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 学院堂の隅では、思いのほかに反撃にあってしまった蛇骨会の首級、爬虫類顔の小男が取り乱し叫んでいた。


「八頭蛇の先生、先生! ついに出番です。 お力をお貸しください! 」


 そのとき、さきほど飛び込んできてきたダンプカーのキャビンの助手席のドアがゆっくり開いて、事のなりゆきを見計らっていた、ひとりの男が降りてきた。


金蛇大人(ターレン)よ、いつまでこんな茶番につきあわせるのだ」

真っ黒なサングラスをした、一見して只者でないオーラをまとった男が降りてきた。 身長は、180cmくらいはあるであろうか? 尋常ではない筋肉の鎧に身を包んでいることがシャツの上からでもわかる。 男は、仲間にさえも一切の隙を見せないような動きで、一歩また一歩と歩み続けて爬虫類顔の子男の前に立ちふさがると、その首下をねじ上げこういった。


「私は、強い者との戦いだけを求めて雇われてきた。 それが、こんな片田舎の女子供相手とは! この私を愚弄するのかっ! 」

怒りにまかせて、子男の首をねじ上げたまま天井高く持ち上げた。


「ヒッヒッヒィ~」 子男が目を白黒させて、手をばたつかせると、数人の男たちが駆け寄ってくる。


「オマエ! 金蛇大人(ターレン)に対して何をするんだ! その手をはなせ!無礼者! 」 

ひとりの大男が、その男の襟を掴んだ瞬間、『グシャッ』と鈍い音がした。 みぞおちと左わき腹の二箇所が大きくひしゃげ、口元には沢山のあわと血反吐が湧き出ている。 襟を掴んだ拳の筋肉がほぐれる間もない出来事だった。 大男がサングラスの男のシャツを掴んだまま倒れると、その男のシャツがビリビリとやぶれていく。 


 そして、背中から腕の先まで掘り込まれた上半身いっぱいの、八つの頭をもった大蛇の刺青が現れた。


「フン! まぁいいか‥‥‥。 それでは、このたぎりを抑えるために、弱きものどもを血祭りにあげて、その血を我が体に彫りこまれた、八岐大蛇に捧げる()塩折(しおり)の酒にしてやろう」

そういうと、八頭蛇と呼ばれる男は、サングラスを投げ捨てた。 アジア系の見た目からは、そぐわぬ、薄灰色の虹彩の瞳をしている。 細く縦長な瞳孔とあいまって、本物の蛇の眼のように、まばたきひとつもせずにギョロリとあたりをうかがうと、男は手当たりしだいに近くにいた男どもに手刀を入れていった。


 倒れた男たちを見ると、一度に二箇所がえぐれている‥‥‥。


「なにをしやがる! てめえ」

「金でやとわれた拳法ぐるいが!! 」


 八頭蛇とよばれる男の叛乱に、蛇骨会の男たち数人ほどが怒号をあげて一斉に飛びかかった。 男はまるで、ほかの男どもの攻撃など意にも返さないように、ぐねぐねと、両手両脚を男たちの集団に滑り込ませていく。 それは人間と大蛇のあいのこが、求愛のからまりを見せるような異様な動きに見えていた。


 ほんの一瞬のできごとであった。 ある男は、意識を失ったようにくの字の姿勢のまま倒れこみ、またあるものはひしゃげた顔でものいえぬまま、嗚咽と漏れた呼吸だけをヒューヒューと鳴らせている。 どの男も、自分がなにをされたのか理解できずに、その濁った瞳を涙と目やにで濡らしながら、ぐるぐると視点を定められずに動かしていた。 同時に床は、巻き散らかれた泡と血反吐で汚れていった。


「フハハハハ! 我が両手! 両脚に憑依した、それぞれの双蛇たちの勁烈なる(あぎと)の大牙を存分に味わうがいい! 八つ頭の蛇神の前に肉をとびちらせて、血を捧げよ!! 」


八頭蛇と呼ばれる男は、そういうと両手をひろげた。 その時、左腕、右腕それぞれの前腕伸筋から拳の甲に向かって伸びる、太い動脈と静脈の血管が、まるで別の生き物のようになって、その存在を誇示するようにドクンッと波打った。 おそらく拳法着のズボンに隠れた、両脚を包む発達したふくらはぎの筋肉にも棲んでいる、左右2本づつ、あわせて四本の蛇も同様に歓喜の咆哮を上げたに違いない。


「男どもも、女も、この蛇神の赴くままに嬲り殺しにしてやろう! 」

男は耳まで裂けたような真っ赤な口元を振るわえて叫んだ。




「アイツは絶対にヤバイよ! 本物だ! 」 

《九重ゆみか》がそう叫んだとき‥‥‥。 




「リン」と涼やかな鈴の音がなった。

 

  『南無阿弥陀仏』


西園寺(さいおんじ)咲耶(さや)()》が、澄んだ声でそう唱えながら、八頭蛇の男の前に対峙した。


「無益な殺生はおやめなさい。 この私が、仏の加護をうけた真宗の護法で、お相手をいたします。 仏の教えにそって、あなたのような方にも散華の祈りを捧げましょう」

 

