調査 1
リツコと一緒に誘拐事件について調べることにした俺は、まず依頼主の家に向かった。ギルドで聞いた依頼主の家は、街の外れにあるらしかった。
「失礼かもだけど、お金持ちが住むようなところじゃなくない?」
「確かにな……。こんな無茶な依頼を出せるなら、間違いなく金持ちだと思ったんだが」
ナイジャンという国の中でも比較的田舎な部類のエリアに住んでいるらしい。国の中心部にある冒険者ギルドからもなかなか遠い場所だ。
そのためそれなりに時間をかけて歩いて行くことになった。なので歩きながら雑談をしていたのだが、そのついでに今まで気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば話変わるけどさ、リツコには記憶があるんだったよな。俺のことを知ってたし。リツコってフルネームは何なんだ?」
なんだかんだフルネームを聞いていないし、なんなら漢字も聞いていない。俺が問いかけると、リツコはさびしそうな顔で答えた。
「えっ! ああ、忘れちゃったんだもんね……。私は片岡律子だよ。片岡は普通の片岡で、律子は法律の律に子供の子」
「ははは、普通の片岡って何だよ! わかるけどさ。ふーん、片岡律子か。誠実そうでいい名前だな。……どうした?」
急に律子が頬を緩ませたので、どういうことか尋ねてみた。
「べ、別に。ただ、初めて話した時も同じこと言ってくれたから……」
「ふーん……?」
「ほ、ほら、もう着いたよ」
そう言われて前を見やると、律子の言う通り依頼主の家に着いていた。なんだかあっという間に感じたな。
「でかいな……」
「凄いね……」
たどり着いた依頼人の家は、とんでもない豪邸だった。思わず2人で驚嘆の声を上げてしまったくらいだ。詳しいことは分からないが、とにかくでかい。
鉄製の仰々しい門を恐る恐る開けてみると、まず目に付いたのが巨大な庭だ。中央にやたらとでかい噴水を置いていて、その周りを囲むように生垣がある。
「すごい噴水だね。お金持ちはおっかねー……」
生垣も凍りつくのではないかと思えるほどの冷気が辺りを吹き抜けていった。やれやれ、そういうジョブを持っているだけではなく、リツコ自身ダジャレが好きらしいな。
「やめてくれ、いちいちダジャレを言われると身が持たない」
「てへへ、ごめんごめん」
それはともかく、石かレンガで出来たような床を通って豪邸に入っていくと、中も部屋がたくさんあって困った。
「広〜い。やっぱりお金持ちだったんだね。でも、執事さんとかが出迎えてくれるわけじゃないんだ」
「確かにな。これじゃ迷うな」
どうにかこうにか、大きそうな部屋を選んで入ってみると、この豪邸の主に出会えた。高そうな椅子にどっしりと腰掛けている。白いあごひげをたっぷりとたくわえているが、頭は寂しいというかスキンヘッドだ。
「何だね君たちは」
ジロリとにらみつけてくる爺さんにビビりながらも、なんとか言葉を返す。
「あー、俺たちは誘拐事件の依頼を受けた冒険者です。俺が陸で、隣の子が律子」
律子はすっかり怖気付いた様子だったが、なんとか「よろしくお願いします」と後に続いた。俺たちの言葉を聞くと、急に爺さんは態度を柔らかくして言った。
「おお、おお、そうであったか。ワシはキョウシャという。若いお兄さんに可愛らしいお嬢さんだね! 一刻も早くこの事件を解決してくれたまえ」
「わあっ、嬉しい〜」
俺は態度の変わりようにかえって警戒を強めたが、律子は可愛らしいと言われて満更でもないらしく、さっきビビっていたのが嘘のように明るくなった。
「孫もお嬢さんのように可愛いのだ。この家もな、孫が昔『おっきい家に住みたいの』と言ったから建てたのだぞ」
それは……とんでもない親馬鹿、いや、じじ馬鹿というかなんというか。
「お孫さん……。あの、さらわれてしまったんですよね。どんな子でしたか? 見た目とか」
律子が聞きづらそうに尋ねる。確かにまず必要なのは孫の情報だろう。
「ん? 孫はさらわれておらんよ。ただ、最近誘拐事件が多発していると聞いてな。孫がさらわれてからでは遅いじゃろう? だから、すぐにでも捕まえるなりなんなりして欲しいのだ」
「あれ、そうなんですか?」
ということは、まだ孫がさらわれてもいないうちからあれだけの報酬の依頼を出したということか。なんというか、凄いな。
