第四話 「カインとオヤジ」
――リリアとのいつもの漫才を終えたカインはそのまま急ぎ足で聖王の居城へと向かう。
聖王都においてカインは、その顔を知らぬ者はいないと言えるほど知名度があり道行く人々が時折歓声を上げる。
カインはそんな声に軽く手を振って応えつつ街路を走り抜け、一時間ほどで城に辿り着いた。
森から聖王都まで半日ほどかけて歩き、ここまで走ってきたもののすでに夕暮れ時である。
「やれやれ、さすがに少し疲れたな……まァーあんま聖王のオヤジを待たせるわけにもいかなかったからな……」
野盗を捕らえ、次の日には決して軽くはない荷物を背負ったまま半日歩きづめ、さらに聖王都に着いてからも休まず一時間かけて聖王の居城まで走ってきて『少し疲れた』程度で済むのは日々の修練を怠っていない証である。
天才の名をほしいままにし、齢十九にして魔王を討ち倒した英雄と呼ばれる男がその後も三年の歳月を休むことなく修練を積み重ねてきたのである。
現時点で、カインに一対一で正面から戦いを挑み勝つことができる可能性のある人間はこの世界にほとんど存在しない。
城に着いたカインは剣以外の荷物を城内の衛兵に預けると、王宮の謁見の間……ではなく、聖王の自室へと案内された。
聖王はすでに職務を終え食事を始めていると聞き、間が悪かったのかと考える。
案内されたカインが扉の前に立つと、近衛兵が扉を叩き中へ声をかける。
「聖王陛下、お食事中申し訳ありません。 鷹翼の騎士団『白金の騎士』カイン・ルース様がご到着なされました」
――すると中の聖王から返事が来る。
「かまわん。 通せ」
その言葉を聞いて近衛兵は扉を開き、カインを中へ通すと再び扉を閉じた。
カインは扉から一歩中に入ると、そこで跪き聖王に対し頭を垂れ言葉を発した。
「鷹翼の騎士団『白金の騎士』カイン・ルース、此度の聖王陛下の召集の令に従い只今馳せ参じました」
――そうしてカインが聖王の言葉を待つと、聖王は口を開いた。
「――はっ、」
「なぁ~にが馳せ参じだ、やぁっと今頃になって来やがってよぅ。 来るのが遅っせーんだよカイン! どうせ領土争いの戦に参加するのが嫌で逃げてやがったんだろぅ? あぁ? お前、もうちょっと俺や国の為に働こうってぇ気にはならねーのかよぅ!」
……聖王とは名ばかりのただのオッサンであった。
「いえ、決してそのような……」
「あぁ~いい、いい! そういう固っ苦しいのは鬱陶しいからいつも通り話せ! どうせここにゃ口うるせー大臣はいねぇんだ。 そのためにわざわざ仕事を早めに切り上げて自室に呼んだんだからな。 さっさと座れ!」
そこで間が悪かったのではなく、聖王の図らいによるものだったのだと気付く。
見ると聖王は食事にも全く手を付けてはいなかった。
「じゃあ……悪いなオヤジ、俺はもう政治が絡むような人間同士での戦はコリゴリなんだ。 できれば俺の力は純粋に国や人々を守るためだけに使いたい」
「はっ、わぁ~ってるよぅ! お前がそうなっちまった理由も、お前は話そうとはしねぇが、大体の察しはついてる……」
「オヤジ……」
「だがな、カイン……幼くして両親を魔族に殺され身寄りをなくしたお前が、弟の生活のためと復讐のために騎士団に入って命がけで戦ってるのを見た時から、俺はず~っとお前らの親代わりのつもりでいるんだ。 ワケを話してもいいと思ったらいつでも話せ。 大臣どもはいい顔をしねぇだろうが、俺はいつでもお前の味方でいてやる」
「……ありがとう。 いつも感謝してるよ、オヤジ」
「――で、それはそれとして本題だが……カインお前を呼んだのは他でもねぇ。 今、各地で領土争いが多発していることはお前も知ってるなぁ?」
「まァー、大体の事は弟から聞いてるよ。 けど……」
「まぁ待て、話は最後まで聞け……ソッチの方は他の六人に任せているから、現状大きな問題は無い。 問題は別のトコにある……」
「別の問題……?」
「そうだ、魔族と戦ってた頃は共に戦っていた周辺各国が、今では領土を奪い合う敵だ。 今は白金の騎士達がそれを抑えこんでくれてるが、争いが長引けば戦力の消耗も激しくなりジリ貧になるだろう。 それと最近、三年前の戦いで散り散りになったはずの魔族の残党が暗躍してるって話が俺のトコまで届いた」
「……っ! 魔族の残党が!?」
(バカな、そんなはずはない。 もう魔王はいないんだ。 誰がそんなことを?)
