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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
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失敗と振り返り

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 まったくやる気が出ない。仕事に身が入らない。

 書類も山のように溜まり、減らしても減らしても増えるばかりである。

 毎日やっているはずの作業、そのスピードが著しく落ちている。


「ああー、仕事めんどいなー」

 誰もいない広々とした総督室で、大きなひとりごとを言う。自分が座る大きな椅子の背もたれに思いっきりもたれ掛かり、キシキシと音を立てる。

 かれこれ3時間ほど書類の山とにらめっこをし、定期的にため息を漏らす。


「いつまでも現実逃避している暇はないぞ。これからさらに仕事は増えるからな」

 参謀ノロシマ・覚才が、いきなり部屋に入ってきて、エンジンの掛からない俺に喝を入れる。


「もうじき一次試験が終わるぞ。試験は順調に進行しているそうだ」

 はっきり言って、俺はアカデミー試験には極めて興味がない。

 あの試験は、クルーズや他の十奇人に任せておけば何とかなるだろう。


「そんなにつまらなそうな顔をするな。お前の娘も受けている試験だぞ」

「受かったら、おめでとうって伝えておいてくれー」

「会わないのか?」

「忙しいしね」


 俺の娘はよくできた娘だ。

 おそらくこの試験も難なく突破するだろう。


「そんなことよりもこれがヤバいんだよなー」

 俺は机の上の、山になっている書類の一番上を見てぼやく。


『七か国会談に関して』


 七か国会談。

 プライドの高い国王や大統領などの各国首脳が、一堂に会し、世界規模の話し合いが行われる場である。


 やれお前たちの国の物価が安すぎるだの、やれお前たちの国民が自国の職を奪っていくだの、難民の受け入れがああだこうだなどと、要するに胃が痛くなるような会議である。

 この会議の内容次第で、戦争が起こることも十分にあり得る。


「銅亜、お前の気持ちはわかるが、そろそろ本気で向き合わなくてはな。俺はもうその時期に来ていると思うぞ」

 ノロシマは俺に決断を促す。

 決断することは俺の仕事だ。残念ながらこの役目からは逃れられない。

「はあー、なんで総督になんかなってしまったんだろうなー」


 八併軍が請け負うミッションは数多くある。

 各国の内乱阻止への助力、国際的な犯罪者の捕獲・討伐、重役の護衛、害をなす珍獣の討伐、ミカエリの討伐、未開領域の探求……、挙げると切りがない。


 ミッションは難易度や危険度でランク分けされ、それぞれS、A、B、C、D、Eの6段階に設定されている。

 今俺の頭を悩ましているのは、この中の最高難度「S級ミッション」である。


『シンビオシス・討伐』

『三長会・解体』

『混血の竜・捜索』


 これら3つが、現在八併軍が抱えているS級ミッションだ。


 特に急を要するのは、シンビオシスの討伐である。

 最近動きが活発になってきており、七か国からも早めの解決を望まれている。


 しかし、シンビオシスの討伐は大規模作戦にならざるを得ない。資金も戦士もかなり浪費することになるだろう。

 決断が求められている。極めて重要な……。


「絶対間違ってるよな、俺にこんな事任せるの……」

「同感だが、グチグチ言っている暇があるなら手を動かせ。七か国会談はもう近いんだからな」


    ◇


 本試験会場、首長列島・第五島にて――


「315番アウト」

「315番、了解」


「289番アウト」

「289番、了解」


「1041番アウト」

「1041番、了解」


 大人数の事務的な声が、「転送部隊」の臨時施設内を飛び交う。

 一次試験の終盤、脱落者が次々と現れるため、彼らの仕事が最も忙しくなる時間帯だ。

