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初恋のその先

 【初恋の行方 前後編】の続きになります。

あわせてお楽しみいただけたら幸いです。

 すでに日が暮れた街中の一角で、三人の男女が立ち止まっていた。


 向かい合う一組の男女の真ん中にいる男が、まずはと女のほうに手のひらを向ける。


「こっちが山吹(やまぶき)、高校からの付き合いだ」

「初めまして、山吹(やまぶき)千佳(ちか)です」


 短く紹介をされた女性、山吹千佳が頭を下げながら控えめに微笑んだ。

 初対面だから当たり前なのかもしれないが、見せてもらった写真の中とは違う大人しさに少しだけ面食らう。


「で、こっちが井橋(いはし)。警察学校の同期」

「初めまして。井橋(いはし)敬太(けいた)です」


 百九十センチ近い自分を軽く見上げるだけの千佳を見て、隣りで紹介をしていく(たすく)と並んだ写真でもそうだったことを思い出した。


「で、これが井橋の身辺調査書」

「はい?」

「……は?」


 サラッと言いながら鞄から厚めの封筒を出していく輔に、千佳もだが、敬太もギョッとした。


「調査書って、なに?」


 頭を抱えた千佳が、まずはそこからだとでも言うように、輔が差し出してきた封筒の中身を(たず)ねていく。


「そのままだが?見合いなら釣書(つりがき)があるだろう。そのようなものだ」

「……頼んでないし、そもそもなんで?」

「お前に紹介する相手だぞ?素行調査は当たり前だろう?」


 こともなげに言う輔に眉間を寄せた千佳は、何かと戦っているらしい苦渋に満ちた顔をする。

 そんな千佳を無視した輔は封筒を開けたら、簡単な照会内容(プロフィール)を話していった。


井橋(いはし)敬太(けいた)、三十四歳。独身、大卒。現在の階級は警部。犯罪歴なし、借金なし、喫煙習慣なし、酒はザル。心身共に不調なし、手術歴なし。あー、身体的特徴はー……」


 そこでチラと敬太を見た、輔の切れ長の黒い瞳に意味もなくドキリとしながらも、どこまで調べたのかと口の(はし)(ゆが)ませる。


 そんな敬太も無視した輔は手元の紙に視線を戻し、「口元のホクロくらいかな?」と少しだけ首を傾げた。


 黒寄りの焦茶の短髪は綺麗に整えられ、意志の強そうな眉に少しだけ垂れ目なアンバランスさが優しげな印象に見える敬太は、一般的にはイケメンの部類に入るのに。

 それよりも強い顔面を持つ輔には、口元のホクロくらいしか目立った特徴が見当たらなかったらしい。


「ああ、なるほど」


 その言葉に敬太を見上げた千佳も軽く賛同したら、隣りの輔に視線を戻した。


(まあ、知ってた(・・・・)けど)


 警察学校時代から微妙に比べられていた敬太の昔と今の心中に気付く様子もない輔は、改めて千佳に向き直った。


「とにかく、山吹に妙なヤツを紹介したとなったら俺がおばさんに怒られるだろ。(りく)にも協力してもらったから中身は確かだぞ」

「陸くんまで巻き込んで……」

「こういう時の弁護士だろうが」


 いま使わないでいつ使うんだと、至極当然のように言う輔に(ゆが)んだ顔を向けた千佳は、それでもいろいろな感情を飲み込んだらしい。


「ご協力、どうもありがとう。でもそれ個人情報だからわたしが受け取ることも、中を見ることもしちゃいけないことだろうししたくもないから、持って帰って適切な処分をして」

