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挿絵(By みてみん)

 

 

  二日め、火曜日。 一般授業は難しい。

 

 先取り教育を行っているこの学院のカリキュラムは、公立中学校の三年間の授業では、どうしても追いつけないものがある。 飛鳥は、心ここにあらずと流しで終えてしまった春休みの予習勉強を悔やんだ。


「あちゃ~‥ このまままでは、学期末が恐ろしい」

 飛鳥は、窓際席の後方に座るここなの姿をチラっと見ると、同じように顔をくもらせ、一心不乱にノートを取っているその姿が目に入ってきた。 しかし、その瞳は真剣そのもの、黒板の文字に、先生の言葉に、その一挙手一投足までもノートに刻みこんでいるようだった。


「ここまでの授業で質問はありませんか? 」

先生の言葉に少しためらいを見せ、一度、胸の前で止めた右手を『すぅっ』と挙げた。 真っ赤な頬をしながらも顔は前を向いている。 もう、伏し目がちな眼差しではない。 彼女は変わろうとしている。 だからこの学院にやってきたんだ。 負けてはいられない、飛鳥も同じようにて手を挙げた。


「先生。 質問があります――――」





  体育の授業、今日は体力測定。


 100m走、垂直とび、ひとつひとつの測定に「わーーーっ」という歓声が沸きあがる。 そして、その中心には、いつもかのんがいた。


 つめかけるギャラリーの中、走り幅跳びの測定が始まった。


ホップ!  交互に振った両手は、宙をつかみながら前へ前へと体を引っぱってゆく。

ステップ!  蹴りだした左足がしなやかな弓のように弾けた。

ジャンプ!!  舞い上げた土ぼこりをあとに、スローモーションで跳ね上がる。


 いつまでも、いつまでも着地しない。 まるで、天かける羽衣(はごろも)の天女のようだ。

クラスメイトは固唾を呑んだ。 そして、数秒間の沈黙のあと、大歓声が巻き起こる。

「ピー! 記録的な飛距離だ! 」 体育科の先生も頬が高潮している。 飛鳥は、なんだか自分のことのように誇らしかった。



 三日目 水曜日。 ランチタイム。

 

 春のそよ風がやさしく包む中庭の芝生の上、五葉松の木漏れ日の下で、飛鳥、かのん、ここなの心待ちの時間がはじまった。 お母さんが飛鳥のために、かわいらしく仕立てたお弁当。 大好きなハムスターのキャラクターがついたナプキンを花のような結びにして包んでいる。 花結びを解くと、なんともいえない陽だまりのような食材の香りがした。 家族のやさしい笑顔が見えるようだ。

 

 かのんは、購買で一番人気だというスクランブルエッグのロールパンをほおばっていた。 数々のライバルたちをしり目に、その身体能力を生かして難なく手に入れたのだろう。 小さな口をせいいっぱいに大きく開けて、嬉しそうにほおばる姿がなんともかわいらしい。 飛鳥もここなも、はほほえましくその姿を眺めていた。

 

 ここなは、山中塗りの小ぶりな重箱型のお弁当を持たされていた。

「もう、お母さんたら‥‥‥ こんなに食べきれないのに」

困った顔をしながらも、すこしたれ気味の大きな目がくしゃくしゃに崩れていく。 母の愛をかみ締めているのが十分にわかる。


 かのんは、「やっぱり、キヨココのとこは、セレブね」 といいながら、その重箱から、ひょいとエビフライをつまんで口に投げ入れた。


「そういえば知ってる? 」


 かのんが、いちご牛乳のストローをむきながら話をし始めた。 情報通のかのんの話では、なんでも学院に脅迫状まがいのものが届いたらしい。 いま、学院側も白蓮会のほうでも、生徒の安全を第一に考え、その対策に奔走しているということだ。


