冒険者ギルド
門を開けて貰った俺は、意気揚々と街に入っていった。しかし、困ったことに気が付き頭を抱えた。
「しまった。冒険者ギルドってどこだ……?」
近くの人に聞こうかとも考えたが、異世界であるオリフィスの習慣などわからない。道を聞けばお金を取られるのが当たり前かもしれないのだ。それなら、さっきの人の良さそうな門番に聞いてみた方が良いかもしれない。
俺は踵を返し、門番のもとへ戻ろうとした。するとなんと、こちらが近づく前に門が再び開き門番が出てきた。さらに、俺の背後から門番と似た出で立ちの兵士がやってくる。もしかして、ちょうど交代の時間だったのか?
「お、来たなラシード。代わってくれ。お前はさっきの転生者か?なんでまだここにいる?」
「いや、冒険者ギルドの場所がわからなくて戻ってきたんですよ」
俺が事情を説明すると、門番は驚いた顔をした。
「冒険者ギルドの場所がわからない?いや、無理もないか。ちょうど私の勤務時間は終わったところだし、案内してやろうか?」
「本当ですか?よろしくお願いします!」
門の前のやりとりで、俺が何も持っていないのは門番の目にも明らかだ。案内料を取る気ではなく、純粋な厚意だろう。ここはお世話になるしかない。
門番の案内を受けて、冒険者ギルドまで歩いていった。その途中に周りを眺めていたのだが、この街は驚くほど現代的だった。
特に驚いたのが、大きな時計塔が街の中央にそびえたっていて、そこには前世と変わらない文字盤が刻まれていたことだ。今は5時らしい。おそらく午後だろう。
いや、厳密に言えば針の先の数字がよく分からない文字になっていたから全く同じ時計とは言えないが、前世同様に12時間で一周する時計が使われていることが分かった。
俺としては、一の刻、二の刻とか呼ばれる時間分けがあって、刻一つごとが3時間くらいに相当する……というような、極めてアバウトなシステムが使われているものだと想像していた。
俺以外にもたくさんの転生者がいるのだから、そのうちの誰かが広めたのかもしれない。だが、だとすればその転生者は相当な力を持っているのだろうな。
時間に関するシステムなど、生半可なことでは変えられないはずだ。その変更を周りに納得させ周知するのは相当大変なはずだし、そもそもあんな巨大な時計塔まで立てているのだ。
しかも転生者には身寄りも記憶もない。そんな状況からそれだけの影響力を持てた奴なんているのだろうか?それとも、この世界では元々こういうシステムだったのか?
そんなことを考えているうちに、いつの間にか冒険者ギルドに着いていた。
「では私は帰るぞ」
「ありがとうございました!」
俺は門番にお礼を言って、冒険者ギルドへと入っていった。流石に空腹も限界だ。食事にありつきたい。
俺がギルドの扉を開けると、建て付けが悪いのかギィと大きめの音が鳴った。その音で周囲が一斉にこちらを見て、俺を品定めするような視線を向け、そして皆一様にぎょっとした表情を浮かべた。薄汚れたコックコートが異様に見えるらしい。
俺はなんとなく気まずい思いをしたが、そのうち意を決してカウンターへ向かった。順番待ちをしている人はいなかったので、そのまま受付嬢に話しかけてみる。緑髪をした女性で、少し年嵩に見える。有り体に言えばおばさんだ。
「すみません、門番の人にこの紹介状を貰ったのですが……」
「え?」
まさかみすぼらしい俺が紹介状など貰っているとは思わなかったのだろう、受付嬢は一瞬動揺を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「ああ、転生者特例措置ね。本当なら人を呼んで色々と手続きをしなければならないのだけれど、バモンはよくその過程を省くのよ。『身寄りもなく放り出されてきた奴を、何時間も手続きに付き合わせるのは可哀想だ』とか言ってね。困ったものだわ」
バモンというのはあのお人好しの門番のことだろう。力を示せば通すというのは甘いとは感じたが、本当に手続きを飛ばしていたのか。困ったものだと言いつつ、受付嬢の顔は全く困っていなさそうだ。
まあ、何かあった時に責任を取らされるのはバモンのはずだから、受付嬢からすると手間が省けた程度にしか思っていないに違いない。それはともかく、バモンが責任を問われないためにも、問題を起こさないように気をつけねば。
俺が決意を固めていると、受付嬢は何やら書類のようなものを出してきた。どうやらオリフィスでは文字が違うらしく、何が書いてあるのやらさっぱりわからない。
「それじゃあ手っ取り早く行くわね。ここにサインして頂戴」
困った。問題を起こさないと決意した以上、はいと頷いておくべきかもしれないが、内容のわからない契約書にサインなどしたくはない。
「あの、俺には内容が読めません。それにサインできるようなものを持っていないんですが」
「3日分の宿代を貸し付けて、色々とこの国の常識を教えると書いてあるだけよ。ウィンドルフでは転生者を保護しているの。ナイフを貸してあげるから、血を垂らしてくれれば契約はそれで完了よ」
血判状かよ! 怖すぎるだろう。とはいえ、転生者を保護しているというのはバモンも言っていたことだ。宿代を貸してくれるなら飯にもありつけるはずだし、常識を教えてもらえるのもありがたい。なにしろ今の俺は持っている鉄の硬貨やゴブリンの角の価値もわからないのだ。
