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第一話 「騎士と魔王」★

はじめまして。 これが初投稿になります。

まだ不慣れなためご不便をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。

挿絵(By みてみん)


 ――聖王暦一〇七年(醒暦二〇一八年)

 五年前、魔族の進行によって始まった、魔族と人間の戦争が最終局面を迎えていた。


 魔力を介した魔法のような力で戦う魔族、爪や牙を駆使して戦う魔獣、それに剣や弓をもって対抗する人間。

 そんな戦場の中において一ヶ所だけ、金属と金属、剣と剣がぶつかり合う音が響き渡る場所があった。


 魔族の領地に最も近い、大国サタネルの中でも一・二を争う強さの騎士、『カイン・ルース』。

 そのカインと一対一、馬上で真っ向から対峙し、互角以上に渡り合う人間の男。


「なんでだ! なんで人間を……俺を裏切ったんだ! 答えろよ! アベル!!」

「言ったはずだぞ! 答えが知りたければ……俺を倒してみろと!」


 『アベル・リース』 かつてサタネル最強と謳われ、人々の希望を一身に背負っていた騎士。

 二年前、彼は突如として人間を裏切り、魔族に与し軍を率いて人間と敵対した。

 その最強の剣が、今や敵として対峙するカイン目がけ躊躇なく振り下ろされる。


 カインはその、正面から受ければ自らの剣が真っ二つに折られかねない豪剣を、自らの剣の刃を滑らせるように受け流しつつ返す剣で、相手が剣を振り下ろし体勢を戻すまでに生まれる隙を狙い、一太刀入れようとする。

 しかしカインが受け流すのが精一杯な豪剣も、アベルにとっては渾身の一撃でも何でもないただの普通の剣撃に過ぎず、生まれた隙はほんの僅かで、カインが剣を受け流す際に崩した体勢を戻し、剣を返そうとする僅かな動作の無駄によって打ち消される。


 アベルはカインの返し技を難なくその剣で受け止め、その勢いを利用して手綱を引き、馬の足で数歩分の距離を取り追撃を許さない。


(くっ……やはり強い! 強すぎる! 剣でも、馬の扱いでも今の俺より一枚上手だ……俺じゃまだ勝てないってのか!?)

 互いに馬上での勝負が不利なら、馬を攻撃して地に降ろせば勝てる、という単純なものでもない。

 もしカインが安易に馬を攻撃しようものなら、アベルはその隙と甘さを決して見逃さず確実に致命となる一撃を放ってくるだろう。

 それはカインに限らずアベルも同様で、互いの実力が拮抗しているからこそ相手の足を奪うという手段に出られないのだ。


「本当に強くなったなカイン……初めて会った頃からお前は十四とは思えないほどの強さだったが、騎士団に入って五年、どれほどの研鑽を積んだのか……今やこの俺に迫るほど強くなるとは。 あと一年、いや半年もあればもはや俺でも敵わないかもしれないな」

 そう言うアベルの目は、ここが戦場であることを忘れてしまいそうになるほど穏やかで弟の成長を心から喜ぶ兄のような優しい眼差しだった。


 ――だがすぐに元の厳しい表情に戻り言葉を続ける。

「だからこそお前は今日ここで、殺しておかなければならない。 俺の手に負えなくなる前に、この俺の手で……まだ弱いお前を、殺す!」


 その言葉を聞き、カインは溜まりに溜まった感情がついに爆発し、嗚咽を漏らすように言葉を吐き出す。


「どう……して…………っ!」


「なんでだよ!! 俺は! 俺はあんたを! 尊敬してたんだ! もし俺に兄貴がいたらあんたみたいな人だったんじゃないかって! 本気でそう思って……なのに! なんで! なんでだよ!! なんでよりによって魔族なんかに味方するんだ!! 魔族は俺の両親を殺したんだぞ! 仇なんだ! 俺が殺したいのはあんたじゃない! 魔族だけだ!」


