失敗と振り返り
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
まったくやる気が出ない。仕事に身が入らない。
書類も山のように溜まり、減らしても減らしても増えるばかりである。
毎日やっているはずの作業、そのスピードが著しく落ちている。
「ああー、仕事めんどいなー」
誰もいない広々とした総督室で、大きなひとりごとを言う。自分が座る大きな椅子の背もたれに思いっきりもたれ掛かり、キシキシと音を立てる。
かれこれ3時間ほど書類の山とにらめっこをし、定期的にため息を漏らす。
「いつまでも現実逃避している暇はないぞ。これからさらに仕事は増えるからな」
参謀ノロシマ・覚才が、いきなり部屋に入ってきて、エンジンの掛からない俺に喝を入れる。
「もうじき一次試験が終わるぞ。試験は順調に進行しているそうだ」
はっきり言って、俺はアカデミー試験には極めて興味がない。
あの試験は、クルーズや他の十奇人に任せておけば何とかなるだろう。
「そんなにつまらなそうな顔をするな。お前の娘も受けている試験だぞ」
「受かったら、おめでとうって伝えておいてくれー」
「会わないのか?」
「忙しいしね」
俺の娘はよくできた娘だ。
おそらくこの試験も難なく突破するだろう。
「そんなことよりもこれがヤバいんだよなー」
俺は机の上の、山になっている書類の一番上を見てぼやく。
『七か国会談に関して』
七か国会談。
プライドの高い国王や大統領などの各国首脳が、一堂に会し、世界規模の話し合いが行われる場である。
やれお前たちの国の物価が安すぎるだの、やれお前たちの国民が自国の職を奪っていくだの、難民の受け入れがああだこうだなどと、要するに胃が痛くなるような会議である。
この会議の内容次第で、戦争が起こることも十分にあり得る。
「銅亜、お前の気持ちはわかるが、そろそろ本気で向き合わなくてはな。俺はもうその時期に来ていると思うぞ」
ノロシマは俺に決断を促す。
決断することは俺の仕事だ。残念ながらこの役目からは逃れられない。
「はあー、なんで総督になんかなってしまったんだろうなー」
八併軍が請け負うミッションは数多くある。
各国の内乱阻止への助力、国際的な犯罪者の捕獲・討伐、重役の護衛、害をなす珍獣の討伐、ミカエリの討伐、未開領域の探求……、挙げると切りがない。
ミッションは難易度や危険度でランク分けされ、それぞれS、A、B、C、D、Eの6段階に設定されている。
今俺の頭を悩ましているのは、この中の最高難度「S級ミッション」である。
『シンビオシス・討伐』
『三長会・解体』
『混血の竜・捜索』
これら3つが、現在八併軍が抱えているS級ミッションだ。
特に急を要するのは、シンビオシスの討伐である。
最近動きが活発になってきており、七か国からも早めの解決を望まれている。
しかし、シンビオシスの討伐は大規模作戦にならざるを得ない。資金も戦士もかなり浪費することになるだろう。
決断が求められている。極めて重要な……。
「絶対間違ってるよな、俺にこんな事任せるの……」
「同感だが、グチグチ言っている暇があるなら手を動かせ。七か国会談はもう近いんだからな」
◇
本試験会場、首長列島・第五島にて――
「315番アウト」
「315番、了解」
「289番アウト」
「289番、了解」
「1041番アウト」
「1041番、了解」
大人数の事務的な声が、「転送部隊」の臨時施設内を飛び交う。
一次試験の終盤、脱落者が次々と現れるため、彼らの仕事が最も忙しくなる時間帯だ。
終盤の仕事量が増えるのは毎年のことではあるが、今回はそれに加えて、ジュガイ・残菊の凄まじい暴れっぷりにより去年の倍は転送者がいた。
転送部隊の中でも役割が2つあり、それぞれ「感知」と「実行」に分かれている。