「それなら本人にやる。ほら」

「は?オレ?」


 自分の調査書を受け取ってもどうすればと固まるが、これで用は済んだとばかりにスッキリした顔の輔は気付いていない。


「じゃあ、俺は帰る。あとは二人で頑張れ」

「ちょっ!?初対面なんだけど!?」

「見合いとはそういうものだ」

「お見合いじゃないし!てゆーか、せめて一杯くらい付き合おうとか思わないのかって言ってんの!」


 初対面の二人の共通人物である輔に食ってかかる千佳に、先ほどまでの大人しさは微塵(みじん)もない。

 「ほんと、そういうとこなんだけど!」と腐れ縁の一方的なやり取りを見守りながら、ここで二人にされてもなあと敬太も微妙な顔を向けてみた。


 しかし、帰る気満々の輔は鞄を抱え直すだけだ。


「後は若い二人でって流れが一般的だろ。……別に若くはないな?」

「同い年ですけど!?」

「それもそうだな」


 とても当たり前のことだと言う風に頷いたら、「うん?」と首を傾げて千佳をしみじみと見つめて(つぶや)いた。


「あれ?お前、三十四歳か」

「同い年って言ったばかりじゃん」

「てことは、……十八年も独り身なのか?」

「三十四年目ですけど文句あんのッ!?」

「ない」


 握った拳を震えさせながら、下から(にら)みつける千佳は全身で怒りを表している。

 そんな千佳に近距離で(すご)まれている輔は、「ふむ」と頷くだけとはどういう神経なのかと敬太は呆れた視線を向けた。


「そうか、それなら尚更(なおさら)頑張れよ。俺と陸以外の名前を出したら、さすがにおばさんも『初恋(こじ)らせたアラサーの一人娘』とか言わなくて済むだろ」

「っっっ!!来世の分のデリカシーを今すぐ(もら)ってこいっっ!」

「無茶言うな」


 今世のデリカシーが無さすぎる輔を知っていることで出た言葉だなあと、なぜか敬太はおかしくなった。


 言われた千佳は「顔が良くなかったら殴れるのに、ホント腹立つっっ」と、褒めているのかなんなのか、よく分からない言葉を鬼の形相(ぎょうそう)(つぶ)やいているけれど。


