第十三話 深層探索(ディープ・スキャン)と物理的解決(ブルートフォース)
アイテムボックス(2,000魔石)という途方もない目標額。
それを達成するため、俺はジャングルのさらに奥深く、海賊たちすら本能的に避けていた「深層」――へと足を踏み入れた。
「……通販スキルのレベル上げは、しばらく凍結だ」
歩を進めながら、俺はステータス画面を操作する。
最新の装備や兵器は魅力的だが、どれだけ優秀な装備を揃えても、それを動かす肉体が追いつかなければ意味がない。
強敵がひしめく深層では、一つの判断ミス、一瞬の反応の遅れが即座に「死」に直結する。
俺は直近で稼いだ魔石をすべて、自身の肉体へと再投資した。
【グローバルレベル:22 → 25 へ上昇】(コスト:150魔石)
細胞が沸騰するような熱の直後、全身の筋肉がさらに高密度に圧縮される感覚。
視界はよりクリアになり、風の流れる音さえも立体的なデータとして脳内で処理されていく。警備員時代、重い防刃ベストを着て一晩中歩き回っていたあの重力が、嘘のように消え去っていた。
「……よし。ハードウェアの更新完了。これなら、正面から『狩り』ができる」
エンカウント1:火炎の蹂躙者
周囲の空気が、急激に乾燥し、硫黄の臭いが立ち込め始めた。
『気配察知(中級)』のレーダーに、かつてないほど巨大で高熱の反応が現れる。
岩肌が剥き出しになった火山性の地帯。
そこに這い蹲っていたのは、体長4メートルを超える巨大な爬虫類――『フレイム・リザード』だった。赤黒い鱗は溶岩のように熱を持ち、呼吸のたびに口の端からチロチロと炎が漏れている。
【対象:フレイム・リザード】
【ランク:B】
【ドロップ期待値:50魔石相当】
「……期待値50。いいカモだが、火炎放射(広範囲攻撃)は厄介だな」
俺の存在に気付いたリザードが、首をもたげ、喉の奥でゴゴゴと不気味な音を立てる。
次の瞬間、圧縮された炎のブレスが、扇状に俺のいる場所へと放たれた。
だが、レベル25の動体視力は、炎が放射される「直前の筋肉の収縮」を完全に捉えていた。
「弾道予測、完了」
俺は炎が到達するコンマ数秒前には、すでに真横の岩陰へと跳躍していた。
轟音と共に岩がドロドロに溶ける。だが、その熱波を背中で感じながら、俺はすでに反撃のプログラムを走らせていた。
通販で買い揃えた耐熱ブーツが、焼け焦げた地面を力強く蹴る。
ブレスを吐き終え、肺に空気を吸い込もうとしたリザードの「硬直時間(隙)」。そこへ、俺は一直線に肉薄した。
「……おっらっ!」
右手に握った高炭素鋼製のタクティカル・メイス。
『身体強化(中級)』の出力を最大まで引き上げた一撃が、リザードの下顎から頭蓋を突き上げるように炸裂した。
ゴガァァァンッ!!
硬い鱗ごと顎の骨が粉砕され、脳を直接揺らされた巨大なトカゲは、悲鳴を上げる間もなく仰向けにひっくり返った。
痙攣するその心臓部にセラミック・ナイフを突き立て、処理を完了する。
「……一丁上がり。次だ」
燃え盛る光の粒子の中から50魔石を回収し、俺は歩みを止めずにさらに奥へと進んだ。
エンカウント2:死の編み手
地形が岩場から、巨大な古代樹が鬱蒼と生い茂る原生林へと変わる。
光が遮られ、薄暗い森の中。俺は突然、足をピタリと止めた。
「……トラップ(罠)か。同業者とは恐れ入る」
『鑑定眼』が、空間に張り巡らされた不可視の「粘着糸」を赤くハイライトして表示していた。
木々の間に幾重にも張られたその糸の先、頭上の枝の暗がりに、八つの鈍い光が点灯する。
体長2メートル。黒い体毛に覆われた巨大な蜘蛛、『マーダー・ウィーバー』だ。
【対象:マーダー・ウィーバー】
【ランク:B-】
【ドロップ期待値:40魔石相当】
獲物が糸に掛かるのを待つ、いわばパッシブ型の狩猟者。
かつての俺と同じ戦術だが、俺から言わせればそのセキュリティ(罠)は穴だらけだ。
「導線の引き方が甘いんだよ。そんな雑な配置じゃ、素人しか引っかからないぜ」
