宙海の瞳
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
首長列島は、科学の発展した理の国において、珍しく自然がそのままの形で残っている小さな島の集まりである。
美しい海、熱帯地域の植物群、五つの島が一直線に並んでいるという特徴がある。
自然が残っている理由の一つとして、この列島の名前の由来でもある珍獣「ネッシー」が生息していることが挙げられる。
この首の長い水生生物は、世界でこの列島のみに生息しているため、七か国会談で環境の保全が言い渡されている。
「一次試験、どこのグループが残ると思う?」
フェンリルは、自身のノートパソコンで受験生の名簿を確認しているクルーズに対して、特に理由もなく問う。
彼ら十奇人は、列島内にある十奇人控え室にて、試験の様子を観察している。
「Dグループは、想定外が起こらない限りは通過するでしょう。なんせお嬢様がいますからね」
クルーズはフェンリルの問いに、パソコンから目を離すことなく答える。
「私個人的な意見ですが、『ドラミデの悲劇』の生き残り組も一人を除けば有望ですね。クロハ、登竜門ススムのいるAグループも注目でしょう」
なおも、パソコンから目を離さずにつらつらと話し続ける。器用な奴だ、とフェンリルは心の中で思った。
「俺は、四天王家は堅いんじゃないかと思うぜ」
その場にいたクログロスが話題に参入してくる。
四天王家というのは、八併軍に優秀な人材を多く輩出している4つの名家のことである。
麗宮司家もその中の一つであり、他の三家に比べて頭一つ抜けていると言われている。
「まあ、毎年アカデミー試験は波乱を呼びますからね。どのような結果になるかは、最後までわかりませんよ」
クルーズはこの話題に、結果は予測できないという結論を付けた。
◇
「どうする?」
「俺に聞かれても……」
「『巨人カブ』なんて育てたことないんですけど」
「俺なんか見たこともねえよ!」
「ていうか、いつまでにそれを育てなきゃなんねーんだよ!」
皆困惑している。目先の見えない試験がスタートしてしまった。
かく言う僕も、他の人達と同じように戸惑っていた。タツゾウ、マータギ君、キコリ君の三人も同じらしい。
タツゾウに関しては、質問に答えてもらえなかったことが不服だったのだろう。顔に出ている。
「皆さん。一度私の話を聞いていただけますか?」
そう言って、皆の注目を集めたのはレイアさんだ。
「試験は二日間で、第二次試験までです。つまり、普通に考えれば一日目が一次、二日目が二次、という流れになるはずです」
仮試験会場で君嶋さんが言っていたことを思い出す。
なるほど確かにそうだ。全員が混乱していた状況にもかかわらず、彼女だけは冷静だった。
「『巨人カブ』の元となる種が配布されていないこと、本試験会場をこの島にしたこと、この二つを併せて考察できることは……」
全員が息を飲む。
「種を探し、育て、一日目終了時点までに巨大なカブを完成させること。これが私たちに求められていることだと思われます」
「「「おお~」」」
全員が感嘆の声を漏らす。
「レイア様の言うことを聞いておけば間違いないわ!」
「そうだな」
「彼女が同じグループで本当に良かったよ」
この瞬間、Dグループのリーダーが、レイアさんに決まった。
ほとんど全員が納得いっているだろう。彼女が仕切ることに対して、不満げな様子を見せるタツゾウも「ええ~」とは言うものの、異論は唱えない。
しかし、この大人数をこの短時間でまとめ上げてしまうとは、凄いカリスマ性だ。
「500人いるので、25人の20チームに分かれて島内を捜索しましょう。『巨人カブ』の種は、白く、サイズは岩のように大きいので、見つけることさえできれば分かりやすいと思います」
レイアさんがDグループの指針を示す。
やるべきことが整理され、ゴールが見えたことで、メンバーは落ち着きを取り戻し、焦りは完全に消えていた。
「見つかったかー?」
「ダメだ。見当たらねー」
「こっちもだー」
捜索が始まって、早一時間。これといって収穫はない。