「感知」を行う者たちは、珍獣「ヨーチンアンコウ」を特殊装備化し、その異能「未来予知」によって、先に起こる未来を予見する。
受験生が致命傷を負う前に、それを先読みして防ごうというわけだ。
「実行」する者たちの役割は、受験生の転送を実行し、そうして予知した未来をなかったことにすることである。
珍獣「ブーンポート」の異能「瞬間転送」がそれを可能にする。
アカデミー試験の危険な試験内容は、彼らの働きがあってこそである。
しかし、「転送」は人為的に行われている。
人がやる以上、いつでもミスは起こり得る。
「401番アウト」
「407番、了解」
◇
「それじゃあ、いただきます」
それぞれが選んだメニューが、本人の前に出揃う。
僕の眼前には、アツアツの牛肉がホカホカご飯の上に乗った牛丼がある。僕は両手を合わせ、お箸を手に持ち、牛肉一切れと肉汁が滲んだお米を口元へと運ぶ。
「やっぱカツ丼しか勝たねえぜ!」
「いいや、天丼だね」
「お前らは何もわかっていないけ。マグロ丼こそ至高け」
「この牛丼もおいしいよー」
おそらく世界一意味がないであろう論争が繰り広げられている。
第一次試験が終わり、試験会場であった首長列島を離れ、ついさっきまで僕たち4人は夕食を求めてイアの街を徘徊していた。
街にいたロボットに、夜遅くでも空いている店を探してもらえなければ、今頃4人揃って餓死していたかもしれない。
「何言ってんだよ! 大衆食堂で食べるものと言えばカツ丼だろーが!」
「いいや、天丼だね! 揚げたての天ぷらとご飯の組み合わせに勝るものなんてないだろ」
「それを言うならマグロ丼が一番け! ご飯と一番合うのは刺身に決まってるけ!」
3人ともなぜか、自分が選んだメニューが一番であることを譲ろうとしない。
このまま長引きそうな感じもしたのだが、生憎皆お腹が空いていたためか、すぐに討論会はお開きになった。
「残念……、だったな」
他愛無い会話が一瞬途切れた時、マータギ君がポツリと呟いた。彼は天丼を食べながら、ばつが悪そうに僕の顔を覗き込む。
キコリ君が、分かりやすくビクリと体を震わせる。タツゾウは何も言わずにカツ丼を頬張り続ける。
僕は一次試験を突破することができなかった。
ギリギリだったそうだ。
僕は体を巨人カブに貫かれた。
本来その瞬間、僕の身体は別の場所へと転送されるはずだったのだが、人為的なミスによってそれができなかったらしい。
僕が致命傷を負った直後、試験は終了した。
致命傷を負った時点が、僕の転送されるタイミングと見なされ、通過を認められなかった。
Dグループの皆は通過が認められた。
僕たちが戦った巨人カブが協力的になってくれたらしく、試験官に提出する巨人カブとして運営に認められたのだ。大きさは当然、全グループの中でトップだった。
「うん……、でも妥当だとは思うんだ」
僕からすると、この試験に挑戦するというだけでもとんでもなく凄いことだ。
実際一次試験だけでも受けてみて、自分と周りの受験生との差が嫌というほど感じられた。
自分が任せられないような任務をこなすDグループのメンバーの働きを見ると、僕がここで落ちたのも納得できる。
「3人ともありがとう。僕のためにわざわざこんなところまで来てくれて」
タツゾウ、キコリ君、マータギ君は一次試験を通過しているため、明日の二次試験も受けるのだ。
それにもかかわらず、志の国に帰る僕を見送るためと言って、首長列島から一緒についてきてくれたのだ。
通過した受験生は、島内の受験生用テントで一泊し、夕食もそこで取ることができる。
「俺はまだ納得いってねえ。お前下手すりゃ死んでたんだぜ!」
タツゾウは、運営側の出した結論に未だ憤慨していた。
