迷走
書き直した。
(そして更に書き直したけれど、どうもここらへんがやっぱり納得いかないので、後日、酔ってない時にまた書き直すものと思われる)
佐東のブログを読み終わり、二人に意見を求める。
「どう思う? これ」
佐東以外の女の霊が関わっている。
呪具は多分、その女の爪。
だが、その爪は――――櫻子達が、食べてしまった。
佐東に食べさせられた。
もしその爪が呪具ならば、どうやって櫻子達の体内から取り出せば良いのだろうか。
――――うんこ?
いやいや、その一部は体内に栄養として吸収されてしまっているだろう。
爪って何でできているんだろう? カルシウム? そうすると骨になっちゃうの?
スマホで調べてみると、爪はカルシウムではなくタンパク質でできているらしい。
タンパク質ってどこに吸収されるんだろう。人の細胞って全部入れ替わるのにどれくらいかかるんだろう。爪を吸収した組織の細胞が全て入れ替わったら呪いは消えるのか? そもそも、細胞って全て入れ替わるの? 脳細胞なんかはどうなんだろう。七代祟るとかあるけど、呪いもDNAで遺伝しちゃうの? てか、細胞とか関係ある?
色々と調べながら考えているうちに、シナプスからぷすぷすと煙が出てきたような気がした(ダジャレ)
「まるで闇そのもののような女だ。闇から生まれ、闇に抱かれ、そして今も闇と共にある」
「タカ、何言ってるかさっぱりわからない。僕にもわかるように説明してくれるかな」
「佐東の事だ。闇が顕現したような女だ」
男共がわけのわからない事を言っている。
実際にわけのわからない事を言っているのは貴史だけなのだが、脳機能がオーバーヒートした琴子にはどちらも一緒だった。
思考の邪魔にしかならない。
「うるちゃいっ!」
噛んだ。
が、恥ずかしさを隠すために、いかにもコレは北海道の方言なのですよ、的に、重ねて言ってみる。
「うるちゃいうるちゃいうるちゃいうるちゃ~~~~いっ!!」
恥ずかしさをごまかすのに、機能している脳細胞の全てを使ってしまったため、叫んだと同時に、自分が今まで何を考えていたのかも忘れてしまった。
何か頭の良さそうな事を考えていた気もする。
――――進学校で学んだ成果が?!
「意見聞いてきたのオマエだろ」
非難されても、そんな昔のことはもう忘れた。
「じゃあ、琴子さんはどう思うの? 僕は霊的な事はまったくわからないけど、正直、佐東さんの気持ちもさっぱりわからない。矛盾だらけだ」
「だよな、こいつ、頭おかしいんじゃねえか? 躑躅森の事は早い者勝ちじゃないって言っておいて、長瀬の事は自分の方が先に好きだったのにって言ってたり、もういらないとか言ってるのにいつまでも執着したり。女が後ろに立って呟いてる、って、妄想か幻覚じゃないか? かなりヤバいな」
呪いの事は置いておいても、佐東の気持ちは理解できなくもない。
理解、ではなく、少なくとも想像はできる。
他に友人がいなくて、たった一人の友人、櫻子に対する独占欲。
その唯一の友人に対し、自慢げに幼稚園の頃からの親友だと自慢する環奈。
佐東の持っていない全てを持っている、裕福で、何不自由なく育った環奈は、さぞかし傲慢に見えただろう。
両者に共通するのは、親に恵まれていない、という事だけか。
しかし、それ以外の面に置いて、いや、むしろ共通点があるからこそ、か?