 終盤の仕事量が増えるのは毎年のことではあるが、今回はそれに加えて、ジュガイ・残菊の凄まじい暴れっぷりにより去年の倍は転送者がいた。


 転送部隊の中でも役割が2つあり、それぞれ「感知」と「実行」に分かれている。


「感知」を行う者たちは、珍獣「ヨーチンアンコウ」を特殊装備化し、その異能「未来予知」によって、先に起こる未来を予見する。

 受験生が致命傷を負う前に、それを先読みして防ごうというわけだ。


「実行」する者たちの役割は、受験生の転送を実行し、そうして予知した未来をなかったことにすることである。

 珍獣「ブーンポート」の異能「瞬間転送」がそれを可能にする。


 アカデミー試験の危険な試験内容は、彼らの働きがあってこそである。


 しかし、「転送」は人為的に行われている。

 人がやる以上、いつでもミスは起こり得る。


「401番アウト」

「407番、了解」


    ◇


「それじゃあ、いただきます」

 それぞれが選んだメニューが、本人の前に出揃う。

 僕の眼前には、アツアツの牛肉がホカホカご飯の上に乗った牛丼がある。僕は両手を合わせ、お箸を手に持ち、牛肉一切れと肉汁が(にじ)んだお米を口元へと運ぶ。


「やっぱカツ丼しか勝たねえぜ!」

「いいや、天丼だね」

「お前らは何もわかっていないけ。マグロ丼こそ至高け」

「この牛丼もおいしいよー」

 おそらく世界一意味がないであろう論争が繰り広げられている。


 第一次試験が終わり、試験会場であった首長列島を離れ、ついさっきまで僕たち4人は夕食を求めてイアの街を徘徊(はいかい)していた。

 街にいたロボットに、夜遅くでも空いている店を探してもらえなければ、今頃4人揃って餓死(がし)していたかもしれない。


「何言ってんだよ! 大衆食堂で食べるものと言えばカツ丼だろーが!」

「いいや、天丼だね! 揚げたての天ぷらとご飯の組み合わせに勝るものなんてないだろ」

「それを言うならマグロ丼が一番け! ご飯と一番合うのは刺身に決まってるけ!」


 3人ともなぜか、自分が選んだメニューが一番であることを譲ろうとしない。

 このまま長引きそうな感じもしたのだが、生憎(あいにく)皆お腹が空いていたためか、すぐに討論会はお開きになった。


「残念……、だったな」


 他愛無い会話が一瞬途切れた時、マータギ君がポツリと呟いた。彼は天丼を食べながら、ばつが悪そうに僕の顔を覗き込む。

 キコリ君が、分かりやすくビクリと体を震わせる。タツゾウは何も言わずにカツ丼を頬張り続ける。


 僕は一次試験を突破することができなかった。


 ギリギリだったそうだ。

 僕は体を巨人カブに貫かれた。

 本来その瞬間、僕の身体は別の場所へと転送されるはずだったのだが、人為的なミスによってそれができなかったらしい。


 僕が致命傷を負った直後、試験は終了した。

 致命傷を負った時点が、僕の転送されるタイミングと見なされ、通過を認められなかった。


 Dグループの皆は通過が認められた。

 僕たちが戦った巨人カブが協力的になってくれたらしく、試験官に提出する巨人カブとして運営に認められたのだ。大きさは当然、全グループの中でトップだった。


「うん……、でも妥当だとは思うんだ」

 僕からすると、この試験に挑戦するというだけでもとんでもなく凄いことだ。

 実際一次試験だけでも受けてみて、自分と周りの受験生との差が嫌というほど感じられた。

 自分が任せられないような任務をこなすDグループのメンバーの働きを見ると、僕がここで落ちたのも納得できる。


「3人ともありがとう。僕のためにわざわざこんなところまで来てくれて」

 タツゾウ、キコリ君、マータギ君は一次試験を通過しているため、明日の二次試験も受けるのだ。

 それにもかかわらず、志の国に帰る僕を見送るためと言って、首長列島から一緒についてきてくれたのだ。

 通過した受験生は、島内の受験生用テントで一泊し、夕食もそこで取ることができる。