「せめて髪の毛(むし)りたいっ」

「やめておけ。肩(はず)す気か?」

「逮捕術使うなっ」


 千佳の握った拳も難なく避けた輔は、「俺は帰るぞ」と一歩下がって言った。


「無礼のお()びに(おご)りなさいよ」


 それまで静かに見守っていた敬太も千佳のその言葉にはとても同意なので頷いていくが、そんなことで曲げる輔ではない。


 少しだけ口の端を上げたら当然のように言う。


「家で陸が待っている」

「っっっくぅっ……。お疲れさまでしたっ」

「え?」


 「陸くんによろしく」と拳を振りながら見送る千佳とは逆に、ちょっと待てと手を伸ばすが間に合わない。


「はああぁぁ……、もうっ」


 振り上げた拳と一緒に肩を落とした千佳が深い溜息を吐いたら、くるりと敬太に向き直る。


 その千佳の表情は、すでにサッパリと切り替わっていた。


「とりあえず、ご飯でも食べます?」

「え?……あ、はい」


 ニカッと笑う千佳の雰囲気が輔に似ていて、敬太は思わず頷いてしまった。




「昨日はどうだった?」

「……」


 朝、普通の口調で尋ねられた敬太は思わずジロッと(にら)み返すが、そんなことで(ひる)む輔ではない。


 分かっている敬太は小さく嘆息したら、手元の資料に顔を戻す。


「メシ食って酒飲んで終電前に帰った」

「そうか」


 お持ち帰り(・・・・・)でも期待されていたのかと思って素っ気なく伝えたら、こちらもたった一言だけしか返ってこなくて面食らう。


「もっと突っ込んで聞かなくていいのか?」

「俺が聞いてどうする?会わせたのは俺だが、その先は二人の問題だろ」


 わざわざ素行調査までしておいて、という意味を含めて言ったのだが、それはそれだと呆気ない。


「大事な友人だろ?」

「ん?」


 敬太の手元の資料を(のぞ)き込んでいた輔の反応が遅れるが、すぐに「ああ」と軽く頷く。


井橋(おまえ)が山吹の嫌がることをするわけがないし、山吹が井橋の気に触るようなことを言うわけないしな」

「はあ?」

「それにお前らなんか似てるから、気が合ったんじゃないか?」

「……」


 気が合った一番のところは、目の前のこの男への愚痴なのだけれども。


 そんなことは知らない輔は、『ご紹介どうもありがとう』という千佳からの短い返事を陸と見て、「まあまあ盛り上がったのでは?」という結論になっていた。


 ふっと少しだけ口の端が動いた、とても分かりにくい微笑みを浮かべた輔に昨日の千佳の笑顔が重なった敬太は、額に手を当てながら深い溜息を吐いていった。


「……随分(ずいぶん)と信用されているな?」


 どっちが(・・・・)、とは言わずに呟いた敬太の言葉には片眉を上げるだけだ。


「当たり前だ」


 そんなに浅い付き合いではないと言い切る輔に、どんな顔をすればいいのか分からなくなった敬太はとりあえず両手で顔を(おお)い隠すことにした。


(ホント、こういうとこ(・・・・・・)なんだよな)


 昨日の千佳とは違う意味だが、勝手に資料を奪っていった同期を見上げる。


「とりあえず、次の約束はしたってことと連絡先の交換は済ませたとだけ言っとく」

「そうか、分かった」


 こちらを見もしないで言う輔になんとも言えない、諦めを含んだ溜息を吐いた敬太は奪われた資料を奪い返した。




 お互いに九時十七時(くじごじ)勤務ではないが、忙しくない時期ということで週一程度には会うことが増えた夏の前。


「なんっであんなにデリカシーがないと思います!?」

「オレより先に会ってる千佳ちゃんがないって思うんだから、オレはもっとないよ」


 ダンッとジョッキをテーブルに叩きつけながら、話す内容は輔のことだ。


 結局、敬太の素行調査書を見なかったので、少しずつお互いの話をしていって仲を深めている段階の妙齢の男女のはずなのに。口から出てくる話題はあまりにもデリカシーが無さすぎる輔への文句が中心なので、そういう(・・・・)雰囲気(・・・)になることもなく、ただの飲み仲間になっていた。


 そのことに若干の微妙な気持ちになりながらも、お通しの枝豆を食べながら、今日の新しい話題はなんだろうかと敬太もジョッキに手を伸ばした。


「そういや姫守(ひめもり)の姉妹を見たことがあるけど、そっちとも交流があるんだっけ?」

「え、姉妹(・・)?……うん?会長と(そら)ちゃんのこと?」

会長(・・)?」

「生徒会長。(うみ)さんは、わたしたちが通ってた高校の生徒会長をしてたから」

「ああ」


 その時の呼び名のままなのかと納得したが、その前の怪訝(けげん)な顔に首を傾げた。


「え?姫守くんは二人兄妹だよ?」

「ん?五人兄妹じゃないのか?」

「五人て、なんの五人?」

「一つ上の会長、八つ下の双子兄妹と六つ下の末っ子」

「……それ、高槻(たかつき)()と混ざってるね」

「え?」


 高槻(たかつき)は輔のパートナーの陸だけではと呟く敬太に、上を見た千佳が鞄から手帳を取り出した。


「えっと……。高槻(たかつき)は四兄妹で、一個上の長女の(うみ)さん、同級生で長男の(りく)くん、八つ下で次男の(わたる)くん、さらに六つ下の次女で末っ子の(そら)ちゃん」

