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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
52/117

天秤の傾いた方

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 カブ太が川で水を飲んでいる。

 口ではなく、体に付いている根っこを使って飲んでいるあたり、植物らしさを感じる。

「かふーっ」

 頭の上に生えている苗がヒョコヒョコと跳ねている。おいしいのだろうか。


 この一次試験のクリア条件は、巨人カブを大きく育てた上位5グループに入ることだ。

 でも、僕には一つ懸念していることがあった。


 突破する上で重要な「桜水」。それをカブ太にかけても良いのか。

 確かレイアさんの話では、巨人カブに桜水をかけると急激に成長するということだった。

 それはつまり、カブ太を無理やり成長させるということになるのではないだろうか。


 水を飲み終えたカブ太が、2本の根の束を前足のようにして這い寄ってくる。

「カブ太、お腹いっぱいかい?」

「かーふっ」

 ピョコピョコと僕を見上げて跳ねている。抱っこをせがんでいるようだ。


「わかったよ、よしよし」

 両手に抱え込み、カブ太の頭の上を、苗を避けながらさする。


「そんなに愛情込めちゃうと、後から苦しくなっちゃうよっ」


 突然かかった後方からの声に、反応して振り返る。

 しかし、誰もいない。


「こっちだよ、こっち」

 声の聞こえた上の方を向くと、明るい(だいだい)色の髪をした少年が木の枝に座ってこちらに手を振っている。僕にほほ笑みかけると、その木の枝から飛び降りてきた。


 僕よりも少し高い背、サラサラの髪、整った顔立ち、スラっとした体型。

 いわゆる美少年という奴を僕は初めて目の当たりにした。


「僕たちはね、巨人カブの幼子に、桜水を掛けるか掛けないかで大分揉めてね。結局かけることになったんだけど、その後グループが凄い空気になっちゃってね」

「一体どうなったの!? その巨人カブ!」


 僕はハッとなって、知りたいことをズバリ訊く。

 彼は、桜水を掛けた後、巨人カブがどうなってしまうのか知っているのだ。


「死んじゃったよ。体が大きくなって、エネルギーを使い果たしたのか、弱ってそのまま息絶えたんだ」

 恐ろしい事実を聞いてしまった。

 このままでは、カブ太は殺されてしまう。他ならぬ僕たちの手によって。


「とても辛気(しんき)(くさ)い空気だったから、その場に居たくなくてね。散歩していたら君を見かけたわけさ。だから、あまりその子に入れこまない方が良いよ」


 彼のグループは、もうこの試験のクリア条件を満たしている。じきに、多くのグループがクリア条件を満たしてしまうのだろう。

 僕たちDグループも試験を突破するためには、カブ太に桜水を掛けなければならない。

 でも……、


「僕にはできないよ……」

 力なく下を向いて呟く。

 できない、できるわけがない。

 僕の試験突破のために、カブ太を殺すなんてできない。


「そんなことをするくらいなら、僕は受からなくて良い」

 命を犠牲にして勝ち取った合格に、一体何の意味があるというのだろうか。

 命を守れるようになるためにここに来たのに、ここでそれを犠牲にしては意味がない。

 その命が人じゃなくても関係ない。


「へえ……、でもどうする気だい? 君以外の人達は、合格したいんじゃないかな。説得できるの?」

 彼が、シュッとした顎に手を添えて、僕に尋ねてくる。


 どうしよう。どうすれば良いんだろう。

 どうすればカブ太を救えて、皆が満足のいく結果にできるのだろう。

 そこで、試験の最初の君嶋さんの言葉を思い出す。


「この試験の最後に、手元にある巨人カブの大きなグループが、第二次試験に進めるって話だったよね?」

「そう言っていたけど、それがどうかしたの?」

 彼は、僕の考えていることが分からない、といった顔で訊き返してくる。

 彼に確認したことで、この試験の突破のアイデアが(ひらめ)く。


 僕は彼に閃いたアイデアを語る。

 それを聞いて彼は目を丸くした。


「あははは! 良いね! とても面白いよっ!」

「ありがとう! 君のおかげでカブ太を助けられそうだよ!」

 そう言って僕は、ここへ来た道を逆方向に走り出す。


「珍獣一匹のためにそこまでするなんて、変わってるねっ。もしかすると、君なのかもしれない……」

 名前も知らない彼の最後のセリフをそっちのけにして、カブ太を抱きながら、僕の出せる全速力で本拠地に向かって走っていった。



「お前の話は大体わかったぜ」

 川から戻ると、第三班の山に残っていたメンバーが、桜水を手に入れて帰ってきていた。

 川辺で聞いたことをすぐにタツゾウに知らせた。


「そんで、桜水を巨人カブに掛けたくないと……。こいつがその『カブ太』ってやつか」

 カブ太のこと、桜水の副作用のことを聞いたタツゾウは、しばらく考え込んでから言葉を発する。


「そいつの話が信用できるかわかんねえ以上、どうするかはレイアに聞いてみるしかねえな」

 タツゾウは、山に一人残ったレイアさんを待つという結論を出した。決断を彼女に一任する。


「はい。桜水を掛ければ、巨人カブの幼体は死に至ります」

 帰ってきたレイアさんは、淡々と事実のみを告げる。

 彼女の声に一切の慈悲(じひ)は無く、今まで聞いてきた中で最も冷酷に感じ取れてしまう。


「そ、そんな……。分かっていたんですか……」