「だから頼むよ……邪魔しないでくれよ……あと少しなんだ……あと少しで、こんなクソったれな戦争を起こした張本人を殺せるんだ……もうこんな戦争、終わらせるんだ……」


 そこまで黙って聞いていたアベルは、静かに、しかし強い意志を込めて答える。

「……言いたいことはそれで全部か? なら、もう終わりにするぞ」

「なんで、なんで分かってくれないんだよ……俺はあんたを本当に兄貴だと思って……」

「……俺はそんな弱くて情けない、甘ったれな弟を持った覚えはない」


 カインの最後の哀願も届かず、アベルは再びカインに向かって剣を構え、二人は最後の決着の時を迎えようとしていた……。




 戦場の喧騒を背後に、魔族の統率者にしてこの戦争を起こした張本人、『魔王』を探すため、その居城の奥深くへと急ぎ馬を走らせるカインと配下の数十人の騎士達。

 戦場の魔族達の軍は、指揮をしていたアベルをカインが討ち取ったことで、事実上瓦解していた。

 カインがいなくても大勢は揺るがないだろう。


 あとはカインが魔王を討ち取りさえすれば、この戦争は人間の勝利で終わる。


 魔王の居城は広いようで狭いような不思議な錯覚に囚われる構造をしていたが、ついに最奥の玉座の間へと辿り着いた。

 扉は開かれており、そのまま馬で突入しても敵の魔族が襲ってくることもなかった。

 だが部屋の奥にたった一人……玉座に座っている何者かの姿が見えた。


 カインは剣を抜いて構え、背後の配下達に警戒を促す。

「相手はあの魔族どもを従え統率する魔王だ……油断するなよ」

 しかし配下からの返事は一切なかった。


 おかしいと思ったカインが振り返ると、配下の数十人の騎士達は皆一様に、まるでその場で凍りついたかのように身動き一つしなくなっていた。

 配下達だけではない。 乗っていた馬も、触れると肉の感触がせず、まるで石のように硬くなっていた。

 熱も感じない。 凍っているわけではない。 熱くもなければ冷たくもないのだ。

 まるで岩壁に掘られた彫像のように、その空間に固定されているというのが正しい。


「な、なにが起きた……」

 さすがに歴戦のカインも動揺を隠せなかった。

 魔族の中には魔法のような力で戦う相手もいた。 魔王ならば当然そんな真似もできておかしくはないが、こんな現象は今までに一度も見たことがなかった。


「驚かせてごめんなさい。 あなたと二人だけでお話しするのに不都合だったので、他の方は私の能力で時間を止めさせてもらいました」


 玉座の方向から若い女の声が聞こえ、ギョッとしてカインは再び前に振り返る。

 そこには長い金色の髪をなびかせた、白い肌に青い瞳、そして人とは明らかに違う長い耳を持つ、年の頃はカインよりも年下に見える美しい少女が立っていた。

 カインは一瞬その姿に見惚れてしまうが、すぐに頭を振って少女に向き直る。


「なんだって……? 時間を……止めた?」

「あ、誤解しないでくださいね。 私の能力は決して他者を傷付けるような力じゃありません。 彼らは死んだ訳でもなんでもなく、ただ一時的に動けなくなっているだけです。 一時間もすれば自然と能力が解けて動けるようになります。 動けない間はどんなことをされても絶対に傷付くこともありません。 そういう能力なんです」


 得体の知れない能力を使う少女を前にしながら、なぜかカインは先ほどまでの警戒心と緊張が緩んでいくのを感じる。

 それほどこの少女の言葉は、声は聞く者に安らぎのようなものを与えるからだ。

 喋り方がどこか抜けているのもそれに拍車をかける。 文字通り気が抜けるのだ。


「お前は……なんなんだ? 一体、何者なんだ」

 今ここに来て、そのような質問をすること自体愚問ではあるのだが、それでもカインは確かめずにはいられなかった。 いや、信じられなかったのだ。


「あ、ごめんなさい。 自己紹介がまだでしたね……おほん。 では改めまして……私の名前はリリア。 現在の魔族の統括者。 人間の方々からすれば魔王……そう呼ばれる者です。 あなたが今日ここに来るのを待っていました。 どうぞよろしくお願いします」


 分かっていたはずのことなのに、カインはなぜか大きなショックを受ける。


「…………っ! お前が……魔王……っ!」

 カインは動揺しながらも、手に持っていた剣に僅かに力を込め再び警戒を強める。

「あっ、あっ、待ってください。 どうか私に少しだけ、あなたと二人だけで話す時間をください。 話が終わったら、そのあとは私のことはどのようにしていただいても構いません。 あなたにここで殺されても、捕らえられ人々の前で火炙りにされても、全て受け入れます。 ですからどうか末期の願いと思って、聞き届けてください」

