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アビリティ・バイヤー5

「あの、今日は閉店なんですけど……」


 入口のドアを開けると、一人の男性が立っていた。年齢は四十代から五十代だろうか。この時期に合わない茶色のコートで全身を覆っており、同じくこげ茶色の帽子を深々とかぶっている。


「これはこれは、閉店後にすみません。わたくし、あなた方と同じアビリティ・バイヤーでして、お話したいことがあるのです」

「お話ですか……そうですね、立ち話もなんですから、とりあえず中に入っていただけるかしら?」


 アティカがそう言うと、男性は「失礼して」と店の中へ入った。その様子を見ていたカルチェはすぐさま紅茶を淹れてテーブルに持って来る。

 テーブルに着いた男性は、出された紅茶を手に取り、まずは香りを楽しんだ。


「ほぉ、良い香りですな。専門店で仕入れたものですかな?」

「デパートで買ってきたものですよ。そんなに大したものではありません」


 そう言いながら、アティカは男性の向かい側に座る。手元にパンフレットなどは無い。


「それで、お話というのは……」

「おっと、失礼。わたくし、こういうものでして」


 そう言うと、男性は名刺を一枚手渡した。


「エベネーズ商会のミレンズさん……ですか」

「わたくしも、能力や経験を買い取り、販売している者です。それで、今日は商談に参りまして」

「商談……ですか?」

「ええ」


 そう言うと、ミレンズは持っていたカップをソーサーに乗せ、手を組んでテーブルに肘をついた。


「わたくしが探しているのは、『負の経験』です。欲しがる人間はほとんどおらず、かといって処分のためには寿命が必要。そんな困ったものを買い取りたいと思いましてね」


 ミレンズはクククと笑いながら、紅茶を口にする。アティカは言っていることの意味が分からず、腕を組んで首を傾げた。


「どうしてそんなものを? 何か悪いことでも企んでいるのですか?」

「とんでもない。わたくしは、ただあなた方がお困りではないかと思い、このような商談を持ちかけたのです」

「はぁ……」

「あなた方は不要な『負の経験』を処分でき、わたくしは必要な商材を手に入れる。非常に良い取引だと思いますが……」


 アティカは腕を組んだまま、ミレンズの商談内容について考えた。確かに「負の経験」を全て引き取ってくれるなら、こんなにいい話は無い。しかし、相手に取って何の得があるのかが分からない。そもそも、「負の経験」なんて、処分以外にほとんど使い道がないのだ。


「寿命100年でどうでしょう? こんなにいい話はないかと……」

「お姉ちゃん、その話、乗ってはダメでふよ」


 ミレンズが話を進めようとすると、事務所からカルチェが慌てて飛び出してきた。


「カルチェ、一体どういうこと?」

「エベネーズ商会、どこかで聞いたことがあると思ったら、悪徳アビリティ・バイヤーだったでふよ」

「へ?」


 カルチェは口をとがらせ、かなり不機嫌な様子でアティカの隣に座った。普段はそんなに表情の変化を見せないカルチェにしては珍しい。


「能力を求める人に、役に立たない経験や『負の経験』を押し付け、自分は大量の寿命を得るという、とんでもないバイヤーなのでふ」

「はぁ? そんなの許されるわけないでしょ。そもそもアビリティ・バイヤーって、国の公認の職業でしょ?」


 アティカは思わず立ち上がって怒鳴ってしまった。二人のやりとりを聞いていたミレンズは、クククと笑いながら紅茶を飲み干す。


「おや、ご存じでしたか。ええ、私は闇のアビリティ・バイヤーとでも言いましょうか、無許可で能力や経験のやりとりをおこなっております」

「国から許可を得ないのに、どうやって商売をやるのでふか? そもそも機械が無ければやりとりはできないはずでふが……」

「機械自体は、他のバイヤーから購入するのはたやすいことでした。借金を抱えていたバイヤーに大金を積んだら、あっさり手放してくれましてね。それで、わたくしは能力や経験のやりとりができるというわけですよ」