「瞬殺コンビはどうだー?」
チームの一人が、僕とマータギ君に向けて呼び掛ける。
「うるさいわ! 相手が悪かっただけだ!」
マータギ君がいじりに応じる。
彼は実技でレイアさんに瞬殺されている。そして僕も、ラリアット一発で意識を持っていかれた。
「僕の方も見つかりません」
「お前もすんなり受け入れるな!」
僕としては瞬殺されるのは正直目に見えていたので、何とも思っていなかったのだが、マータギ君にはそれが結構ネックになっていたみたいだ。「瞬殺」というワードが出るたびに反応している。
「見つけたけ」
その場にいた全員が一斉に声のした方向を向く。見つけたのはキコリ君だ。
キコリ君の視線の先には、巨大なヤシの木がそびえ立っており、その木のてっぺんに真っ白な岩のようなものが見える。
「「「あれだ!!」」」
全員が同時に声を上げた。
しかし、ヤシの木はかなり高い。種があるところは、登って届くような位置ではない。
「どうするか?」
タツゾウが顎に手を添え、首を傾げる。他のメンバーも同様に、方法を思案しているようだ。
「良いこと思いついたぜ!」
しばらく考え込んだような素振りを見せた後、彼はその木に向かって体当たりを仕掛け始めた。
ヤシの木が左右に揺れ、大きな種が木の上でユラユラと踊る。
「おい! バカ! やめろよ!」
マータギ君がタツゾウに、体当たりをやめるように言うが、タツゾウは「なんでだよ?」と言いたげな思慮の浅い表情を向けてくる。
マータギ君がタツゾウの行為を止めた理由は、「巨人カブ」の種が非常に脆く、少しの衝撃にも耐えられないからだ。
このことは、先ほどレイアさんからきちんと説明を受けていたのだが、タツゾウは聞いていなかったらしい。
「落としたらどうすんだよ!」
「良いじゃねーか。それが目的なんだからよ」
「割れるって言われただろーが! さては聞いてなかったな」
マータギ君の言葉でタツゾウは体当たりをやめた。マータギ君はガクリと肩を落とし、呆れた顔でタツゾウを睨む。
「じゃあ、どうすんだよ?」
「それを今みんなで考えてんだよ!」
この場にいる全員が黙り、再び考え込む。
「あの……、木を運んで、垂直に海に落とせば良いんじゃないですか? そうすれば、種にかかる負荷も少ないし、ヤシの木が沈んだ後に種を取るだけで良いですし」
これが、僕が長考した末に出した案だった。
「そいつは名案だな!」
「やるじゃんか!」
「よし、全員で運ぶぞ!」
皆も僕の案に乗ってくれるらしい。なんだか……、良い気持ちだ。
「お前、頭悪いのにこういう時頭良いよな。なんでだ?」
タツゾウが、褒めているのか貶しているのか分からないようなことを言ってくる。
「褒め言葉として受け取っておくよ……」
◇
同刻、Aグループにて―――
「順調だぜー!」
彼らは、すでに種を入手し、株を育て始めていた。
育成も順調で、トラブルなく第一次試験を過ごしていた。
「どう思う?」
クロハは共に自分と同じく、Aグループのリーダー的位置にいるススムに問う。
彼は、「巨人カブ」の育成手法をメンバーたちに教え終わり、休憩に入ったところだった。
「何がだい? Aグループが一次を突破できるかどうかかい?」
「私たちが突破できるのは当たり前。ソラトのことだよ」
ススムは、目の前の試験を通過できるか否かに目を向けていたが、クロハは違った。
彼女には、他人のことを考える余裕があった。それは、彼女のこれまでの成功体験に基づく、自分の実力への絶対的な自信が、彼女にそうさせる。
「相変わらずすごい自信だね。うらやましいよ。大物の器だ」
ススムは彼女のそんな態度を羨む。彼の言葉に嘘はなかった。
「まずは自分たちのことについて全力で、そして真剣に考えるべきだと思うよ。でもそうだね……、俺は、ソラトは通過すると思っているよ」
彼の言葉に、クロハはコバルトブルーの瞳を大きく見開いて驚いた。
自分が一目置く存在であるススムが、散々見下してきたあのソラトが通過すると予想しているからだ。