 魔王……リリアと名乗った少女は、カインの目の前で土下座し、震えながら懇願した。


「な……ん、なんなんだっ! お前はっ!! 一体何がしたいんだっ!?」

 カインはひどく困惑した。


 この少女は魔王だ。 自らそう名乗った。 それに相応しい力を持っているのも見た。

 彼女がその気になれば、俺自身も配下同様、時間を止めるとかいう能力で動きを封じて逃げるなり、仲間を呼ぶなり、どんなことでも容易いだろう。

 なのにそうせず、命乞いするでもなく、土下座してまで自分と話がしたいという。

 そして話ができればあとは惨たらしく殺されても構わないという。 理解できない。


 もしかしたら本物の魔王はすでに逃亡しており、この少女は身代わりの、影武者というやつなのではないかとも一瞬考えた。

 しかし、なぜかそれはあり得ないという気がした。 確証は何もないが、彼女が魔王であることだけは間違いないと思えた。


 気弱な少女にしか見えない彼女だが、死の恐怖に怯えながらも命がけで訴える姿には、不思議と大いなる信念と覚悟のようなものを感じる。




 カインは元々は、大国サタネルの国境近く、領地の外れにある小さな村で生まれ育ったただの平民の、鍛冶屋の息子だ。

 住んでいた村は大きな山脈で隔てられていたが魔物が住むと言われる土地に近かった。

 小さな子供がいる家庭では、子供が悪さをすると夜に家の外に締め出され「夜は魔物が家の外にいる悪い子をさらいに来て食べてしまう」なんてしつけをされる。

 そういう土地柄だった。


 カインはその村で、職人気質で口数は少ないが義理人情に厚い父、優しくいつも笑顔を絶やさない母、父から鍛冶師としての才能を多く受け継いだ頭の良い弟と、四人家族支え合いながら幸せに暮らしていた。


 父は鍛冶師としてだけでなく、どこで身に付けたのか剣の腕も一流で、カインは鍛冶と一緒に剣の技術も習い、十四になる頃には大人の騎士も顔負けの強さだった。


 けれどカインが十四歳になったばかりの頃、その魔物が住むと言われる土地から魔族が大量の魔獣を引き連れ、大軍となって押し寄せて人間の国に対して戦争を仕掛けてきた。

 それは何の前触れも、宣戦布告すらもなく、ただ魔族による人間への蹂躙が行われる、戦争と呼ぶのもおこがましい殺戮にすぎなかった。


 カインの村は最初に犠牲になり、多くの村人たちが亡くなった。

 カインも父と母を亡くし、生き残った弟共々戦災孤児となったが、二歳年下の弟を守り育てるため、そして両親の仇である魔族に復讐するため、自らの意思で国に志願し魔族と戦う兵士となる。


 その魔族の最初の襲撃の際にカインを救い、まだ十四で成人していないカインの後見人となり兵士として取り立ててくれたのが、その領地の領主の一人息子であったアベルだ。

 それから五年間、始まりはただの一歩兵として、戦場で戦果を挙げ続け少しずつ騎士として位を上げていき、今に至る。

 

 ゆえにカインは子供の頃から大した学もなく、文字の読み書きすらほとんどできない。

 およそ頭を使うという行為が向いておらず、たまに父の仕事を手伝うことはあったが、それ以外は剣術一辺倒の生き方をしており、その才も剣に特化していた。

 戦場でも自身は常に最前線で戦い味方を鼓舞し、軍略は専属の軍師に任せきりである。

 そんな頭の良くないカインにとって、彼女の行為は理解の範疇をはるかに超えていた。


 だからこそカインは、彼女が腹の中で何かしら企んでいるかもしれないということまで考えが及ぶこともなく、無様に目の前で土下座し震えながら懇願する少女を、次第に憎い魔族の王として見ることができなくなっていた。