「…………うん」


 ここまではいいかと顔を上げる千佳に、何度か反芻(はんすう)した敬太が頷いた。それを確認した千佳が、高槻家の隣りに姫守家を書いていく。


姫守(ひめもり)は同級生の輔くんと、八つ下の妹のひなちゃんだけだよ」

「あーーー…………」


 長年の謎が解けたとでも言うような長い(つぶや)きと頷きに、どうしてそんな勘違いをずっとしていたのかと、逆に千佳が尋ねていった。


「基本的に下の名前で呼んでるし、警察学校から掛けてた電話は自宅だって言ってたし。何より会長を『姉』で下の三人も『弟と妹』って言ってたからなあ」

「あー、なるほど。それは(まぎ)らわしい」


 ついでに警察学校に迎えに来ていた(うみ)は輔と同じ黒髪と切れ長の黒目で。(そら)は「たっくん」と呼んでいたが、いつも「早くウチに帰ろー」と言うので家族だと思い込んでしまった敬太は悪くないだろう。


「ああ、その二人かあ。それなら間違うかも」

「だろ?」


 母親同士が同級生で親友な高槻家と姫守家なので、産まれる前から一緒に過ごしているしなあと、見た目もだけど雰囲気でも、家族だと勘違いしてもおかしくはないなと千佳も納得していった。


「隣り同士ではないけどご近所さんだし、普段から頻繁に行き来してたもんなあ」


 それぞれが泊まりに来る時の部屋まで普通に用意されていたしと、高槻家に泊まったことがある千佳が追加をして言って、それに気付いた敬太は複雑な顔を向けてしまった。


 そんな敬太に気付かない千佳はビールを一口含んだら、「あれ?」と首を傾げていく。


「でも、同期ってことは十年以上の付き合いだよね?そういう話はしなかったの?」

「同期の飲み会に姫守(あいつ)が参加したことないんだ。独身寮も入らなかったし。それに今も昔も勤めてからもまっすぐ家に帰るから、個人的にメシとかも行ったことがない。……一応、半年近く警察学校で一緒だったけど。そもそも家族の前以外は無表情で、基本的に自分のことはまず喋らないからなあ」

「ああ、……懐かしい」


 すでに二十年近い付き合いの千佳の前では完全に身内の前でする顔になっているので忘れていたが、高校の時からそう(・・)だったことを思い出した。


「わたしが警視庁(そっち)に行く機会がないから忘れてたけど、相変わらずなんだね」


 出会った頃を思い出しているのか、いまのところまだ見たことがなかった柔らかい表情で呟く千佳に、どんな顔を向ければいいか分からない敬太はジョッキを(あお)って隠すことにした。


「……まあ、学校に迎えに来た会長と末っ子に対する態度は見てるけど」


 その死んでる表情筋、生きてたのかよってくらいに分かりやすく顔を(ゆる)ませて喜んでいた輔に驚いたけれど、公私の区別がついてんだなーくらいにしか当時は思っていなかった。


 しかし千佳との初対面でのやり取りを見て、自分はまだ身内(うちがわ)に入っていなかったことに気付いて微妙に落ち込んだ。


 ポンポンと言い合うこともだが、家族以外であんなにコロコロと表情を変えることも知らなかったのだ。


「そうなんだ?」

「……そうだよ」


 千佳の追い討ちでさらに落ち込むが、なんでここまで気が沈むのかも分からない敬太はとりあえず追加のビールを頼んでいった。


 そんな敬太をじっと見た千佳は上を見て、下を見て、「うーん?」と首を傾げる。


「なに?」

「その程度の人をわたし(・・・)に紹介するかなあと思って」

「え……?」


 ともすれば傲慢(ごうまん)のような自意識過剰のような千佳の言葉に、目を(またた)かせた敬太は固まった。


 テーブルの一点を見つめながら考え込む千佳は、敬太のそんな変化を知らないままに話し続ける。


「だってそうでしょ?身辺調査までしたのは……まあ、やり過ぎで過保護だと思うけど。それでもわざわざ機会を作って会わせてくれたんだよ?どうでもいいと思ってる程度の相手なら、まず会わせないから」