佐東よりも環奈は恵まれていた。少なくとも佐東はそう思っただろう。
裕福な家庭。歪でも、親の愛、というものもあったのかもしれない。
娘を手放さないために殺してしまう程の独占欲を持った父親だ。
それを愛と言えるのかは疑問だが、娘に少しも興味を示さない親に比べると、佐東にとっては羨ましかったのかもしれない。
そして、友人。
自分が佐東の立場であれば、やはり環奈を疎ましく思うだろう。
環奈には他に友人もいただろう。なのになぜ、自分のたった一人の友人を奪うのか、と。
佐東が環奈になりすましたブログは、昨年のクリスマスパーティーの記事から始まっていた。
写真はアップされていない。当然、その頃、環奈と別のクラスだった佐東は呼ばれていないのだろう。
櫻子の話を聞いてブログを書いたのかもしれない。
もし自分がこの家ではなく、環奈の家に生まれていたら、と想像しながら。
羨ましい、を通り越して、さぞかし妬ましかっただろう。
その環奈に、小学校の頃からずっと好きだった長瀬を『奪われた』のだ。
しかも、ただ一人の友人の『裏切り』で。
おそらく、環奈も櫻子も、佐東の気持ちなど、知らなかっただろう。
だが、佐東にとってそれは『略奪』と『裏切り』だったのだ。
「私は、佐東さんがまともじゃなかったとは思わない。佐東さんの気持ちは理解できる。理解っていうか、想像できる。女の霊はいると思う」
そう、理解ではない。想像だけだ。
だが、彼女が『アタマガオカシイ』から櫻子達に呪いをかけた、という考えにはまったく同意できなかった。
貴史が髪の毛を掻き上げ、今更ながらのように自分の頭にヘッドドレスを付けっぱなしだったのに気付き、忌々し気にそれを外す。
「俺はこれっぽっちも理解できねえな。結局は呪詛を掛けたのは佐東だと思う。死ぬ時に自分で爪剥がしてるしな。命を賭して呪ったんじゃないか」
呪詛を掛けたのが誰なのか、それはわからない。爪の女の霊なのかもしれないし、佐東なのかもしれない。
でも、佐東は『アタマガオカシイ』から呪ったわけでは無いと思う。それをうまく説明できないのがもどかしい。
『アタマガオカシイ』訳では無いから、女の霊は存在するはずなのだ。
「理屈じゃなく、感情なんだよ。男の人にはあまりわからないかもしれないけど」
しばらく二人を交互に見つめたが、理解の色は見られなかったので、呪いの件に話を戻す。
「佐東さんの後ろに立ってた女って、爪の持ち主だよね? 爪を返せって言ってるんだから。長瀬君も、あいつが来るとか言ってたんだよね? 同じ霊じゃないのかな?」
貴史はヘッドドレスを弄びながら、しばらく考え込んだ後で口を開いた。
「佐東は、まともじゃなかった。幻覚でも見てたんじゃないか? 長瀬の事も、今考えるとよくわからない。『あいつ』って言うのは、むしろまったく知らない女に対してなら『あの女』って言いそうだ。ある程度知ってる相手じゃないと『あいつ』って言わない気もするんだよな」
『あいつ』とか『あの女』に関しては、そう言われるとそんな気もする。そして、元凶が佐東であれば、環奈と櫻子と長瀬を呪う理由もわからなくも無い。
「あの日、田仲君も、私には黒い霧に覆われて見えた。呪いを受けてると思う。でも、佐東さんが田仲君を呪う理由って?」
貴史に詰め寄るが、貴史はまったく考えを変える様子は無い。
「俺は田仲が一人の時に近付いた事ねえから、田仲の事はわかんねえ。あいつ、いつも躑躅森のまわりちょろちょろしてやがるからな。躑躅森の臭いなのか田仲の臭いなのかわかんねえんだよ。それに、佐東が好きだった長瀬は生きてるだろ。無事とは言えねえかもしんねえけど。好きだから殺せなかったんじゃねえの? 佐東の仕業としか考えらんねえだろ」
「私が、田仲君も呪いを受けてるって言ってるの。この目で見たの。私の目は信じられない?」
貴史はじっと琴子を見つめている。
琴子もしばらくの間はその視線を真っ向から見つめ返していたが、なんだか恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。
勝ち誇り、お情けでも与えるように、貴史が得意げに言う。
「まあ、もし田仲が呪われてたとしても、とばっちりじゃねえのか? 佐東が爪を呪具に使ったとして、それを食っちまったんだからな。でも佐東の呪いが田仲に向いてねえんだから大したことねえんじゃねえの?」
届かない。まるで琴子の考えが届いていない。
助けを求めるように、和人にも意見を求める。
「カズはどう思うの?」
和人はメガネを外し、いや、本体を身体から外し、メガネ拭きで拭く。
「う~ん、ごめん、僕はそういう事はよくわかんないや。えっとさ、タカと琴子さんは、どうしてそう思うのかな? 決定的な何か、とか、無いの?」
交互に貴史と琴子を見つめながらそんな事を言うが、そんなものがあったら既に言っている。
「俺は……そうだな、風が教えてくれたんだ」
貴史は中二病が収まらないっぽい。
「私は……」
うまく説明できないが、自分の中で確信があるのだ。
だが、それを説明する事ができない。もどかしい。
「私も、なんとなく、としか……」
そんな説明しか出来ず、下唇を噛む。
両方の意見が決め手に欠ける物だった。
「じゃあ、両方の可能性を視野に入れて、佐東さんの霊か女の人の霊か、居そうな所を探すって事でいいかな?」
どちらにしても、居そうな所といえば、やはり古森医院だ。
建物全て探し尽くしたと思っていたが、一ヶ所だけ、まだ探していない場所があった。
そう、隠し部屋だ。
「じゃあ、明日からまた病院に行って隠し部屋探そうよ!」
琴子の意見に、珍しく貴史が声を荒げる。
「ちょっと待てよ、そんな事してる間に躑躅森に何かあったらどうすんだよ。病院じゃなく、もしあいつの近くに居たら……」
なんとなく気持ちがモヤっとした。
貴史は元凶が佐東だと決め込んでいる。琴子の考えなど、まったく考慮していない。
それは先程からの話し合いからわかっていた事だが、それ以上にわけのわからない感情が、導火線に火を付けた。
「じゃあどうすんの? 四六時中櫻子と一緒にいて見張ってる?」
感情のまま怒鳴ってしまう。
現実味の無い事だという意味で言ったのだが、貴史は「そうだな」と頷く。
「うん。ここなら慎二さんが結界張って行ったみたいだし、解決するまでしばらくの間、躑躅森ここに泊めるか」
随分と勝手な話だ。ここは今は琴子の家でもある。
櫻子がイヤな訳ではないが、何か納得がいかない。
なぜ貴史がそんな事を、琴子の同意も無しに決めるのか。
しかもさっきから躑躅森、躑躅森、と。
そうだ、危険なのは櫻子だけでは無いのだ。
貴史の考えではとばっちりだろうが、田仲も危険なことには変わりは無い。櫻子だけ無事ならいいのか?