「まだ噂程度の段階だがな、それでも状況が状況だ。 警戒しとくに越したこたぁねぇ。 領土争いの間隙を縫って魔族に背後から狙われる、なんてことになるワケにはいかねぇからなぁ……」
「それじゃ俺に、その警戒と調査……あわよくば残党の殲滅を依頼したいってことか……? あるいは聖王都周辺の警護……」
「いや、それは別の者にやらせている。 俺もそんな細けぇ仕事をかつての英雄にやらせるワケにはいかねぇのよ。 大臣どももうるせぇしな……とはいえ戦力的に余裕があるワケでもない現状で白金の騎士を一人遊ばせておくワケにもいかねぇ。 分かるよなぁ?」
「あぁ……」
「そこでだ! お前には国の戦力増強のため、次世代の鷹翼の騎士団の育成をして貰いたい! できるなら新たな白金の騎士候補となるような強い騎士を鍛え上げて欲しい!」
「俺が……騎士団の育成を!?」
「これはお前にしかできねぇ仕事だ。 なんせ平民出身で『魔王を倒した英雄』の肩書きを持つお前の元になら、多くの騎士志願者が集まるだろう。 今いる若手共にも発破がかかるってモンだしなぁ……どうだ? やってみねぇか?」
「……それじゃ、当面しばらくは俺が領土争いなんかに駆り出されることは無いと思っていいんだよな……?」
「あぁ。 緊急時は別だが、基本的にお前は次世代の育成にだけ集中して貰えりゃ構わねぇ。 そしてその中から新たな白金の騎士が生まれれば、尚更お前の仕事は減るって寸法だ。 悪くねぇだろ?」
「……その白金の騎士の選出はどうするんだ? 俺の一存で選べるのか?」
「いや、勿論お前の推挙があれば候補には上がる。 当然だが、その上で実戦での戦果や働きによって俺や大臣が正式に任命することになるだろう」
「なるほど、分かったよ。 その仕事引き受けた。 オヤジのたっての頼みだし、たまには親孝行もしとかねェーとな!」
「はっ、良く言いやがるぜ! だがありがとうよ。 宜しく頼んだぜカイン!」
「あぁ、任せといてくれ!」
「それじゃ固っ苦しい話も終わりだ! 飯にするぜ! 今夜は存分に食って飲んで寝て英気を養いな!」
「いやオヤジ、飯はありがたく頂くが、俺は酒は……」
「まぁだそんなことを言ってやがんのか? 王宮の中で襲撃を警戒する必要なんかねぇぞ? お前ももういい歳なんだし、たまには付き合いやがれ!」
「襲撃を警戒してる訳じゃねぇけど、これは主義なんだ。 曲げられねェーよ」
「ちっ、しょうがねぇ野郎だなぁ……まぁいい。 ならお前は飲まなくていいが、とにかくたらふく食え! 積もる話もあるんだからよ!」
カインは少し申し訳なさそうに苦笑いするが、すぐに少年のような笑顔に戻る。
「あぁ、ここ数日野営続きでろくなもん食ってないからありがたくいただくよ」
そして聖王と共に料理に舌鼓を打ちながら、本当の親子のような会話を楽しむ。
「カイン、最近はどうなんだぁ?」
