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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第三章・アカデミー試験編
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宙海の瞳

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 首長列島は、科学の発展した理の国において、珍しく自然がそのままの形で残っている小さな島の集まりである。

 美しい海、熱帯地域の植物群、五つの島が一直線に並んでいるという特徴がある。


 自然が残っている理由の一つとして、この列島の名前の由来でもある珍獣「ネッシー」が生息していることが挙げられる。

 この首の長い水生生物は、世界でこの列島のみに生息しているため、七か国会談で環境の保全が言い渡されている。


「一次試験、どこのグループが残ると思う?」

 フェンリルは、自身のノートパソコンで受験生の名簿を確認しているクルーズに対して、特に理由もなく問う。

 彼ら十奇人は、列島内にある十奇人控え室にて、試験の様子を観察している。


「Dグループは、想定外が起こらない限りは通過するでしょう。なんせお嬢様がいますからね」

 クルーズはフェンリルの問いに、パソコンから目を離すことなく答える。


「私個人的な意見ですが、『ドラミデの悲劇』の生き残り組も一人を除けば有望ですね。クロハ、登竜門ススムのいるAグループも注目でしょう」

 なおも、パソコンから目を離さずにつらつらと話し続ける。器用な奴だ、とフェンリルは心の中で思った。


「俺は、四天王家は堅いんじゃないかと思うぜ」

 その場にいたクログロスが話題に参入してくる。


 四天王家というのは、八併軍に優秀な人材を多く輩出している4つの名家のことである。

 麗宮司家もその中の一つであり、他の三家に比べて頭一つ抜けていると言われている。


「まあ、毎年アカデミー試験は波乱を呼びますからね。どのような結果になるかは、最後までわかりませんよ」

 クルーズはこの話題に、結果は予測できないという結論を付けた。


    ◇


「どうする?」

「俺に聞かれても……」

「『巨人カブ』なんて育てたことないんですけど」

「俺なんか見たこともねえよ!」

「ていうか、いつまでにそれを育てなきゃなんねーんだよ!」


 皆困惑している。目先の見えない試験がスタートしてしまった。

 かく言う僕も、他の人達と同じように戸惑っていた。タツゾウ、マータギ君、キコリ君の三人も同じらしい。

 タツゾウに関しては、質問に答えてもらえなかったことが不服だったのだろう。顔に出ている。


「皆さん。一度私の話を聞いていただけますか?」

 そう言って、皆の注目を集めたのはレイアさんだ。


「試験は二日間で、第二次試験までです。つまり、普通に考えれば一日目が一次、二日目が二次、という流れになるはずです」

 仮試験会場で君嶋さんが言っていたことを思い出す。

 なるほど確かにそうだ。全員が混乱していた状況にもかかわらず、彼女だけは冷静だった。


「『巨人カブ』の元となる種が配布されていないこと、本試験会場をこの島にしたこと、この二つを(あわ)せて考察できることは……」

 全員が息を飲む。


「種を探し、育て、一日目終了時点までに巨大なカブを完成させること。これが私たちに求められていることだと思われます」

「「「おお~」」」

 全員が感嘆の声を漏らす。


「レイア様の言うことを聞いておけば間違いないわ!」

「そうだな」

「彼女が同じグループで本当に良かったよ」


 この瞬間、Dグループのリーダーが、レイアさんに決まった。

 ほとんど全員が納得いっているだろう。彼女が仕切ることに対して、不満げな様子を見せるタツゾウも「ええ~」とは言うものの、異論は唱えない。

 しかし、この大人数をこの短時間でまとめ上げてしまうとは、凄いカリスマ性だ。


「500人いるので、25人の20チームに分かれて島内を捜索しましょう。『巨人カブ』の種は、白く、サイズは岩のように大きいので、見つけることさえできれば分かりやすいと思います」


 レイアさんがDグループの指針を示す。

 やるべきことが整理され、ゴールが見えたことで、メンバーは落ち着きを取り戻し、焦りは完全に消えていた。



「見つかったかー?」

「ダメだ。見当たらねー」

「こっちもだー」

 捜索が始まって、早一時間。これといって収穫はない。


「瞬殺コンビはどうだー?」

 チームの一人が、僕とマータギ君に向けて呼び掛ける。


「うるさいわ! 相手が悪かっただけだ!」

 マータギ君がいじりに応じる。

 彼は実技でレイアさんに瞬殺されている。そして僕も、ラリアット一発で意識を持っていかれた。


「僕の方も見つかりません」

「お前もすんなり受け入れるな!」

 僕としては瞬殺されるのは正直目に見えていたので、何とも思っていなかったのだが、マータギ君にはそれが結構ネックになっていたみたいだ。「瞬殺」というワードが出るたびに反応している。


