第五話 部屋からの一歩
あれから真希奈が引き連れた『神聖騎士軍』が光一を回収し、残りのオルター・エゴを討伐していった。
光一の世界で言う自衛隊や軍隊の類であるらしく、聖剣を持っただけの光一よりスムーズにオルター・エゴ達を討伐していった。
その後、重症である光一は、真希奈の瞬間移動で救護班の集うテント内に移動し治療を受けることになる。回復の『魂技』を使える人間に治療してもらった光一は、もうすっかり元気全開となっており、廊下の角で今も心底申し訳なさそうに土下座をしていた。
テントの中、と言ってももはや光一の知る病院内部と遜色がなく、重病患者の為の個室まで用意されている。もはやここが病院でいいのでは? と光一が思うほどに設備が整っていた。
「先程はお恥ずかしい所をお見せしました! 不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした! ついカッとなってやりました! 後悔もしています! もう二度とこのような事はしないと誓います! 本当に申し訳ありませんでした!」
「うん、いや、まあ別にいいよ。あの程度で訴えるつもりはないし。でもお姉さん、ああいうのやめた方がいいと思うな」
「はい! 肝に銘じます!」
「うんうん、よろしい。私は許そう」
真希奈は本当に気にしていなかったが、濁点だらけで謝罪する光一があまりにも面白かったので、おちょくって遊んでいた。
許しを貰ったという事で、光一は顔を上げ疑問を口にした。
「……しかし、なぜ真希奈さんは無事だったんですか?」
「え? ああ、言ってなかったっけ? この世界に来る方法は一つあって、意識だけの場合と、肉体ごとやってくる場合の二つがあるの。で、意識だけの場合は倒されても星に戻るだけで済みます。肉体ごと来ると殺されたら普通に殺されるんだけどねー! 光一君は肉体ごと来たパターンだから、焦った焦った!」
あっはっはっは! と豪快に笑う真希奈。
「ちなみに肉体ごとこっちの世界に来ると、意識だけ……思念体というんだけど、その場合よりも十倍ぐらいは強くなります。絶望的な話をすると、今回のエクスは思念体なので、今回勝てたからといって、軽々しくもう一回挑まないように。十倍強いので」
「……それはもちろんです」
アレがまだ生きてるのは嫌だな、と思いながらも返事をする光一。
「ならよし!」
そんな所に、神を赤く染めたギルディオンと、秘書らしきスーツを着た少女がやってきた。少女とは言うが、光一と同じくらいの年齢に見える。
人々はギルディオンを見るとざわつき、尊敬や畏怖の篭った眼差しを向けていた。
「あ、我らが主。何をしに?」
だが、真希奈はそんな事を何も気にせずに話しかける。
「数が数だからな。俺も多少手伝いをしに来ただけだ」
ギルディオンの方もそれは同じだった様で、何の気なしに応える。
「え? そうなのブレイン?」
ブレイン、と呼ばれた秘書らしき少女は、首を横に振う。
「いいえ、ちょっとどころか、殆ど一人でやっておられました」
「ですよねー」
そんな少女二人を横目に、ギルディオンは光一に話しかける。
「今回は散々だったな。こんな事は滅多にないんだがな……」
日常茶飯事と言われたらとても怖かったので、滅多にないと言ってくれて光一はとても安心していた。
だが、すぐにそんな事態ではない事を思い出し、口をつぐむ。
「……しかし、今回の件は何だったんですか? オルター・エゴは、誰かの心の一部であり、同時に理想の自分であると聞いています。私が倒しても良かったんでしょうか」
「……気にするのがそこか」
ギルディオンは何か思案した面持ちをしたが、すぐに光一の疑問に答える。
「オルター・エゴがむやみに『堕ちた迷い星』から出た時点で、その人間の心は崩壊する。海にいる潜水艦に大きな穴が開いてしまうようなものだ。とてもじゃないがまともには戻れん。お前が気にする必要はないさ」
「そう、ですか……」
妙な面持ちで、自分の手の平を見る光一。
「こういう事を、俺は星の中……『堕ちた迷い星』とやらでしていく仕事をしなければならないんですか?」
「ああ、さらにはそれらを狙う、ああいったテロリストから守りながらな」
そうですか、と呟いて俯く光一。
「…………」
ギルディオンは、光一の背中をさすりながら顔を近づける。
「嫌なら構わん。肉を裂く感覚を嫌うのもわからんではない。だがそうなると戦闘とは縁のない仕事につかせるが……。その場合、聖剣はどうする?」
「あ……」
右手を裏返し甲を見ると、白い『魂の写し鑑』と『Axis』と丁重に刻まれたガントレットがあった。
「……それが聖剣か。随分と形を変えたものだな」
「ええ、俺も驚いています」
光一は形を変えた聖剣を見ながら考えていた。
あの時は困った自分を助けてくれただけなのかと思っていたが、事態を切り抜けた今も尚ともにある。その形すら変えて。
ならばこの聖剣を、自分はどうするべきなのか?
