アビリティ・バイヤー4
「あーもう、せっかく競馬で大勝する予定が台無しじゃない!」
カルチェが片付けた食器を洗っていると、閉店の作業から戻ってきたアティカがぶつぶつと文句を言いながら事務所に入ってきた。
「閉店してから行けばいいじゃないでふか。お客さんが来たからって、どうして止めたのでふか?」
「そりゃ、ギャンブルの才能がそう叫んでいるからよ。今行っても勝ち目はない、とね」
「はぁ……それでギャンブルで勝てるなら、えらい便利な能力でふね」
外食が中止になったため、カルチェは冷蔵庫から適当な食材を取り出し、調理を始めた。アティカは着替え終わって事務所のソファでふてくされた。
適当にテレビのチャンネルを変えながら「面白い番組ないわねぇ」などと言っていると、料理を終えたカルチェがサンドイッチと紅茶を持って戻ってきた。
「しかし、今日も『負の経験』の買い取りだったでふね。ちょっとこのままじゃまずいんじゃないでふか」
「うっ……それはそうなんだけど……ほら、ちゃんと手数料取ってるし……」
「それはそうでふが、他の買い取りも多すぎて、このままじゃ採算が取れないでふよ」
「いやいや、今日だってもう三人お客さんが来たわけだし、まだまだ安泰でしょ」
「ほほぅ、随分な自信でふね」
心配するカルチェをよそん、アティカはテーブルに置かれたサンドイッチに伸ばす。
「ところで、これを見てほしいのでふが……」
紅茶を淹れた後、カルチェは作業をしていた机から、一冊の資料を持ってきた。アティカがサンドイッチを片手に持ったままその資料に目を通すと、徐々に顔色が悪くなっていく。
「いや……えっと……あの……これは?」
「見てわかる通り、これだけ『負の経験』があるのでふよ。処分に寿命何年必要なんでふかね?」
「いやいや、さすがにこれは間違えでしょ。私こんなに買い取った覚えは……」
「一人分の量がすごいんでふよ。お姉ちゃんは人の『負の経験』を甘く見すぎでふ」
ティーカップに紅茶を二人分注ぎ、カルチェはその一つを手に取る。一口飲んだところで、ふぅ、とため息をついた。
「……で、それの処分期限が今月いっぱいなのでふよ。処分するためにはうちらの寿命が必要でふ。さらに言うと、先月買い取った分は再来月までに処分が必要なのでふ。ちなみに、処分費用になる寿命も、買い取りで結構使ってしまっているでふね。さて、今の資産で『負の経験』を処分すると……どうなるかわかるでふよね?」
「……いかん……このままでは倒産してしまう……」
「倒産で済む話ではないんでふが……」
この店で言う「資産」とは、姉妹の寿命だ。寿命のやりとりで商売をしている以上、寿命が無くなると商売ができない。倒産は、二人の死を意味することになる。
「まあ、先に残りの寿命が尽きるのは、経営者であるお姉ちゃんの方でふからね。私はまだぎりぎり生き残れるから、それから対策を考えればいいでふがね」
「お、おのれ妹め、姉の命を何だと思っているのだ!」
「お姉ちゃんの努力が足りないからでふ。さんざん客を逃しておいて何か言うことはあるでふか?」
「うぅ……」
アティカは持っていた資料をテーブルに投げ出し、ソファにもたれかかってため息をついた。
「はぁ……せめて素敵な彼氏が作りたかった人生だった……」
「恋愛運、残ってるけどつけるでふか?」
「それじゃあ意味無いわよ」
「そうでふか? もっとも、能力を自由に手にできる女なんて、怖くて付き合えないと思うのでふが」
「くっ、言いたいことを好き勝手に……」
「まあ、一生が来月で終わるなら関係ないでふよね。あ、最後にお寿司でも食べに行くでふか?」
「私を! 殺すな! でも! 寿司は食べたい!」
アティカは念のため、残りの寿命資産がどれだけあるか確認してみた。しかし、何度計算しても「負の経験」を処理する寿命を差し引くと、アティカの寿命はゼロになってしまう。カルチェの寿命もぎりぎりだ。
「……これさぁ、処理は分割できないの?」
「無理でふよ。国との契約で、『負の経験』は三カ月以内に処理することになっているでふ。三ヶ月溜め続けたツケでふかね」
「はぁ……どうしてこうなったんだか」
「冗談抜きでまずい状態なのでふよ。本気で対策を考えないと……」
カルチェがそう言いながらサンドイッチを口にほおばった時、店の入口からノックをする音が聞こえた。
「ああもう、クローズドの看板が読めないのかしら? 仕方ないわねぇ」
アティカは頭を掻きむしりながら、事務所を出て入口に向かった。