「見つけたけ」

 その場にいた全員が一斉に声のした方向を向く。見つけたのはキコリ君だ。

 キコリ君の視線の先には、巨大なヤシの木がそびえ立っており、その木のてっぺんに真っ白な岩のようなものが見える。


「「「あれだ!!」」」

 全員が同時に声を上げた。


 しかし、ヤシの木はかなり高い。種があるところは、登って届くような位置ではない。

「どうするか?」

 タツゾウが(あご)に手を添え、首を(かし)げる。他のメンバーも同様に、方法を思案しているようだ。


「良いこと思いついたぜ!」

 しばらく考え込んだような素振りを見せた後、彼はその木に向かって体当たりを仕掛け始めた。

 ヤシの木が左右に揺れ、大きな種が木の上でユラユラと踊る。


「おい! バカ! やめろよ!」

 マータギ君がタツゾウに、体当たりをやめるように言うが、タツゾウは「なんでだよ?」と言いたげな思慮の浅い表情を向けてくる。


 マータギ君がタツゾウの行為を止めた理由は、「巨人カブ」の種が非常に(もろ)く、少しの衝撃にも耐えられないからだ。

 このことは、先ほどレイアさんからきちんと説明を受けていたのだが、タツゾウは聞いていなかったらしい。


「落としたらどうすんだよ!」

「良いじゃねーか。それが目的なんだからよ」

「割れるって言われただろーが! さては聞いてなかったな」

 マータギ君の言葉でタツゾウは体当たりをやめた。マータギ君はガクリと肩を落とし、呆れた顔でタツゾウを睨む。


「じゃあ、どうすんだよ?」

「それを今みんなで考えてんだよ!」

 この場にいる全員が黙り、再び考え込む。


「あの……、木を運んで、垂直に海に落とせば良いんじゃないですか? そうすれば、種にかかる負荷も少ないし、ヤシの木が沈んだ後に種を取るだけで良いですし」

 これが、僕が長考した末に出した案だった。


「そいつは名案だな!」

「やるじゃんか!」

「よし、全員で運ぶぞ!」

 皆も僕の案に乗ってくれるらしい。なんだか……、良い気持ちだ。


「お前、頭悪いのにこういう時頭良いよな。なんでだ?」

 タツゾウが、褒めているのか(けな)しているのか分からないようなことを言ってくる。

「褒め言葉として受け取っておくよ……」


    ◇


 同刻、Aグループにて―――


「順調だぜー!」

 彼らは、すでに種を入手し、株を育て始めていた。

 育成も順調で、トラブルなく第一次試験を過ごしていた。


「どう思う?」

 クロハは共に自分と同じく、Aグループのリーダー的位置にいるススムに問う。

 彼は、「巨人カブ」の育成手法をメンバーたちに教え終わり、休憩に入ったところだった。


「何がだい? Aグループが一次を突破できるかどうかかい?」

「私たちが突破できるのは当たり前。ソラトのことだよ」


 ススムは、目の前の試験を通過できるか否かに目を向けていたが、クロハは違った。

 彼女には、他人のことを考える余裕があった。それは、彼女のこれまでの成功体験に基づく、自分の実力への絶対的な自信が、彼女にそうさせる。


「相変わらずすごい自信だね。うらやましいよ。大物の器だ」

 ススムは彼女のそんな態度を(うらや)む。彼の言葉に嘘はなかった。


「まずは自分たちのことについて全力で、そして真剣に考えるべきだと思うよ。でもそうだね……、俺は、ソラトは通過すると思っているよ」

 彼の言葉に、クロハはコバルトブルーの瞳を大きく見開いて驚いた。

 自分が一目置く存在であるススムが、散々見下してきたあのソラトが通過すると予想しているからだ。


「まあ、団体戦だからな……。向こうは、留年寺なんちゃらっていう奴がいるんだろ?」

「麗宮司レイアね。常識だからきちんと覚えておくべきだよ」

 クロハはあまり自分のこと以外は興味がない(たち)だ。そのためソラト同様に、世界的に有名な麗宮司家の跡取りの名前を知らずにいた。


「あと俺は、ソラトは一次試験だけじゃなくて、この試験自体に合格すると思っているよ」

「はあっ!?」