しかし、そうなるとある意味調査のとっかかりに困るな。犯人像に心当たりがない以上、さらわれた人の情報や場所を元に調べるのが手っ取り早いはずだが、これなら他の被害者を探す必要がある。一旦律子と相談してみるか。
「律子」
「なぁに、陸くん」
「実際にさらわれた人の関係者と話してみたいんだが」
「あ、事情聴取って奴だね! 賛成!」
「それはちょっと違うと思うが……。まあ、そうするとして、どこで誰がさらわれたかわからないと話を聞きようがない」
日本で起きた事件ならさらわれた人間の場所など真っ先に記録されることだろうが、この世界でどこまで記録が作られているかわからない。
「普通に警吏さんに聞いてみたら? 全員に話を聞けるかは分からないけど、少なくとも『家族がいなくなった』って届け出をした人の記録は残ってるんじゃない?」
「確かに、そりゃそうか。ありがとう」
よし、そうと決まれば早速行こう。
「おじいちゃんありがとね! また来るね〜」
「ああ、待ちなさい。せっかくだから孫と話していったらどうだ? 今なら隣の部屋にいるぞ」
正直なところ、この人の孫にはあまり興味はない。何かあったらこの人に殺されかねないしな。しかし、嫌とも言いづらいな。俺が曖昧に笑っていると、律子が怪訝そうな顔をしていった。
「どうしたの? せっかくだから話していこうよ! どんな子なんだろうね?」
「ああ、そうしようか」
律子が乗り気ならいいか。俺たちは隣の部屋に向かった。部屋に入ると、確かに律子と同い年くらいの女性がいた。長くてサラサラな茶髪の人だ。あまり屋敷から出たことがないのか、肌はほとんど日焼けしておらず真っ白でとてもきれいだと感じる。
キョウシャさんの孫は入ってきた俺たちを見るなり、慌てて部屋の外に駆け出した。
「お爺さま! お爺さま! 屋敷に知らない人がいますの!」
「あっ! ……誤解されちゃったね」
正直めんどくさい事になったので帰りたい気持ちでいっぱいだが、このままにしておくわけにもいかない。
「まあ行き先はさっきの部屋だろう。戻るか」
「そうだね。可愛い子だったね」
さっきの部屋に戻ると、キョウシャさんが孫を慰めているところだった。
「大丈夫だよ、可愛いエイミーや。さっきの人が誘拐事件を解決してくれるからね」
「まあ、そうだったのですね、お爺さま」
「エイミーちゃんって言うんだね。私は律子って言うの。さっきは脅かしてごめんね?」
自然に会話に入っていける律子が羨ましい。正直なところ、俺は既にこの2人と上手くやっていける自信がない。
「はい、私はエイミーです。こちらこそ、いきなり逃げ出してごめんなさい」
「いえ、大丈夫です」
なんとなく微妙な空気になってしまったな。適当に話題を振ってみるか。
「あの、大きな家ですね。キョウシャさんが何か大きな商売とかされているんですか?」
「だ、大胆な質問するね……」
律子に呆れられてしまった。純粋な疑問だったのだが、よく考えたら「凄い金持ちそうだね、何か儲かってるの?」と聞いているのも同然だったか。
俺が密かに反省していると、キョウシャさんが言った。
「ああ……まあ、今は特に何もやっておらんのだが。まあ、一線を退いたのだ」
「お爺さまは昔すごかったのですよ」
気を悪くした様子はないが、どうにも言いにくい事があるようだ。結局何をやっていたのか濁している。
「へえ、凄い方なんですね」
俺は敢えて追求せず、エイミーに適当に相槌を打った。その後しばらくは微妙な空気が続いたが、そのうちエイミーが質問をしてきた。
「あの、お2人は冒険者なのですよね。何か特技とかあるのですか?」
「じゃあ、私がとっておきを見せてあげるね!」
律子が張り切った様子だ。エイミーは目を輝かせているが、この後どうなるか知っている俺はゲンナリした表情になった。
「ふとんがふっとんだ!」
室内であってもお構いなしにダジャレのブリザードが吹き荒れる。
「寒っ……」
まあ、笑わせるためではなくジョブの披露だろうな。そう思ったが、エイミーは意外にもおかしそうに笑った。
「あはははは、律子さんって面白い人なんですね」
どうやら、エイミーには面白かったらしい。まあ、ずっと屋敷にこもって生活していると、こんなくだらないダジャレにも触れる機会がなかったのかもしれないな。
何はともあれ、おかげで微妙な空気はすっかり霧散し、以降は和やかな雰囲気で雑談は進んだ。律子に感謝しなくてはいけないな。