 その姿はあまりにも弱々しく、憐れで、心根の優しいカインは願いを聞き届けるという選択を選ばざるを得なかった。


「……っ! わ、かった……話を聞く……! だから顔を……上げろ」

 それを聞いて顔を上げたリリアは、半分涙目になっており、魔王の威厳など微塵も感じない、ただの気弱な少女の顔を見せた。

「あ、ありがとうございます! 良かった……やっぱりあなたは私の思っていたとおりの人だったんですね。 私の願いはきっと叶うと信じていました」

 そして願いを聞き届けられ涙目だった瞳が笑顔になると、カインは無自覚にその笑顔がとても可愛らしく美しいと感じていた。


「だが確認はさせろ……まず、俺の配下たちは本当に生きているんだな? もしもの時はお前の首一つで済むと思うな」

「安心して下さい。 ちゃんと生きています。 ただ時間が止まっているだけですから」

「その『時間が止まっている』というのが理解できないんだが……無事ならそれでいい」


「それから、お前は俺と敵として戦うつもりは無いんだな? 俺と話がしたくて、それが終われば大人しく縛につくと、そういうことでいいのか?」

「はい、その通りです。 そもそも私にあなたと戦う力なんてありません。 私は自身の視界内にある対象物の時間を一時的に止める能力と、魔力を乗せた言霊で魔族を従わせるだけの力しか持っていません。 それ以外は見た目通りのか弱い女です。 もしあなたと戦えば、何一つ抗うこともできず一太刀で斬り伏せられるでしょうね」

「か弱い女って自分で言うのかよ……俺からすれば、それだけでも充分すぎるほど脅威なんだが……まぁいい」


(確かに見た目だけならすごい美少女には違いないしな……って、俺は何を考えて!?)

 カインは脳裏によぎった考えを振り払うように頭を左右に振って、リリアに向き直る。


「それで……その、話というのはなんだ」

「あ、その前に一ついいですか?」

「なんだ?」

「えっと……その、手に持っている剣は鞘に納めてもらえませんか? やっぱりちょっと怖いので……ごめんなさい」

 リリアは胸の前で両手を合わせ、拝むような格好で軽く首を横に傾げながらそう言う。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!」

 カインは一瞬で顔が真っ赤になり、それを隠すように左手を眉間に当てると、頭が痛くなるという身振りをしながらも素直に剣を鞘に納めた。

 そしてそのまま腕を組んで、あぐらをかいて床にドカッと座り込み攻撃する意思はないということを全身で示す。

「これでいいだろ」


「ありがとうございます」

 リリアもそれに応えるように、カインの目の前で膝を曲げ床に正座するように座る。

(ダメだ……こいつと話していると本当に気が抜ける……なんなんだこいつは? まさかこれが魔王の本当の能力だとでもいうんじゃないだろうな……? それに……)


 カインは改めてリリアの顔を真っ直ぐに見つめ直す。

 するとリリアはそれに応えるようににっこりと笑顔を返した。


「………………っっ!」

 その笑顔を見て、またしても顔が熱くなるのを感じる。

 それはまるで熱病に浮かされているような感覚だった。


 カインはそういった経験に乏しく、それがどういう感情から来るものなのか、自分でも現時点では全く理解できていなかった。


 だがそれも当然だろう。 どれだけ見目麗しい少女のような姿であっても相手は魔王。

 それが『一目惚れ』であり自身にとっての『初恋』であるなど、自覚できていたとしてもカインの立場で認められるわけがないのだから。


「それではあまり時間もないですが改めまして、ご挨拶から始めましょう。 先ほども名乗りましたが、私の名前はリリア。 この城の主で、現在の魔族の統括者、魔王ですが気軽にリリアと呼んでください。 あなたのことも一応、大体のことは知っていますが、まずはお名前から聞かせていただいても良いですか?」


「あ、あぁ……俺の名はカイン・ルース。 神教国サタネル・鷹翼の騎士団に所属する、黄金の騎士だ」


「ありがとうございます。 そして、まず最初に、あなたに謝罪させてください」

「謝……罪?」

 リリアはカインの前で、再び深く土下座した。


「お、おい……なにを」

「私の引き起こした戦争で、あなたの人生をめちゃくちゃにし、そしてご両親を死なせてしまったこと、あなたの大切な人をあなた自身の手で殺めさせてしまったことを、お詫びします」

「――――――!!」

 カインは思わず押し黙り、そして腹の中にグツグツと煮えたぎる怒りが湧き上がるのを感じていた。


「な……にを、何を言っているんだ……お前は……お前……っ!」

「今さらこんなことを言ってもどうしようもないことは重々承知です。 あなたの怒りが憎しみが私の謝罪一つで晴れるわけもないことも、分かっています。 ……それでも私はあなたに謝らなければならない」