 そういう(やつ)なのだと言い切る千佳に、「信用されてるな」と言った自分の言葉が思い出された。


「……随分と、信用してるね?」


 誰を(・・・)とは言わずに呟いた言葉に片眉を上げた千佳は、またニカッと笑って断言した。


「そりゃあね。だてに(こじ)らせてませんから」


 自棄(やけ)になったような言い方ではなく、受け入れてあっけらかんとしている清々(すがすが)しい笑顔に、ようやく敬太も笑っていった。




「順調そうだって聞いたけど?」

「順調……、かなあ?」


 久しぶりに電話越しで会話をすることになった陸に尋ねられた千佳は、どういう仲になっているのか分からない敬太のことで首を傾げてしまった。


 会わない間にもまあまあ連絡を取り合ってるし、会えば楽しく過ごせている。

 飲んでも飲まなくても、会話があってもなくても居心地は悪くないと感じていた。


「いやでも、お付き合いって言われると違うような……」

「そうなの?」


 洗濯物を畳みながらの千佳は、料理をしながらのエプロン姿の陸を目で追いつつ、タオルをパンッと伸ばしていった。


「だってさあ……」


 改まった告白をされたわけでもないし、千佳からもしていない。

 そもそも手を繋いだこともないので、もちろん他の肉体的接触はまったくない。


 妙齢の男女がこれでいいのか?という距離感に、これではただの飲み仲間兼、輔への愚痴仲間になってない?と、さらに首を傾げていく。


 そんな千佳の微妙な顔を見ながら、ローストビーフを仕込んでいる陸も少しだけ首を傾げた。


「そっかー……。井橋さんにはおれも会ったことあるし、山吹に紹介する前に身辺調査もしたからまあまあ知ってるけど。恋人じゃなくて友達かー」

「かなあ?」


 ドボドボと調味料を鍋に入れていく様子を眺めながら、反対側に首を傾げて眉間を寄せる千佳のお腹が小さく鳴った。


「……まあ、そんな感じです。ごめん」


 友達以上、恋人未満という関係でもない気がしている千佳は、どちらにしてもお見合いっぽく調(ととの)えてもらったのに申し訳ないと謝っていく。


 顔の前で手刀する千佳に困った顔で笑ったら、そもそもデリカシーが皆無な仲人(たすく)のせいでもあるんじゃないかと首を横に振った。


「謝るものじゃないでしょ。こういうのは縁とタイミングだろうし」

「うーん、でも……。悪い人ではないから、余計にこれから(・・・・)どうすればいいのか分からない、かも」

「あー、……なるほど」


 向こうがどういう気で会っているのかも分からないことで、「わたしたち、付き合ってます?」とか聞くのもいまさらだし、間違っていたらとても恥ずかしい。


 そしてそれで遠慮をされて距離を置かれたりしたらちょっと寂しい……と、思うくらいの人にはなっていた。


「ふぅん?なかなか複雑だねえ」

「……」


 ニヤニヤと面白そうに笑う意地の悪い陸の顔で、自分の顔が赤くなっていることに気付いて唇を尖らせた。


「まあ、そんな感じ!」

「分かったー」


 フンと顔を()らして「今日の夕飯はなに?」と話題も逸らしていく。


 そもそも盛り上がりすぎる共通の話題(たすくのはなし)が悪いのでは?とも思ったけれど、陸の前なので口に出すことはやめた。




「ちーちゃん!」

天使(そらちゃん)っっっ!!!」


 敬太に会う前に、連絡があったことで久しぶりに(そら)と会う千佳のテンションは高い。


 大学生(ハタチ)らしい長い生脚を惜しげもなく出して、ショートボブの薄茶の髪は陸と同じサラサラで。水を弾きまくる白い肌と大きな焦茶の瞳を向けられた千佳は、「今日の天使(そらちゃん)も可愛いが過ぎる」と感極まっていた。


