとしましょう」
ガチャン。
「そろそろか。今年の受験生は、どれほど骨があるのやら……。実際にやり合って測るとするか」
「外の散歩も飽きちゃった! ねえクログロス、トランプしようよ!」
クログロスと判も戻って来た。
またうるさくなりそうだ。
「なあ、いい加減このセンスのないテント変えねーか? 見るたびに恥ずかしくなるぜ」
ダリオスが、十奇人控え室であるこのテントのデザインに文句を垂れる。
確かに、ポリエステル生地のヒラヒラとした本体に、硬質でゴツゴツとした両開き扉があるのは不相応だ。
一体誰がデザインしたのか。
「あ! これあたしがデザインして、オーダーメイドで作ってもらったの!」
「なんだ、どうりで超絶ダサいわけだ」
なるほど判のデザインだったのか。
このテントがダサすぎて、不気味な雰囲気をも纏っていた原因が理解できた。
「経費は?」
「クルーズが忙しい時に勝手にちょろまかした!」
「説教部屋も特注しましょう」
クルーズなら、本当にやり兼ねないから怖い。
ガチャン。
現在この控え室には5人の十奇人がいる。
そして、首長列島にいる最後の6人目が、ここにきて初めて顔を見せる。
「あー、どうもだすー」
十奇人・スブタ。
大柄で力士体型の怪力自慢だ。脂肪で見えない首を何度か縦に振って、他メンバーに挨拶をする。
「ずいぶん久しぶりじゃないか、スブタ。一体今何をしているんだ?」
クログロスは、おそらく数か月ぶりくらいに再会したスブタに、近況を尋ねた。
「あー、地下の総合格闘技に出場してきたぐらいだすねー」
「結果はどうだったんだ?」
「そりゃあ、おいらも十奇人だすし、アマチュアの大会で負けたりはしないだすよー」
スブタは後頭部を掻き、ぷっくりと膨れた顔を綻ばせて照れくさそうに笑う。
「やるじゃないか、手応えあるのはいたか?」
「いやー、やっぱ喧嘩自慢の集まりって感じで、おいらとしては大したことなかっただす」
地下格闘技の連中も、普通に試合しに来て十奇人が出てきたら、たまったものじゃないだろう。気の毒に……。
「皆さん、再会で話に花が咲くのは良いですが、ここに何をしに来たのかは忘れないで下さい。あまり、浮かれ過ぎないように」
クルーズから全員へ、注意が入る。
「ああ、分かっている」
「超絶集中してるぜ!」
「あたしも!」
「受験生共に見せつけてやんねーとな!」
「おいらも頑張りだす」
「第二次試験は前から言っていた通り、皆さんに出てもらいます。特殊装備の使用も可能です。彼らに洗礼を与えてください」
お読みいただきありがとうございました。




