第九話 初めてのメテオ・ラビリンス
一週間もすると、光一は忽ち腕を上げて行った。
鬼のような鍛錬も、地獄の様な講習も、めきめきと目に見えるように成長していく。
光一は今も庭園で、ゲルグと手合わせをしていた。
聖剣でゲルグを叩こうとする光一だったが、それを切り裂くと影のように溶けて消えた。
すぐさま後ろに蹴りを叩きこむと、そこには光一の足の裏を掴むゲルグの姿があった。
「よし、反応がよくなってきた。十分休憩」
「はい! わかりました、師匠!」
光一は息切れも無く返事をすると、お茶を用意してくれている景久の元へ走る。
ゲルグは背を向け、腫れた手を光一に見えないよう隠しながら、懐にある水筒のお茶を飲んだ。
縁側にやって来た光一にお茶を渡すと、景久は口を開いた。
「にしても光一殿、なんかやったでござるか?」
「……なんか、とは?」
一気にお茶を飲みほした光一は、何のことかわからず首を傾げた。
「初日はダメダメだったのに、最近妙に調子がいいではござらんか」
言うなよ! と真希奈、ゲルグ、クリストフが睨みつけるが、景久はそんな事をまったく気にしていない様子。
「そりゃ、初めての事なのだから、初日はダメなのは当然だろう。それに、別に失敗してもいいと言われてたし」
その言葉に、神妙な顔つきになる景久。
「……誰にでござる?」
「真希奈さんに」
光一以外の三人の視線が、真希奈の注がれ、彼女は慌てて弁明しだした。
「いや、めっちゃ緊張してたし! そりゃ初めての事なんだから、失敗したっていいってフォロー入れるくない!? 私悪くなくない!? それが不調の原因っていうか、初めての事だから慣れてないの当たり前じゃない!?」
「いや、我々はそういう意図があったのではなく、我々は焦り過ぎていたなと。イレギュラーだからと言って、目に色を付け過ぎていたようだ……」
そう、自分達は光一を特別な人間と見ており、期待しすぎていた節があった。
目の前にいる少年も、どこにでもいる人間の一人なのだ。
自衛の為に急ぐ必要はあれど、最初から完璧を求めるのはこちらが間違っていた。
それらを振り返り、クリストフは反省していた。
だが、景久とゲルグは違う。
「魂技は精神力が源なんだから、追い込まなきゃダメだろ」
「全くでござる」
「お前達ー!?」
日本三大名家の二人の発言には、さすがのクリストフも叫ばずにはいられなかった。
「そういうプレッシャーを和らげちゃダメだって。叩いてやらなきゃよ……」
「でないと、成長しないでござるからな。地獄を見なきゃダメでござるよ」
「お前達! 前に言っていたブラック企業談義と、逆の事を言っているぞ!?」
男三人の言い争いに、真希奈は目を遠くし、光一は話題に着いていけず首を傾げる他無い。
「それはそれだろ!」
「そして、これはこれでござる!」
「修羅マインド勢め……!」
追い込む様な鍛え方、そして闘争を好む魂技の使い手を、この世界ではそう呼んだ。
対義語は温和マインド勢。自分のペースを考え、無理をしない鍛え方をする魂技の使い手をそう呼ぶ。
もしかしたら、ゲルグと自分のこの考え方の違いが光一の成長が伸び悩んだ、原因の一つなのかもしれないと、クリストフは一人頭を抱えた。
「まあ、ここまでできるようになったなら、実戦投入もいいかもな」
「……それに関しては私も賛成だ。この聖剣の使い方は解明できてはいないが、知識も実力も申し分ない次元には到達した。実戦で鍛え始めても、問題は無かろう」
ゲルグに賛同したクリストフの言葉に、光一は笑みを引きつらせて師匠二人に問いかける。
「まさか、テロリストのアジトに……!?」
「お前には百年はえーよ! そんなんじゃねえ!」
刀の鞘で光一の頭を素早く叩くゲルグ。あまりの速さに、光一は反応することもできず頭に喰らってしまう。
痛む頭を押さえる光一の事など目にもくれず、ゲルグは言葉を続けた。
「『堕ちた迷い星』だよ。クルセイダーにとっちゃ、一番大事な仕事だ」
