第12話
「あの土地に家を建てようとしてる人がいるとか、そういう話ではないみたいだな」
翌日、いつも通り昼過ぎに出勤すると、すぐに丹籐寺が話しかけてきた。
土蔵が建っていた土地のことを、少し調べてきたらしい。
相変わらす謎の情報網を持っている所長である。
「まあ、マンションとかを建てるには狭いし、かといって新しい店を開くほど立地も良くないしね」
結局、丹籐寺が調べても冬実の霊が険悪化した理由はわからなかったんだそうだ。
なんだか微妙に引っかかるよね。
おそらく死後百年以上は経ってると思う。
いまさら悪霊化するくらいに恨みが爆発するってのは、ちょっとリアリティがない。
「あやかしにしても幽霊にしても、あるいは人間にしても、必ずしも理屈に沿った行動しているわけじゃないからな。すべてはたまたま、という結論が最も正解に近いとは思うんだが」
がりがりと丹籐寺が頭を掻く。
どうにも自分を納得させられないでいる、と付け加えながら。
「僕は気にしすぎだと思うけどね」
机の上のウシぬいが肩をすくめた。
ただの幽霊退治でしょ、と。
それもまた事実ではある。
熊吉親分に頼まれ、悪霊化の恐れがあった幽霊を一体、浄化した。
とくにおかしいことはないのに、なーんか引っかかるんだよなー。
「まあいいか。左院くん、これ」
「なに?」
ほいっと手渡されたコピー用紙を受け取る。
「冬実がいっていた子供のこと、なんとか調べがついた」
「そんなの調べてたんだ」
紙にはいろんなメモ書きと、家系図的なものが書き込まれている。
すごいな。
一日でここまで調べ上げたんだ。
なんか、あやかしの名前とか連絡先とかも書き込んであるけど、そこは無視しよう。
それによれば、やはり冬実の実家はかなりの資産家で、いわゆる華族の血筋だったらしい。
「で、子供を引き取った木谷家ってのもやっぱり華族か。上流階級だねえ」
冬実の生んだ子は女の子で、静岡にあるやはりそれなりの名家に引き取られた。
そして冬実の死後に、程なくして彼女の実家も消滅する。
没落したどうかまでは判らないが、華族制度そのものが消滅したので家名が消えるのは仕方のない部分ではあるだろう。
「とくに治績を残したとか、そういうことはまったくないが、まず平穏な生涯を送ったらしいな」
片手に持ったブラックの缶コーヒーをまずそうに飲みながら丹籐寺が説明してくれた。
もしかしたら、寝ないで調べていたんだろうか。
八十六歳の天寿を全うし、菩提寺も静岡にあるらしい。
そしてその家は、すでに冬実の娘のひ孫の代になっているという。
「幸福に暮らしたんだね。少し安心」
「もちろん人生だからな。良いことも悪いこともあっただろうけどな、ただ」
丹籐寺は一度言葉を切る。
「ただ、娘は冬実の遺骨を引き取って自分の家の墓に入れた。だから今、親子は同じ場所で眠っている」
「そっか」
少しだけ複雑な思いで私は頷いた。
生あるうちは、たったの一日すら一緒にいることもできなかった母娘である。同じ墓に入ったのだからハッピーエンド、とは思えなかった。
ついでにいえば、娘が引き取るまで冬実の遺骨は埋葬もされずに寺に預けられていたってことだ。
けっこうひどい扱いだよね。
「だからこそ、冬実が悪霊化しなくて良かったと思う」
「ん、そだね」
私は他人様の人生を論評できるほど立派な人間じゃない。何に幸福を見出すかも人それぞれというものだ。
だけど、冬実の生涯は、さすがにあんまりだと思う。
もちろん、彼女より不幸だった人間はいくらでもいるんだってこともわかってるけどさ。
生前がひどい状態で、死後も悪霊になって祓われるのでは、ちょっと救いがなさすぎる。
生きているうちのことはもうどうしようもない。
時代も違うしね。
だからせめて、死後は安らかに眠ってほしいと思うのだ。
「で、これ」
また紙を渡される。
なんかぶっきらぼうに。
「なにさ?」
「出張命令書。静岡まで」
そっぽを向いて、頬をぽりぽり掻いたりして。
うわー、照れてますなー。
もっのすごい照れてますなー。
「所長って、優しいんだね」
すかさずからかってやろう。
「これはあれだ。アフターバーナーだ」
「なるほど」
うちの所長は戦闘機かなにかだったらしい。
たぶん尻から火を噴き出して飛ぶんだろう。
たぶん、アフターサービスとか言いたかったんだろうな。
テンパると面白い間違いをするんだね。この人。
「必要経費は金庫から適当に持っていけ。菩提寺の住職には話をつけておく」
そんなめちゃくちゃな出張旅費の計算があるもんか。
無理矢理、出張ってかたちに押し込んだんだな。
OKですよ。所長。
私の方でちゃんとした書類を作りますから。
「お寺にコネなんてあるんだね」
「こんな商売をやってるとな」
「子孫の人に手土産とか持ってった方が良いかな?」
疑問形にしたけど、余計なことかなって気持ちの方が強い。
お墓に手だけ合わせて帰ってくればいいかな、と。
「いらないんじゃないか? 知っても仕方ないだろうし」
案の定、丹籐寺も同じ意見のようだ。
「あと、そのウシは持って行けよ。護衛役だからな」
「雑! 僕の扱いが雑すぎ!」
じゃれ合いを始める二人。
まあでも、ウシぬい状態だと運賃がかからないから、お得ではあるよね。
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