「謝りもせずに淡々と『君は不合格です』なんてよ。お前らがミスったんなら、それに免じて合格にしてくれたっていいだろ! あのクソ眼鏡!」
「おおー、十奇人クルーズをクソ眼鏡呼ばわりとは、お前は大胆だけ」
タツゾウの大胆不敵な発言に、キコリ君は上半身をタツゾウから遠ざける。
楽しい時間が過ぎていくのは早い。
もっと皆と、こんなふうにいられるものだと思い込んでしまっていた。
僕は転送された後、そこで緊急治療を受けた。
治療を担当したのは、またしても医療部隊の照塀ルーゲさんだった。
僕が前受けた注射を打ちながら、彼女は「君とはなんだかよく会いますね」と苦笑していた。
なんだか申し訳なくなって、僕も同じように苦笑いを浮かべてしまった。
傷は深く、不思議な注射で緩和されているとはいえ、まだ痛みはある。
ルーゲさんにはイアの病院で再び入院するように言われた。
しかし、送り出した患者がすぐに戻ってきてしまうというのは、医療従事者たちにとってどうなのだろうか。絶対気まずい……。
結局僕は、志の国に帰ってから地元の病院で治療を受けることにした。
ルーゲさんには「これは命に係わるレベルの重症なんですよ!」と強く説得されたが、ここで入院しようと、帰って入院しようと変わらないと思ったので断ってきたのだ。
「401番雨森ソラト君、君は不合格です」
応急処置を受け終え、タツゾウやマータギ君、キコリ君と一緒にいた僕のところへ、十奇人クルーズは現れた。
彼が、このアカデミー試験運営の責任者だという。
僕が命に係わる傷を負った原因と、一次試験を不合格になった理由だけを淡々と告げ、タツゾウの怒りの呼び掛けには振り向きもせず、足早にその場を去っていった。
フェンリルさんやクログロスさんと比較して、かなり冷たい印象を受けた。
「ここらへんで俺たちは戻らせてもらうけ。ソラト、また会おうけ」
「それじゃあな、また4人で集まれたらいいな!」
店を出てから、キコリ君とマータギ君がお別れの挨拶をしてくる。
彼らもせっかくできた友達だったので、少し寂しい。
「うん、またね!」
寂しさを声には出さず、元気に応答する。
「帰る前に寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
「どこに寄りてえんだ?」
タツゾウは、理の国を出るまでは見送ってくれるらしい。
「六さんに一言挨拶してから帰りたいな」
「なるほどな!」
六さんには、イア騒動の一件でいろいろお世話になった。一言だけでもお礼を言っておきたい。
イアでのタツゾウの宿泊先、つまり僕の宿泊先の隣の部屋に辿り着く。
「六さん、今帰りましたっ!」
「ん? タツ君! なぜじゃい!? まだ試験は終わってないはずじゃあ……。まさか、一次試験に落ちたんか!!」
ドアを開けるや否や、タツゾウは大きな声で六さんに呼び掛ける。
六さんは、帰ってきたタツゾウに大きく丸い目をさらに大きくして驚いた。
「いや、俺ではねーんですけど……」
「んん?」
タツゾウは、言いづらそうに頭をポリポリと掻く。
六さんはそんな彼の態度に首を傾げ、目を細める。
「こんばんは六さん、夜遅くにごめんなさい」
「ソラト君!! どうしたんじゃい!?」
僕は、大きなタツゾウの体の後ろから顔を覗かせてあいさつした。
六さんは、再び目を大きく見開く。表情の変化が激しい。
「お別れを言いに来ました」
「なんじゃい……、そういうことかいな……」
六さんは察したようにそう言うと、ひどく寂しそうな表情を僕の方へと向けた。
「あの……、短い間でしたけど、いろいろありがとうございました」
「感謝されるようなことは、何もしていないんじゃがのう」
「そんなことないですよ!」
謙遜する六さんの言葉を強く否定する。
「一次試験に落ちちゃって、これから志の国に帰るんです。六さんにはたくさんお世話になりました。ありがとうございました」