「なにが目当てなんだろう‥‥‥。 なんたって、この学院は古いからねー。 どんなにすごい宝物が眠っているのか知れないものね」

そういいながら、かのんが、ここなの重箱の最後のエビフライをつまもうとした。


「もう、宝物は、お預けです! 」

ここなが、お母さんのような口調でいうと、三人は、顔を見合わせて大笑いをした。



 四日目 木曜日 休み時間


 かのんもここなも、クラスの係りの用事のために、先生に呼ばれてしまっていなかった。 

ケンカをしたわけではなかったが、ひとり置いていかれたような気がしてしまい、飛鳥は少し淋しい気持ちになっていた。 しかたがなく、この学院の東側にある、じゅんさい池という少し大きな池のまわりをつまらなそうに歩いていると、蓮の葉の上に、小さな亀がひなたぼっこをしているのが目に入ってくる。 池のふちにしゃがみこみ、くちびるをツンとがらせながら、それをじっと眺めていると、聞いたことのある澄んだ声が優しく呼びかけてきた。


「あら、あなたはあの時の‥‥‥ 」

顔をあげると、池のほとりの西洋風の東屋(あずまや)に、そのひとは腰をかけ、仲間たちとお茶を飲んでいた。


「なんだい、咲耶花の知り合いかい? 」

日に焼けた豪胆な笑顔をした、右どなりの女性が声をかけてくる。


 澄んだ声のほうの主は、人差し指を唇にあてて、ヒ ミ ツ というようなポーズをとると微笑みながらこう言った。

「あなたも一緒にお茶でもどう?」


 東屋の柱には、緑青(ろくしょう)が生えた『白蓮堂(びゃくれんどう)』と書かれている銅版が貼られている。


「さあさあ座りな。 今日のお茶会は、気の通ったヤツは誰でも参加してよいと今決めた」 

 咲耶花を中心にして、左どなりの、もうひとりの丹精な顔立ちをした女性が、しなやかな動きで両手を大きく広げて、こっちにおいでというしぐさをした。


「今日のお茶は、ミントのハーブティーだよん。 ひとりぼっちで寂しくこの池のまわりを歩くような時には、爽やかなミントの香りで、気持ちをリフレッシュ! するんだよ。 ミントの語源って水辺の妖精ことだって、知ってた? 」

ボブヘアーの小柄な女性が手をひらひらとさせて話しだす。


「いや‥ボクはたまたま‥‥ そんな申し訳ない」

飛鳥は気後れして、肩をすぼませて後ずさりをした。


「いいだろ! 座った座った! そんなにアタシらが怖いかい! 取って食ぃやぁしないよ」 飛鳥の背中を押すように、侍のように髪を後ろに束ねた姉御肌の女性が後ろに立っていた。

 

 あのときの開蓮会で壇上にたっていた五人組。 目の前の白い円卓には、第百二十代白蓮会のメンバーが勢ぞろいをして座っている。 飛鳥は小さくなって借り物の猫のように席に座ると、ミントティーにそっと口をつけてみた。 爽やかな香りが心の中いっぱいに広がり、そっと目をつぶると、なんだかフワフワとした気持ちになっていく‥‥‥。 すると不思議と心が軽くなって、自然に口元に笑みがこぼれてくるのだった。


「ほら、笑えた。 みんなで囲むお茶会は、やっぱり楽しいですね」

咲耶花が、ほがらかな顔でそうつぶやくと、そうだそうだと残りのメンバーも大きな声で笑いだして、静かな湖畔のはずのお茶会はにぎやかになった。




 五日め 金曜日。 放課後。

 

 この学院では、図書館を『書泉院(しょせんいん)』と呼ぶ。 法隆寺の八角円堂を思わせる、多面形の出窓をした閲覧室を中央に据え、近隣随一の蔵書数を誇っていた。 入口上面の額に、これこそ達筆とういうような風格の文字で『学為也書之泉』と書いてあるため、その名がついたという。