(そら)ちゃん、大きくなったねえ……」

「ちーちゃん、それ会うたびに言ってるよ?」


 無遠慮な輔は『豆粒』と言っていたけれど、千佳にはいつでも天使なので、しみじみと涙ぐみながら喜んでいく。


 そんな千佳に呆れながらも、夕飯前なのでジュースを飲みながら合流場所までぶらっと歩くことにした。


「たっくんから、ちーちゃんがお見合いしたって聞いて気になったの」

「ごふっ」


 どこまで、なにを誰に話しているんだと吹き出した千佳は、「デリカシー……」と呟きながら拳を握った。


「りっくんも心配してたけど、まあまあ順調そうとも聞いたよ?そうなの?」

「うーん……。まあ、順調ではあるかな?」


 正式なお付き合いとは違う気がするけれどと、先日、陸と話した時の内容を伝える千佳に、(そら)の丸っこい大きな焦茶の瞳が半分になった。


「ふぅん?」


 若干の面白くなさを感じた(そら)は、聞いていた特徴と同じ男がこちらを認識して近付いて来たことを目ざとく見つける。


 声が届きそうな距離まで来たことを確認したら、隣りの千佳の手を取って、ぎゅっと握って下から(のぞ)き込んだ。


「ちーちゃんが嫌って言えないなら、あたしが代わりにぶっ飛ばすよ?」

(そら)ちゃんの可愛い手に傷がついたら大変じゃないの。その時はわたしが()飛ばすから大丈夫だよ」


「……」


 サラサラの薄茶の髪に大きな焦茶の瞳を持つ美少女の上目遣いに、そんな手間はかけさせないと拳を握った千佳の返事は(いさ)ましい。


 千佳はなんのことを言われているかは分からず、ただ(そら)の手を(わずら)わせることはないと言っただけなのだけれども。


 それを目の前で見せつけられた敬太は、(これはオレを殴る算段か?)と察して口の端を引き()らせた。


 そんな、途中で立ち止まった敬太を見つけた千佳が、声を掛けようと手を挙げた。


「あ、け」

(そーら)、物騒な話をしないの」

「りっくん」

「あれ、陸くん。どうしたの?」


 (そら)の頭の上に(あご)を置きながら、むにっと頬をつまんでいく陸の声で千佳の視線が戻った。


「これからウチで食事会だから、(そら)を迎えにね」

「食事会だったんだ?ああ、それでいつもより艶があって濃い色のネクタイなんだね」


 これでスーツも派手ならホストっぽいだろうけれど、いつもよりは薄めのグレー一色なところが陸だなあと納得してしまった。


(まあ、顔が良すぎてなに着ても強い(・・)けど)


「食事会だから(そら)ちゃんも赤のジャケットを着てるんだ?」

「うん。赤は戦闘力が一番高くて強いって(うみ)(ねえ)が言ってたから、これにしたの」

「……なるほど?」


 「誰と戦うんだろう?」と首を傾げながらも、(なにを着ても似合うなあ)と、うんうんと一人で頷きながら別なことにも納得した千佳は、(そら)とその上に並ぶ陸が、じっと千佳の後ろを見ていたことに気が付いて顔を上げる。