感謝の言葉とともに、お辞儀をする。
「大きな経験じゃったろう」
「はい」
ここ数日間のことを振り返る。実に濃密な日々だった。
僕は今後、ここで起きた体験を忘れることは無いだろう。
「胸を張って帰るんじゃぞい。ソラト君にとって、ここへ来ることは大きな決断と挑戦じゃったろう。そして、試験のためにお前さんなりに準備もしてきたはずじゃい」
「はい……」
「お前さんの挑戦は間違ってなんかいないわい。あっしが保証するわい」
いろいろと感情が込み上げてくる。
この試験のために、僕にできる努力はしてきたつもりだ。
毎日欠かさず走ったし、フィジカルトレーニングだってした。僕は運動が苦手だけど、なんとか試験まで継続することができた。
やりきってダメだったんだからしょうがない。
そもそもハードルが高すぎたんだから、落ちるのが当然だよね。
カブ太を助けるって決めたのも僕だ。自分で決めたことで失敗したなら悔いはない。
自分にそう言い聞かせて、「悔しい」という感情を抑え込んでいたのだが、六さんの言葉を聞いて気持ちの防波堤が壊れてしまった。
ポロポロと涙が零れ落ちる。
「うっ……ぐすん、もっと……、みんなと一緒に居たかったです……」
「そうじゃろうなあ」
六さんは、僕の言葉に優しく頷いてくれる。
タツゾウは何も言わずに僕の背中をポンポンと叩いた。
「まあ、ソラト君。急いで帰るわけでもないじゃろ? ちょっと茶でも飲んで落ち着くんじゃい」
六さんは僕を椅子に座らせると、キッチンの方へ行き、なにやらゴソゴソと作り出した。
キッチンでの音が止むと、六さんは、その体の半分ほどの大きさの湯吞み茶碗を運んできた。
「ほい、こういう時は温かいお茶じゃい」
「あ、ありがとうございます」
目の前に出されたのは、淡い緑の液体だった。湯気が出ていて、中を覗くと顔に吹きかかり温まる。
「へえー、初めて見ました」
「これは緑茶、志の国ではあまり飲まれていないのじゃい。縁の国でよう飲まれとる」
熱い茶碗を、気を付けながら手に持ち慎重に飲む。
一気に流し込みすぎて舌が火傷しそうになった。
「あちっ!」
「ははは、初めてアツアツの緑茶を飲むとそうなるわいな」
熱いのは分かっていたので、慎重に飲んだつもりだったが上手くいかなかった。
「初めてというのはこういうもんじゃい。どれだけ準備しようと、慎重にいこうと失敗はつきもの。じゃが……、もう一度飲んでみい」
言われた通り再び茶碗を口に運ぶ。
今度は同じ失敗はしないようにさっきよりも少量を口に流し込む。
「上手く飲めたのう。お前さんは今、失敗から学んだわけじゃい」
六さんが伝えようとしていることが分かってきた。
「無駄なことなんか何もない。大切なのは振り返ることじゃい」
「振り返ること……」
あの試験で僕に足りなかったもの……。色々あり過ぎて目が回る。
「ゆっくりでええわい。それで、これからどうするんじゃい?」
「地元の高校を受験して、進学しようかなと思っています。受かればですけど……」
「どんな道に進もうとこの経験はお前さんの力になってくれる。良かったのう、挑戦して」
「はい! ありがとうございます!」
気持ちが晴れた。
僕が今回得たこと。それはきっと挑戦することだ。
今回この地に来たこと、それ自体が僕にとって一つの大きな進歩だったのだ。
「失礼しました。六さん、またどこかで会いましょう!」
「あいよ。またなソラト君」
別れの挨拶を済ませてドアを閉める。
少し長居してしまった。でも、もう一度六さんに会えて本当に良かった。
「ソラト君、あっしはあの屋上にお前さんを呼んでしもうたのが、どうも偶然ではないような気がしてならんのじゃい」
お読みいただきありがとうございました。