「や、めろ……やめろ。 お前に謝られたって、俺は……お前が、お前がそれを言うな! 謝るぐらいなら、なぜこんな戦争を起こした!! こんな何の意味もない、ただ殺し合うだけのくだらない戦争を起こさなければ、俺は……俺は……っっ!!」


「意味はありました」

「っっ!??」


「事情があり、私の口からその理由を話すことはたとえ拷問にかけられてもできません。 でも私にも、魔族にもそうしなければいけない、そうせざるを得ない理由があったことは理解してください」

「っ! ……どんな理由があったとしても、お前のしたことは……! お前の罪は!」

「許されないのは分かっています。 誰に許されなくてもいい。 ただあなたにだけは、お詫びしておかなければいけないと、そう、思ったんです。 私が……そうしなければ、あなたと顔を合わせて話すことさえはばかられる」


 カインは、今にも剣を抜いて立ち上がり、リリアを斬り殺してしまいたい衝動にかられるが、顎の力で奥歯を噛み砕いてしまいそうなほど強く食いしばり、ギリギリのところで踏み止まっていた。


「……っ! ぐっ……! もう、いい……顔を……上げろ……話が……あるんだろ……」

 リリアは、土下座した姿勢のまま無言で頷き、顔を上げ再びカインと向かい合う。

「あなたの怒りも、憎しみも、何一つ晴れていないことは分かります。 私が、許されていないことも……でも、それでもなお、私の話を聞いてくれることに感謝します」


「………………」

 カインは、これほど憎いのに、これほどまでに怒りが湧くのに、それでもなお、彼女の話を聞きたいと、彼女の声を聞いていたいと願ってしまう自身の心が理解できなかった。

 理解してはいけないと、心が拒んでいた。


「今さらこれを言ってもなんの言い訳にもなりませんが、私が始めに軍を動かした時、私は配下に子供・女・老人などの非戦闘員、そして逃げる者には決して攻撃はするなと命じていました。 ですがあなたの村はここから距離がありすぎたためか、私の魔力の影響が小さくなり、配下の特に魔獣たちには命令が行き届かなかったようです。 ゆえにあなたの村での惨劇が起きてしまいました。 あれは私も想定外で、本意ではなかった。 それは信じてほしいです」

「そう、か……」

 決して許してはいけない相手なのに、それは少しだけカインの心の棘を抜いてくれた。


「それではここからが本題になりますが……まず、あなたは魔族……というものを、どう思っていますか?」


「どう? とは……? 俺にとって魔族は憎むべき敵だ。 それ以上でも以下でも……」

「魔族を、何か別の世界から来た侵略者、であるかのように思ってはいませんか?」

「……違うって、言いたいのか……?」

「違います」

「……」

「まず、魔族というのは、この世界に生きている普通の生き物です。 あなたがた人間と違うのは、『魔力』を持っているということと、それを感じ取る『魔力知覚』という感覚器官があるか、それだけです。」


「その違いを除けば、魔族と呼ばれる生き物は人間や、例えばそう、あなたが乗っていた馬などと何ら変わりはありません。 亜人、魔物、魔獣、呼び方は何でも構いませんが、ごく普通にこの世界の自然の中で生きて、死ねば土に還り、再び新たな命の恵みになる。 そういう生き物です」


「ま……待て! 待て待て待て! そんないっぺんに言われても俺には分からん! 俺は自慢じゃないが頭が悪いんだ! お前の言うことは俺には何がなんだかサッパリだ」


 リリアはそれを聞いて少し微笑み――

「ふふ、しょうがないですね。 まぁ私も、これは百年以上も旅をしてやっと理解できたことですからね。 いきなり言葉だけで詰め込んでも理解できるわけはありませんね」

 ――カインにとって、別の意味で衝撃的な言葉を口にした。


「待て……百年? なんだって?」

「え? ですから私が百年以上旅をして理解したこの世界の……」

「待て待て待て! 百年!? 以上!? お前は百年も生きてるって言うのか!?」

「あ、あー……そこが引っかかっちゃいましたか……まぁ、人間はほとんど百年も生きていられないですからね……この世界ではせいぜい五・六十年がいいところですし」


挿絵(By みてみん)