「俺はまだ納得いってねえ。お前下手すりゃ死んでたんだぜ!」

 タツゾウは、運営側の出した結論に未だ憤慨していた。


「謝りもせずに淡々と『君は不合格です』なんてよ。お前らがミスったんなら、それに免じて合格にしてくれたっていいだろ! あのクソ眼鏡!」

「おおー、十奇人クルーズをクソ眼鏡呼ばわりとは、お前は大胆だけ」

 タツゾウの大胆不敵な発言に、キコリ君は上半身をタツゾウから遠ざける。


 楽しい時間が過ぎていくのは早い。

 もっと皆と、こんなふうにいられるものだと思い込んでしまっていた。



 僕は転送された後、そこで緊急治療を受けた。

 治療を担当したのは、またしても医療部隊の照塀ルーゲさんだった。


 僕が前受けた注射を打ちながら、彼女は「君とはなんだかよく会いますね」と苦笑していた。

 なんだか申し訳なくなって、僕も同じように苦笑いを浮かべてしまった。


 傷は深く、不思議な注射で緩和されているとはいえ、まだ痛みはある。

 ルーゲさんにはイアの病院で再び入院するように言われた。

 しかし、送り出した患者がすぐに戻ってきてしまうというのは、医療従事者たちにとってどうなのだろうか。絶対気まずい……。


 結局僕は、志の国に帰ってから地元の病院で治療を受けることにした。

 ルーゲさんには「これは命に係わるレベルの重症なんですよ!」と強く説得されたが、ここで入院しようと、帰って入院しようと変わらないと思ったので断ってきたのだ。


「401番雨森ソラト君、君は不合格です」


 応急処置を受け終え、タツゾウやマータギ君、キコリ君と一緒にいた僕のところへ、十奇人クルーズは現れた。

 彼が、このアカデミー試験運営の責任者だという。


 僕が命に係わる傷を負った原因と、一次試験を不合格になった理由だけを淡々と告げ、タツゾウの怒りの呼び掛けには振り向きもせず、足早にその場を去っていった。

 フェンリルさんやクログロスさんと比較して、かなり冷たい印象を受けた。



「ここらへんで俺たちは戻らせてもらうけ。ソラト、また会おうけ」

「それじゃあな、また4人で集まれたらいいな!」


 店を出てから、キコリ君とマータギ君がお別れの挨拶をしてくる。

 彼らもせっかくできた友達だったので、少し寂しい。


「うん、またね!」

 寂しさを声には出さず、元気に応答する。


「帰る前に寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」

「どこに寄りてえんだ?」

 タツゾウは、理の国を出るまでは見送ってくれるらしい。


「六さんに一言挨拶してから帰りたいな」

「なるほどな!」

 六さんには、イア騒動の一件でいろいろお世話になった。一言だけでもお礼を言っておきたい。


 イアでのタツゾウの宿泊先、つまり僕の宿泊先の隣の部屋に辿り着く。

「六さん、今帰りましたっ!」

「ん? タツ君! なぜじゃい!? まだ試験は終わってないはずじゃあ……。まさか、一次試験に落ちたんか!!」


 ドアを開けるや否や、タツゾウは大きな声で六さんに呼び掛ける。

 六さんは、帰ってきたタツゾウに大きく丸い目をさらに大きくして驚いた。


「いや、俺ではねーんですけど……」

「んん?」

 タツゾウは、言いづらそうに頭をポリポリと掻く。

 六さんはそんな彼の態度に首を傾げ、目を細める。


「こんばんは六さん、夜遅くにごめんなさい」

「ソラト君!! どうしたんじゃい!?」

 僕は、大きなタツゾウの体の後ろから顔を覗かせてあいさつした。

 六さんは、再び目を大きく見開く。表情の変化が激しい。


「お別れを言いに来ました」

「なんじゃい……、そういうことかいな……」

 六さんは察したようにそう言うと、ひどく寂しそうな表情を僕の方へと向けた。


「あの……、短い間でしたけど、いろいろありがとうございました」

「感謝されるようなことは、何もしていないんじゃがのう」

「そんなことないですよ!」

 謙遜(けんそん)する六さんの言葉を強く否定する。