 彼女は思わず大きな声を上げた。近くにいたAグループのメンバーが、その声に反応して体をビクンと震わせる。


「あり得ねーよ委員長。委員長といえども、見る目はないんだな」

 そう言って、クロハは不愉快そうにその場から立ち去っていった。


 ススムは知っていた。雨森ソラトの陰の努力を知っていた。

 あの悲劇からここまでの期間、彼がハードなスケジュールを自分に課したことを知っていた。


「努力は報われるのさ。きっとな!」

 そう言って、また自分の仕事に戻っていくのだった。


    ◇


 数か月前、悲劇を経て、俺はドラミデ町からビテッロ町へ引っ越した。

 委員長として、生き残った生徒たちを、自分が卒業するまで導くことが使命だと思った。

 だからこそ、俺にできることなら何でもやろうと思った。


 みんな自分を頼ってきてくれた。勉強で分からないところがあれば教えたし、様々な相談にも乗った。

 皆との関係は良好だったと思う。一人を除いては……。


 ソラトは、俺が彼に夢を語って以降、話をしていなかった。

 それが何となく心に引っ掛かり、日が落ちてきた頃、彼の引っ越し先の家を訪ねたのだ。


 ピンポーン。

「すいませーん。登竜門ススムです。ソラト君はいませんか?」


 ガチャン。

「あー、ススム先輩。どうもです」

 中から出てきたのは、ソラトの弟・リクトだった。


「やあリクト、ソラトはいるかい?」

「あいつなら、裏の誰も来ない公園にいると思いますよ」

 彼は、優秀な人物ではあるが、兄であるソラトをかなり軽視している節がある。

 今も「あいつ」とソラトのことを呼んでいた。そこのところは良く思えない。


 彼がいるという公園に向かうことにした。その公園は、近所でも有名な心霊スポットであるためか、誰も寄り付かない。

 彼はそんなところでいったい何をしているというのだろうか。


「25、26、27…………」

 俺の目に映ったのは、いつもとは全く違う目つきで、腕立てを行う雨森ソラトの姿だった。

 彼の腕はプルプルと震え、限界を訴えている。


「43、44、45、うっ……」

 両腕が脱力し、そのままうつ伏せになるように倒れてしまった。

「はあ……、はあ……、はあ……。これじゃダメだ。追いつけない」

 いつもの柔らかい表情からは、想像もつかないような顔を見せる彼に、俺は声をかけることを忘れ、ただそこに茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた。


 ソラトのこんな姿を見たのは初めてかもしれない。

 結局、連続ではできなかったものの、休憩を挟みながら腕立て100回を彼はやり遂げた。


 これで終わりかと思いきや、吸水した後、今度は立ち上がって公園の周りを走り始めた。

 1周500メートルの外周を6周。最後はヘトヘトになり、歩く速度とほぼ変わらない程度の速度ではあったものの、見事走り遂げた。

 走り終えた後、足を脱力させ、転がり込むように仰向けに倒れた。激しく息を切らしている。


「よし! 今日は、もう少し頑張れる気がする」

 少しだけ話しに来たつもりだったが、ここで声をかけるのは悪い気がした。

 彼の透き通った色素の薄い紺の目から、言葉には表現し難い、何かしらのエネルギーを感じ取れた。


 俺は「炎の英雄譚」という、かつての英雄をモチーフにした物語を幼い頃から愛読しており、今でも大好きな話の一つだ。

 その物語に出てくる「炎の英雄」は、この世のすべてを包み込むような大きな器の持ち主であり、そんな彼の人柄が瞳に現れていたらしい。

 人々は彼の瞳をこう呼んだ。


宙海(そらうみ)の瞳』


 ソラトの目を見て、俺はそのことを思い出していた。かつての英雄は、あんな目をしていたのではないだろうか。

 英雄を志すものとして、彼のその目が少しだけ羨ましかった。

お読みいただきありがとうございました。

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