「……え? お前は……一体何歳だって言うんだ?」

「むぅ……女性に年齢を聞くのは失礼ですよ……まぁ、いいですけど。 えっと、百年を超えたあたりからあまりちゃんと数えていませんけど、生まれてからざっと二百年以上は経っていると思いますね」


「二百……年、以上……だって……? そんな……それじゃ……」

「何か、失礼なことを考えていませんか? 言っておきますけど私はおばあちゃんなんて年齢じゃないですよ? 私の種族は、エルフといって人間の百倍くらい寿命が長い生き物なんです。 だから私なんて同族の中ではまだ全然若いほうですからね!」


挿絵(By みてみん)


 ――そういう問題ではない。

 カインにとって生まれて初めて『恋』という感情を知った美しい少女が、人間ではないどころか自分の十倍以上も生きている……というのだ。

 さっきまでの怒りも憎しみも、どこか別次元に吹き飛んでしまうほどの衝撃がカインに襲いかかっていた。


「あの、大丈夫ですか……? なにか凄い衝撃を受けてるように見えるんですけど……」

「いや……いいんだ……話を続けてくれ……」

「あなたは時々、私の最初の夫によく似た目をしますね……その優しい目、好きです」

「おっ…………と!? ……って……好っ!?」

 ――カインはさらに追い打ちをかけられる。


「お、お前……いや、二百年も生きてるならそりゃ結婚の一つや二つぐらい……っ最初の夫ってことは……その、実際は何人ぐらいと……」

「なんで私が質問漬けにされてるんですか!? もう……そんなに私のことなんかが気になるんですか?」

「あ、いや、すまない……けど、自分でも頭の中がグチャグチャで、どう言っていいのか分からないが、お前のことがもっと知りたいと……そう、思ってしまうんだ。 そうじゃないと気になって、話が頭に入ってこない……」


「もう……あまり時間は無いのですが、いいですよ。 あなたが話に集中できないんじゃ仕方ありませんからね。 教えられる範囲で話します」

「す、すまん……」


「ふふ、本当に困った人ですね」

 そう言うリリアの顔は、本当に困ったようで、けどどこか慈愛に満ちた、子供をあやす母のような優しい表情だった。

 その表情に、そう感じてはいけないと思いながらも、喜びを覚えてしまう。


「じゃあ簡単にですけど……私には大体六人……ぐらいの夫がいました。 子供も何人か産みました。 けどほとんど種族の違う、亜人と呼ばれる種の相手で寿命も異なりますしこんな世界なので、殺されてしまったり、寿命などでほとんどは死に別れています」

「………………」

「夫と死に別れたりするたびに、また旅に出て、新しい夫と出会いました。 けど今でも最初の夫のことをずっと忘れられないでいます。 粗野でしたが、時折私に向ける優しい目が私はとても好きでした。 最後は私を命がけでかばって殺されてしまいましたが……あなたの目はたまにその夫の目を思い出させます」

「そう、か……」


「まぁ、顔は全然違いますけどね。 最初の夫は言ってはなんですが顔は良くないです。 あなたのほうが何倍もかっこいいですよ」

「じゃ、じゃあ……」

「はい?」


「………………っ」

 カインは言葉に詰まる。 自分は何を言おうとしているのだと、思いとどまる。


 ――けれど止めどなくあふれる想いが、その先の言葉を押し出してしまう。

「もし、俺が……その最初の夫より前に……お前に出会うことができていたら……こんな出会い方さえしていなければ、俺にも……そんな可能性はあったんだろうか……」

 そこまで言って、カインは顔を真っ赤にし、しまったと言うように口を押さえる。


 それを聞いて、リリアはようやくカインの言いたいことに、想いに気付いた。

「もう、ダメじゃないですか……あなたは人間の世界の希望の騎士で、私はこれでも魔王なんですよ……そんな想い、許されません……」

 ――当然の返答だ。 だが……

「でも、嬉しいです。 最初の夫より前に出会えていたら、なんて仮定には意味がありませんし、きっとそれは無理だったと思いますけど、でも出会い方が違えば……そんな縁もあったかもしれませんね」