ほんの一瞬だけ、光一の背中を押すように『魂の写し鑑』が煌めいた気がした。
「……その仕事は、人を助けることに繋がるんですよね?」
「もちろん」
光一の言葉に頷くギルディオン。
「それならなら、やってみようと思います。俺に、誰かを救う事ができるなら、やってみたいです」
「君ならば、そう言うと思っていた」
ギルディオンが、くしゃくしゃっと光一の頭を撫でる。光一は照れくさそうに笑った。
それより少し離れた所で、真希奈とブレインがコソコソと会話をしていた。
「……ねえ、今回さあ、ぶっちゃけどこまで想定してたの?」
「完璧に」
「うわぁ……」
ただ観光案内を担当された真希奈は、彼らがどこまで考え、どこまで動かしたのか? それらを踏まえて何を完璧と答えたのか? エクスの襲撃自体も想定だったのか? そうなるように誘導したのか?
様々な疑問が尽きなかったが、その答えを知るのが怖かったので聞くことはしなかった。
ギルディオンが何をさせるつもりかは知らないが、気の毒にならない程度に、光一の面倒を見てやろうと思った真希奈であった。
◇
コンビニで適当に弁当を買い、家の前まで帰ってきた洋一は、顔を俯かせながら玄関を開く。
すると、リビングの方から光が差し込み、何か料理を作っている臭いと音がした。
想起されるのは翔子だったが、もう彼女は帰らぬ人なのは彼自身一番よく知っていた。
そうなると、消去法で考えられるのは一人しかいない。
恐る恐るドアを開くと、そこには光一が料理を作っている姿があった。床屋に言ったのか、髪の毛もさっぱりとした印象を受ける。
リビングを除く洋一に気がついた光一は、笑顔を作って父親に話しかける。
「ああ、父さん。お帰りなさい。今、回鍋肉作ってたんだ」
「……そうか」
部屋に引きこもる前のように明るく接してくる光一に、戸惑いを隠せない洋一。
何と話しかければいいものか分からない洋一に、光一は料理を作りながら話しかけた。
「色々と、心配かけてごめんね」
「……バカ。そんなの年がら年中だよ」
泣きそうな、それでいて笑みが零れてしまいそうな顔をしながら、精一杯いつものように振る舞うように努める洋一。
「ええ? そうなの。心配かけないようにしてたつもりだったんだけど」
苦笑しながら、光一は回鍋肉を二枚の皿によそった。
「春休みも終わるし、ちゃんと学校行くよ」
「……無理はしなくていいんだぞ?」
「じゃあ、無理だったら休んじゃおうかな」
皿によそった回鍋肉をテーブルに並べ、手で父親に席に座るように促す光一。
ああ、と返事と呼べるかも怪しい呟きをして、洋一は席に座った。
光一はお箸とお茶を並べると、父親の正面の席に座る。
「いただきます」
そう言って光一はご飯を食べようとするが、洋一が不思議そうにつぶやいた。
「白いご飯は?」
「……あぁ!? 炊き忘れた!?」
濁点だらけの叫びをあげる光一だったが、父親と顔を合わせると、互いに声に出して笑い合ってしまう。
「弁当、買ってきたんだ。一緒に食べちゃうか」
「そんなに食べきれるかな」
「お前は成長期なんだし、大丈夫だろ」
他愛のない会話をしながら、家族二人だけの食卓は進んでいった。