②
「先輩。ガチで行きますよ?」
「るせぇな……。とっとと来いっつってんだろ!」
アツシがしびれを切らし、トキヤに殴りかかった。
トキヤは右の振り下ろしを左に回避。
アツシの背後に回り込む。
アツシが振り向く前に、背中に前蹴りをぶち込んだ。
「っ――」
アツシが前のめりにバランスを崩す。
トキヤは追加でジャンプキックをお見舞いした。
アツシは肩で飛び蹴りを受け止める。
二、三歩後ろに下がり、その場に踏みとどまった。
トキヤがアツシに接近。
アツシが拳を振り上げ、トキヤは姿勢を低くする。
拳が振り下ろされる前にタックルをかました。
トキヤがアツシの下半身につかみかかる。
「ちぃぃっ――!」
アツシが舌を打つ。
トキヤはそのまま彼を地面に押し倒した。
主導権争いはトキヤに軍配が上がる。
トキヤがマウントを取り、アツシの顔面を連続で殴打。
アツシの顔が血の色に染まっていく。
「待って! 止めてよ、トキヤ君!」
ミツキが必死になって叫んでいる。
だがトキヤは止まらない。
隙を見せれば一瞬でやられる。
勢いのまま押し切るしかない。
するとミツキが突然わめき始めた。
「アツシさん――私たちを庇ってナイフで背中刺されてんの!」
「っ――⁉」
「だからケンカなんてしてる場合じゃないんだよ!」
トキヤの拳がようやく止まった。
「せん……ぱい……?」
トキヤの目が泳ぎ始める。
彼は明らかに動揺していた。
そんなトキヤを見て、アツシがキレる。
「おらああぁぁっ――!」
アツシの拳がトキヤの顔面に命中。
トキヤは後ろに吹っ飛ばされた。
「トキヤ君!」
ミツキの声が上がる。
トキヤは背中から地面に倒れ込んだ。
アツシが口周りの血を袖で拭い。
地面から立ち上がった。
「トキヤ。てめえ、本気で勝つ気あんのか?」
「ぐっ……」
トキヤが折れた歯と血を口から吐き出した。
彼は足に力が入らない様子だ。
「先輩、何で……? ワケわかんないっすよ……」
それでもトキヤは、どうにか立ち上がる。
彼が食らったのは一発だけ。
しかし、彼は既に足元がふらついていた。
「トキヤ。俺はもうすぐ死ぬんだよ」
「「「っ――⁉」」」
「医者にはあと半年だって言われた。さすがの俺も腰が引けちまったよ」
河川敷で再会したとき。
アツシはそのような素振りを見せなかった。
彼なりの意地だったのかもしれない。
「奇跡でも起こんねえ限り、ぜってーに治んねえ病気だ。だから死ぬ前にやりてぇことを全部やるって決めたんだよ」
「それが俺とのタイマンっすか? 先輩、マジでイカれてるっすよ」
アツシの不治の病は自業自得。
好き勝手に生きてきた者の末路とも言える。
だからこそ、その生きざまを最後まで貫く。
自分らしい最期を迎えるために。
――そのときである。
アツシが胸を押さえ、口からドバっと血を吐き出した。
ミツキたち四人がそれぞれの反応を示す。
「先輩! これ以上はマジでヤバいっすよ! もう半分くらい意識トんでんじゃないっすか!」
アツシはトキヤが来る前にも大いに暴れている。
病に冒された彼の体は既に限界だった。
「何度も言わせんな……。死ぬ前にやりてぇことをやるっつったろ……。ここで止めたら、死んでも恨むぜ……」
アツシがトキヤを睨み付ける。
アツシの闘志は全く衰えていない。
そんな彼の想いに応えるべく。
トキヤは拳をギュッと握り締めた。
「トキヤ君。何で……?」
トキヤが大好きなミツキだからわかる。
トキヤは本気でアツシを殴り倒すつもりだと。
「少しでも早く勝負を終わらせるためでしょ」
「……?」
チカの言葉にミツキが反応する。
「あのアツシって人を病院に連れてくには本人を納得させるしかない。あるいは気絶させて力づくで連れてくか」
「……」
元より今のアツシに長期戦は無理だ。
ヘタな対応で駄々をこねられるより。
本人の望み通りにしてあげるが一番手っ取り早い。
トキヤはこの場でアツシに引導を渡すつもりだ。
「トキヤ君……」
トキヤの彼女として彼を信じる。
今のミツキにはそれしか出来ない。
ミツキは心の中で祈った。
トキヤの勝利と無事を。
アツシの完全燃焼を。
そして、男同士の最後の殴り合いが始まった。
力と力。
駆け引きゼロの真っ向勝負。
男たちは雄叫びを上げながら拳を交えた。
「とっとと倒れろっ!」
トキヤがアツシの顔面に一発。
「ってーな、ゴラぁっ!」
アツシがトキヤの顔面に一発。
殴ったら殴られ。
殴られたら殴り返す。