「私も、叶うならばただの普通の女の子として違う生き方を選んでみたかった。 もしもこの世界に生まれ変わりなんてものがあるなら、次の生では人間になってみたいです」


「すまない……馬鹿なことを聞いた。 俺は本当に、どうしようもなく頭が悪い……」

「自分を卑下しないでください。 それに、そういう馬鹿な男の人、私は好きですよ」

「……振った相手にそんなことを言うのは、ずるいんじゃないか?」

「女っていうのは、ずるい生き物なんです。 覚えておいたほうがいいですよ」

「はは、ひでぇな……」


 二人の間に一瞬の沈黙が流れ――

「まだ他に、聞きたいことはありますか?」

「いや、気は晴れたよ。 話の続き、聞かせてくれ……」

「はい」


「それでは……ええと、魔族とそれ以外の生き物との違いについてでしたね。 まぁ噛み砕いて言うなら、魔力という違いはあるけど同じこの世界の生き物だということです」

「あ、あぁ……」

「そして魔族にも、人間や獣のように、生活圏というものがあります。 人が街を作り、集団で生活するように、獣は森や山などで暮らすものもいます。 魔族も同じです」


「今まで魔族は、人間の住む世界とは大きな山を挟んでほとんど隔絶されたような土地で暮らしていました。 ちょうど、あなたの住んでいた村のすぐ後ろにあった山脈ですね」


「ですが、ほとんど隔絶されていると言っても、人にも魔族にも、越えようと思えば越えられないことはない山脈です。 事実、魔族は山越えをして人間の国に攻め入りましたし人間も反撃のために山越えや、山を迂回したり、大きな川を船で渡って乗り越えたりしてここまでたどり着きました。 それに、人と亜人などの交流は実は二百年以上前から少しずつですが行われていたのですよ……ここ十年ほどは特に顕著でしたね」


「五年前の時点で、もうギリギリの均衡でした。 互いの生活圏を脅かさないでいられる限界……そしてあなたの住む国、神教国家サタネルは、魔族の領域に踏み入る準備をしていました」


「……じゃあなにか? お前は、人間が魔族の生活圏を脅かそうとしていたから、それを防ぐために魔族による軍団を作り、人間に対抗しようとしていたと?」


「もちろんそれだけが理由ではありませんが、概ねそういう理解でも構いません。 私はとにかく人間たちをこれ以上魔族の領地に踏み入らせるわけにはいかない理由があったんです。 私の口からはこれ以上の理由を話すことは事情があってできませんが……」


「人は、金属や宝石、燃料や食料などあらゆる資源のために、木を切り倒し、山を削り、土地を荒らします。 それによって住む場所を奪われる生き物がいてもお構いなしです。 私は自然の理を守り、魔族を統括する一族の長です。 自然の理を乱し、魔族の生活圏を奪う人間に対して、何かしらの対策を講じる必要がありました。 ただの話し合いで済むのならそうしたのですが、私の一族が何百年かけても、それが無理だというのは分かっていました」


「ですが、もちろん人間だって我々魔族と同じこの世界の自然の中で生きる生き物です。 むやみにその領域を侵すことは、自然の理に反します。 それでも私にはそうしなければいけない理由がありました。 この世界と、自然の理と、魔族と、人間を守るために」


「人間を……守るため?」

「はい。 私には夫が六人いたと言いましたよね? その中の一人は、人間です。 私は人間にも夫となった人や、あなたのような優しい人がたくさんいることを知っています。 魔族も人間も私にとっては何も変わらない、同じ自然の中で生きる一つの家族です」


「だからそんな大切な家族の未来を守るために私にできる精一杯のことをしようと思ったんです。 それがどうしようもなく罪深いことだと分かっていても……」

「………………」


「あ、ここでお話ししたことは二人だけの秘密にしてくださいね。 このことをあなたが国の上層部に漏らしでもすれば、あなたはきっとアベルと同様に魔王に洗脳されたとか、裏切ったと思われて粛清されてしまうでしょう。 それは私の望むところではないです」


「な、ん……それじゃ、お前は何のための俺にこんな話を……」

「カイン・ルース様」


「あなたに、私から最後のお願いがあります」


「最後の、願い……?」




「はい。 どうか私を、あなたの手で殺してください――」




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

よければこのまま続けて二話も読んでいただけると、とても嬉しいです。

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