事件
それからしばらく経った。俺は残りの問題、すなわち「クラスアップができないこと」、「一騎討ちに特化しすぎていること」の2つを解決できずにいた。
まず、クラスアップできないことだが、これはやはりどうしようもないことだ。あれからもう一度神殿に行って話を聞いてみたが、やはり俺はクラスアップできないらしい。
つまり、俺はクラスアップによる劇的な強化を期待できず、いつまでも格闘家のままで戦わなければならないということだ。
ショコラさんはこれを「自分の体以外からの魔力を利用する」技術を身に付けることで克服した。俺もこの方向で考えるなら……「相手の力を利用し、そのまま返す」武術を身に付けることが解決策だろうか?
その方向性で行くと、合気道が思い付いた。しかし合気道はあくまで護身術だろう。俺はあまり詳しくないが、きっと俺が考えているほど都合の良いものではないはずだ。教わる相手も思いつかないし。
一騎討ちに特化しすぎていることについては、複数人を同時に相手にできれば良いわけだから、魔術師を鍛えるという手がある。魔術師なら、例えば火を放てばまとめて敵を攻撃できるはずだ。
だが、格闘家で強くなれていないのに魔術師まで育てたら中途半端になるだけだ。この案も見送るしかないか。
結局、俺の考えはなかなか纏まらず、ひとまず冒険者ランクや格闘家のレベルを上げるために依頼を受けたり、日々トレーニングを積んだりしていた。
*
そんなある日のこと。いつものように冒険者ギルドで依頼を探していると、おかしな依頼を見つけた。
「連続誘拐事件の解決。ランク不問、成功報酬小金貨3枚!?」
驚いた。小金貨3枚の依頼などまずないし、あったとしても普通は高ランクの冒険者限定の依頼になるだろう。実力が低い者が受注したらどうするのか。
「いや、なるほど。複数パーティの同時受注可か……」
通常、1つの依頼に対して2パーティ以上が同時に受注できることはない。しかし、この依頼は何パーティでも一度に受注でき、依頼を成功させた1パーティのみが報酬を得られるという形式だ。
「しかし、わざわざこの形式にするとは……」
一見すると、複数パーティに参加させて成功報酬は1パーティ分なのだからお得な依頼に思えるかもしれない。しかし、この方式が主流でないのには理由がある。トラブルが起きやすいのだ。
複数のパーティが「自分たちがこの依頼を達成した」と言ってきた場合、事実確認は非常に面倒なことになる。そうなったらギルドを間に挟んだ話し合いになるが、場合によってはその全てに成功報酬を支払う羽目になることもあるのだ。
わざわざそんな形式を選ぶことに、この依頼主の「本気」が垣間見えた。しかも、この形式では違約金を設定できない。
依頼を受けたのに他の受注者に先に解決され、違約金を支払わされるというのは問題があるため、この形式での違約金設定は禁止されているのだ。ランク不問でそれでは、一攫千金を狙った低ランク冒険者も殺到するだろう。
美味しすぎる話には裏があるのが世の常だ。しかし、これはいくらなんでも話が美味すぎて、嘘をつくならもう少しマシな嘘をつくだろうと思える。これではお金がない低ランク冒険者ばかりが集まり、騙すには効率が良くないだろう。
誘拐事件というからには、依頼者の家族がさらわれたのかもしれないな。違約金もないわけだし、試しに話を聞いてみてもいいか。俺はこの依頼を受けることにした。
しかし、受注カウンターに行こうとして困った。やはりこの依頼に人が集まっているらしく、受注カウンターには長蛇の列ができていたのだ。
仕方なく列に並んでいると、カウンターで揉めているのが聞こえてきた。
「なんでダメなんだよ!?」
「申し訳ありませんが、Fランク以下は依頼を受注できません」
「ランク不問なんじゃねーのかよ!」
「その、そういう慣習となっておりますので……」
確かにFランク以下は常設以外の依頼を受注できない。しかしそれは駆け出し扱いであるFランク以下に受けられる依頼が出ることはないというだけだ。
「なにが慣習だよ! そんなルールないだろ! 俺はこの依頼を成功させて金持ちになんだよ!」
事実、Eランクの冒険者と一緒にFランクの冒険者が依頼を受注するケースは稀にある。つまり、あくまで慣習は慣習にすぎないので、そういう意味では騒いでいる男にも一理あるが、どうもその言い分は通らなさそうだ。
「その辺にしてもらおうか?」
