家族
修正していってるんだけど、誤字脱字ひでえなおいっ!w
マジすんません。
だが、修正中の今も酔っぱなので誤字脱字が無くなったわけではないっ!
琴子がシートベルトを締めるのを確認すると、車はゆっくりと発進した。
「でも、叔父さんは本当に迷惑じゃないの? 初めて会った姪を引き取る羽目になっちゃって」
琴子の言葉に、慎二は口元に手を当てて、目を大きく見開いて琴子を眺めた後、路肩に車を止めた。
「あらやだ! あんた、アタシの事忘れちゃったの? 嘘でしょ? いくらバカな子でも小学校4年生の頃の事くらい覚えてるでしょう? え? 覚えてないの? ウソ! そこまでバカだったのあんた。大丈夫?」
取り繕わなくなった途端に、いきなり口が悪くなった叔父に戸惑いながらも、首を横に振る。
がっくりとハンドルに顔を伏せて大きなため息を吐いている慎二を見て、申し訳ない気持ちになる。
「あの……私、10歳の頃に神隠しに遭って、それ以前の記憶が無いの。叔父さんは昔、私と会った事あるの?」
慎二は悲しげに頷いて、胸ポケットから1枚の写真を取り出し、琴子に見せた。
少し若い琴子の両親と、幼い頃の琴子、そして、背の高い美少年が写っている。
弟はまだ生まれていない頃の写真だ。
この美少年が慎二だろう。面影がある。
幼い琴子は、べったりと彼に抱き付いていた。
写真からは、琴子は彼にかなり懐いていたのだろうという事が見て取れる。
「その写真ね、アタシの宝物なのよ。いつも持ち歩いてるの。高校を卒業するまで、アタシもあの家で、あんた達と一緒に暮らしてたのよ。家にアタシの写ってる写真、あったでしょ?」
黙って首を横に振る事しかできなかった。
家で慎二の写真を見た事は一度も無い。父のアルバムにさえ、彼の写真は無かった。
遺影に使う写真を選ぶためにアルバムを確認したばかりだから、間違い無い。
両親にそのような差別意識があったと認めたくは無かったが、慎二がおネエだという事が原因だろうか。
それまで両親から一言も、彼についての話すら聞いた記憶が無い。
葬式の日、この見知らぬ美青年が琴子の叔父だと名乗るまで、琴子は彼の存在をまったく知らなかったのだ。
ド田舎という閉鎖された空間で、色々とあったのかもしれない。
実際、琴子が神隠しに遭ったというだけで、当時は三神家は周りから奇異な目で見られていたらしい。
慎二の悲しそうな顔を見ていると、それでも何か他の理由をこじつけなければいけないような気がしてきて、下唇を噛みしめながら必死で写真を凝視する。
まるで間違い探しをするかのように。
そして、――――見つけた。
「あ、ほら、ほら叔父さん、ここ! なんか変なもの写ってる。心霊写真? こういうの、うちのお父さんもお母さんもすっごい苦手だったからさ、だからだよ、きっと」
琴子の指差した個所には、確かに肌色をした、人の顔のようなものが写っていた。
「そう……ね。あの頃のアタシ、未熟だったから、写真に写ると全部心霊写真になっちゃってたのよね。そりゃあ写真全滅しても仕方がないわよね」
にっこりと笑って言った慎二のその言葉が、本当の事なのか、それともバカな姪のその場しのぎの言い訳に気を使って出た言葉なのか、琴子にはわからなかった。
琴子の両親は、確かに異様なくらい、オカルト嫌いだった。
小学校6年生の頃、友達を何人か家に連れて来た時、その中の一人が学校の怪談を語り始めると、突然母が部屋に乱入し、プラズマがどうだとかマイナスプラシーボ効果がどうだとか、わけのわからない事を言って友達の話を全否定し、泣かせて追い出した事がある。
小さな弟が誰もいない場所を指差して「おじちゃんバイバイってしてる」等と言おうものなら、もう半狂乱になって怒った。
それもきっと全て、琴子が神隠しに遭った事と関係があるのだと思う。