「あぁ、俺のほうは騎士団の連中と訓練の毎日さ。 時折、領地に入り込んで悪さするやつがいるがそういう連中を捕まえたり、領内の見回りをしたり、まぁいつも通りだよ。 そういや、すぐに報告が来ると思うがここに来る道中も野盗の一味を捕まえておいた」
「セトは元気にしてるか?」
「セトも元気だけど毎日忙しそうにしてるな。 俺の代わりに面倒な事務手続きを全部やってくれてるから助かってる。 おまけに、空いた時間には俺や配下の使う武器や防具まで鍛えてくれてるし、頭が上がらねぇよ」
「そうか、セトは本当にできた弟だなぁ。 兄貴の出来が悪りぃと本当に苦労するだろう」
「余計なお世話だ……大体、俺らは元々平民出身なんだ。 貴族の生活はどうにも堅苦しくて肌に合わねぇ。 セトは頭も要領もいいし上手くやれてるが……俺にはあいつみたいに上手くはできねぇ」
「そうか……だがまぁ、お前自身の領主としての評判は上々なようだぞ。 お前が昔住んでた魔族に襲われた村を再興し、そこに自分の屋敷を置いたおかげで領民も魔族に怯えず安心して暮らせているようだ。 生き残ったかつての村人たちもそのおかげで村に戻ることができたとお前に感謝してたんだろう?」
「よく知ってやがんなぁ。 どこから聞いて来るんだよそんな話……いや、大臣の派閥の人間が俺の身辺を調査してるって話は聞いてるけど」
「この国で俺の耳に入ってこねぇ話なんてそうそうねぇーよ」
「おっかねぇなぁ……」
「ただ、あまり税を軽くしすぎるのはいただけねぇーがな。 お前の領地から上納されてくる税がいつもギリギリだって税務官が文句言ってやがった」
「それは……まだ村の復興も完全に終わったわけじゃないし、領民も生活が苦しい人間が多いんだ。 俺もセトもそのへんは良く考えてやってるつもりだ」
「金がねぇんだったら尚のこと戦には参加してほしいもんだがなぁ? そうすりゃ褒賞金も出るし、便宜も図れる」
「うっ……」
「まぁそいつは今回の騎士の育成って仕事をキッチリこなしてくれりゃ、どうにかしといてやるから安心しろ」
「そいつは助かるよ……あ、もしかして今回の話ってそのためだったのか?」
「はっ、今ごろ気付いたのかよ。 ほんと出来の悪りぃ息子だぜ」
「まいったな、ほんと敵わねぇや……」
そう言いながら、カインの心は本当に感謝と尊敬の念でいっぱいだった。
この人に息子と呼ばれることを誇らしく思い、それに応えたいと思った。
「ところでカインよぅ、さっきも言ったが、お前ももういい歳だ。 そろそろ身を固めるつもりはねぇのかぁ?」
「うっ……それは……」
「その様子だと、まぁだその気はねぇようだなぁ?」
カインは言葉に詰まった。
「なんでだ? お前さえその気なら、お前の妻になりたいっていう貴族の女どもは十や二十じゃきかねぇぞ?」
「………………」
さすがに、惚れた魔王に操を立てている、などと言えるわけもない。
(そうですよカイン。 もう私のことなんて忘れて、いい人を探してみるのはどうですか?)