◇
光一、景久、真希奈、ゲルグ、クリストフの五人は、東の大陸にあるアゲノマ荒野に車で来ていた。
本来、移動ならば真希奈の瞬間移動でどうとでもなるのだが、ゲルグが車を走らせたいとの事でこのような移動手段となっていた。
真希奈からすれば、自分の仕事を奪われあまりいい気はしなかったが、ゲルグが冷蔵庫からアイスを取り出し、車の中に百は詰めると言ったことで立場は逆転した。
ここではあまり関係の無い話である。
この世界でも車があることに光一は驚いていたが、『沈まぬ太陽』に備え付けられているピタールの事を考えると、あってもおかしくない技術力の世界だったと、考えを改める。
「ま、安心しろって。俺は師匠みたいに『漆黒迷宮』とかに突き落としたりしないから」
ゲルグが運転中に軽く口を開けるが、それを聞いたクリストフは顔を青ざめさせた。
「なんでお前の師匠は、十年も攻略されていない『堕ちた迷い星』に、新人を突き落とすんだ……?」
「忍者の中じゃ、俺は優しい部類だから。マジで。感謝しろよ」
助手席に座っていた光一は、「ありがとうございます」と頭を下げ、アイスを食べていた真希奈は、「調子に乗るな」とゲルグの頭を叩く。
「アー!? 殴った!? 今何で殴った!? ひっで、ひっでー! 俺事実言っただけなんですけどー!?」
「いや、なんか調子乗ってたから、つい……」
「つい、じゃねーよ! 俺運転中! アイス没収するぞ!?」
「ああー!? ごめんなさいごめんなさい! ごめんなさーいー!」
などと二人がじゃれあっていると、車に備え付けられている画面が音を鳴らし、『目的地周辺です』の文字と、かわいらしいイラストが表示された。
「と、着いたか。準備は良いな? 行くぞ」
言うや否や、ゲルグは青い『魂の写し鑑』を懐刀に付けて、忍び装束に姿を変える。その瞬間、素早くドアを開いて飛び出した。
「あんたが早くても意味ないから!」
光一達も急いで各々の装飾品に『魂の写し鑑』を付けて、戦うための姿に身を変えて外に出る。
すると、そこではゲルグが地面を眺めているところだった。
四人が来ていることに気がつくと、ゲルグが地面を指差す。
「ほら、これだよ。こーれ」
ゲルグが指を刺した方向を見ると、そこにはタイヤ程の大きさの穴が、黒く渦巻いていた。
「話には聞いていましたが、小さいですね」
しゃがんで黒い渦を観察する光一。その回転は、まるで泥を棒で掻きまわしているようだ。
「まだ地上に落ちて間もない星なんだろう。サガニウムもまだ摂取量も少ないはずだ。初心者にはぴったりの大きさだな」
クリストフはそう答えると、何かをひらめいたかのようにメガネをかける。
「さて、では光一君。サガニウムとは何か、覚えているかな?」
「はい!」
光一は急いで立ち上がり、背筋を伸ばしてクリストフの顔を見る。
「人に幸運を与えるエネルギー。地面の下にあるアネルギーですが、火山の噴火やギルディオン様の力で、人々の星にサガニウムが届けられます」
「その通り。オルター・エゴは、理想の自分として振る舞える幸運を地面から直接吸って、天へと帰っていく。テロリストは、サガニウムを売りさばいたりなどする。結果、幸運の偏りが生じてしまう。それをできるだけ防ぎ、幸運の秩序を守るのが我々の仕事だ」
「はい!」
二人の授業を傍目で見ている景久は、耳が痛くなる会話に苦い表情を浮かべる。
「光一殿ー。早く行くでござるよー!」
手っ取り早く授業のような光景を止めさせようとするが、クリストフが首を横に振る。
「まあ待て。こういうのは何度も繰り返すことで、覚えることを定着させるのだ」
「うへー……」
ますます授業の様な風景を見て、ますます顔を苦くさせる景久であった。
◇
『堕ちた迷い星』の入り口は、黒く渦まく穴である。
これは空に浮かぶ星が、効率よく地面のサガニウムを摂取する為にその形を変えるために起きる現象である。