家でオカルト関連の話をすると、父も母も、怒って、そして泣いた。
昔の事を聞くと、それが神隠しに関係の無い事でも、泣きながら「思い出さなくてもいい」と、琴子を抱きしめた。
そんな両親を見たくなくて、琴子は無くした記憶を探る事をやめた。
でも、その両親も、今はもういない。
結婚20周年祝いとかで、授業のある琴子だけを家に残し、5歳の弟を連れて旅行に出て、そして、帰って来なかった。
留守番3日目の夜、晩御飯に母が作り置きしてくれたカレーを食べていると、電話が鳴った。
ひとり残した琴子を心配し、母が毎日電話してきたので、今日はちょっと遅いな、と思ったくらいだった。
だが、その電話は警察からだった。
父の運転していた車が、事故に遭った、と。
慌てて家を飛び出し、終バスが終わってしまったバス停で、泣きながら立ちすくむしかできなかった。
両親と弟が運び込まれた病院は札幌。車で2時間半かかる。
自転車に乗ったお巡りさんがたまたま通りかかり、声を掛けてくれた。
お巡りさんは琴子を連れてバス停のすぐ横の家のインターフォンを鳴らした。
同僚の、非番のお巡りさんの家という事だったが、それは同級生のユカリの家でもあった。
田舎はコミュニティが狭い。
意外なところで、どこと繋がりがあっても不思議では無いのだ。
事情を聞いたユカリの父親は、すぐに車を出してくれた。
ユカリも同乗し、病院に着くまでの2時間半、ずっと「大丈夫だよ、きっと大丈夫だよ」と琴子を励ましてくれた。
だが、病院に着き、案内された場所は、霊安室だった。
父と、母と、弟の顔を確認して、泣き叫んで、喉が裂けるほど泣き叫んで、それからは自分がどうしたのか、よく覚えていない。
目覚めたのは白いカーテンに囲まれたベッド。病院の一室だった。
起き上がり、ぼーっとしていると、看護師さんが来て、何か色々と話しかけてきたが、内容は覚えていない。ただ、頭が痛かった。
しばらくすると、ユカリとその父親と、制服を着た警察官が入ってきた。
それを見て、昨日の事は夢じゃなかったんだな、とわかった。
ユカリは目を泣き腫らしていて、鼻も真っ赤になっていて、普段のかわいい彼女からは想像もできないくらいに、すごいぶさいくな顔になっていて、思わず笑ってしまった。
でもきっとこの親子は、琴子の事を心配してくれて、仕事も学校も休んで札幌に泊まってくれて、そして琴子の家族のために夜通し泣いてくれたのだろう。
またボロボロと泣き始めたユカリを抱きしめた。
涙は、出なかった。
涙が枯れてしまったのか、それとも、ユカリが琴子の代わりに泣いてくれているから、自分は泣かなくて済んでいるのかもしれない。
遺体を確認したはずなのに、現実味がまったく無くて、正直、何が起きたのか理解できなかった。
制服警官が、琴子と話をしたいのでユカリに席を外すように言ったが、琴子はユカリの手を握り締め、ユカリの父親に視線を移した。
何を考えていたわけでもない。ただ、体がそう動いたのだ。
だが、ユカリの父親はそれで全てを理解してくれたように頷いた。
「うちの娘も、一緒でいいですか?」
制服警官は困ったような顔をしながらも頷いてくれたので、琴子はユカリの手を握り締めて、警官の説明を聞いた。
事故現場は直線だったそうだ。
すぐ後ろを走っていた車の運転手の目撃情報では、突然、父の車が急ハンドルを切り、谷底に落ちていった、という事だった。
居眠り運転でしょうね、と。
「あの辺はね、多いんですよ。そういう事故が」
あの辺……どんなところだったのだろう。
警官は町の名前と道路の名前を言っていたような気がするが、それがどんな場所なのか、琴子にはさっぱりわからない。
想像してみる。
真っ直ぐな道。片側は崖。後続車が数台?
