微笑み
地震により被災された皆様には、心よりお見舞い申し上げますと共に、
皆さまの安全と、被災地の一日も早い復興を心からお祈り申し上げます。
「おはよう、タカ。昨日はごめんね。カズもおはよ」
翌朝、学校で元気に二人に挨拶をする。
琴子は一晩寝ると、わりと何でも忘れられるたちだが、二人はそうでは無いらしい。
和人は曖昧な笑みで挨拶を返すが、貴史はそっぽを向いたままだ。まったく大人げの無い。
「琴にゃん、おはにゃ。今日からしばらくお世話になるにゃ」
大体、今琴子の背中に抱きついているこの櫻子。
確かにいい子ではある。性格はいいし、明るくて気さくだし、胸もでかい。
だが、初めて会った時から思っていたが、「にゃん」て何だよ。かわいいとでも思っているのだろうか。無性にムカつく。
いつもよりもかなり元気は無いようだが、そんな時でも「にゃん」なのかよ、と。
数秒そんな事を考えた後で気付く。
この感情は何なのだろう。
自分はやはり、自覚が無いままに佐東の感情に飲み込まれているのかもしれない。
「おはよう、櫻子。準備はしてきた?」
なんとか笑顔を作り出し、話しかけた。
「それが、荷物がこ~んななっちゃったにゃ! だから1回家に帰ってからママに車で送ってもらう事にしたにゃ。ユーマもそん時一緒に拾ってくにゃ。あと、ママが佐々木君のご両親にご挨拶したいって言ってたにゃん」
櫻子が大げさに手を振り回す。
「そっか。ご飯一緒に食べたいからなるべく早く来てね。……ところで、佐々木って誰?」
櫻子は眉を八の字にして和人の方を見た。
和人は捨てられた子犬のような顔をしていた。
――――ちょっと度忘れしただけだ。
学校が終わり、マンションで待っていると、5時過ぎに貴史と、和人とその両親がやって来た。
挨拶を交わした後で、和人に耳打ちする。
「カズってお父さん似なんだね」
和人はちょっと目を丸くして「そんな事初めて言われた」と驚いている。でも少し嬉しそうだ。
「お前、どこに目付けてんだよ。どう見てもかーちゃんそっくりだろ」
貴史が今日になって初めて琴子に話し掛けた。
和人とその両親を見比べるが、母親は赤縁でシャープな感じだし、父親のほうは銀縁でフォルムも和人と同じだ。
「さて、ご飯作っちゃおうかしらね。琴子ちゃん、手伝ってくれる?」
和人母に、持ってきたスーパーの袋の一つを手渡され、後に続いてキッチンへと向かう。
世間話をしながら準備をしていると、田仲と、櫻子とその母親がやって来た。
櫻子母は和人両親に挨拶を済ませると、山のように手土産を置いて帰って行った。
櫻子の母も惣菜やらお菓子やらを持ってきたので、夕飯はやたらと豪華だ。
それなりに会話も弾んでいたのだが、貴史だけが黙々とご飯を食べている。
「あら、貴史君、どうしたの? 今日はやたらと大人しいわね。女の子がいっぱいで緊張してるの?」
和人母のからかい半分の問いに、貴史が「そんなんじゃねえよ」とそっぽを向く。
まだ昨日の事を怒っているのかと貴史の顔を見ると、気のせいか少し赤面しているようだ。
「タカ、私、食後にケーキ食べたいから、ちょっと手伝って」
貴史の皿に鶏肉料理数切れと、付け合わせの赤ピーマンときゅうりっぽい物の酢の物を移す。
「あ、バカ! 野菜はいらねえよ。ならそっちのサラダの上のローストビーフだけよこせ!」
サラダに伸びて来た手を遮る。
「やだ! 牛は、牛だけは譲れない」
貴史と激しい攻防を繰り広げていると、パシャリ、と、音がした。
音のした方を見ると、スマホを片手に、櫻子がにこにこと笑っていた。
「スクープゲットにゃ! 二人は、本当に仲がいいのにゃ。ふふふ」
貴史は手を引っ込め、またそっぽを向いて「そんなんじゃねえよ」と赤面する。
ちょっとかわいい。
「琴子さん、僕はチキンのピカタも、パプリカとズッキーニのマリネも大好物なんだ」
「ふーん、そうなんだ」
和人が何か言っていたが、耳を素通りした。
なんだか頬が緩むのを止められない。
食事を終え、片付けは和人母と櫻子に任せ、貴史と和人と3人で古森医院へ向かう事にした。
和人の父親が古森医院の管理者と話をつけてくれたらしく、今回は立ち入りの許可と鍵もある。
玄関で靴を履いていると、田仲が顔を出す。
「俺は櫻子が心配だから一緒に来ただけだ。俺は認めねえからな。霊能力者ごっこもいい加減にしろよ」
田仲と貴史はしばらく睨み合っていたが、貴史が踵を返し出て行ったので、その後に続く。
どうやらこの二人は仲が悪いらしい。
貴史が不機嫌なため、無言で歩き続け、古森医院に到着した。
何度来ても夜の廃病院というのは気味が悪い。