本来、人の星は持ち主にしか入ることができないが、『堕ちた迷い星』になると取り込む性質が強くなるので、他人でも入りやすくなるのだ。
入る方法はいたって簡単、穴に身を投げ入れればいい。
その方法で一行が入ると、洞窟の様な場所に出た。火を指に灯すと、岩などが天井や地面、壁から突出しており、進むのに苦労する場所になっていた。
「『堕ちた迷い星』は、このようにまず侵入者を排斥するようにできている。こうやって入れるとはいえ、最低限の心の防御機構は生きているわけだ。個人差もあるが、この時点でオルター・エゴの作った化身が現れることもある。足元も悪く、身動きもしにくい状況だ。気を引き占めてかかれ」
「はい」
そうクリストフと光一が話していると、景久が刀に手をかける。
「おい、何を――――」
光一が訪ねようとする前に、景久が刀を振りく。次の瞬間、突出していた岩などが塵芥となり、洞窟は舗装されたトンネルの様に綺麗な道が生まれた。
「……景久、お前何を?」
「切った。まあ、さすがに拙者も未熟で、動いてる物にこんな芸当はできないでござるよ」
「お、おおう……」
それが謙遜なのか、自虐なのかは光一には知る由も無かったが、景久がここまで強いとは思っておらず、顎が外れてもおかしくない程に驚愕していた。
「景久、お前凄いな……」
「よせやーい!」
景久は照れながら先を進み、一行はそれに続くように歩き出した。
◇
洞窟を進んでい最中、オルター・エゴの化身がいくつか現れたが、難なく光一が対処してみせた。というより、他四人が試合に応援に来ている親戚感覚で傍観していた。
「いやー! さすが俺が鍛えただけあって、つえーなぁ! 日本一だぜ光一ィ!」
「なんの! 私の教えた戦術も、見事に活かしている。素晴らしい光一君」
「さすコウ! さすコウでござる!」
光一が化身を倒す度に、男性陣がわざとらしく湧き立つ。
「男共ー。まだ雑魚。雑魚敵です。持ち上げすぎ。自信を付けるのが一番だからって、安易に褒めるのはどうなの?」
それを見た真希奈は、アイドルのライブに来たファンの様な鉢巻きやうちわ、そしてサイリウムを手に、哀れな男たちに肩をすくめた。
「いや、お前に言われたくはねーな!?」
それを見たゲルグは、すかさずツッコミを入れざるをえなかった。
隅々までグッズを観察すると、『がんばれコウちゃん』『聖剣で切り裂いて』というメッセージが、ハートマーク付きで書き込まれている。それを見て、ゲルグは戦慄した。
「え? 何? なんでハートマークまであるの? こわっ! 今年一番怖い!」
「いや、それは『義理の息子が初めて武道館でライブしている母親』の気分でやってるからさ」
「なんだその設定!? こえーよ! 今世紀ナンバーワンのホラーだよ!!」
騒ぎ立てるゲルグに、溜息を吐く真希奈。
「応援の本気ってやつがわかってないやつはこれだから……」
「いや、拙者もそれどうかと思う。業深すぎでは?」
この中で一番はっちゃけている人間にそこまで言われ、真希奈は目を大きくして驚愕せざる得なかった。
「うっそ!? 真希野も新人にはそうやって自信付けてるって……!」
「いや、妹さんの場合は、新人がアイドルだったじゃん? お前のは違うじゃん!?」
「母親面をするのは、ソシャゲキャラだけで十分でござる! 創作とリアルの思想、分けて考えて欲しいでござる!」
「いや、それぐらい思い入れを込めて応援してるって意味だからね!? 真希野だってそうしたって言ってたからね!?」
「「それはおかしい」」
「うっそでしょー!?」
話の中心は光一のはずなのに、本人は身内のノリと話題についていけず、どうしたものかと悩んでいた。
そんな光一に、同じ境遇のクリストフは優しく肩に手を置く。
「勉強しながら、進もうか」
「はい……」
そう言って、二人はこの世界の知識の話に花を咲かせながら、洞窟の中を進んでいった。
後に景久は、「寂しい背中をさせてしまった。非常に反省もしているし後悔もしている」と供述した。