「まあ、団体戦だからな……。向こうは、留年寺なんちゃらっていう奴がいるんだろ?」
「麗宮司レイアね。常識だからきちんと覚えておくべきだよ」
クロハはあまり自分のこと以外は興味がない質だ。そのためソラト同様に、世界的に有名な麗宮司家の跡取りの名前を知らずにいた。
「あと俺は、ソラトは一次試験だけじゃなくて、この試験自体に合格すると思っているよ」
「はあっ!?」
彼女は思わず大きな声を上げた。近くにいたAグループのメンバーが、その声に反応して体をビクンと震わせる。
「あり得ねーよ委員長。委員長といえども、見る目はないんだな」
そう言って、クロハは不愉快そうにその場から立ち去っていった。
ススムは知っていた。雨森ソラトの陰の努力を知っていた。
あの悲劇からここまでの期間、彼がハードなスケジュールを自分に課したことを知っていた。
「努力は報われるのさ。きっとな!」
そう言って、また自分の仕事に戻っていくのだった。
◇
数か月前、悲劇を経て、俺はドラミデ町からビテッロ町へ引っ越した。
委員長として、生き残った生徒たちを、自分が卒業するまで導くことが使命だと思った。
だからこそ、俺にできることなら何でもやろうと思った。
みんな自分を頼ってきてくれた。勉強で分からないところがあれば教えたし、様々な相談にも乗った。
皆との関係は良好だったと思う。一人を除いては……。
ソラトは、俺が彼に夢を語って以降、話をしていなかった。
それが何となく心に引っ掛かり、日が落ちてきた頃、彼の引っ越し先の家を訪ねたのだ。
ピンポーン。
「すいませーん。登竜門ススムです。ソラト君はいませんか?」
ガチャン。
「あー、ススム先輩。どうもです」
中から出てきたのは、ソラトの弟・リクトだった。
「やあリクト、ソラトはいるかい?」
「あいつなら、裏の誰も来ない公園にいると思いますよ」
彼は、優秀な人物ではあるが、兄であるソラトをかなり軽視している節がある。
今も「あいつ」とソラトのことを呼んでいた。そこのところは良く思えない。
彼がいるという公園に向かうことにした。その公園は、近所でも有名な心霊スポットであるためか、誰も寄り付かない。
彼はそんなところでいったい何をしているというのだろうか。
「25、26、27…………」
俺の目に映ったのは、いつもとは全く違う目つきで、腕立てを行う雨森ソラトの姿だった。
彼の腕はプルプルと震え、限界を訴えている。
「43、44、45、うっ……」
両腕が脱力し、そのままうつ伏せになるように倒れてしまった。
「はあ……、はあ……、はあ……。これじゃダメだ。追いつけない」
いつもの柔らかい表情からは、想像もつかないような顔を見せる彼に、俺は声をかけることを忘れ、ただそこに茫然と立ち尽くしていた。
ソラトのこんな姿を見たのは初めてかもしれない。
結局、連続ではできなかったものの、休憩を挟みながら腕立て100回を彼はやり遂げた。
これで終わりかと思いきや、吸水した後、今度は立ち上がって公園の周りを走り始めた。
1周500メートルの外周を6周。最後はヘトヘトになり、歩く速度とほぼ変わらない程度の速度ではあったものの、見事走り遂げた。
走り終えた後、足を脱力させ、転がり込むように仰向けに倒れた。激しく息を切らしている。
「よし! 今日は、もう少し頑張れる気がする」
少しだけ話しに来たつもりだったが、ここで声をかけるのは悪い気がした。
彼の透き通った色素の薄い紺の目から、言葉には表現し難い、何かしらのエネルギーを感じ取れた。
俺は「炎の英雄譚」という、かつての英雄をモチーフにした物語を幼い頃から愛読しており、今でも大好きな話の一つだ。
その物語に出てくる「炎の英雄」は、この世のすべてを包み込むような大きな器の持ち主であり、そんな彼の人柄が瞳に現れていたらしい。
人々は彼の瞳をこう呼んだ。
『宙海の瞳』
ソラトの目を見て、俺はそのことを思い出していた。かつての英雄は、あんな目をしていたのではないだろうか。
英雄を志すものとして、彼のその目が少しだけ羨ましかった。
お読みいただきありがとうございました。




