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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
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透明な少年

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 志の国に帰る方法は、Cエレベーターを乗り継ぐ外にない。

 Cエレベーターを使って一度理の国から中心球を中継し、そこからまたCエレベーターに乗って志の国へと向かうのだ。

 要するに、ここへ来た時と逆のルートを辿ることになる。


「わりーな、俺もここまでだ」

「うん、ありがとう」

 Cエレベーターターミナルのゲートを背にして、僕はタツゾウと向かい合う。


「色々あったけど、ここまでだね。試験、がんばってね」

「ああ、お前もがんばれよ」

 ここでお別れだというのに、タツゾウの態度はずいぶんあっさりとしている。


「レイアさんにもよろしくね。お別れ言えなかったから」

 レイアさんとも会おうとして、受験生用の宿泊テントにも行ったのだが、彼女の姿は見当たらず、結局お別れの挨拶も言えず仕舞いだった。


「わかった、伝えとく」

「それじゃあね。一緒に合格しようって約束守れなくてごめん。短い間だったけどありがとう」

 僕はそう言って、Cエレベーターターミナルのゲートをくぐる。


「おい! 俺、お前と会うのこれで最後だなんて思ってねーからな!」

 僕の背中に、タツゾウの力強い声が届く。その言葉がとてもうれしかった。

 彼にとって、これは最後の別れでも何でもなかったのだ。あっさりとした態度も、これが本当の最後ではないからだ。


「うん! 絶対また会おう!」

 後ろ向きに歩きながら大きく手を振る。


 彼との冒険は、ここで一度終わる。

 でも、きっとまた始まるんだ。



 夜遅いせいか、ターミナルに人影は少ない。

 仕事から帰るのか、スーツ姿の男の人を数名見かけるくらいだ。


「10分後に、最終便が出発します。お乗りの方は、お間違えの無いようご注意ください」

 Ⅽエレベーター最終便のアナウンスが流れる。

 僕はそのアナウンスを、ベンチに座りながら聞いていた。


 急にどっと疲れが出てきた。

 どうやら僕は、自分の中に疲れが溜まっていることに気付いていなかったらしい。


 そっと脇腹の傷口を撫でる。注射によって抑えられていた痛みが、また出てきていた。

 疲れているのはこの痛みのせいもあるだろう。


「はあー、分かってはいたけど、厳しかったなー」

 大きくため息をついて、周りに人がいないことを良いことに独り言を呟く。


「んじゃあ、違う道に進むってのもアリなんじゃねえのか?」

「違う道って言ったって、いったい何があるんだろう……」

「…………」

「…………」

 相当疲労していたためか、この不自然な状況に気付くのが遅れてしまった。


「へっ!?」

 慌てて後ろを振り返る。


 そこには真っ黒なスーツを身に纏い、左手にビジネスバッグを携えた男性がいた。

 背後にいることに全く気が付かなかった。


「あのー……」

 知らない人だ。一体誰だろう。


「お前は色で例えるなら無色透明だ。どんな色にでもなり得る」


 再びその人の発する声を聞いて、僕は思わずベンチから跳んで離れた。

 初めて会う人だが、この声を聞くのは初めてではない。

 あの(おぞ)ましい(かす)れた声だ。


「どうして……」

 動揺、困惑、恐怖、様々な感情が僕を襲っていたが、ただ一つ明らかなことがある。


 逃げなきゃ!

 一目散にゲートのある方へと駆け出す。


「おいおい、何もしねえよ。俺の話聞いて損はねえぜ」

 しかし足の遅い僕は、すぐに間合いを詰められて服の(えり)を掴まれてしまった。


「うわーーー!! なんでここにーーー!?」

「まあ落ち着けよ。お前ここで帰るのはもったいないぜ」

 何を言っているのか分からない。何がもったいないと言うのだろうか。


「なんせ、お前の試験はまだ終わっちゃいねーんだからなあ」

 見知らぬ人の皮を被った「半人半骸の男・山葵間正」は、僕の混乱状態をさらに悪化させる。


 僕の試験が終わっていない?