シャアアッ! という威嚇音と共に、蜘蛛が上空から飛びかかってくる。同時に、無数の強靭な糸を投網のように吐き出してきた。
回避すれば、周囲に張られた見えない罠に引っかかる。
俺は避けるのではなく、正面から突っ込んだ。
【グローバルレベル:25 → 28 へ上昇】(コスト:200魔石)
稼いだばかりの魔石を即座に消費し、戦闘中にレベルを底上げする。
限界を突破した筋力が、世界をスローモーションへと変える。
俺は両手にセラミック・ナイフを逆手で構え、投網のように迫る糸の「結節点」を正確に切り裂いた。
スパスパと音を立てて糸の包囲網が崩壊する。
そのままの勢いで踏み込み、空中にいる蜘蛛の腹部を下から十字に切り裂いた。
「……ハッ、罠を張る側が、自分の足元を疎かにしてどうする」
緑色の体液を撒き散らしながら絶命した蜘蛛から40魔石を回収。
レベルアップのコストで残高は減ったが、これで肉体的な「基礎スペック」はさらに跳ね上がった。
エンカウント3:雷霆の巨兵
そして、深層探索の最終地点。
島の一番高い崖の上。厚い雨雲が立ち込め、雷鳴が轟くその場所に、本命のターゲットは鎮座していた。
身長は5メートル近い。岩石と筋肉が融合したような異形の巨漢。
その全身にはバチバチと青白い放電が走り、周囲の空気がオゾンの臭いで満たされている。
【対象:サンダー・ギガント】
【ランク:A-】
【ドロップ期待値:150魔石相当】
「……150魔石。海賊の親玉の半額ってところか。だが、こっちの方が純粋で手強いな」
俺は通販画面を素早く操作し、15魔石で『高圧絶縁仕様のラバーブーツ・グローブセット』を即時購入、装着した。
準備が完了すると同時に、ギガントがこちらに気づき、岩石のような拳を地面に叩きつけた。
ズドォォォォンッ!!
地面を這うように、青白い雷撃が放射状に放たれる。
俺は絶縁ブーツの効果を信じて雷撃の波を真正面から跳び越え、一気に距離を詰めた。
「ガァァァッ!!」
ギガントが丸太のような腕を振り回す。
風圧だけで木々がへし折れるほどの圧倒的な物理。メイスで受ければ、腕の骨ごと粉砕される。
だが、レベル28となった俺の神経伝達速度は、巨人の大振りを完全に「停止した映像」として処理していた。
「力任せの攻撃なんて、軌道が読めればただの『案山子』だ」
俺は身を低く沈め、振り抜かれた腕の真下をすり抜ける。
狙うは、重い体を支える「関節」という物理的な脆弱性。
「……出力、全開!」
俺はタクティカル・メイスを両手で握り締め、ギガントの右膝の裏側へとフルスイングで叩き込んだ。
バキィィィィッ!!!
硬い岩石の皮膚ごと、太い靭帯と骨を粉砕する嫌な音が響き渡る。
巨体がバランスを崩し、凄まじい地響きと共に片膝をついた。
「まだだ、エラー(バグ)は徹底的に潰す!」
俺は崩れ落ちたギガントの背中を駆け上がり、放電を続ける巨大な後頭部へとナイフを逆手で構えた。
絶縁グローブ越しにも痺れが伝わってくるが、構わず全体重を乗せて刃を突き立てる。
「くたばれ!このデカブツが!」
刃が延髄を正確に貫き、雷の巨人は激しい痙攣ののち、光の粒子となって雲散霧消した。
崖の上に、静寂が戻る。
残されたのは、眩いばかりの輝きを放つ大きな魔石。
【所持魔石:450】
「……ふぅ。これで、アイテムボックスまでの道のりの1/4か」
俺は荒くなった息を整えながら、崖の下に広がるジャングルを見下ろした。
まだまだ、稼ぎ口は無数に転がっている。
レベルを上げ、肉体の限界を拡張し、理不尽な暴力を「論理」でねじ伏せていく。
この果てしない単純作業こそが、かつて誰からも評価されなかった35歳のオッサンを、最強の存在へと押し上げる唯一の手段なのだ。
「……待ってろよ。必ず、あのボートに山積みの物資を詰め込んでやるからな」
俺は再びメイスを担ぎ直し、さらなる獲物を求めて森の最深部へと歩を進めた。