そう言いながらギルドの奥から強面のおじさんが出てきた。どうやらこういう時に睨みをきかせる人がいるらしい。ウィンドルフでも俺と揉めた酔っ払いを連行して行った人がいたな。あの人はギルドマスターだったから、もしかするとこの人も偉い人かもしれない。
「なんだと! 俺の何が間違……ひっ!」
なおもその男は文句を言おうとしたが、おっさんの鋭い眼光に当てられ、すごすごと引き下がってしまった。
「ったく……列に並んでる残りの奴らも、Fランク以下は誘拐事件の依頼目当てならさっさと抜けな! お前らに勝手を許したら大変なことになるだろうが」
しかし、それでも納得がいかなかったのか、前に出て発言する者がいた。
「どうしてですか?」
すると眼光の鋭いおっさんは、困ったような顔をしながらも説明を始めた。
「説明しなきゃわからんか? この依頼は向こうの意向でランク不問となっちゃあいるが、生活の苦しいFランクが本腰を入れて調査するのは無理があるだろう」
現実的な話をされて、Fランク以下の冒険者たちの勢いが弱まった。少し冷静になったらしい。それを確認すると、おっさんは続けた。
「それにな、お前らFランクもギルドにとっては貴重な人材なんだよ。実際、お前らの納品するホーンラビットなんかが人の生活を支えてんだ。もちろん、Gランクの雑用仕事もだ。分かってくれ」
なるほど、そんなものなのか。騒いでいたFランク以下の冒険者たちは、自分たちを持ち上げる形で説得されたこともあってか納得したらしく、徐々に混乱は収まっていった。さすがだな。
もちろん、俺を始めとしたEランク以上の冒険者たちは列に残ったので依然行列はあったが、大きく列は減っていた。列に並んでいた大半が、生活が苦しく一攫千金を狙ったFランク以下だったらしい。
そのおかげもあり、しばらくしてようやく順番が回ってきた。Eランクでこの依頼を受注しようとする俺に、受付の人は苦い顔をしたが受け付けてはもらえた。あくまでランク不問の依頼である以上、慣習を持ち出してFランク以下を拒否するのが精一杯なのだろう。
さて。とりあえず依頼を受けてみたが、どこから調査を始めようか。
まあ普通に考えたらまずは依頼人に話を聞くことから始めるべきなのだろうが、俺は敢えてショコラさんに相談してみることにした。「誘拐事件」と言われても、この世界に来てからまだ数ヶ月程度の俺には知識が少ない。
ましてナイジャンに来てから1ヶ月ちょっとしか経っていないのだから、このあたりに詳しいであろうショコラさんに相談するべきだと考えたのだ。例えば、この街には盗賊ギルドが密かにあり、その仕業に違いない……とか、そういうこともありうる。
*
そういうわけで、俺は例の室内グラウンドに向かった。ショコラさんとリツコがいた。俺はとりあえずショコラさんに経緯を話した。
「そりゃまた、怪しい依頼を受けたねぇ……。まあ、あんたの言う通り騙すならもっとマシな方法があるから、依頼主の子どもあたりがさらわれて暴走してるってところか。そんな依頼を出したらギルドが混乱するだろうに。それで、なんであたしのところに?」
「俺よりもこの辺に住んで長いショコラさんなら何かわかるかと思いまして。ほら、盗賊ギルドがこの辺にあって、その仕業とか」
俺が説明すると、ショコラさんはおかしそうに笑った。
「盗賊ギルドって……おかしなことを考えるねぇ。そんなものはないよ。少なくともあたしの知る限りではね」
「盗賊ギルドないんですか。それじゃあ、誰がそんなことを?」
あてが外れてしまった。何の目星もつけずに調べるのは難しいな。
「誰って、そうねぇ……。そんな依頼を出せるなら依頼主は余程の金持ちだろ。金目当てじゃないのかね?」
「確かに……。でもこんな依頼を出すってことは身代金の要求は多分来てないんですよね」
俺たちが頭を悩ませていると、リツコが会話に入ってきた。
「何の話〜?」
「いや、それがな……」
俺が事情を説明すると、リツコは目を輝かせた。
「何それ! 面白そう! 陸くん、あたしもこの事件一緒に調べていいかな?」
面白そうって、仮にも人が誘拐されてるのにノリが軽いな……。まあ、手伝ってくれるならありがたい。
「わかった。助かるよ、よろしく」
「やったー! 頑張ろうね!」
こうして俺は、リツコと一緒にこの事件を調べることになった。よし、最初は依頼人に話を聞くところからだな。