 そんなはずはない。きちんと失格の宣告をされたのだ。

 第一どうしてこの人がそんなことを知っているのだろう。


「騙されたと思って待ってみろよ。別に帰るのは明日でも良いだろ?」

 はたして信用しても良いのだろうか。この間に殺されてしまうかもしれない。


 しかし、僕の中の気持ちが希望を求めてしまっている。

 全く信用できないこの人の発言に、僅かな希望を見出してしまっている。


「わ、わかりました……。ちょっとだけ、待ってみます……」

 結局待つことにした。

 待っている間、僕はこの男から決して目を逸らさず、いつでも逃げ出せるよう立ったまま向かい合っていた。


「雨森ソラト君、良かった、まだ出国していなかったのですね」

 今日最後のCエレベーターが行ってしまった直後、アカデミー試験で試験官をしていた君嶋さんが現れた。


「事情が変わりまして、君の一次試験通過を認めることになりました。第二次試験への参加を希望するならば、これから首長列島へとお送りします。どうされますか?」


 本当だった。

 一体何があったのだろうか。一度は落ちたはずの試験に受かっただなんて……。


「受けます! 二次試験!」


 疑問は色々ある。

 ただ、そんなことどうでも良くなるくらいうれしかった。下を向いて小さくガッツポーズをする。

 今の僕は、一体どんな顔をしているだろうか。きっと気持ちの悪いニヤニヤ顔を浮かべているに違いない。


 でもこれはしょうがない。

 また皆と会えるから。こんなにも嬉しいから……。



 僕はこれから首長列島へ移動する。

 君嶋さんは、ヘリを近くの広場に止めてあるらしく、そこに先に行ってしまった。


「なぜ俺のことを言わなかったんだ?」

 山葵間正は、僕が彼を八併軍に突き出さなかったことについて尋ねてきた。


「なんだか……、僕を呼び止めてくれたのにバラしちゃうのは悪い気がして……」

「ハハハッ、クソ甘いな! そんなんで正義の味方をやっていけるのかよ?」

「だって……、嘘、ついていませんでしたから……」

「俺は殺人鬼だぜ? 少年、先が思いやられるな」

「うっ……」


 ぐうの音も出ない。

 彼の言う通り、僕は彼の存在を君嶋さんに伝えるべきだった。

 でもできなかった。そんなことをすれば、自分に良くしてくれた人に対しての裏切りになってしまう。


「ま、良いわ。んじゃ俺は行くぜ」

 そう言って、半人半骸の男はターミナルゲートに向かって歩き出す。


「あの、違う道って何ですか? あと、僕が透明って……?」

 彼の放った言葉の内、気になった部分を尋ねてみる。


「八併軍じゃなくても良いんじゃねーかって思っただけだ」

 疑問が増えるだけで、何の答えも得られない回答が返ってきた。


「透明ってのは……、まあ、あんま気にすんな」

 質問した二つの事柄について、彼は両方ともきちんと答えてはくれなかった。


「どうして僕を呼び止めてくれたんですか?」

 ここでの最大の謎を追究する。


 彼はなぜ、僕を理の国から出国する手前で止めてくれたのか。

 なぜ、試験で僕が失格になったことを知っていたのか。

 なぜ、僕の失格が撤回されたことを知っていたのか。


「俺は頭がおかしいから、そう思ってくれて構わないんだが……」

 彼はそう言って前置きをすると、一瞬溜めてから言葉を発する。


「雨森ソラト、あの屋上での戦いの後、夢の中で俺はお前と戦っていた」


 それが何だというのだろうか。

 その夢での出来事が、どう今のこの状況と繋がるのだろう。


「今でも覚えているほど鮮明な夢だ。その夢を見ながら俺は確信したね」

 言いながら、メリメリと自分の顔の皮を()いでいく。その下から、見知った悪魔の顔が現れた。


「これは予知夢だ! 俺は未来を見ていると!」

 叫びながら両手を伸ばし、ターミナルの天井を仰ぐ。

 狂人。これはこういう人のことを指す言葉なのだと、目で見て理解する。


「そして、その時のお前は確かに『偉人』のオーラを纏っていた」


 彼は、左側の人間の目を大きく開き、僕に何かを訴えかけてくる。

「俺は答え合わせがしたいんだ。あの夢の続きを知りてえ」

 僕がおよそ理解できないことを、彼はペラペラと話し続ける。


「だから、こんなところで躓くなよ少年。俺の楽しみを奪わないでくれよ」

「え、あ、はい……」

 彼の狂気に気圧され、かなり適当な返事をしてしまった。


「以上だ。あばよ少年。また会う日まで……」

 山葵間正はそう言い残すと、ターミナルゲートから外に出ていってしまった。


 一方的に話を聞かされただけで、何の収穫も得られなかった。

 おそらく彼は、話すのは好きだが、話を聞くのは嫌いなタイプなのではないかと思う。


「ソラト君? 一体どうしたんだい?」

 山葵間正と入れ違いに君嶋さんがターミナルゲートから入ってきた。

 来るのが遅い僕を気にしてくれたのだろう。


「すいません! 今行きます」

 急いで君嶋さんの元へ走る。


 何はともあれ、僕は先に進めることになった。

 ここでのことは、あまり深く考えないことにする。考えたって、今の僕には分からないからだ。


    ◇


 少女は一人、十奇人4名の前に立つ。

 普通の人間なら、その圧に押し潰されそうになって当然な状況だが、彼女は自身のその凛とした姿勢を全く崩さない。


「試験官である君嶋さんの説明では、『救助した場合、その対象者は失格となる』となっていました。彼が巨人カブに致命傷を受けたタイミングは、その『救助した場合』に当てはまらないのではないですか?」