「じゃあ田仲君はどうすんの?」
そう聞くと、貴史は考えてもいなかった、というような顔をした。
「タカは櫻子さえ無事なら、田仲君はどうなってもいいんだ。へぇ~」
精一杯意地悪な表情で言うと、貴史はもにょもにょと「田仲は関係無いだろ。たまたま巻き込まれただけだし」と呟く。
「じゃあさ、田仲君もここに泊まってもらえばいいんじゃない?」
「そんなのイヤだよ!」
「ダメだ!」
和人の発言に対し、貴史と同時に叫ぶ。
「でも、ここが一番安全なんでしょ? 躑躅森さんと田仲君泊めればいいってだけの話だと思うんだけど……」
確かにそうだが、櫻子だけならともかく、よく知りもしない男子など泊めたくはない。
そんな気持ちを見透かしたかのように、和人が言う。
「大丈夫だよ、僕も一緒に泊まるから。琴子さんの事は僕がこの命に代えても守ってあげるよ」
和人の、どんな洋服でも着こなしそうなスマートな体形を眺める。
田仲のガタイを思い浮かべると、命を掛けて守ってもらっても、結局無駄死にしそうだ。
田仲も別に世紀末に発生するヒャッハー! と叫ぶような人種では無いと思うが……。
「無理」
しかも、変態度で言えば和人が上だ。
守るとか以前に、むしろ和人のほうが危険だ。
「タカも一緒に泊まるからさ」
どういうわけかちょとだけ心が揺らいだ。ほんの少し、ほんの少しだけ、それなら、と言いそうになったが、貴史がそれを遮る。
「躑躅森だけ泊めりゃいいだろ、田仲は関係無いんだから。あいつはたまたま巻き込まれただけだって」
貴史の考え通り、もし佐東の呪いだとすれば、田仲はあまり関係無いだろう。
でも、先程和人が両方の可能性視野に入れて、と、まとめたはずなのに、やはり琴子の意見などまったく認めていない。
「田仲君だって爪食べたんだよ?」
「だから何だよ、次に危険なのはどう考えても躑躅森だろ」
話は平行線だ。
思わず立ち上がってテーブルを叩く。
「その考えがおかしいって言ってんの! 佐東さんが元凶だって前提じゃない」
しばらく貴史と睨み合っていると、和人が宥めに入った。
「えっとさ、琴子さんは、躑躅森さんと田仲君、両方助けたいと思う?」
「そりゃあ、まあ」
当たり前だ。
「タカは? 躑躅森さんさえ無事なら、田仲君はどうなってもいい?」
「そんなわけねえだろ」
貴史が本心から言っているのかどうかはわからない。ふてくされてそっぽを向いている。
「そこは一致してるよね。で、提案なんだけど、日中は学校で躑躅森さんと田仲君から目を離さないようにして、夜はここに泊める。それが一番安全だっていう認識は一致してるね? あとは、倫理的な問題だけだ」
琴子と貴史は、叱られた子供のように、口を尖らせながら頷く。
「だから、僕の両親も、ここに一緒に泊まるっていうのはどうかな? それなら琴子さんも安心じゃない?」
確かに、それで全てが解決すると思える提案だった。
感情的には納得できないが、櫻子と田仲の安全を考えれば、それが一番良いのだろう。
うまく言いくるめられたような気もするが、しぶしぶと頷く。
「よし、じゃあ決定。タカもそれでいいね? 躑躅森さんと田仲君には僕から連絡しておくよ」
貴史もふてくされながら頷く。
しばらく気まずい沈黙が続き、和人に促されて貴史も帰り支度を始めた。
脱衣所でメイド服から学校の制服に着替え終えた貴史がリビングに戻り、ボソボソと琴子に言う。
「お前、どうして佐東にそんなに入れ込んでんの? あんなんが理解できるとか、お前も大概おかしいと思うぞ」
パンッ、と、乾いた音が部屋に響き渡る。
貴史が頬を押さえている。
そんなつもりは無かったのに、貴史の頬を、思い切りひっぱたいていた。
手の平が、熱を持ち、じんじんと痛んだ。