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待望の食事

 それから俺たちは、ティムの泊まっている宿に向かった。こういうのはあまり詳しくないが、おそらく高級宿でも安すぎて客層に不安を感じる宿でもない、ごく普通の宿と言った感じだ。


 ナンドを呼んでくる、と言って宿に入っていくティムを見送ったところで気づいた。俺の服はとても飯屋に行けるようなものじゃない。かと言って服を買うお金もない。流石に借りるのは悪いだろう。


 というか、もしボリオンの服を破ってしまったり、取り返しのつかないほど汚してしまったりしたら、今後ボリオンを使うときどうなるんだ?

 俺は、試しにキャラ選択画面を呼び出してみた。


 《Choose!》


 選択画面には相変わらずボリオン1人が表示されている。前回はそのまま画面を閉じてしまったが、今回はボリオンを再び選んでみる。つまり、すでにボリオンを選択しているが、改めてボリオンにキャラを変更するということだ。どうなる?


 ぴろーん、と独特の効果音が鳴り、ボリオンが選択された。そして俺の身体にキラキラと光が降り注いだ。当然キャラはボリオンのままだから何も起きない……と思いきや、服が新品同様になっていた。


 服が綺麗になったというよりは「ボリオンを選んだから、ボリオンの服装に変わった」というべきなのだろう。既にボリオンの服を着ていようがおかまいなしらしい。


 逆に言うと、他の服を着ている時にキャラを変更したら、服はそのキャラのものに上書きされて消えてしまうのだろう。


「確かに格闘ゲームじゃ戦うたびに服は元通りというか、そもそも汚れることなんてないが……驚いたな」


 ありがたいといえばありがたい。ボリオンのコックコートはともかく、他のまともな服装をしたキャラが使えるようになれば服要らずだ。何より、薄汚れたコックコートで飯屋に行く羽目にならなくてよかった。


 そんなことをやっていると、ティムが茶髪の男を連れて戻って来た。ナンドだろう。背が低く肉付きも大して良くはないティムに対して、ナンドはかなりガタイが良かった。まさに凸凹コンビといった感じだ。


「お前がリクか? 俺がナンドだ。よろしくな」

「よろしく」


 俺とナンドが簡単な自己紹介を交わしていると、ティムが目を丸くして言った。


「あれ、服どうしたの? さっきまで汚れてたのに、まるで新品同様だね」

「ああ、これは俺の能力のおまけというか、何というかな……。別に服が綺麗になる能力ってわけじゃないが」

「よく分からないけど良かったよ。僕やナンドの服で大きさが合うか悩んでたんだ」


 実は、例え新品同様でもコックコートで飯屋に入るのは場違いではないかと危惧していた。しかしその反応なら、このコックコートで飯屋まで行ってもいいらしい。まあ、安くて美味しい店だと言っていたから流石にドレスコードはないのだろう。周りから浮くのはとりあえず我慢だ。それよりも腹が減って仕方ない。


 その後、俺たちはギルドからも宿屋からも近い位置にある飯屋まで来た。俺には看板が読めないが、「食事処 むしゃむしゃ」というらしい。中は思ったより綺麗だった。流石に高級店とは言えないが、十分快適そうだ。


 明らかに現代的な時計が使われている時計塔を見た時も思ったが、オリフィス(この世界)の文化レベルは「異世界」と聞いて想像されるよりも相当高い。それこそ不自然に感じるほどに。


 その割には、細かいところを見れば粗というか、現代の店との違いがある。例えば、椅子には革や布が張られておらず座面が硬かった。


 席は、大きめの円卓を囲むようにぐるりと椅子が8つほど並べてある配置が最も多かった。それに加えて、似た配置だがテーブルが一回り小さく椅子も4つ程度の席や、一人用らしい小さな席があった。どうやら、客の人数によって机の大きさと椅子の数で席を分けており、カウンター席は設けていないらしい。

 周りを見ると、大体は人数によって振り分けられた上で、一番多い大きな席ではいくらか相席も行われているようだ。


 それから、最も違いを感じたのがメニューだ。この店のメニューには、写真が使われていなかった。その代わりに絵が描かれている。頑張って描かれているのは伝わってくるが、絵では「これは肉料理なんだな」程度のことしかわからない。


 かと言って、俺にはオリフィス(この世界)の文字は読めないから、メニューの名前も読めない。

 ティムやナンドに聞こうか迷ったが、どのみち説明されてもわからないかもしれない。


 まあ、メニューをざっと見た感じファミレスっぽい雰囲気だから、何を食べても大きく外すことはないだろう。空腹で考える気が湧かなくなってきた俺は、店員を呼び止め、適当に肉料理らしきものを頼むことに決めた。


 その後、俺は無事に転生後初の食事にありつき、食事をしながらティムたちの話を聞いた。


 まず、この国の名前はバモンが言っていた通りウィンドルフというのだが、この街はその王都らしい。門を見て、「街というよりも都市だ」と感じたのは間違いではなかったようだ。


「ウィンドルフは、転生者を取り込んで急速に大きくなった国なんだ。20年前くらいに最初の転生者が現れたのを皮切りに、多くの転生者が現れた。多くの国の中で、最も転生者の受け入れを重視し、彼らから少しでも多くの文化を取り込むことに注力しているのがこの国なんだよ」


 ティムの説明を聞いて、俺が今まで覚えていた違和感が腑に落ちた。なんというか、ここの文化レベルは凹凸が激しいのだ。ある部分は現代的なのに、ある部分は現代的ではない。それはきっと、この世界に元々あった文化と地球の文化が混ざり合っているからだ。