――――いや、後続車は1台しかいない。
前を走る車も、対向車もいない。
逢魔が時。
紫に染まった空。
オレンジ色の街灯。
ヘッドライトが照らし出す、真っ直ぐな道。
突然、黒い何かが目の前を覆う。
真っ暗で何も見えないのに、真っ暗闇の中から、まったく同じ闇色の手が、見えないのに、見えないはずなのに、こちらに迫って来るのが、視えた。
「……っ!!」
目を瞑り、顔をそむける。
柔らかかったはずのユカリの手が、突然、固く、細くなり、気が付くと琴子は、ハンドルを握っていた。
闇から逃げるためにハンドルを切り、そして、逃げたはずなのに、その闇の中へ落ちて行く。
しばらくして、ユカリに肩を揺すられた。
顔を上げると、そこにはもう、ユカリと琴子しか居なかった。
「もう少し、横になってるといいよ。ずっと傍にいるから」
ユカリに促されるままにベッドに横になる。
ユカリの手を握ったまま、目を瞑る。
急に不安になり、ユカリの手を強く握ると、ユカリは優しく握り返してくれた。
それだけでもう、安心だった。
これ以上、何も考えたくないし、何も見たくないし、何も、知りたくなかった。
慌ただしく、家族の通夜、葬儀が始まる。
手配は、ユカリの父が全てやってくれた。
それまで知らなかったのだが、琴子の父と母は、遠縁の親戚同士で、今現在、琴子には親戚というものが存在しなかったようだ。
唯一、父の弟、慎二叔父以外には。
ユカリの父親は、慎二の存在、連絡先まで調べてくれて、連絡を取ってくれた。
そして、葬式で初めて会った(と琴子が思っていた)端正な顔をした父の弟、慎二は、その葬式の席で、琴子を引き取ると言い出したのだ。
「ところで、その……、私、これから叔父さんの事、叔母さんって呼んだほうがいい?」
ほっぺたをむぎゅう~っと両方に引っ張られた。
「いきなりオバさんとか、失礼な女ね、あんた! 昔は慎ちゃんって呼んでたから、それでいいわよ」
「でも、それはちょっと。えっと、慎二さん、だと男っぽいし、慎子さん、だとチ〇コさんみたいだし」
ほっぺたをつねる手に力がこもる。
「ああそう、じゃああんた、胸がつるぺたで男らしいから、琴蔵って呼ぶわね」
結局「慎さん」と呼ぶ事に落ち着いたが、「琴蔵」は改められる事は無かった。
走り出す車の外に目をやると、そこには大きな大きな鉄塔が見えた。
「あ、ねえねえ、おじ、慎さん、あれってスカイツリー? すごい! でっかいねぇ」
チラリと琴子の指差す方向に視線を移し、慎二は鼻で笑う。
「ただの鉄塔よ。ほら、あそこにもあそこにもあそこにも、同じの建ってるでしょう」
恥ずかしくなって口を噤んだが、しばらく走ると、やたらと賑やかな通りが見えた。
「あ、ねえねえ、慎さん、止めて! お祭りやってるよ! ほら、そこの通り。うわぁ、賑やかだねぇ」
「ただの商店街よ」
今度はその方向を見向きもせずに、慎二が言う。
桃の花のような飾りつけもあるのに、人もあんなにいっぱいいるのに、と思いながらそのまま走っていると、確かに、商店街のような小道には、どこにも花飾りがあり、人も多い。
東京というのは毎日お祭りをしているようなところなのだろうか。
「あ、ねえねえ、見て! 慎さん、外人よ! 外人! パツキン! ねえねえ、パツキンってさ、シモの毛もパツキンなのかな?」
車を急に路肩に止めたかと思ったら、脳天に拳骨を喰らい、座席の上に正座させられて、30分ほどお説教された。
移動中にわかった事は、慎二はきっと、繊細で、下ネタ嫌いで、優しくて、毒舌で、そして、琴子の事を妹のように思っていてくれる、という事。
記憶は無いけれど、琴子もきっと昔からこの人をお兄さんのように慕っていて、これからはお姉さんのように慕う事ができるだろう、という事。
それだけで充分だった。
きっと、うまくやっていけるはずだ。




