アビリティ・バイヤー6
店を出るミレンズを見送ると、アティカとカルチェは事務所へ戻った。
「お姉ちゃん、あれでいいのでふか? このままだと、多くの人が嫌な経験を押し付けられるでふよ?」
声を掛けるカルチェをよそに、アティカはソファに座り込む。
「……私だって死にたくないし、仕方ないわよ」
「気持ちは分かるでふが、まだ時間はあったし、他にもやり方があったはずでふ」
「まったく、最低ね。いくらあいつが悪人だからって、まさかあんなひどいことをしてしまうなんて」
「そうそう、いくら悪人でもそこまでやるなんて……え?」
カルチェはアティカの言葉に耳を疑った。ぽかんとしていると、アティカが一枚の紙をカルチェに見せた。
「えっと、これは、さっきの契約書の一部でふよね……え、『契約2』? あの契約は『負の経験』と寿命のやりとりっていう1件の契約じゃなかったでふか?」
「ええ、多分彼もそう思ったでしょうね。でも、実際の取引は2件に分かれていたのよ。ほら、そこに書いてある、『交換する経験・能力および寿命』っていうところを読んでみなさい」
「ん、どれどれ……ああっ!」
カルチェが驚きの声をあげると、アティカは突然大笑いをし始めた。
「気づいた? 確かに『契約2』の方は『負の経験』と寿命100年の交換だけど、『契約1』は『負の経験』と『アビリティ・バイヤーの経験』の交換の契約になっているのよ」
すると、アティカは先ほど回収した契約書すべてをテーブルに置いた。
「えーっと、ということは、あのミレンズとかいう男から、アビリティ・バイヤーをやっていた経験を奪ったってことでふか?」
「奪った、という言い方は正しくないわね。負の経験と交換したのよ」
アティカは契約書を1枚ずつめくりながら説明を続ける。
「今回取引した『負の経験』は300件以上あって、契約書は30ページになったのよね。だから、わざと契約を2つに分けて、『契約1』の最後までと、『契約2』の最初が載っている15ページ目を抜き取ったのよ。そうすると、『負の経験』と『寿命100年』の取引の内容がずらっと並んだ、一つの契約に見えるわけよ。相手も契約が2つに分かれているなんて知るはずもないし、30枚も29枚も同じに見えるわよね。普段契約書1枚で済ませていたら、気が付かないと思うわ」
「はぁ……あくどいことを考えるものでふね」
カルチェは説明を聞きながら、じっと契約書を眺める。抜き取られた部分をつなげても、まったく不自然に見えなかった。
「彼自身、言ってたじゃない。契約書をきちんと確認しない方が悪いんだって。契約書の枚数なんて、シュプロイアーさんみたいに確認するのが当然でしょ。1ページ抜けているっていうヒントもあったわけだし、気が付いたらきちんと対応させていただこうと思ったんだけどねぇ」
「……お姉ちゃんは、あのミレンズって男並に悪い奴でふね」
カルチェは感心しながら呆れていたが、契約書を最後まで読んでふと気が付いたことがあった。
「あ、でも、契約にはクーリング・オフが定められているでふ。もし契約解除になったら……」
「大丈夫じゃない? アクティブ・バイヤーの経験っていうのは、『利用した経験』も入っているから、私たちのこともすっかり忘れているわよ。そもそもヤバい大量の『負の経験』のせいでそれどころじゃないだろうし、まあせいぜい大量に手に入れた寿命資産とやらで延々苦しみながら生きていけばいいんじゃない?」
淡々と説明するアティカの顔は、まるで子供が動物をいたぶるのを楽しんでいるかのうようだ。カルチェはミレンズの立場を考えるだけで、背筋が凍りつくように感じた。
「1000年以上……って言っていたでふか。完全に自殺ものでふよ」
「自殺もさせないわよ。『負の経験』の中には『死が恐ろしくて悩む』っていうのも混ざってるから。死にたいけど死が怖いっていう自己矛盾で、1000年以上生きられることも忘れて、悩み続けるんじゃないかしら?」
「あの……お姉ちゃんは悪魔でふか? もはやあの人に同情するでふよ」
「仕方ないじゃない。彼が望んだ契約なのだから」
アティカは残っていたサンドイッチに手を伸ばし、一口かじる。時間が経ってしまっていたからか、思わず「なんかおいしくない」と口にしてしまった。
「……カルチェ、能力っていうのは、どうしても育った環境でどんなものが身に着くか左右されるものなの。本当はやりたいことがあって、それに必要な能力が手に入らないことだってあるわ。私たちは、そういう人たちのためにあるべきだと思うの。その能力や経験を悪用しようとすれば、それ自身に足をすくわれるものよ」
「確かにそうなったでふが、お姉ちゃん、急にいいこと言いだすと気持ち悪いでふよ」
テーブルの席に着いたカルチェは、冷めた紅茶を飲みながらつぶやいた。
「さて、お腹もいっぱいになったし、パチンコにでも行って気分転換と金稼ぎよ!」
サンドイッチをたいらげたアティカは、すぐさま出かける準備を始めようとした。しかし、カルチェがそれを止める。
「お姉ちゃん、今からじゃ間に合わないでふ。多分どこも閉まっているでふよ」
「え? う、うそ、もうこんな時間!? そんなぁ……」
窓を覗けば、辺りはすっかり暗くなっている。時刻はもう十時過ぎ、今から行っても間に合わないだろう。
「ああもう、今日はせっかく焼き肉気分だったのに! あのクソ男、今度会ったら酷い目に遭わせてやるんだから!」
「既に酷い目に遭わせているのに追い打ちを掛けてどうするんでふか。もう今日はお風呂に入って寝るでふよ」
「ああもうイライラする! ギャンブル! ギャンブルさせろ!」
「もうお姉ちゃんのギャンブル中毒にはついて行けないでふ。先にお湯もらうでふよ」
アティカが頭を掻きむしって叫び続ける中、カルチェは食器を片付けて風呂場に向かった。
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人は能力に差があって不公平だ。
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<アビリティ・バイヤー おわり>




