争の国のジュガイ・残菊
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「残菊君、どこに向かってるんだい?」
「おいら、もう歩くの疲れたな~。お腹も空いたな~」
「決まってんだろ。つえー奴らのいるところだ!」
青々と茂った樹海を、ジュガイ・残菊を先頭にして一行は進む。
後ろの二人は、残菊と共に母国から試験を受けに来た者たちである。
そのうちの一人であるベシモは、中背で、もやしのようにヒョロヒョロな体型の少年だ。大柄でゴツゴツとした残菊と並んで立つと、その極細な身体が際立つ。
もう一人の、ランチョは、食いしん坊な性が見て取れる肥満体型の少年である。
膨らんだ耳たぶが垂れ下がり、目はほぼ開いておらず、怒ることなどないのではないかと思われるほど穏やかな表情からは、マスコットキャラクターのような愛らしさが感じ取れる。
彼ら三人は争の国出身。
「苛烈な競争社会」を是とするその国で生きてきた彼らは、出会ったばかりのDグループのメンバーを信用しきれていなかった。
「残菊君、僕らの好きにやろうよ。きっとあの女だって、第一次試験で利用するだけ利用して裏切るのがオチさ」
「当たり前だろうが。誰かの言いなりになるなんざ真っ平だ! 俺は俺の力を証明できるところに行くぜ。そもそもあの女が仕切ってんのも気に食わねえ」
「はあ~、お腹すいたな~」
残菊とベシモは、麗宮司レイアの支配下に置かれているDグループの現状に納得がいかないという態度を示し、ランチョは相も変わらずマイペースに何か口にできそうなものを探している。
一行は、中央にそびえる山を目指して進み続ける。
己が力を証明するために。
三人が山頂付近に到達する頃には、空が赤みを帯びてきており、レイアが予想する一次試験の終了時間まで残り約3時間となっていた。
「少し遅れちまったか。仕方ねえ、とっとと目障りな奴ら全員ぶっ飛ばして、俺らで桜水を独占するぞ! そんで、俺らに都合が良い奴らに配って合格者を選別してやる!」
「さすがだよ残菊君! 残菊君こそ真のリーダーにふさわしいよ!」
「ねえ~、桜水取ったら、何か食べ物探そうよ~」
上で激しい争奪戦が行われていることは、聞こえてくる音で分かる。
「俺は強い! 俺と共に上がるチームは俺が決める。選択は、強者に与えられた特権だ。よえー奴は、せいぜい俺に選ばれるように媚びへつらうのがお似合いってもんだぜ!」
残菊はそう言うと、自分に仮試験で抵抗する意思も見せずに瞬殺された、あの弱き者のことを思い出す。
「弱い奴から消えていくんだ、この世界はな!」
彼は「ふん」と鼻で笑い、両手の指全てと、首を左右に二度鳴らし、暴れまわる前のルーティーンを終える。
「なんだあいつは!?」
Gグループのメンバーの一人が、自分たちのいる方向に、ものすごい勢いで一直線に上ってくる巨漢を指さし叫ぶ。
現在、この山の山頂には、A、D、Gの3グループの精鋭が三つ巴になって「桜水」の争奪戦を繰り広げており、既に「転送」された受験生も何人か出ている。
この他のグループには、この争奪戦が始まる前に必要な分の桜水を入手した3グループと、争奪戦の様子を見て断念し、他の手段を探す4グループが存在する。
「ぐおるぁーーーーーーーーー!!」
身長約2メートルに、ズシリとした肉体の野獣とも形容できる男は、敵味方を把握することなく、自分の視界に映る動くものすべてを蹴散らさんとする勢いで突進する。
「争のジュガイ・残菊だ!! 全員逃げろ!!」
「撤退だー!! 皆下がれー!!」
Gグループの一人とAグループの一人が、味方に撤退の号令を出す。
「うわーーーーーー!!」
「逃げろ! こんなところで落ちたくねえ!!」
「走んのおせえよ! 早くしろ!」
逃亡者たちはパニックを起こし、早く逃げようとしたのが逆に遅れを取ってしまった。戦場が森であったことも災いしたと言える。
「ぐるぁーーーーーーーーー!!」
「いやだいやだ、うわーーーーーー!!」
残菊がついに逃亡集団の最後尾に追いついた。
ゴツゴツとした大きな右手で、一人の肩を掴み、片手のみで空中に高く放り投げる。
宙に放り出されたその受験生は、地面に叩きつけられることなく空中で消えた。
「転送」されたのだ。
「うぉらおらおらおらーーーーーーーーー!!」
残菊は次々に、自分に背を向ける者たちを鷲掴みにし、投げては消すを繰り返す。
「嫌だーーーーーー!!」
「ま、待ってくれ頼む! うわーーーーーー!!」
「助けてくれ、助けてくれ、だあーーーーーー!!」
「きゃーーーーーー!! やめてお願い!! いやーーーーーー!!」
絶望している人の顔になど目もくれず、男女関係無しに消していくその姿は彼らにとって「恐怖」以外の何物でもない。
その場は阿鼻叫喚の嵐であった。
「骨がねえなー。どいつもこいつも、弱小ばかり!!」
もはや戦闘ではなく作業と化した彼の行いは、留まることなく逃亡者集団の半数を消した。