「フハハハ! 坊主の技をつかって、女が私にたてつくとは笑わせてくれる! 少しずつ甚振(いたぶ)って、震えながら念仏を唱えながら後悔させてやるのもいいだろう! 」 

そういうと、八頭蛇の男は、にや~りと笑みを浮かべ、目にもとまらぬ速さで、左拳の蛇の牙を咲耶花の喉とわき腹に向かって撃ってきた。


 咲耶花は、男の左拳が、その二箇所を狙ってくるのを見越したように、なめらかな滑るような動きで体を横にそらす。 そしてそれと連動した動きで、右手に持った大きな経板を最大限に活かしながら、首とわき腹を同時に防御した。 男から放たれた蛇の牙が経板に当たると、「ダダン! 」と二発づつの鈍い炸裂音が響いた。 咲耶花は、経板を持ち上げた右腕の隙間から覗く澄んだ瞳で、相手の動きが行き着く先を察するように、白金剛石の数珠を巻きつけたその拳で、男の喉下を狙って正拳をくりだす。


 すると八頭蛇の男は、人とは思えぬような軟体動物のようなぐねっとした体形をとり、咲耶花の拳をよけると、体の重心を無視した動きで右足からの蹴りと左拳の突きを瞬時に二回突き上げた。 咲耶花も舞人のように、するりするりと男の拳と蹴りをよけながら、盾を兼ね備える大刀剣と化した経板と、白金剛の数珠で固められた左拳で攻撃をしかけていく‥‥‥。 


 だが、お互いの一撃が当たることは叶なわなかった。 この間、わずか数秒、常人の眼には追えぬ速さであった。

 

「フハハハハ! やるな小娘! しかし、我が瞳に宿した蛇眼の前に、生き物の得た動きなど、追えぬものはない! 蛇神の牙が、おまえを捕らえるまで逃げ続けるがいい! 」 

そういうと、八頭蛇の男は、薄灰色の虹彩の瞳をいっそうと大きくして輝かせた。 縦長の瞳孔が、矢を解き離した後の弓のように、するどく細く絞られていく。


「我が奥義。 八岐大蛇の(あぎと)を、しかと味わえ! 」

八頭蛇の男は、それぞれの筋肉の繊維の動きを支配して、手を触れないまま、両腕の関節を外しだした。 


 ギュリッ ボキボキ‥ ボックン‥‥‥。 聞いたことのない筋肉と骨がきしむ気持ちの悪い音が学院中に響き渡ると、両腕が人間では考えられない方向へと動き出した。


 それはまるで本物の毒蛇が、鎌首を持ち上げ獲物を襲うときの動作であった。 二本の腕から繰り出される蛇の動きが、連続した(むち)のようにしなりながら、何度も何度も咲耶花に向かって襲いかかる。 まるで二本の肩から生えた蛇が、残像を以って何匹にもわかれているように感じられた。


「さあ、両腕の蛇神だけではないぞ! 我が両脚にも宿る大蛇の牙も一緒だ! 」

そういうと、八頭蛇の男は振り上げた両腕の蛇と、どんなくずれた体勢からも襲ってくる両脚の大蛇を駆使しながら、まるで水族館の水槽でもがく、巨大な(みず)(だこ)のような不気味な動きで咲耶花に向かっていった。


 四方八方からの蛇の攻撃が、咲耶花に向かって同時に牙をむいたその瞬間、咲耶花は手にした経板を扇のように広げ、八頭蛇の男からの多方向からの攻撃を完璧に(かわ)してみせた。 そしてその広げた経板の裏にその身を隠しながら、優雅に舞い飛ぶ(とう)(せん)(きょう)(おうぎ)そのもののようになって、ふうわりと学院堂の舞台上まで跳ね上がっていく!そして、ゆっくりと壇上に着地すると涼やかな通る声でこういった。


 

  『(ざん)(ひと)()づ、()(てん)()づ』



「あなたは、その蛇の技で、これまでたくさんの人を傷つけてきましたね」

「その拳に、罪に対して、あなた自身が痛みを感じたことがないのであれば、この私にとって、あなたのいう蛇の技など恐るるにたりません。 心なき人でないものが発したまやかしの技が、どんなに見た目が恐ろしくても、どんなに強い力をもっていても、この私を打ち砕くことはかなわないでしょう」


  『無慙愧(むざんき)は名づけて人とせず。 名づけて畜生(ちくしょう)とす』



「その畜生道の行い。 今日で終わりにさせてあげましょう」


 

  『南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ)


 

 そういうと咲耶花は、広げた経板を刀状にたたみ、その切っ先を舞台下の八頭蛇の男の前に突き出した。


「キサマァ!! 我が蛇神を愚弄するかァ!! 」

八頭蛇の男は、怒りを隠しきれずに、学院堂の舞台に飛び乗った。


「二の蛇! 三の蛇!! 六方(ろっぽう)毒牙(どくが)!! 八方羅候(はっぽうらご)!!! 」

男は、叫びながら、さまざまな蛇の攻撃を放ってくる。 怒りにまかせ、まるで歌舞伎の連獅子のようにぐるぐると体位を変えながら、振り乱した髪のように蛇の腕と脚をぐねぐねと動かしながら、咲耶花に攻撃をしかけてくるのだった。