 しかし、大きなガラスを張った多面形ゆえの、どこからでも暖かな日差しを集めることができるその造りは、まるで陽だまりにゆれるゆりかごのようだ。 それゆえに、訳しり顔の生徒たちのあいだでは『(ゆめ)殿(どの)』と呼ばれている。 今日も、授業に部活に、打ち込み疲れた生徒たちのこうべを優しく揺れさせていた。

 

 例にもれず、かのんも小さな寝息をたてていた。

長い両足を『ぽーん』とほうりなげ、手は本を握ったまま、いつもの利発さが考えられないほどの無防備な姿をしている。 口も少し開いていた。 長いまつげが小刻みにゆれる。 飛鳥とここなは顔を見合わせて、クスっと笑った。 


 飛鳥は、書店では決して見ることのないような布張りの動物図鑑に目をおろすと、図鑑の(ふち)に飾られた金銀の糸をそっと指で撫でてみた。 やさしい肌触りに身を任せ、ちょっと小難しい内容に気がゆるんでくると、小さなあくびがもれてくる。 となりを見ると、ここなが、海の景色をルポタージュした、旅の写真集を見つめていた。


「いつか、三人で、旅行に行きたいね」

ここなが、長い睫毛をふせながら、そうつぶやくと、飛鳥は「うん」 とひとことだけ答えながら、かのん、ここなと、キラキラと輝く波打ち際ではしゃいでいる姿を想像した。


 (しょ)泉院(せんいん)の開け放たれた上窓のスリットから、ふうわりと心地よい初夏の香りをたたえた風が注ぎ込む‥‥‥。 飛鳥の意識が薄紫色のもやの中に入っていくと、いつしか、ここなも、かのんも、飛鳥の肩に身をまかせていた。


 庭の菩提樹(ぼだいじゅ)の葉がゆれて、葉陰からのぞく木漏れ日がゆらゆらと窓から差し込む。 そして今日も、『(ゆめ)殿(どの)』は、少女たちをやさしく包みこんでいた。





 ここは白蓮会の会室。 書泉院の上にある。

  

「昨夜、裏門の金網がこわされていた! 警備員が気づいて大事にはいたらなかったが、この学院に侵入を試みたのは明らかだ! 」

合気道でならした、円をかくようなしなやかな身のこなしで、片手で空手(くうしゅ)をきりながら白蓮会副会長の《風祭(かざまつり)(じゅん)》が唇をかみしめて怒鳴った。

 

「帰宅途中の生徒への、脅しまがいの聴き取りが、日に日に増えているとの報告が入っている。 いったいやつらの目的はなんだ! 」

もう一人の副会長、《()(らい)ともえ》が、剣道の全国大会で優勝を勝ち取った、一撃おとしの面を打ち込むときにみせる鬼のような形相で机を叩く。

 

 体育部会のスターであったこの二人。 まだ日焼けが残る、その丹精な美しい顔を悔しさにゆがませて、声をあわせて叫んだ。


「「このままでは、この学院の安全を保つことができない! 」」


 

「とうとう脅迫状が届きましたねぇ。 蛇骨会なる窃盗団です。 おそらく、このところ世間で騒がれている国際的宝石窃盗団の一味でしょう。 彼らは、なんでも当学院に眠る、宝物かなにかを返せと言っています。 会長、心あたりはありますか? 」

書記長の《九重(ここのえ)ゆみか》が少しおっとりした口調で話しだした。 少し茶色の紗が入ったボブヘアーの髪、比較的体格の良い面子のそろったこの白蓮会の中で小柄で幼い表情をしている。 白蓮会の頭脳といえる存在だ。


《九重ゆみか》が、蛇骨会なる窃盗団からの脅迫状を読みあげた。



『 一刻台女学院関係者ならびに生徒代表のみなさんへ、


 御学院(おんがくいん)に長きにわたりお預けしている、我々の大事な宝を返していただきに(うかが)いたく(そうろう)。 


お預けしているものは‥‥‥×××。  

 

