第六話 日常に見える物
始業式終えた光一は、机の中を整理しながら今日一日を振り返る。
少し腫物扱いされたがそれ以上の事は無く、仲の良い友人はいつも通り接して来る。
気を使われることもあったが、大よそいつも通りの日常であった。
「光一殿ー。一緒に帰るでござるよー」
中には、気を使わずという言葉も知らなさそうな友人もいる。
その友人は長い髪を一纏めにし、髪も制服もボサボサで小汚い印象を受ける少年だった。
「景久、お前今日リムジンはどうした?」
景久と呼ばれた少年は、困ったように苦笑いを浮かべる。
「始業式の終わりの時間伝え忘れてたでござる……」
「おっちょこちょいめ。じゃあ一緒に帰るか」
「面目なーい!」
謝罪している割にはどこか楽しそうだったが、何となく光一も楽しかったので、一緒に帰路を歩くことにした。
佐々木景久は、光一からすれば小学校二年生の頃からの幼馴染である。
親は何の仕事をしているのか光一は知らないが、彼の家は都内に大きな屋敷を構えていた。
小学生の頃は誘拐もされていたのを光一は覚えており、それ以来は送迎は大体がリムジンによって行われているので、とんでもなく金持ちだという事だけは知っていた。
「だがいいのか? 送迎の人を待つと言う手もあっただろうに」
「もう高二でござるよ? そんな心配も無用でござる。それに拙者、強いし」
ドヤァ! と満点のしたり顔をする景久。
「銃とか出されたらこっちは何もできんだろうに」
「こ、こう。刀で弾丸を切り落とすとか……」
「刀持ってないだろ」
「はうあ!?」
大袈裟に頭を抱える景久。
実際、景久の運動面の活躍は目を見張るものがあり、運動部の助っ人として多岐に活躍している。
光一も暇さえあれば応援に行くが、お前なんで助っ人なのにエース級の活躍してるんだ? となる試合ばかりである。
それは武術に関してでも同じで、剣道の大会では優勝したこともある程だ。
故に景久がいう事もあながち全部が間違いではないのだが、さすがに拳銃はどうにもならないだろうと思っているのが光一の見解である。
もしそうなってしまった場合は、自分が盾になれば景久は逃げられる身体能力があるので問題は無かった。
「そういえば、宿題はやったでござるか?」
「ああ、宿題なら終わらせたよ」
そう言ってから、光一は景久が何を言って来るのかを察した。
「さっすが光一殿! 拙者にも見せて☆」
恥ずかしげもなく言ってのける景久に、光一は溜息をつきながら口を開いた。
「断る。自分でやらなければ意味がない」
「後生ー! 後生故ー! 明日の提出物だけでもいいでござるからー! 後生ー!」
「断る」
「無情ー!? ご無体なー! 後生故~! ぐふっ!?」
歩きながら腕に抱きついてくる景久に、空いている手で脇腹をどついた。
「毎度毎度、やめろと言っているだろうに」
声を少し荒げて景久を押しのける光一に、景久は首を傾げた。
「……あれ? 光一殿、今日はなーんか乱暴では?」
その言葉に、表情をこわばらせる光一。
「ああ、いや……ちょっと苛立っているだけだ。すまん」
そういうと光一は、少し歩く速度を上げて歩く。
「……そうでござるか」
景久はそれだけ言うと、特に言及もせず光一についていく。
しばらく無言のままが続いたが、商店街の見える信号機まで来たところで景久が口を開いた。
「光一殿、せっかくだしゲーセンでも寄らんか?」
「校則で禁止だぞ」
信号が青になり、歩き出そうとする光一。
「ほほーん? 拙者に負けるのが怖いんでござるか~?」
だが、景久のその一言に光一の足が止まる。
「……その挑発に乗ってやろう」
光一は負けず嫌いだった。
「フッ、拙者に勝てるかな?」
二人の熾烈な戦いが、今まさに始まろうとしていた。
◇
ゲームセンターの一角で、光一と景久はカーレースをしていた。
二人は賢明に競い合うが、結果は共にドペであった。二人はゲームがド下手くそなのだ。
「……まあ、俺の方が早かったしな。そう落ち込むことはない」
「二回は拙者の方が早かったんでござるがー?」
「そんな事を言うならば、俺はコース落ちしていない。技術面では俺が上だ」
「拙者なんてアイテム取り損ねることはなかったんでござるかー?」
光一はちらりと腕時計を見て時間を確認すると、口を開く。
「……次は別のゲームで勝負をしよう。ちょっと今日は具合が悪かった」
「いいでござるよー? まあ、拙者も? ちょっと肩温めてただけでござるしー?」
過去の記録からすれば、二人とも成長して共にドペだったのだが、そんな事ゲーム音痴の二人がわかるはずもなかった。
「というわけで、拙者さっきちょろっと欲しいUFOキャッチャーがあったのでそれを――――!?」
