③
「夏川さんだったかな? これからも息子のことをよろしく頼む」
トキハルがミツキに向かって頭を下げる。
ミツキは胸の前でアクセサリーをキュッと握り締めた。
「……お義父さま。私からも一つお話がございます」
彼女の言葉に首を傾げるトキハル。
「私はもう――トキヤ君の彼女ではありません」
「「「――⁉」」」
破局の二文字を頭に浮かべながら驚く一同。
だが続いた言葉に感情が一変。
「私はつい先日、トキヤ君と婚約関係を結びました。よってこれからはトキヤ君の婚約者を名乗らせていただきます」
「「「……」」」
トキヤは真っ赤な顔で口をパクパク。
チカとサキは「「はあ……」」とあきれ顔。
「おお~♪」とテンションを上げるタマ。
反応に困るトキハル。
するとミツキが突然トキヤに向かってダイブした。
「――痛っ! ……何だよ、急に?」
トキヤがミツキの体を受け止める。
そしてミツキはトキヤの胸に顔をうずめた。
「私、決めた。――――私、トキヤ君の子ども産む」
「「「っ――⁉」」」
「私、トキヤ君に一生付いていく。――もう決めたから」
ミツキはトキヤにしがみついたまま離れない。
トキヤは周囲に助けを求めるも。
全員にそっぽを向かれてしまった。
返答に困ってしまうトキヤ。
「私、トキヤ君以外の人とは絶対結婚しないから」
「……」
ミツキの言葉は重い。
が、悪い気はしない。
本気なのはトキヤも同じだからだ。
トキヤは頭をボリボリと掻く。
「……わかった。じゃあ、卒業したら結婚すっか?」
「「「っ――⁉」」」
「だからそれまでは高校生らしく健全なお付き合いをしよう。……なっ?」
トキハルの手前、トキヤはそう答えるしかない。
「……本当?」
「ああ」
「本当に本当?」
「さすがにこの状況で嘘なんかつかねえよ」
「……」
ミツキの腕に力がこもる。
「もし、それ嘘だったら……。私、トキヤ君のこと殺しちゃうかも……」
彼女が口にするとリアルに恐怖でしかない。
しかし、トキヤは彼女の扱いに慣れてしまっていた。
「そっか。なら安心だな」
「え?」
ミツキがパッと顔を上げる。
「だって嘘じゃねえもん」
「っ――」
ミツキが目に涙を浮かべ。
そして勢いよくトキヤの体を押し倒した。
「お、おい……!」
ミツキはトキヤに密着しながら嬉し泣きを始めた。
彼女の頭をよしよしするトキヤ。
トキハルは息子の婚約話に困惑している。
以前から応援していたチカたちは素直に喜んでいた。
これにて一件落着――と言いたいところだが。
「あれ? そういえばアツシさんは?」
タマがアツシの不在に気付いた。
トキヤたちが周囲を見渡す。
「もしかして、アツシさん……。アイツらの仲間と間違われて一緒に連れて行かれたんじゃ……」
「「「……」」」
アツシの見た目は連中とほとんど変わらない。
トキヤは大いにあり得ると思った。
「父さん。黒いライダースーツを着た大柄な人、どこ行ったかわかる?」
「いや、我々が到着したときにそのような人物は見かけなかったが」
「「「……」」」
先ほどの最後のひと騒動。
アツシが他を置いて一人で逃げたとは考えにくい。
トキヤが彼から最初に目を離したのは。
ミツキたち四人の縄をほどいていたときだ。
おそらくその隙にこっそりと姿を消したのだろう。
「(先輩……)」
自力で病院に向かったのか。
あるいは救急車で運ばれたのか。
トキヤはアツシの無事を祈ることしか出来なかった。
◇◆◇◆◇
「けどアツシさんったら、工場の外で普通にぶっ倒れてたのよね~」
話は現代に戻る。
ミツキが笑いながらリサに言った。
「そのあとすぐに病院に運ばれて、そのまま入院コース。お父さんにはああ言ってたけど。アツシさん、病気のことは嘘じゃなかったの」
「え?」
「しばらく病院で安静にしてたんだけど。容体が急変して結局そのまま……」
「……」
「……って思うでしょ? 実はアツシさん、そのあと本当に奇跡起こしちゃったのよ~!」
冗談を言ってリサをからかうミツキ。
「……ってことは」
「アツシさん、今じゃすっかり元気になって家族のためにバリバリ働いてるわ。今度、三人目のお子さんが生まれるって話よ」
アツシは不治の病を克服し、無事に退院を果たした。
その後、一度は別れを告げた彼女とよりを戻し。
そのままその女性と結婚したのだった。
「アツシさん、本当はすごく優しい人だから、病気のことはエイコ先生には黙ってたみたいよ」
エイコが言っていた年下の元カレ。
それはアツシのことだった。
アツシは退院後にエイコに謝罪。
彼女の返事は。