「はぁ……これだから国のやることは……機械の譲渡防止くらいしてほしいものでふ」


 カルチェは今の管理体制にあきれてため息が出た。こんなでたらめな職業を認めているのに、管理体制はしっかりしているのだかしていないのだかよくわからない。犯罪行為や犯罪まがいのことを考える人も当然出てくるだろう。


「大体騙すって言っても、契約書があるから簡単には行かないはずだけど?」

「ええ、そうですね。しかし切羽詰まった人間を騙すのは楽なものでね。ろくに契約書を読まずにサインをしていくのですよ。例えば、交換する能力や経験が逆になっていても、気が付かないわけですよ。おかげさまで、寿命資産は1000年以上となりました。もっとも、気が付いた人には、きちんと対応させていただいております」


 ミレンズは何が楽しいのか、クククと笑うのを止めない。


「……騙された人はどうなると思ってるでふか」

「考えれば分かることです。多くの辛い経験をした人間は、それこそ明日にでも死にかねない方ばかり。そんな辛い経験が倍になったとしたら……」

「……まったく、酷いことをするでふね。人の命を何だと思っているでふか!」


 激昂するカルチェの隣で、アティカはぼそりと「姉を殺そうとする奴の言うことじゃないけどね」とつぶやく。しかし、そんなことは気にしていないようだ。


「契約書をきちんと確認しない方が悪いのですよ。わたくしは、きちんと手順に沿って手続きを行っていますからね。ところで、あなた方は、多くの『負の経験』を抱えていらっしゃると聞きます。このままでは、『倒産』してしまうのではないですか?」


 ミレンズの話を聞き、カルチェは思わず息を飲む。


「なるほど、つまりはこうやって、『負の経験』が集まっているバイヤーを調べて、『商材』になる『負の経験』を集めて回っているというわけでふね?」

「そういうことです。さて、どうします? 別にわたくしは、ここで買い取らずとも、他を当たればよいだけの話ですが……」


 カルチェとミレンズの話を聞き、アティカは椅子に座って考え込む。カルチェは「やっぱりやめた方がいいでふ」と言い続けるが、アティカに拒否する様子は見えない。


 しばらく沈黙の時間が続き、しびれを切らしたミレンズは「なるほど、そういうことなら」と立ち上がろうとした。その時だった。


「……分かりました。お受けいたしましょう。寿命100年ですね。個人識別カードをお願いします」


 アティカがミレンズに待ったを掛けるように言った。それを聞き、ミレンズは待ってましたとばかりに持っていたカバンから個人識別カードを取り出した。


「え、ちょ、お姉ちゃん?」

「仕方ないわよ。このままじゃ、私たちが死んでしまうんだから。辛い経験を受け取る人には悪いけど」

「そんな……」


 引き留めようとするカルチェをよそに、アティカはミレンズの個人識別カードを受け取り、機械に向かう。


「さすが、お姉さんの方は賢くて助かります。あ、さすがに今一気に『負の経験』を引き受けてしまうと、私とてきついですから、取引成立は私が帰り着く頃……三十分後になるよう、設定しておいてください」


 ミレンズに言われ、アティカは頷く。機械の操作を終えると、契約書の印刷が始まった。契約する経験の量が多いためか、何枚にもわたって印刷されている。

 ようやく印刷が終わり、契約書をまとめると、それをミレンズに手渡す。


「こちらが契約書です。お渡しする『負の経験』の内容は……数が多いのでご確認ください。買い取り寿命は100年、この契約が完了した三十分後に交換引き渡しとなります」

「おお、これは素晴らしい量の経験だ。あ、不正があると困りますので、きっちり確認させていただきますよ。契約書はきちんと確認しなければ……ククク……」


 そう言って、ミレンズは契約書の一枚一枚、一言一句漏らさずに目を通す。流石に枚数が多いせいか、全部読み終えるのに十分以上はかかった。その間に、紅茶のお替わりを三回はしている。


「……ふむ、不備はなさそうですな。確かに支払いの寿命は100年、それに最後の免責事項も、特にこちらに不利になるようなことは書いていないし、大丈夫ですな」


 そう言うと、ミレンズはサインをし、契約書をアティカに渡した。

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