「わかりました。ナイフを貸してください」
俺はこの提案を受けることにした。すると、タイミングを見計らっていたように話に割り込んでくる男がいた。地味な色合いの眼鏡をしていて、ちょっと背が低い。
「考え直さない?その契約はやめておいた方がいいと思うよ」
「え、なんだいきなり?」
俺は急に会話に割り込まれたことに面食らって、ついため口をきいた。
しかし相手は全く気にしていない風で続けた。まあ、よく考えたらそれはお互い様なのだが。
「さっきから聞いていたけど、転生者特例措置を受ける気なんだろう?借りた宿代には法外な利子がつくし、常識を教えるという名目で国の支配下に入れられるんだよ」
「え、転生者は保護されるんじゃないのか!?」
流石に驚いた。それが本当なら無茶苦茶すぎる。その男の言い草を聞いて、受付嬢は気色ばんだ。
「人聞きが悪いね!転生者ってのは一文なしな上に何も知らないんでしょう?保護されなきゃすぐにでも死ぬし、国の支配下に入ることの何が悪いのよ。あんたも、ここで放り出されていいわけ?」
受付嬢は俺に振ってきた。確かに今の俺は転生者特例措置にすがるしかない立場だが、受付嬢がはっきり否定しないところを見ると眼鏡の男の言い分はそう間違っていないらしい。転生者の弱みにつけ込まれるような真似をされるのは業腹だ。
俺が迷っていると、眼鏡の男はさらに言葉を重ねた。
「安心して欲しい。とりあえず今日の宿代くらいは僕が払うよ。だからその契約は蹴るべきだ。その契約を受けたら借りた宿代は3倍返しだぞ?」
「3倍返し!?」
それは流石に酷い。馬鹿にするにもほどがあるだろう。それなら眼鏡の男の提案に乗りたいが、一つだけ確認しなければならないことがある。
「それは酷いな。是非とも提案に乗りたいところだが、俺が転生者特例措置を蹴ったらあなたに何かメリットがあるのか?」
「条件を飲んで欲しいんだ。僕のパーティに入ってくれ。転生者は必ず特別な力を持っている。パーティに強力な助っ人が欲しかったんだよ」
「それだけか?俺としては願ってもない条件だな」
男の提案を聞いて、受付嬢は歯噛みした。
「それが目当てね…… あのね、冒険者なんていつ死ぬかわからない底辺職よ。国の元で働ける人間が選ぶような仕事じゃないわ」
「……いや、俺は契約をしないことに決めました」
もしかすると受付嬢の言うことはあながち間違っていないのかもしれない。だが、立場の弱さに付け込まれて、契約の内容も誤魔化されて、はいわかりましたと言いなりになりたくはなかった。
それに、ここは冒険者ギルドだ。その中でオブラートに包みもせずに「冒険者は底辺職」などと言い放つこの受付嬢自体に好感が持てない。
バモンの責任問題になる可能性は気になったが、彼の指示通り紹介状を持って冒険者ギルドまで来たのだからおそらく問題はないはずだ。俺はあくまで冒険者ギルドについてから契約の内容を聞き、それを蹴ったに過ぎない。
「はぁ……わがままを言っても無駄よ。そもそも、あなたは転生者特例措置でこの街に入ってきたのでしょ?なのに転生者特例措置を受けないなんてわけにはいかないわ」
「この街の門の通行料はたった小銅貨5枚だろ?僕が今から支払う。身分証だって今この場でギルドカードを作ればいいだろ?ギルドカードは誰にでも作れるものだ、無理とは言わせないよ」
眼鏡の男の言い分はかなり強引に思えた。制度的なことは分からないが、とっくに門を通っているのに、今から通行料と身分証を用意するというのは流石に無理がありそうだ。
「今更そんな言い分が通用するわけがないでしょう!?」
案の定受付嬢はその言い分を認めなかった。眼鏡の男と受付嬢の言い合いはヒートアップしていく。
「今更というなら、もう彼は門を通ってるんだからそれこそ今更じゃないか!」
パーティに転生者を入れたいという目的があるとはいえ、俺のために頑張ってくれているのにこんなことを言うのもなんだが、早く話をまとめて欲しい。そろそろ空腹も限界だ。
俺がヤキモキしていると、周りから柄の悪そうな冒険者が集まってきた。
「さっきから聞いてりゃあ偉そうに! 冒険者は底辺職とか言ったな! もっぺん言ってみろや!」
「そうだ! 坊主、でっけえ冒険者になって目にもの見せてやれ!」
余計に事態がややこしくなった。俺は頭を抱えたが、それを煩わしく感じたのは受付嬢も同じだったようだ。
「はぁ……もういいわ。もう時間も遅いし、面倒な思いしてまで契約したところで私になにか良いことがあるわけでもないし……あんたは普通にお金を払って門を通ったことにしなさい」
受付嬢は根負けしたようにそう宣言し、周りの冒険者たちは歓声を上げた。眼鏡の男も喜んで言った。
「やったね! さあ、早速ギルドカードを作ろう。それから宿で待たせてる仲間と合流したい」
「待ってくれ。実は昼間から何も食べてないんだ。悪いけど、まず飯をおごってくれないか?」
俺の切実な訴えに、眼鏡の男は破顔一笑して言った。
「それは大変だったね。この近くに安くて美味しい飯屋があるから、3人で行こう。そういえば聞きそびれたけど、名前は?」
そういえばお互い名前を聞いていなかったな。3人でということは、宿に待たせている仲間も誘うのだろう。
「ああ、俺は陸だ。よろしく。お前は?」
「リクか。僕はティム。宿に待たせてる仲間の名前はナンドだよ」
色々あったが、やっと飯にありつけそうだ。