 我々の組織に属する者たちは、手荒(てあら)なまねも(いと)いません。 もし拒否をされるのであれば、御学院(おんがくいん)ならびに、生徒のみなさんに、にどんな危害があったとしても、我々は責任を持たないでしょう。 なお、警察などに通報しようとも、尻尾の先まで捕らえられるような(うつ)け者はおりませぬゆえ、無駄なこととご承知ください。

 

 蛇の道を、骨の髄まで精通している故の蛇骨会でございます。 』

  

 

 脅迫状は、そう締められていた。



「九重よ、また、そういうのを大人たちより先に手に入れてきたな? 」

風紀委員長の《天知(あまち)ひかり》があきれたように言った。 長い髪を後ろで束ね、達観した表情と不敵な口元、時代劇の侍を思わせる容姿をしている。


「なにをいってるんですか! 先代も先々代も、それよりもずうっと前からこの学院の問題は、わたしたち白蓮会が誰よりも率先して解決してきたというのに! そのための情報収集は、もっとも重要な勝利の鍵です! 机や壁や誰かを叩いたってなんにも解決にはなりませんよ。 馬鹿がやることです。 たたくならこのコです 」 といいながら、《九重ゆみか》が、目の前のノートパソコンのキーボードのEnterキーをポーンと叩いた。


「ゆみかー! 貴様、何気に私たちを馬鹿にしたな! 目が見たぞ、こちらをチラッと! 」

《紫雷ともえ》が大声をだしながら、また、机をバンと叩いて《九重ゆみか》に顔を近づけて凄んだ。


「ホラいったそばから叩いた。 だから筋肉で解決しようとする人たちはダメなんですよ」

《九重ゆみか》がため息をつきながら、両腕をW字に開いて、やれやれというポーズをとる。


「いや、私たちって、私は関係ないぞ。 私は人を投げるだけだし、めったに叩かないし、腕だってホラ、ともえよりもうんと細いしかわいらしいし!! 」

《風祭純》が体をひねらないままで、重心をいなした素早いスライド歩行で、一気に二人の間合いに入って、その腕をさしだした。


「なにいってんの、アンタだってフトモモの筋肉がすごいのを知ってるんだからね! いつも、腰をおろした歩き方の練習ばっかりしているだろうが!! 」

そういって《紫雷ともえ》が《風祭純》の太ももをパンッと叩いた。


「かよわい女子のヒップになにをする! それに、あれは、ナンバ歩きといって、着物をきた古来日本人のための美しい歩き方と一緒だ! 合気道では、基本中の基本歩行だ! 男勝りの剣道オンナとは根本が違う!! 」

《風祭純》が顔を赤らめて《紫雷ともえ》を睨んだ。


「どっちも一緒の格闘好きの『同じ穴のムジナ‥‥‥ ならぬゴリラ』でしょうが」 そう言いながら、東照宮の眠り猫のようにあくびをした《九重ゆみか》を間にはさんで、二人の西洋彫刻のような顔立ちをした風神様、雷神様が凄んで叫んだ。

 

「「ゆみか~!! キサマーーー!! 」」


「はー! 緊張感がない。 なにを三人でギャーギャーとやっているんだか!‥‥‥。 で、どうするよ咲耶花。 このままでは、いつ生徒たちに危険が及ぶかわからんぞ」

《天知ひかり》があきれたような顔をしながら、腰かけた白蓮会室のイスの背もたれを深くたおしながら、くるりとテーブル中央のほうに体を向きなおす。


「今は、いたずらに騒ぎ出しても、生徒たちの不安をあおるだけです。 いまのところは我々が水際で未然にふせぐよう、一層の警備と生徒のみなさんへの注意喚起を強めましょう。 

しかし、本当に生徒達やこの学院に危害が及ぶということになれば‥‥‥。 わたしたち白蓮会も立ち上がらなければならないですね」


「いつものように‥‥‥ 」 と、西園寺咲耶花は、いつになく厳しい顔でそういった。



 その言葉を聞いて、白蓮会の残りの四人はなぜだかニヤリと微笑んだのだった。






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