(リリアうるさい。 お前がそれを言わないでくれよ……本気で落ち込むぞ……)
(もう、カインは本当にしょうがない人ですね……私のことを想ってくれてるのは嬉しいですけど、そろそろ前を向いてほしいです。 私なんかに操を立てられても私はもう死んでいて、カインの奥さんには絶対になれないんですからね……)
(分かってる……分かってるんだよ、そんなこと……でも……)
「まさかとは思うが、お前……」
「えっ?」
「魔族との戦争で、惚れた女でも死なせたか?」
「……っ!?」
そこで思わずカインは全身を緊張で震わせてしまう。
「はっ、なんだ図星かぁ?」
「いや、それは……」
リリアのことは絶対に知られるわけにはいかない。 たとえオヤジであっても。
カインがそう考え、どう誤魔化すか必死に思案していると――。
「そう緊張すんなよ。 別に根掘り葉掘り聞こうなんて思っちゃいねぇよ」
「うっ……ごめんオヤジ……」
――聖王はカインの内心を読み取ったかのように言葉を続けた。
「構わねぇよ。 お前は両親だけじゃなく村で親しかった人間も多く喪ってるし、戦場でだって仲間が何人も死んだだろう。 その中にそんな相手がいたって、別におかしなことじゃねぇ」
だがどうやらリリアのことを悟られたわけではないとカインは胸をなでおろす。
「だがな、いつまでも死んだやつに縛られるな」
「………………」
「お前がそんなんじゃ、両親だって浮かばれねぇだろ。 お前は生きてるんだ。 さっさと妻を娶ってガキを作って、両親に孫ができたって報告でもして安心させてやれ。 俺だってそれを楽しみにしてるんだ」
「あ、あぁ……そうだな。 なるべく、善処するよ……」
「お前だけじゃねぇぞ。 セトだって、今は忙しくて結婚を考える余裕なんてねぇかもしれねぇが、もういい歳なんだ。 なるべく早く身を固めるべきだ。 そんな相手の一人や二人、俺ならいくらでも用意してやれる」
「けど、俺だけじゃなく他の白金の騎士の連中も、皆俺より年上だけど結婚してるのなんて三人だけじゃないか」
「まぁなぁ……でも仕方ねぇ~やつもいる。 例えばルカは女だ。 結婚して子を産むとなったらもう戦うことはできねぇだろう。 あいつは責任感が強えぇから、簡単に仕事を投げ出せねぇ。 頼りになる後任でもいりゃあ別だろうがな。 最悪未婚のまま女の幸せも知らず戦場でくたばるかもしれねぇ」
(頼りになる後任……そうか、そのためにも俺が、その後任を育てなきゃいけないってことなのか)
「イザヤは、多分そのつもりがねぇな。 あいつが家名を持とうとしねぇのもそのためなんだろう。 死ぬまで俺のために戦いたいなんてぬかしてやがった。 俺はあいつにも、真っ当な人間らしい幸せを手に入れてほしいと思ってるんだがな。 あとミカは……あいつは、俺にも何考えてんのかサッパリ分かんねぇ」
「オヤジでも分かんねェーことなんてあるんだなァー」
「当たりめぇだろうが。 俺だって神の代行者……聖王なんて呼ばれちゃあいるがただの人間だ。 この世の中に分からねぇことなんて山ほどあらぁ」
「ははっ、それを聞いて少し安心しちまったよ……ふぁ……っと、ごめんオヤジ」
カインは気が抜けた途端、あくびをしてしまう。
「いい。 さすがのお前も少し疲れが溜まってるんだろ。 まだはえぇが、今夜はもう客室でゆっくり休むんだな」
「じゃあ、悪いけどそうさせてもらうよ……」
「あぁ、そうだカイン」
「んァー?」
「お前のその口調……俺の真似なのかもしれねぇが、似合わねぇからやめとけ。 お前は俺の真似なんかしねぇで、お前らしくしてるのが一番だ」
「ぐっ……そうか、似合ってないのか……そうかぁ……」
「あぁ、特にイザヤの前では絶対にやめとけ。 あいつお前がその口調するたびに苦虫を噛み潰したような顔で睨んでやがるからなぁ」
「イザヤ……なんか前より嫌われてる気はしてたけど、そのせいだったのか……」
自重しよう……カインはそう思った。
そうして聖王との会食を終えたカインは、荷物を預けた衛兵に案内され客室へと向かい、王宮の豪華な寝台の上に寝そべる。
「ふぁぁ……なんか、本当に思ったより疲れが溜まってたみたいだな……」
(まぁ、聖王都までの道中はさておき、昨日は色々あったからなぁ……)
(カイン、さすがに今日はお疲れのようですね)
(あぁ、まぁ昨日の夜は野盗共を見張るために全然寝れなかったしなぁ……)
(そうですね。 じゃあ今夜はもうゆっくり休んでください)
(そうするよ……さすがに眠い)
(あ、カイン)
(ん?)
