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力を示せ

 ゴブリンを退けたものの、いよいよ空腹を感じ始めた俺は、この場で食べ物を得る方法を考えてみた。『リンブラ』には、姫でありながらガーデニングが趣味で、日がな一日庭いじりばかりしているという設定のキャラクターである庭姫がいた。


 庭姫には、どこからともなく生成した野菜を飛び道具として投げつけるという必殺技がある。この野菜を食べることはできないだろうか。


 服装から言っても今の俺はボリオンの能力が使えるようだが、キャラクターを切り替えられるなら庭姫の能力が使えてもおかしくはない。

 やり方は分からないが、神は「能力は使おうとすれば使える」と言っていたはずだ。俺は、「キャラクターを変えたい」と念じてみた。


 《Choose!》


 俺が念じてみると、たちまち頭の中に声が響いた。『リンブラ』でキャラクターを選択する時に流れるボイスだ。それと同時に、慣れ親しんだキャラクター選択画面が脳裏に浮かぶ。しかし、そこに表示されたキャラクターはたった一人、ボリオンだけだった。


「神が言っていた、『能力に制限がかかっている』ってのはそういうことか……厳しいな」


 これでは庭姫の必殺技で食料を確保することはできない。それどころか、今の俺はボリオンの能力しか使えないと証明されてしまった。まあ、キャラ選択画面を呼び出せるということは、他のキャラもいずれは使えるようになるのだろうが……。


 というか、ボリオンもコックなら料理くらいできて欲しいものである。フライ返しで飛び道具を跳ね返すというふざけた技がある以外、ボリオンにコックらしい能力がないことが恨めしい。


 俺が諦めて再び歩き始めると、道のようなものが見えてきた。石だらけでとてもきちんと舗装されているとは言えない道だが、とにかくこれに沿って歩けば街なり村なりにつくことだろう。


 *


 それからしばらく歩き、いよいよ俺が餓死を覚悟し始めた頃になってようやく街のようなものが見えてきた。かなり大きい街に見える。なにしろどでかい門があるのだ。街どころか都市と呼ぶべきではないだろうか?


 今の俺はゴブリンの落とした角と鉄の硬貨1枚しか持っていないという有様だが、どうにかして食べ物と水を得なくてはならない。


 そんなことを考えながら門に近づくと、鉄製の鎧をまとい槍を装備した、いかにも兵士という感じの人に呼び止められた。門番だろう。


「なんだ、貴様は? おかしな服を着ているな……まあいい、身分証はあるか?」


 言われてみれば、今の俺はコックコート姿だ。およそ屋外を出歩く服装ではないし、草原を歩いてきたので薄汚れている。仮にコックコートを目にしたことがあっても奇異に映ることだろう。その上身分証を求められてしまった。ここで追い返されてしまえば確実に行き倒れる。どうすればいい!?


「その、身分証どころか身寄りもなくて……」

「それでどうしてここまでやってきたのだ?」

「よく覚えていないというか……」


 説明のしようがない。俺がおろおろしていると、門番はしばらく悩んだあとで、はたと思いついたように言った。


「そうか! お前、転生者だな?」

「え!?」


 なぜ転生者だと分かった!? 咄嗟にそれを肯定するのは怖く感じたものの、そんなこと知らないと突っぱねては放り出されるだけだろう。曖昧に肯定するしかないか……?


「その、ええ、まあ……」

「やはりか! たまにいるのだ。転生者を名乗る、力は強いが身寄りのない奴がな。我が国ウィンドルフでは転生者を保護することになっている」


 どうやら、俺の他にも転生者はたくさんいたらしい。それどころか、国を挙げて保護されているのか?それなら俺は助かるかもしれない!


「そ、そうです! 俺は転生者なんです! 何もわからないままここへ歩いてきて、腹ペコで喉も乾いているんです。俺に食事と水を分けてください」


 俺は必死に頼み込んだ。しかし、門番は困った顔をした。


「うむ……まあ、荷物もなしに歩いてきたようであるしな……だが、すまないがまず力を示して欲しい。転生者のふりをして他国の間者が入り込むこともあるのだ」

「うう、わかりました」


 腹ペコの俺にまだ運動をさせるというのか。そう思ったが、確かに身寄りのない人間のふりをすることは難しくなさそうだ。


 むしろ、力を示せれば転生者であるという判定も甘すぎるような気すらしてくる。いや、実際、本当ならもっと面倒な手順を踏むものなのかもしれない。行き倒れ寸前の俺が哀れだ、と顔に書いてある。


 とりあえず、門番に危害を加えずに力を示すなら……これだろうか?