 4人の八併軍の上位戦士達を前に、麗宮司レイアは泰然(たいぜん)とした態度で自分の意見を述べる。

 雨森ソラトに対する運営の対応に異議を唱え、十奇人控え室まで押し掛けたのだ。


 彼女の発言を4人は真剣な眼差しを向けて聞いている。

 この未成年の主張を(ないがし)ろにできないことを、彼らは良く知っている。


「『救助する場合』なら今回の対応も理解できます。しかし『救助した場合』では、救助が試験中に完了した時でなければ、対象者は失格にならないはずです。彼は、救助をされていません」


 クログロスは机の上で手を組み、うんうんと頷く。

 フェンリルは足を組みながら、右手の肘を机に付き、顎を掌に乗せながら聞いている。

 ダリオスは椅子の背もたれにもたれ掛かり、頭の後ろで手を組んでいる。

 クルーズは、腕を組みながら目を瞑る。


 話の聞き方は各人各様だが、彼女の話を注意深く聞いていることに違いはなかった。

 運営責任者であるクルーズは、彼女の説得力のある発言を受け、トントンと小刻みに指を動かして考え込む。


「お嬢様の考えは良く分かりました。しかし、実力のない受験生を落とすのが我々の役目です。お嬢様が良くご存じではないですか? 彼に八併軍の戦士になるポテンシャルはありませんよ」


 レイアは、クルーズの「お嬢様」という自分への呼称にピクリと眉をひそめる。

「それなら二次で落ちるでしょう。八併軍のアカデミー試験です、当然甘くはないはずですから。それとも、あなたたちの運営するこの試験は、実力のない人間が運だけで合格できる試験だと仰りたいのですか?」

 彼女は顔色を変えずに、クルーズに対して皮肉めいたことを言った。

 話を聞く時はずっと目を瞑っていたクルーズだったが、ここで眼鏡の奥の切れ長の目を見開く。


「ぷっ、くくく……」

 ここまで一言も発さなかったダリオスが、唐突に腹と口を押えて笑いを堪える。

「あっはっはっはっはっ!」

 が、結局大声で爆笑する。

 クルーズの瞳が、ギロリと笑いの止まらない彼の方を睨みつける。


「ははははっ、言われちまったなクルーズ!」

「申し訳ありません。私の発言の中に何か気に障るものでもありましたか?」

 一向に笑いの治まらないダリオスを他所に、クルーズは自分の発言を顧みる。


「私こそ申し訳ありません。少し棘のある言い方になってしまいました」

 レイアも同じように、自分の発言が十奇人に対して不適切なものであったことを反省する。


「わかりました。お嬢様の意見を参考に、今一度検討してみましょう」

 クルーズはレイアの話を受けて、運営の担当者たちと早急に会議を行うことを決めた。


 麗宮司レイアは一礼し、両開き扉の片方を押し開け、控え室を出ていった。

「お前にしちゃあ、ずいぶん素直に飲んだじゃねーか」

 フェンリルは、彼女が離れたであろうタイミングを見計らい、通常とは異なる対応をしたクルーズにその理由を尋ねる。


「今回ばかりは、我々の説明の仕方に穴がありましたからね。それに、私も『麗宮司』を敵になんて回したくありませんよ」

 そう納得したかのように言うクルーズではあったが、悔しそうに奥歯を噛みしめてみせた。



「どうでしたか、レイア様?」

「ええ、本当にするかどうかはともかく、再度検討していただけるそうよ」

 レイアは、控え室の側で待機していたファナと合流した。


「別の場所で座って待機していれば良かったのに、わざわざ立って待っていてくれたのね」

「従者の務めですので、どうぞお気になさらずに……」

 ファナは、レイアが自分に気を遣わないよう答える。


「あの、失礼ながらお聞きしても良いですか?」

「何かしら?」

 ファナの問いをレイアは催促する。


「なぜ、そこまで彼に肩入れするのですか?」

 この質問は彼女にとって知りたいことであり、また、知りたくないことでもあった。


「ただ、間違っていることを正したかっただけよ」


 その言葉を聞いて、ファナは安堵する。

 しかし同時に、その言葉が真実なのか否かという主への疑念も抱いてしまった。

 彼女は、自分の主に対して疑いを持ってしまったことに罪悪感を覚えたまま、その主の背後を歩いた。

お読みいただきありがとうございました。

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