 この店もそうだ。料理を見ればほぼ現代のファミレスレベルと言ってもいいのに、席の配置などはあまり現代的ではないし、メニューに写真がついていない。


 時計塔を目にした時から、転生者が文化レベルを引き上げた可能性については考えていた。

 転生者は記憶は失われているが、知識までは失われていない。記憶喪失の人間が言葉まで忘れないのと同じだ。


 それでは文化レベルの凹凸にまでは説明がつかない。だが、転生者が現れてから20年だというのならばそれも納得できる。


 転生者たちがこの国に現れた時の文化レベルは俺には分からないが、少なくともたかが20年で完全に現代並の文化を実現しきれるわけがないからだ。だから凹凸が生まれる。


 まして、その分野に詳しい転生者がいなければ技術は持ち込めない。写真が存在しないのもそういう理由かもしれない。


 いや、仮に存在しても、ティム曰く「安くて美味しい」らしいこの店のメニューにはなくて当然だ。椅子だって、もっと高級な店ならふかふかなのだろうが、ほとんどの店にまで現代的な技術が浸透するには時間がかかる。


 むしろ早すぎるくらいだろう。いくら文化の最先端であろう王都と言えども、20年でここまで発展ができるものなのか。まあ、俺はこの世界に来てから冒険者ギルドとこの店にしか入っていないから正確にはわからないが。


 そこまで考えて、俺は冒険者ギルドでのやりとりを思い出した。だから転生者特例措置が必要なのか。


 ティムが俺をパーティに入れようとしたのは、転生者には特別な力があるからだと言っていた。ということは、俺以外の転生者にも必ず能力があるのだろう。


 だから、転生者の知識や戦力が欲しくても、どんな能力があってどれくらい強いかはわからない。となれば、転生者を都合よく従わせるのは容易ではない。


 ではどうすればいいのか。答えは簡単だ。転生直後は一文なしで身寄りもないという弱みにつけ込み、契約で縛るのだ。


 ティムに助けられなければ、俺は一体どうなっていたのか。貸し付けられた宿代を3倍にして返さなければならないということよりも、国に行動を縛られることの方がよっぽど怖い。


 ティムが俺と受付嬢のやり取りに気づいたのは運が良かったからなのか? 俺はティムにその辺りを聞いてみた。すると、ティムは笑って言った。


「違うよ。君のような転生者が現れるのを待ってたんだ」


 待っていた? 確かに、転生者をパーティに入れたいとは言っていたが、俺が今日転生したのは偶然のはずだ。俺が疑問を抱いていると、ナンドが言った。


「まさか本当に転生者が現れるとはな。ティムが『しばらくの間仕事を早めに切り上げて、夕方からは転生者が現れるのを期待して冒険者ギルドで待つ』って言い出した時はどうなるかと思ったぜ。こいつは頭はいいけど一度言い出すと聞かねえんだよ」


 なるほど。俺がそうであったように、転生者は今も現れ続けている。あれだけ大っぴらに契約をしていれば転生者特例措置については周知の事実だったに違いない。ティムはその契約に割り込み、転生者をパーティに入れるチャンスを伺っていたのだろう。


 それでも普通はほとんど有無を言わせずに契約されるものなのだろうが、バモンが親切心で手続きを省いたからティムが割り込む余地が生まれたに違いない。


「仕方ないじゃないか。転生者でもパーティに入れない限り、僕らがAランク冒険者まで成り上がることは難しいんだ」

「Aランク冒険者?」


 その言葉の響きから言わんとすることはなんとなくわかるが、ついオウム返しをした。


「ああ。僕らはこの近くにある村に住んでた。だけど僕は、冒険者の頂点、Aランク冒険者になると決めたんだ」


 話を聞いてみると、ティムたちの住んでいた村には、時々商人がやってきて、村の作物を買ったり王都の物を売ったりしていくのだという。その商人を通して、王都の文化が転生者によって急速に発展したという噂は届いていたらしい。


 だが、ティムが本格的に王都に憧れたのは、なんと眼鏡が原因だったという。

 ティムは元々軽めの近眼で、村での生活が少し大変だった。だがある日、王都で開発された眼鏡を商人から買っていたく感動したそうだ。


 つまりティムは、Aランク冒険者になりたいというよりは、文化の進んだ王都で有名になりたいのだろう。日本で言えば田舎から上京してくる若者みたいなものか。


 こうして王都に出ていく決意をしたティムだったが、流石に一人で村を出ようとは考えなかったらしい。冒険者としてやっていくなら、パーティメンバーが必要だからだ。


 だが、ティムについて来てくれたのはナンドだけだった。むしろ、村人たちは口を揃えて反対した。王都では転生者が中心の為政をしていて、普通の人間であるティムが成り上がるというのは夢物語でしかなかったのだ。


「むしろ、ナンドはどうしてティムについていこうと思ったんだ?」


 そこまで立ち入ったことを聞くのは良くないかもしれないが、やはり気になるので聞いてしまった。ナンドは気にした風もなく答えてくれた。


「俺は昔っからこいつとつるんできたんだよ。俺がこいつを助けてやらなきゃ誰がやるんだ? それに、こいつはやると言ったらやる奴だぜ。きっとAランク冒険者になってやるさ。お前も加わったことだしな。よく分かんねえけど、転生者ってのは強いんだろ?」

「正直、この世界に来てからほとんど戦ってないから強いかは分からないが、助けて貰った恩は返したいと思ってる」


 俺の最終的な目標は魔王を倒すことだ。だが、ティムたちのためにできることはしたかった。どのみち強くならねば魔王には勝てないだろうしな。転生者が現れ始めてから20年の間、魔王は倒されていないのだから。


 そこまで話すと、ちょうど食事が終わった。もう夜も遅いので、今日はティムたちの取った部屋に泊まり、明日から本格的にパーティ入りの話をすることに決まった。

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