 俺は、格闘ゲームで最もよくあるコマンド、236+Pを思い浮かべてみた。この数字はパソコンのテンキーの配置になぞらえた表記で、要するに下、右下、右、パンチというコマンドだ。


「丸焦げにしてやるぜ!」


 すると、俺は特に意識していなかったにもかかわらず、突然右手を前に突き出し、道に向かって燃え盛る岩を放った。ボリオンの必殺技の一つ、ボルケーノショットだ。


 しかも、特に真似しようという気もないのにボリオンと同じ台詞を言ってしまった。ダブルスレッジハンマーの時も思ったが、俺はボリオンの能力で戦おうとすると同じような動作をしたり、同じ台詞を言ってしまうらしい。


「どうですか? 力を示しました」


 流石にテンションが上がってしまい、俺は空腹も忘れてドヤ顔をした。何しろ、大好きな格闘ゲームの技を実際に出せたのだ。


 ゴブリンに繰り出したダブルスレッジハンマーは必殺技ではないし、必死だったからそれどころではなかったが、ボルケーノショットを撃てれば感動もひとしおだ。


 転生した先が火を放てば火事になりそうな草原で、道に着いたときにはすでに腹ペコという状況でなければすぐにでも試し打ちしていたかもしれない。


 しかし、俺のドヤ顔とは対照的に、門番は渋い顔をした。


「うーむ……それでは弱いな。火の玉ではなく燃える岩というのは少し珍しいが、魔術師なら似たようなことは簡単にできる。転生者とは断定できない。すまないな」


 今のボルケーノショットでは不十分らしい。だがまだ考えはある。試し撃ちをしてみて思ったが、今の俺は実際にコントローラーで操作をしているわけではない。つまり、ゲームではできないことだってできるはずだ。


「分かりました。ではこれでどうでしょう」


 俺はそう言うと、両手を交互に突き出して大量のボルケーノショットを放った!


「丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸焦げにしてやるぜ!」


 からくりは簡単だ。一度にたくさんのコマンドを入力するイメージをしてみたのである。


 このコマンド、通称波動コマンドは格闘ゲームの基本。目をつむっても波動コマンドが撃てるくらい練習してきた俺にとって、それくらいのことは造作もなかった。


 連続でボルケーノショットを撃ったせいで台詞がめちゃくちゃになってしまったが、まあそれはいいだろう。


「………………」


 門番は口をあんぐりと開けた。まさか、これは一度言ってみたかったあの台詞を言うチャンスであろうか!?


「俺、何かおかしなことしちゃいましたか?」

「は? 何をわけのわからないことを言っている。お前が必死な顔で食料を分けろと頼んできたから親身になってやったのに、急に元気になって丸丸……なんだったか、大声ではしゃいでいるから心配して損した、と呆れているのだ!」


 う。それを言われると弱い。どうも、俺は生前よりも格闘ゲームへのこだわりが強くなってしまっているようだ。


 記憶を失っているから、格闘ゲームへの愛しか拠り所が残っていないのかもしれない。


 まあ、「丸焦げにしてやるぜ!」という台詞は俺の意志ではないが、それを抜きにしてもはしゃいでいたのは事実だ。


「まあいい。もう少しだけ力を示せ。今のができる魔術師は流石に多くはないだろう。あと一押しといったところだ」

「分かりました。では今から俺の防御力の高さを見せるので、俺にその槍で攻撃してみてください。できれば大振りな攻撃をしてくれるとありがたいです」


 まだ力を示し切れていないようなので、最後にガードを見せることにした。大振りな攻撃を要求したのは、万が一にもガードに失敗したら怖いからだ。


「む、大丈夫なのか? お前は魔術師なのであろう?」

「そういうわけではありません。どうぞ」

「分かった。ならばお前の腹に向かって遅めに突きを繰り出すから、守ってみろ」


 何だかんだこの門番は優しいらしい。わざわざ攻撃先を教えてくれた。俺は腹の前で両腕をクロスさせて守りを固めた。そういえばガードのモーションはボリオンと同じにはならないんだな、などと考えていると、門番が突きを繰り出してきた。


「とうっ!」


 遅めと言われていたものの、俺からすればかなり速く見えた。あらかじめ守っていなければ防げなかっただろう。

 しかし、攻撃は無事にガードでき、かきん、というガード音だけが残った。


「なるほど。手加減したとはいえ、腕で防いだだけで槍の攻撃を無傷か……いいだろう。お前を転生者と認め、転生者特例措置として無料で街に入れる。それでいいな?身分証と通行料を払って入ることはできないのだろう?」


 その言い方だとわざわざお金を払う選択もあるということか? 転生者特例措置を適用されると何か悪いことでもあるのだろうか? まあ、今の俺はそれにすがるしかない。


「ありがとうございます。それでお願いします。あと、さっきはせっかく親切にして頂いたのにすみませんでした」

「もういい。それよりも、街に入ったらまず冒険者ギルドに向かい、この紹介状を見せろ。後の話はギルドで聞けるはずだ。食事もギルドで相談してくれ。あまり衰弱しているようなら何か考えたが、その様子ではギルドまで歩くくらいできるだろう」


 そう言ってニヤリと笑うと、門番は紹介状を俺に渡してくれた。いつの間に書いたのだろうか?

 そして門がゴゴゴゴと音を立てて開く。通っていいようだ。


「ありがとうございました!」


 俺はお礼を言って、街に入った。早く飯が食いたい。

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