(私も、カインにあの口調は似合ってないと、ずっと思ってました)
(…………もう二度としません)
リリアにまで戒められたため、カインはあの口調を永久に封印することにした。
尊敬するオヤジの真似をしたかっただけなのだが、周囲には不評だったようだ。
そしてカインはそのまま眠りに落ち、次の日の朝まで泥のように眠った。
――その頃、聖王の自室……。
(しかしカインのやつ、まぁだ引きずってやがんのか……)
聖王――『エクセル・ホークウイング』は、三年前のことを思い出していた。
カインが魔王の首を落とし、それを持ち帰ってきたあの日……。
――カインは丁寧に布に包んで大事そうに胸に抱えて持ち帰ってきたその首を、俺や大臣どもの目の前で包みを開いて見せ、これが魔王の首ですと報告した。
大臣どもはひどく動揺したツラをしていた。 俺も平静を装ってはいたが、正直言って内心はかなり驚いていた。
なにしろ、そいつはあまりにも若く美しい、少女の首だったからだ。
一瞬、カインが乱心して人間の小娘の首を斬り落としてきたのかと勘違いした。
しかしよく見てみると、確かに人とは違う特徴的な長い耳を持つ、確かエルフと呼ばれる魔族……亜人のものであると分かった。
エルフって種族は人の何倍も長命で、かつてはこの世界でもエルフの肉を食えば若さを保ち寿命も延びるなんて迷信もあったほどだ。
なるほどそれなら見た目通りの年齢ではないのだろうということは分かった。
しかしそれを知らねぇ無知な大臣の一人がカインにこう言いやがった。
こんなものが魔王の首であるわけがないだろう、我らを謀るつもりか、とな。
俺はその大臣を黙らせ、カインと、共に帰還していたイザヤにも話を聞いた。
するとカインがその首を持ち、魔王の肉体に油をかけ火を放って燃え尽きるのを見届けたあと、戦場に戻ると魔族どもは魔王の死を察したかのように、散り散りになっていったという。
それを一通り共に見ていたというイザヤも同意した。
カインの言葉だけならまだ疑う大臣もいただろうが、イザヤが同意したことで、その場ではカインを疑う言葉を口にするやつはいなくなった。
あくまで表面上は、だが。
しかしその時点で俺はなんとなくだが感じ取っていた。
おそらく大臣の何人かも勘のいいやつは感じ取っていたのだろう。
カインのその首に対する異常なほどの妄執のような感情を。
そしてその感覚は大体当たっていた。
おそらくカインを疑っているだろう大臣が、戦争の終結と勝利の証として魔王の首を城下で晒すと言った時、カインが即座に反論しやがった。
神教国であるこの国に晒し首なんて慣習はねぇってのに、黙ってりゃいいものをバカな息子だと思った。
だがバカな子ほど可愛いもんだ。
カインのやつは魔王の首を晒すなど、呪いがあるかもしれないと言い訳をした。
だから俺もそれに乗ってやった。
元々晒し首自体できるわけがねぇ大臣のデタラメだ。
この国の教義に関し教養のねぇカインは、この国では敵であっても死者の肉体を弄ぶのは重罪になると知らねぇようだが、神官立ち会いのもと首を火にかけ魂ごと浄化し天に還すって話で納得させた。
誰も文句を言うやつはいなかった。
それにその時のカインの形相は凄まじく、もしその首を本当に晒そうとするなら誰であろうとその場で殺すという覚悟の込められた瞳だった。
最初に晒し首を提言した大臣もビビってやがったのがちょっと可笑しかった。
わざわざ虎の尾を踏もうなんて性根の座った大臣はこの国にはいやがらねぇ。
ただそれで確信も得た。
カインのやつは、きっとあの魔王に惚れちまったんだろう、と。
すでに血の気が引いて死後三日は経つはずの生首であるにも関わらず、その顔はあまりにも美しく愛らしいと俺ですら思った。
カインはその生前の姿を見ているし、話もしたかもしれねぇ。