「じゃあ隠し部屋探そう。手分けした方が効率は良さそうだけど、私ちょっと一人になるのはイヤだな」
貴史をチラ見したが、琴子の視線には気付かないみたいだ。
「それなんだけど、僕に考えがあるんだ。ちょっと聞いてくれるかな」
和人が鞄の中から方眼紙を取り出し、懐中電灯で照らす。
「闇雲に探すよりも、マッピングしよう。隠れた空間があったらイッパツだからね」
ダンジョンがどうとかゲームがどうとか熱く語っているが、ようするに建物の外側、内側を計測して縮尺したものを方眼紙に記入し、建物の見取り図を作るという事らしい。
貴史と二人でメジャーを持ち、測ったものを和人が方眼紙に記入していく。
ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。
白い布の上に、1滴、2滴。
一筋の光も射さない暗闇の中、見えるはずもない布の白、白を汚す深い赤。
ぽたり、ぽたり、ぽたり。
また1滴、また1滴。
ぼうっと光を発する白い布が、だんだんと赤に染まっていく。
ほんの少し力を込めると、雫は濁流に変わり、鼓動に合わせて、強く、弱く、強く、弱く溢れ出す。
もう白い色は見えない。
君の名前を呼ぼうとしたけれど、ごぽ、っという音がするだけで、咳込んでしまってうまく呼べない。
あぁ、でも君はそこに居てくれた。
外側の計測が終わり、鍵を開けて建物の中に入る。
何も言わなくても、全員の足が地下へと向かう。
何かあるのであれば地下だと思ったのか、イヤな事は早く終わらせたいと思ったのか。
「おい、何か聞こえないか?」
階段の途中で、そう言いだしたのは貴史だった。
耳を澄ませてみるが、外の車の音がうるさくてよくわからない。
全員が立ち止まり、耳に意識を集中している時に、琴子のスマホが鳴った。
「うわ、びっくりした」「お前、マナーモードにしとけよ、ビビるだろ」
手を手刀の形にして顔の前に持って行き、二人に詫びて、スマホを取り出す。
「櫻子からだ。何だろ。お風呂の操作方法とかわかんなかったかな。ごめん、ちょっと先に行ってて」
1階に戻り、通話ボタンを押す。
櫻子からの電話の内容は、長瀬が数時間前に病院から抜け出したという報告だった。
裸足でパジャマのまま、何も持たずに。
どうやら環奈の事を、新聞で知ってしまったらしい。
教師や同級生の父兄数名は既に捜索に当たっているという事だ。
作業を切り上げて自分たちも長瀬を探しに行った方がいいかもしれない。
電話を切り、下に戻ろうとすると、突然地下が騒がしくなった。
貴史と和人が怒鳴りあっている。喧嘩をしている風でもなく、パニックを起こしているようだ。
予感が、あった。
足元を照らし、一歩ずつ確実に、ゆっくりと階段を下りる。
霊安室のドアを開け、中を照らすと、スマホを片手に大声で怒鳴っている貴史、黒い霧に包まれた『何か』の前に座り込んでいる和人の姿が目に入る。
湿った咳の音。
「だから、古森医院の地下霊安室だよ! いいから早く来てくれよ! え? もうヤベえって、血がいっぱい出てるんだって!」
「あああああ、えっと、止血、止血しなきゃ。首の止血ってどうすればいいの? 長瀬君、長瀬君、大丈夫?」
それだけで、見えなくても状況はわかる。
和人が脇に置いていたでかいバッグを勝手に開けて、タオルを取り出して手渡す。
「え、これ、ど、どうすればいいのかな、縛ったら息できないよね? どうしよう、どうしよう琴子さん」
「傷口軽く押さえればいいんじゃないの」
パニックを起こしている和人の代わりに、琴子が押さえればいいのだろうが、黒い霧のせいで長瀬の輪郭も見えない。
「お前は一体何なの?」
黒い霧に話し掛けてみるが、やはり返事は無い。
徐々に霧が薄くなり、長瀬の白い顔が見えて来る。
長いまつげが、ぴくぴくと震えていた。
救急隊員が駆け付け、血まみれの長瀬を担架に乗せて運び出す。
和人が救急車に同乗し、貴史と琴子は警察の事情聴取を受ける。もう何度目だろうか。
すぐに貴史の父親が駆け付け、弁護士同席での事情聴取となったためか、1時間ほどで解放された。
マンションに帰ると、和人も既に戻っていて、長瀬が搬送中に息を引き取った、と言う。
咳が止まり、最後の息を吐きだすように、濁った声で一言。「環奈」と呼んだ、と。
それから、救急隊員の懸命の処置にも、長瀬は息を吹き返す事は無かった。
だがその顔は、血まみれなのに、安らかな笑みを浮かべていた、と。
実は前回から絶不調。
前回は仕事忙しすぎ。
今回は震災。更に青春の全てだったと言っても過言ではないプリンスの死。
なんとか考えていたストーリーはなぞっているものの、セリフでごまかしてばかりだw
ごめんなさい。