 かわって咲耶花は平安の白拍子のように、経板を扇に見立て、美しく舞うように蛇の攻撃を見切っていく。 しかし、咲耶花からの決定打も八頭蛇の男の体を捕らえることはできなかった。


 学院堂の少女たちも蛇骨会の男たちも、壇上での、この二人だけの舞台を固唾を飲みながら見続けていた。 そして‥‥‥ 永遠に続くのかと思えるほどの時間が通り過ぎて行く。


(へび)(だま)火車(ひしゃ)ァーーーー!!! 」


 狂ったように八頭蛇の男が、身をよじりながら、手足を(まんじ)型にして回転をしながら飛びかかった。 まるで夏の最後を飾る(ねずみ)花火(はなび)の断末魔のような、鬼気迫る攻撃であった。 咲耶花は咄嗟によけると、八蛇頭の男は勢いあまって、舞台の暗転幕に身を巻き込みながら舞台中央まで飛んでいくーーーーーー。


『ブチブチブチッ』


 幕をとめる鋲がひきちぎられる音を鳴らしながら、ゆっくりとスローモーションのように暗転幕(あんてんまく)が舞い落ちる。 その奥には、ふたりの菩薩(ぼさつ)さまを脇待(わきじ)に大きな蓮の花の上に乗った、阿弥陀(あみだ)如来像(にょらいぞう)が立っていた。

 

 八頭蛇の男を覆いかぶさるように暗転幕が落ち切ったその時、咲耶花は、声を張り上げて叫んだ。


 

 『摂取(せっしゅ)心光(しんごう)、つねに(しょう)()したもう』


 

 学院堂に響き渡るような、涼やかな、そして通る声がこだまする。

同時に学院堂の舞台の咲耶花を見守るように、少女たちがブレザーの第二ポケットから懐中時計のようなきれいな手鏡をとりだした。 表面には、大輪の蓮の花の彫刻。 各々が、この学院を守りぬくという固い決意と勝利を信じる心を持って、鏡面を西に向かった舞台へとさしだした。

 

 暗転幕が怒りに震える立像(りつぞう)となってせりあがる!!


「ジャーーーーーギッ」

 幕の布が不安な音をたてて十字に刻まれると、その中から、薄灰色だった瞳を真っ赤に血走らせた八蛇頭の男が立っていた。


「フーーーーーーーーーーーーーーー!! もう許さない!! この空間すべてのものを我が蛇神の生贄にする! 誰も生かしてはおけないッ!!!!! 」

 

 そういって、八蛇頭の男は、咲耶花の方を振り向いた。 そのとき‥‥‥!

 

 咲耶花が左手を上げると、「リン」と涼やかな鈴の音が鳴った。

 

 

 『いざ光‥‥‥ 』



 学院堂の欄間から一斉に射す西の空がいつにもまして、金色にまぶしく、強く‥‥ 強く輝いている。 学院堂中の欄間からあふれるように漏れたその光を、ひとり、またひとりと、少女たちは各々の手鏡にあつめ、瞼を閉じていった。 そして強い祈りをこめて、舞台中央の阿弥陀如来像の背中にある金色の大鏡に向かって照らしだす!

 

 学院堂中の少女たちの祈りが一斉に集まるには、わずかな時間もいらなかった。 同時に咲耶花の姿がゆっくりと集められた光の渦にとけてゆく。


 そして‥‥‥ 如来像の背中の大鏡に集められたその光は、強い光弾となって、八頭蛇の男を打ち抜いた。 光を集めるのには適さない、八頭蛇の男の薄灰色の蛇眼を焼きこがすには、十分な光の量であった。


「眼‥‥‥ 眼が~~~  熱い! 焼けるぅ~~!! 」

顔を覆いながら、八頭蛇の男がもだえ苦しむ。 いままで邪悪の権化と化していた、その男からは似合わない悲鳴にも似た情けない声が学院堂にこだました

 


 

 『 咒! 』



 そのとき言葉にもならない音が響き渡り、光の渦から咲耶花がふうわりと飛び出してきた。 風にまかせて舞い落ちる木の葉のように、ほんの軽く二回ほど回ると、降り際に刀剣と化した経板で八頭蛇の男の頭蓋骨の上を「ぱーーーーーーん」と叩いた。


 男は、その乾いた軽い音とは裏腹に、脳から脊椎・脊髄を伝わって足指の先まで、すべてを強く振動させていた。 赤く濁った蛇眼がくるっと裏側にまわったとき、崩れるように泡をふきながら静かに倒れていく‥‥‥。



「さあ、あとは、雑魚だけだ! みんなで片付けるよ!! 」

《天知ひかり》の言葉とともに、「わぁっ」という少女たちの声が響いた。

 

 そのとき、学院堂の紫色のベルベットを貼り付けた重い扉が観音開きにゆっくりと開く。 そこには息をきらした、かのんが立っていた。


「飛鳥は? みんなは? 」



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