どれだけ魔族に強い恨みを抱き、歴戦の戦士であろうとカインはまだ若い。
あの美しい少女のように見える魔王に一目惚れしちまってもおかしくはねぇ。
だいたいあの魔王は、あれほど忠義に厚かったアベルですら誑かしたんだ。
アベルがカインみてぇに魔王に惚れちまったのか、何かしらの別の重大な理由があったかは分からねぇし、魔王は人たらしの能力でも持ってるか、それとも単純にそれだけ魅力があったのかもしれねぇ。
それほどまでに人を惹きつける力があるってのはある意味羨ましくも思う。
だがそれでもなお、カインは魔王の首を取ってきた。
自身の恋心よりも恨みが勝ったのか、それとも魔王との間に何かしらやり取りがあったのかは分からねぇが、おそらく十中八九は後者だろう。
けど理由はどうあれ確かに魔王を殺し、その首を持ってきたんだ。
兄のように慕い尊敬していたアベルを自ら手にかけ、同じ日に惚れた女をも殺しその首を刎ねた。
最後の戦いの直前までアベルの裏切りには何か理由があるはずだと信じて庇い、説得を試みようとしていたあの甘ちゃんのカインが、そこまでのことをするのには凄まじいまでの覚悟を強いられたはずだ。
それはあのツラを見ただけで分かる。
だから今のカインが魔王に惚れてようと、アベルみてぇに魔族に味方し、人間を裏切るなんてことは絶対にあり得ねぇと断言できる。
そしてあの首への異常な執着も、あれが影武者なんかじゃなく間違いなく本物の魔王の首であることを証明している。
権力で目が濁っているバカな大臣どもはそんなことも分かってねぇ。
そして今のカインはとてつもなく危うい状態だ。
今のカインは強く熱された油みてぇな状態だ。
ほんの些細な火種であっても簡単に火がついて辺り一面を火の海にするだろう。
俺があいつを守ってやらなきゃならねぇ。
普段散々騎士団の連中にお前らは俺の息子だ娘だと言っといて、その息子が一番苦しい時に助けてやれねぇようじゃ親失格だ。
カインはこれから色々とやらかすかもしれねぇが、どんな時でも俺が味方でいて助けてやらなきゃならねぇんだ。
――そう思ってたら案の定、騎士団への祝辞の席でもあの野郎死んだ魚のような目のままで俺の前に来やがった。
だから俺は大臣が何か言い出しやがる前にワザと芝居がかったやり取りをして、あいつをその場から追い出すことにした。
イザヤのやつが少しばかりムスッと不満そうなツラをしてやがったが、あいつは頭もいいし俺のやったことの意味も分かってるだろう。
表面上はともかく、内心じゃ本気でカインを嫌ってるわけじゃねぇはずだしな。
その後少し経って、一見するとカインは元気を取り戻しているように見えた。
だが俺はそれがカラ元気なのを見抜いて、カインには傷の治療と休養を命じた。
のちに逃げた魔族や魔獣の討伐隊が組まれた時、カインは自分も参加すると申し出ていたが、イザヤが逃げる魔族の討伐はお前みたいな猪には務まらないと言い、大臣どもも反対し、俺も許可は出さなかった。
大臣どもはカインが魔族と接触するのを避けたいのと、討伐任務の妨害をされる可能性を危惧してのことだが、意図はともかく結論が同じなら文句はねぇ。
そうして魔族との戦争の事後処理や、色々なことに追われているうちに少しずつカインも元通りの元気なツラを見せるようになっていき、三年の月日が経った。
――そして現在。
(カインのやつ、三年も経ってまぁだ忘れられねぇのか……だがまぁ、今回の件であいつも人を育てるようになれば、少しは広い視点で物を見ることができるようになるだろう。 そんな中でいい出会いの一つや二つもあれば儲けもんだ)
(俺にできるのはこの程度のことだけだ。 あとはお前次第だぜ、カイン……)
聖王はそんな願いを胸に秘め、カインの未来に思いを馳せるのだった……。