数にしておよそ100人。A、G両グループに多大な損害をもたらした。
「逃げられたか。まあ良い、ここには戦場がいくらでもあるからな」
狩り尽くし、対象を見失ってもなお、彼の破壊衝動が収まることは無く、新たな狩場を探しに向かう。
「や、やべーよ……。早く知らせないと!」
そんな怪物の姿を、辛うじて見つからずに生き残ったAグループの残党が、木陰から眺めていた。
見つからないよう気配を消し、彼はジュガイ・残菊から逃げるように去っていった。
◇
「やはり見立て通り、争の国からは優秀な人材が多く出てきますね。今回であれば、その筆頭はジュガイ・残菊。彼は戦士になるべくして生まれてきたと言っても過言ではないでしょう」
クルーズは、山頂付近での残菊の戦闘を見て、彼を高く評価した。即戦力になり得ると判断したからだ。
「そうかもしれねえが、マイナスポイントも多い。協調性が決定的に欠けている、それに感情的にもなりやすく、冷静さが足りない。ありゃー諸刃の剣だな」
クルーズの残菊への評価を受けて、クログロスが自身の見解を述べる。
彼のような屈強な戦士は優秀ではあるが、戦場であのような勝手な行為は犠牲を増やしかねない。
クログロスは複雑な表情で、獲物を探し回るジュガイ・残菊を画面越しに眺める。
「教育のし甲斐がありそうじゃねえか」
フェンリルは足を組みながら、真っ白なウルフヘアの襟足を掻きむしる。
「あははっ、足元すくわれたりしてな」
陽気な声が控え室のテント内に響く。
茶色ベースに金メッシュを入れたヘアー、首元には金のゴージャスなネックレス、白い七分袖のTシャツに迷彩柄の短パン。
いかにも派手でチャラそうな見た目をしたこの男こそ、十奇人・ダリオスである。
「はあ? あんだと? 喧嘩か?」
ダリオスの言葉に反応し、フェンリルは鋭い眼光で彼を睨む。
「はあー、ムキになっちゃって、とんだお子ちゃまじゃねーか。それに喧嘩は同じレベルでしか起こんないんだぜ。お前と判はともかく、俺とお前は同レベではないだろ?」
ダリオスは、人を怒らせることにおいて天性の才能を感じ取れる表情と共に、フェンリルを煽り続ける。徐々にその黄色い眼光が鋭さを増していくことに気付くことなく。
『氷狼バズーカーーーーーーーーー!!』
フェンリルは、ダリオスの煽りに堪えかね、パイプ椅子の脇に置いてあった珍獣装備を取り出し、躊躇うことなく放った。
ドーーーーーーン!!
「おわっ! 危なっ!」
ダリオスは間一髪で氷の軌道を躱す。テントが盛大な音を立てて破けた。
「お前!! 当たったらどうすんだ!?」
「当てるつもりだったんだから、どうもこうもねえよ!」
「やっべーな! 今更だけど、お前どうかしてるぜ!」
ダリオスとフェンリルは睨み合い、フェンリルは二発目を、ダリオスは自分の特殊装備を用意しようとする。
「待て待て、いい加減にしてくれよ。俺とクルーズを巻き込むな。下ろせフェンリル、やり過ぎだ」
クログロスが仲裁に入り、フェンリルの構えている「雪人狼」の発射口を下ろさせる。
「お前もだ、ダリオス。三又掛けていること全員にバラすぞ」
「それだけは止めてください。この通りです」
クログロスに切り札を出され、ダリオスは間を置くことなく、流れるように土下座の姿勢を取る。まるで、日頃からやり慣れているかのように―――。
「順調ですか?」
「はい。問題ありません」
テントでの一騒動を終え、クルーズは「転送部隊」の様子を見に来ていた。
転送部隊とは、試験中に死者が出ないよう受験生を「瞬間移動」させる、アカデミー試験のために臨時で組織された救出部隊である。転送された対象者は、その時点で試験失格となる。
「そちらの方は大丈夫でしたか? ものすごい音がしていましたけど?」
転送部隊の一人が、転送部隊用のテントに入ってきたクルーズに対し問いかける。
「ああ、問題ありませんよ。仕事に集中してもらって構いません」
クルーズは、忙しい彼らに余計な気を遣わせまいと回答を濁す。
彼は、フェンリルとダリオスの単なる子供のような喧嘩で特殊装備が使用されたなどとは、十奇人の尊厳を保つために口が裂けても言えなかった。
「しかし、このジュガイ・残菊はとんでもないポテンシャルを秘めていますね。彼のおかげで僕らの仕事は増えるばかりですよ。どれだけ転送しても切りがありません」
「争のジュガイ・残菊。争の貧しい集落で育った男です。彼の強さは、肉体的なものもありますが、度が過ぎるハングリー精神と競争意識にこそ力の源があると言えるでしょう」
クルーズは、受験生各々の経歴や成績等が書かれたデータの中から、ジュガイ・残菊のものを取り出す。
「グループのメンバー決めは事前情報を基に、予め十奇人会議で実力が均等になるように行っています。それぞれのグループにエース級の受験生が、数名はいるように分けてあります」
「そうなんですね。つまりDグループのエース枠が、総督の娘さんとジュガイ・残菊ということですね?」
「その通りです」
お読みいただきありがとうございました。