「一次試験に落ちちゃって、これから志の国に帰るんです。六さんにはたくさんお世話になりました。ありがとうございました」

 感謝の言葉とともに、お辞儀をする。


「大きな経験じゃったろう」

「はい」

 ここ数日間のことを振り返る。実に濃密な日々だった。

 僕は今後、ここで起きた体験を忘れることは無いだろう。


「胸を張って帰るんじゃぞい。ソラト君にとって、ここへ来ることは大きな決断と挑戦じゃったろう。そして、試験のためにお前さんなりに準備もしてきたはずじゃい」

「はい……」

「お前さんの挑戦は間違ってなんかいないわい。あっしが保証するわい」


 いろいろと感情が込み上げてくる。

 この試験のために、僕にできる努力はしてきたつもりだ。

 毎日欠かさず走ったし、フィジカルトレーニングだってした。僕は運動が苦手だけど、なんとか試験まで継続することができた。


 やりきってダメだったんだからしょうがない。

 そもそもハードルが高すぎたんだから、落ちるのが当然だよね。

 カブ太を助けるって決めたのも僕だ。自分で決めたことで失敗したなら悔いはない。


 自分にそう言い聞かせて、「悔しい」という感情を抑え込んでいたのだが、六さんの言葉を聞いて気持ちの防波堤が壊れてしまった。

 ポロポロと涙が零れ落ちる。


「うっ……ぐすん、もっと……、みんなと一緒に居たかったです……」

「そうじゃろうなあ」

 六さんは、僕の言葉に優しく頷いてくれる。

 タツゾウは何も言わずに僕の背中をポンポンと叩いた。


「まあ、ソラト君。急いで帰るわけでもないじゃろ? ちょっと茶でも飲んで落ち着くんじゃい」

 六さんは僕を椅子に座らせると、キッチンの方へ行き、なにやらゴソゴソと作り出した。

 キッチンでの音が止むと、六さんは、その体の半分ほどの大きさの湯吞み茶碗を運んできた。


「ほい、こういう時は温かいお茶じゃい」

「あ、ありがとうございます」

 目の前に出されたのは、淡い緑の液体だった。湯気が出ていて、中を覗くと顔に吹きかかり温まる。


「へえー、初めて見ました」

「これは緑茶、志の国ではあまり飲まれていないのじゃい。縁の国でよう飲まれとる」

 熱い茶碗を、気を付けながら手に持ち慎重に飲む。

 一気に流し込みすぎて舌が火傷しそうになった。


「あちっ!」

「ははは、初めてアツアツの緑茶を飲むとそうなるわいな」

 熱いのは分かっていたので、慎重に飲んだつもりだったが上手くいかなかった。


「初めてというのはこういうもんじゃい。どれだけ準備しようと、慎重にいこうと失敗はつきもの。じゃが……、もう一度飲んでみい」

 言われた通り再び茶碗を口に運ぶ。

 今度は同じ失敗はしないようにさっきよりも少量を口に流し込む。


「上手く飲めたのう。お前さんは今、失敗から学んだわけじゃい」

 六さんが伝えようとしていることが分かってきた。


「無駄なことなんか何もない。大切なのは振り返ることじゃい」

「振り返ること……」

 あの試験で僕に足りなかったもの……。色々あり過ぎて目が回る。


「ゆっくりでええわい。それで、これからどうするんじゃい?」

「地元の高校を受験して、進学しようかなと思っています。受かればですけど……」

「どんな道に進もうとこの経験はお前さんの力になってくれる。良かったのう、挑戦して」

「はい! ありがとうございます!」


 気持ちが晴れた。

 僕が今回得たこと。それはきっと挑戦することだ。

 今回この地に来たこと、それ自体が僕にとって一つの大きな進歩だったのだ。


「失礼しました。六さん、またどこかで会いましょう!」

「あいよ。またなソラト君」


 別れの挨拶を済ませてドアを閉める。

 少し長居してしまった。でも、もう一度六さんに会えて本当に良かった。


「ソラト君、あっしはあの屋上にお前さんを呼んでしもうたのが、どうも偶然ではないような気がしてならんのじゃい」

お読みいただきありがとうございました。

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