「レイア、お前は全部知っていたのか。なんで、俺たちには伝えなかったんだ? 多分全員このこと知らねーぜ」

 僕とタツゾウの共通の問いに、レイアさんは顔色を変えることなく答える。


「こうなることが分かっていたからです」

 レイアさんは、腕を組んで片方の足に重心を掛けながら、僕とタツゾウを真っ直ぐと見つめて答える。

「グループの中から、今のように、巨人カブに桜水を掛けられないという人が出てくると予想していました」

 抑揚のない声が、僕の心を締め付けてくる。


「試験の始めから知っていましたが、言わない方が円滑に進むと考えました。突破には、桜水を掛けることは必須条件ですから」


 彼女は、始めから気付いていながら、グループのメンバーに話さなかったのだ。仲間割れや言い争いを起こさず、気付くのは全てが終わった後ということだ。

 彼女の描いていた第一次試験のシナリオが分かってきた。


 僕はレイアさんのように、試験通過のために非情になんてなれない。

「あの、僕なりに考えてみたんですけど……」

 だから、彼女を納得させるだけの解決策を提示しなければならない。

 僕は、自分の考えたこの試験の突破方法を二人に伝えた。


「大人の巨人カブを連れてきて、手伝ってもらおうと思うんです」


 巨人カブの種があったということは、この島には巨人カブの成体も生息しているはずだ。

 大人巨人カブに協力してもらい、試験終了時、試験官にその成体を見せれば通過できるのではないだろうか。


「成体の巨人カブを自分たちのカブとして見せる、ですか……」

「そっちの方が面白そうじゃねーか?」

「試験を面白いか、面白くないかで見ないで下さい」

 タツゾウの方は僕の意見に即刻賛成してくれたが、レイアさんはじっくりと間を取ってから賛否の判断を下した。


「ありだとは思います。確かに、それでも突破要件は満たせています」

 レイアさんは目を瞑り、腕を組みながら人差し指をトントンと小刻みに叩く。

「お願いします! カブ太をどうしても死なせたくないんです!」

 自分の思いを嘘偽りなく真っ直ぐ伝える。


「…………わかりました。しかし、今所持している巨人カブに桜水を掛ける用意はしておきます。失敗する可能性の方が高いですからね」

 レイアさんが、僕の意見をリスクマネジメント付きで承諾してくれた。


「巨人カブの成体は手強い上に、人間に対してかなり狂暴です。失敗するということは、すなわち、作戦実行者のあなたが失格になるということです。それでもやりますか?」


 自分の合否とカブ太の命。

 目を閉じ、レイアさんの問いに答えるべく、その二つを天秤(てんびん)にかける。

 そして答えを出す。僕の中でその天秤が傾いた方へ。


「やります! そして、何としても大人の巨人カブを連れ帰ってみせます!」

 目を見開き、二人に誓いを立てる。


「よっしゃ! んじゃ行くか!」

「分かりました、私も行きます。あなたに賭けてみましょう」

 僕は、タツゾウとレイアさんが、同行の意思を示したことに驚く。

「一緒に来てくれるの!?」


 僕の質問に、二人は同じタイミングで答える。

「当たり前だ!」

「ええ」


 心強い。二人が同行してくれることが本当に嬉しい。

 しかし、なぜなのだろうか。わざわざ危険を冒して、僕に付いてきてくれるのはどうしてだろう。


「面白そうだからな!」

 実にタツゾウらしい動機だ。

「恩に報いるためです。それに、あなた一人で成功する可能性はゼロに等しいので」

 レイアさんは相変わらず辛辣(しんらつ)だった。


「二人とも、ありがとう!!」

 ただ純粋に感謝だけを伝える。



「この作戦を行うに当たって、実はもう少し人員が必要です。巨人カブの成体を捕えるには、これでは足りません」

 レイアさんが、僕たち3人に加え、さらなる戦力を要求する。


 この作戦は彼女の提案で、参加しない人には知らせないことになった。

 事実を知って、パニックを起こされても困るからだそうだ。(あらかじ)めどの人を誘うかを絞り込んでおき、情報が拡散しないようにする。


「で、俺らは何をすれば良いんだ?」

「悪いけど危険な役目は御免だけ」

「超天才のメーちゃんに、任せといてよ!」

「レイア様のお望みとあれば、どこまでも……」


 こうして集まったメンバーは、僕とタツゾウ、レイアさんの3人に加えて、マータギ君、キコリ君、メンコ、ファナさんの4人だ。加わった4人にもすべてを伝えた。


「ターゲットである巨人カブの成体は、四鹿苦の縄張りを越えた先の深い樹海にいます。この島内で最も危険な場所です」

 レイアさんは、作戦チームの目的地を定める。

「私自身その樹海に入ったことはありませんが、毎年数人の受験生が誤って入り、例外なくその地で失格になっているそうです」


 入った者全員が失格に陥る危険地帯。その主が巨人カブだと言う。

 僕の肩に乗っている、カブ太の可愛らしい姿からは想像できない。


「かふーっ?」

 カブ太は僕の視線に気づき、目を合わせ、顔を傾ける。

 想像できない……。


「タイムリミットは、試験が終了すると予想される残りの1時間。この間に、巨人カブの成体を手中に収めます。あらゆるトラブルが想定されますが、そこは臨機応変に対応してください」


 残り1時間。時間はない。すぐにでも出発する必要がある。

 こうして僕たちの、カブ太の命を懸けた作戦が始まろうとしていた。

お読みいただきありがとうございました。

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