「ちーちゃん泣かせたら折るからね」

「え?」


 「何を?」と訊く前に、(そら)の頭の上の陸の顔が、とても綺麗な微笑みの形を作った。


「その時はおれが弁護するから、確実に向こう(・・・)を有罪にするね」

「ん?」


 何やら先ほどよりも剣呑(けんのん)で物騒な気がする二人の会話の内容に首を傾げた千佳は、「任せろ」と言う輔の声で今度こそ振り返る。


「その後は俺がブチ込んでやる」

「どこに?……じゃないか。誰を?」


 警察官(たすく)がブチ込むところは一カ所しかない。


 それよりも、ぐっと親指を立てて三人で何かを分かり合っていることに片眉を上げた千佳は、「なんの話をしているの?」と、交互に見返していくが誰も答えない。


「あ、てゆーか(うみ)さんからも連絡あったんだけど。どこまで、誰になんの話をしたのよっ!?」


 先ほどは(そら)から「見合いをしたらしい」と言われた千佳は、現れた輔に食ってかかる。


「山吹はすごいな。両家から心配されてるぞ」

「リョウケってなに?それより、なんであちこちで言いふらしてんの!?」

「ん?お前んとこのおばさんにもだが、ウチ(・・)からも誰か良い人いないのかって言われて紹介したんだから、その後の報告をしないといけないだろ?」

「は?」


 そこでようやく隣りで所在なさげに立っている敬太を指差すが、輔の言う『ウチ』がどこを指しているのかに気付いた千佳は真っ赤になった。


「ひいっ!?」


 両家(・・)って、高槻家と姫守家かとようやく分かった千佳は膝から崩れ落ちそうになった。


「そもそも今日の食事会の議題はお前のことだしな」

「あっ、たっくん、しーっ!!」


 隠し事ができない輔の言葉に(そら)が自分の口元に指を当てて、「それ以上は話すんじゃない」と慌てる姿に、千佳は気が遠くなっていった。


「…………ご心配、どうもありがとう。でもその議題の主役(わたし)は今日の食事会に誘われていないんですけど?」


 額に手を当ててなんとか絞り出した千佳の言葉には、キョトンとした顔の輔が答える。


山吹(しゅやく)がいたら突っ込んだ話ができないだろうが」

「しなくていいよっ!」


 両家(みんな)で集まってなんの話をする気だと、千佳の振り上げた拳を避けていく輔は「脇が甘い」と頓珍漢なことを指摘していた。


「……」


 なんの、どんな話をするのだろうかと、一緒に話題に上がりそうな、いや、吊し上げられそうな気配をビシバシ感じた敬太は、口の端が引き()りそうになるところをなんとか(こら)えた。


 そんな敬太を見た陸は、小さく微笑んで一つ頷く。


「そういえば、二人はこれからデートだったね。お邪魔なおれたちはそろそろウチに行こうか」

「ああ。……ん?俺たちは全然デートしてないな?じゃあ食事会が終わったら、どっか出掛けるか」


 先日の輔のように、今度は陸が「後は若い二人で……」と手のひらを向けながら言ったら、サラッと輔が追加していった。


「うん、行く」

「むー……、りっくんばっかり、たっくんと遊んでズルいー」


 あまりにもスマートに誘う輔に言われた陸はキョトンとしてしまっているけれど、とても嬉しそうな顔で微笑んだので、久しぶりに遊びたかった(そら)はまたむくれていった。


 デートと言われて千佳の頬が反射的に赤くなったけれど、それよりもと輔に顔を向ける。


「してないって、最近は大きい事件ないから時間あったでしょ?そっちこそ、なんで出掛けてないの?」

「陸がいればそれで十分だからだな」

「……そうだね」


 「ふむ」と当然のように頷いた輔に、陸はそれでいいのかと呆れた顔で振り返るが、とても分かりやすい顔で嬉しそうにしていたし、今日は出掛けるならいいのかと無理矢理に納得した千佳は、何年経ってもいつまでも仲が良い二人から顔を逸らすことにした。




「たっくん!遊んでくれないならウチまで抱っこして!」


 仲良しな兄たちに、さらにむくれた(そら)の頭をわしゃわしゃと撫でる輔の手のひらを()けたら、はいっと両手を挙げて要求していった。


「……俺はお前を何歳まで抱えればいいんだ?」

「たっくんがあたしを抱っこできなくなるまでに決まってるでしょ」

「死ぬまでじゃないか」


 「お前、二十歳(ハタチ)になったよな?」と呆れながらも腕を伸ばした輔は、「勘弁してくれ」と言いつつも(そら)を家まで抱えて行く気らしく、陸に鞄を渡して諦めの溜息を吐いた。