ビンタ→涙→ビンタ→ビンタ→ハグ→涙。
――だった。
ミツキの話は一応のグッドエンディングを迎える。
リサは一本の青春・恋愛映画をまるまる聞かされた気分だ。
「そこからはもう何もなかったの?」
リサがたずねる。
ミツキは現在に至るまでの流れを軽く説明した。
「お父さん、卒業までは健全なお付き合いだとか言ってたけど、結局二人ともタガが外れちゃって。誕生日を迎えてからは毎日のようにお父さんと――」
「いや、そういう話じゃなくって……。仕事とかは、どうしたの?」
「学生の間はもちろんバイトよ。でも稼いだお金はほとんど避妊具に消えちゃって、中々お金が……」
「だ・か・ら……、そういう話はいいっつってんの!」
男女から夫婦に至るまでの営みを親に自慢される娘。
リサはかなり呆れていた。
「お父さんなら高校を卒業して、すぐ警察学校に入ったわよ」
「……えっ⁉」
「お父さん。サラリーマンになる前は警察官だったのよ」
「……初耳なんだけど」
意外な事実が判明し、驚くリサ。
「まあ、すぐに辞めちゃったけどね。家族との時間が全然取れないからって言って、わざわざ転職してくれたのよ」
トキヤは双方の両親に頭を下げ。
警察を辞めることをトキハルに謝罪。
ミツキの両親に今の仕事を紹介してもらった。
夫婦円満の秘訣は双方の努力。
トキヤはミツキのとっての良き夫でいるため。
家族にとっての良き父親であるために。
普通のサラリーマンを志したのだ。
「(お父さん……。カッコ良くないとか言って、ごめんなさい……)」
リサは心の中で深く反省した。
そのときである。
外出していたトキヤが帰宅した。
リサの弟たちも一緒である。
「おかえりなさ~い」
「おう、ただいま。……ありゃ、まだ掃除の途中だったか」
トキヤが「何か手伝おうか?」とミツキに訊ねる。
「大丈夫よ。少し長話しちゃっただけだから。すぐに片付けるわ」
そう言ってミツキは部屋から出ていった。
入れ替わりでリサの三男が室内に駆け込んでくる。
「姉ちゃん。ただいま」
「おかえり」
三男はすぐに部屋から出ていった。
「おねえちゃ~ん! ちょっとこっち来て~!」
部屋の外から次男の声が響いてくる。
「は~い!」
現在、寺澤家には七人家族である。
子供の数は五人。
中々の大所帯となっていた。
「リサ。勉強の方はどうだ?」
「けっこう順調だよ。毎回、図書館に行くのは少し面倒だけど」
寺澤家には育ち盛りの兄弟が多い。
つまり静かに集中して勉強できる場所がないのだ。
「すまんな~。お父さんの給料じゃ、これ以上大きな家は買えなくて」
「何、言ってんの? 私はお父さんがすごい〝がんばり屋さん〟だってこと、ちゃ~んと知ってるよ」
さっきミツキに教えてもらったばかりだが。
リサは以前から知っていたふうを装う。
「そ、そうか……?」
実の娘に褒められ、照れるトキヤ。
「私、これでも将来お父さんみたいな人と結婚したいって思ってるから」
「え?」
「ふふっ、意外だった?」
これは決して嘘ではない。
リサは今のトキヤしか知らない。
だが彼女は家族想いで優しい父のことが大好きだった。
「り、りさぁ~……」
するとトキヤがリサの目の前で涙を流し始めた。
「ちょっ、お父さん⁉ 何でいきなり泣いてんのっ⁉」
トキヤが服の袖で涙を拭う。
「リサ……。お父さんはちゃんと、お父さん出来てるか……?」
「だからそう言ってんでしょ!」
「うぅぅ……」
トキヤは感動で涙が止まらなかった。
「おねえちゃ~ん! まだぁ~⁉」
「は~い! いま行きま~す!」
リサが次男に返事を返す。
「ちょっと、お父さん。泣かないでよ、もう……」
リサは父の側からなかなか離れられない。
彼女はどうしようかと迷っている。
……ここに一つの温かい家庭が存在した。
一組の男女が努力を惜しまなかった末に生まれた。
――基、今も努力し続けている幸せな家族。
「お父さ~ん! チカおばちゃんたち、もう来てるよ~!」
「……ああ! 今、行く!」
トキヤは近くにあったティッシュで鼻をかんだ。
涙と鼻水を拭き取り、リサと一緒にリビングに向かう。
本日、寺澤家は初詣に出かける予定だ。
トキヤたちの学生時代の友人たちも一緒である。
町内きってのおしどり夫婦。
――トキヤとミツキの馴れ初め話はこれにて終幕。
これはついでだが。
二人の学生時代を知る者は皆、同じことを口にする。
あの家族はいつまでも幸せであってほしい、と。
(完)
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