景久はそう言いかけると、慌ててどこかに隠れようとする。
だが光一はその奇行に見覚えがあり、咄嗟に景久の服の裾を掴んだ。
「あ、あの、光一殿。ご、後生……!」
「断る」
「む、無情……!」
二人がそう騒いでいると、黒いスーツを着た厳つい男達がこちらに歩いてくる。
「若、こちらでしたか」
「ここです。なので源蔵達は帰ってよし。景観的にもお主らいちゃダメなやつ」
源蔵、と呼ばれた黒服の男の一人が、少し怒気を込めて景久を睨みつける。
「若、宿題の時間です。明日までに終わらせるものがあるんでしょう?」
「な、なぜそれを!? ま、まさか光一殿!?」
しれっと別の方向を見る光一。
「図ったな!? というかいつの間に連絡を!?」
驚愕を露わにする景久だが、その答えが出ることはない。
「源蔵さん。後はお願いします」
「任されました。光一ちゃんもお気を付けて」
「ありがとうございます」
「シーカートー!?」
他の黒服の男達に景久は連行されていく景久に、またなと手を振る光一。
源蔵が光一に頭を下げると、場に似つかわしくない異様な黒服集団と景久はゲームセンターから消えて行った。
光一が景久の両親のお仕事を言及しない理由の一つは、これであることは言うまでもない。
遊び相手もいなくなったので、光一も帰ろうとすると、ゲームセンターの一角で白い髪の女性が蹲っているのが視界に入った。
光一が少し様子を見てみると、何かを探している様子だった。
具合が悪そうではないことを確認すると、光一は女性に近よって話し書ける。
「あの、どうかなされましたか?」
光一に声をかけられ、白い神の女性が顔を上げる。
「――――――」
その女性の顔立ちは、光一が見惚れてしまう程に綺麗な物だった。
美しさや女性の良し悪しなどには専門外ではあるが、そんな光一にでもこういった女性を絶世の美女と言うんだろうなとわかる程である。
「あ、いえ」
白い髪の女性は、困ったような顔をして、足をさすりながら立ち上がる。
驚いたことに、彼女は光一とほぼ同じ身長だった。だがヒールを履いている分、光一よりも目線は高い。
光一も180センチと身長が高い方であるが、自分より目線の高い女性と会う事はそうそう無かったため、美貌とはまた違った意味で面を喰らってしまった。
それと、正面で白い髪の女性を見ると、胸も大きい事が判明し、光一は必死にそちらを見無いよう女性の顔を見つめる。
女性は顔をジッと見られ、少し緊張した様子で話し始めた。
「……実は、その、ケータイを落してしまいまして」
だが、その言葉を聞いて光一の方の戸惑いは払拭された。困っている人が目の前にいるのに、何もしないのは彼の流儀に反するからだ。
「それは大変だ。俺も探すのを手伝いますよ。どんな色の携帯ですか?」
煩悩を捨て去り、優しい口調で問いかける光一。
「いえ、私一人で大丈夫ですので……」
そう言って女性は断ろうとするが、光一は自分の携帯をすかさず取り出した。
「電話をすれば、音で分かりやすいと思うんです。使いますか?」
女性は少し迷った素振りを見せると、お借りしますと携帯を手に取った。
◇
携帯が見つかったのは、近くの喫茶店でだった。白い髪の女性が携帯を鳴らした際、電話が鳴っていることに店員が気がつき応答してくれたのだ。
女性は店員にお礼を言い、喫茶店まで携帯を回収しに行くことになった。
だが、勝手に人の携帯を手に取るのもどうなんだ? と変なところを期にした光一が、念のために疑い付き添うことになったのだが、店員の対応は丁重で礼儀正しく、何も問題は無かった。
二人は店員にお礼を言うと、飲み物を注文してからお店に出て、商店街をなんとなく並んで歩く。
「すいません。奢って貰っちゃって」
カップを手に持ちながら、頭を下げる光一。
「いえ、お礼みたいなものですから」
白い髪女性も、カップを左手に、右手に携帯を持ちながら答える。
携帯には、かわいらしいラッコのマスコットキャラのストラップが付いている。
「あ、そうだ」
光一が自分の携帯を取り出し、履歴画面を白い髪の女性に見せる。
「はい?」
白い髪の女性は、光一の意図が分からず首を傾げた。
「履歴は消しておきますので、ご安心を」
そう言って、光一は白い女性の電話番号を消した。
「ああ、わざわざどうも」
「それじゃあ、俺はこの辺で失礼します。どうか、お気を付けて」
光一は女性が履歴を消したことを確認したのを見ると、頭を一度下げ、駆け足で人ごみの中に紛れて行った。
「…………」
白い髪の女性、ティアナ・ヴァイス・ロックハートは、彼を見送りながら、春風の様な人だなと感じた。