「早くしねーとマジで死んじまうだろっ!」
トキヤの左フック。
「どのみち死ぬっつってんだろうがっ!」
アツシの右ストレート。
お互い、避けることなど全く考えていない。
とにかく殴る優先の二人。
両者の顔はあっという間に血だらけになった。
「「はあ……、はあ……、はあ……」」
そしてスタミナ切れ。
ケンカは少しでも長引くと必ずこうなる。
ペース配分を考えず、相手が倒れるまで殴り合う。
それがケンカだ。
両者は同じタイミングで拳を振りかざし。
思いきり相手を殴った。
「「っ――!」」
二人の動きが制止する。
どちらの拳も相手の頬を捉えていた。
しばらく動きを止めていた二人が同時に崩れる。
二人は大の字に倒れた。
勝負の結果は引き分け。
トキヤがその結果に不平を漏らす。
「これだけハンデもらって引き分けかよ……。くっそ、マジ納得できねえ……」
「この俺に引き分けといて贅沢言うな……。おかげで俺の不敗神話に傷が付いちまった……」
アツシも同様に不満を口にする。
が、彼は笑っていた。
トキヤが先に立ち上がり。
アツシに向かって手を差し伸べる。
アツシはその手をしっかりと握り締めた。
「先輩、その……。お体のことは……」
「――あっ、すまん。あれ全部ウソだ」
「「「へっ……?」」」
トキヤと女子たちが間の抜けた声を出す。
「ああ言えば、さすがのお前もマジになってくれっかな~と思って、つい」
アツシに悪びれた様子はない。
「先輩……」
「まあ、そうカリカリすんな。……ほれ。とっとと縄ほどいてやれよ」
そう言ってアツシはミツキたちを解放した。
トキヤが大きな溜め息をつく。
「(もう良いや……)」
トキヤはミツキたちの方へと歩いて行った。
そして一人ずつ縄をほどいていく。
「トキヤ君。私……」
「話はあとだ。先に救急車呼ばせてくれ」
トキヤはミツキの拘束を解き。
ポケットから携帯電話を取り出した。
チカたちの縄はミツキに任せる。
そして電話をかけようとした、そのとき……。
「痛っつ~……」
「「「っ――⁉」」」
「ちっくしょう……。何なんだ、あのバケモン……」
アツシが叩きのめした連中が目を覚まし始めた。
「(おいおい、冗談だろ……)」
トキヤは携帯電話をポケットに放り込む。
すぐにミツキたちを自分の背後に隠した。
「お楽しみはもういい。……寺澤トキヤ。てめえだけはぜってーにぶち殺す」
「「「……」」」
男たちの本来の目的はトキヤを始末すること。
ミツキたちはそのついでだった。
今はトキヤの身が危ない。
そして結局はミツキたちも犯られてしまう。
「寺澤……。アンタ一人でどうにか出来る……?」
チカがトキヤにたずねた。
「一人でならどうとでもなるが……。ぶっちゃけ、お前らが邪魔だ……」
「……だよね」
男たちが鉄パイプなどの武器を取る。
囲いを作ってトキヤたちを追い詰めていった。
「お前らはどうにか先に逃げろ……。一人でも人質にされたらその時点で終わりだ……」
状況が状況である。
最悪ミツキだけでも逃がしたいトキヤ。
逃げ道は既に塞がれている。
全員が無事に逃げ出せる可能性は限りなくゼロだ。
――そのときである。
トキヤの協力者がここへ来て姿を現した。
〈お前たち、全員そこを動くな!〉
「「「っ――⁉」」」
成人男性の声が拡声器を通じて響き渡った。
それと同時に大勢の警察官が現れる。
「クソッ! 離せ、ゴラァ‼」
連中が警察官に取り押さえられていく。
トキヤはようやく緊張感から解放され。
地面に尻もちをついた。
「はぁ……。間に合った……」
すると刑事らしき人物がトキヤたちの前に現れる。
刑事は持っていた拡声器でトキヤの頭を軽くはたいた。
「この――〝バカ息子〟が」
「「「え――⁉」」」
「マジ、危機一髪だ。……助かったよ〝父さん〟」
「「「え~~⁉」」」
チカたちは驚愕する。
トキヤの父親――
寺澤トキハルは警察庁に所属する刑事だったのだ。
「お前から連絡があったときは何事かと思ったが。まさかお前が〝親の力〟に頼ろうとは」
「……」
トキヤはここに来る直前に電話をかけていた。
その相手こそ父親の寺澤トキハルである。
しかし、そのときは連絡が取れず。
父親の携帯にメッセージを残していたのだ。
「トキヤ。お前は変わったな」
「……別に俺自体は大して変わってねえよ。ただ今回はどうしても助けたい奴がいたっつーか」
今までの自分を否定してでも守りたい存在。
彼にとってミツキはそれほど大きくなっていたのだ。