「じゃあな」

「またね」

「ちーちゃん、またね」


「うん、またね」

「…………ああ、また(・・)


 輔は二人に向かって手を挙げて、陸は敬太ににこりといろいろなもの(・・・・・・・)が含まれた微笑みを向けながら、(そら)は抱き上げられてご機嫌な笑顔をあからさまに千佳にだけ向けていった。


「……」


 その笑顔を一瞬消して、敬太を(にら)みつけたのは気のせいでは、ない、……はず。


 まったく気付いていない千佳は、「天使っ!」と腕を思いっきり振っているけれど。


 しっかりといろいろなこと(・・・・・・・)を察した敬太は、(天使じゃなくて小悪魔だろう……)と言いたかったが口には出さない。


 代わりに警察学校の前にわざわざ車を横付けしてまで輔を出迎えていた、(うみ)(そら)を思い出す。


 艶のある黒髪を(なび)かせ、一目で高級品と分かる攻撃力の高い真っ赤なワンピースに身を包んだ(うみ)は、「いつも輔がお世話を掛けています」と控えめな微笑みを浮かべながらも、その鋭い眼力で全員を(にら)みつけて。


 (そら)は「たっくん!」と無邪気を装って輔にしがみついたら、わしゃわしゃと頭を撫でられながらも輔の肩越しに、あの大きな瞳でじっと順番に舐めつけるようにこちらを無言で眺めていったのだ。


 あの顔面も放つ空気の圧(プレッシャー)も強すぎる二人を押し退けてまで輔に近付こうと考えるヤツは一人もいなかったなと、青い顔をして固まる当時の同期たちに遠い目をしたくなった。


 あの時はきっと、陸のためにも輔に妙な虫がつかないように、変に絡まれないようにという理由で二人がわざわざ迎えに来ていたのだろう。


 現に、何度目かのお迎えの時に輔が「お前はなんでいつも()る気満々なんだ?」と七センチのピンヒールを指差しながら尋ねた言葉に、(うみ)は「もちろん、()る気だからよ」とこちらを見ながら言い切ったからだ。


「はあ……、今日も天使が可愛すぎる」

「…………」


 眼光が鋭すぎる切れ長の瞳を持つ(うみ)と、温和に見える垂れ目の陸、そして可愛らしい丸っこい瞳の(そら)は並んでもあまり姉弟妹(きょうだい)には見えず、輔のほうが家族っぽく感じていたことで長年、誤解をしていたのだけれど。


 いま(・・)は千佳が傷付かないようになのか、しっかりと意識して最強の顔面を使い倒して自分(・・)牽制(けんせい)していった高槻家の人たちに、鈍感で天然な輔ではなく、こっちが絶対に姉弟妹(きょうだい)だと、敬太は心の底から確信した。




「ええぇと……、わたしたちもたまにはどこか行きますか?」


 視線を彷徨(さまよ)わせながら、頬を赤くしながらの千佳が、いつもの居酒屋で夕飯とお酒と輔への愚痴がセットになりつつあった流れを変えようかと提案していった。


「……あー、うん。そうだね」


 家族以外からあれほど明確に脅されての交際相手が初めてな敬太は、(もしかしたらいままでも千佳の知らないところで追い払われていたのでは?)とも思ったが、そちらではないことを口にした。


「そろそろ手を繋ぎたいんだけど、その先(・・・)ができる場所で行きたいところはある?」

「はいッ!?」


 差し出された敬太の手のひらと握手をしていく千佳の手をさらに握りしめたら、少しだけ屈んで覗き込むように尋ねていった。


「ええと……??」


 「これは握手だな?」と、握られた手を見つめながら。言われている意味が分からなくて首を傾げる途中で止まった千佳は、意味が分かって全身を真っ赤にした。


「えっ!?」


 千佳が初めて(・・・)ということで聞いてくれたのだろうということも含めて気が付いてしまい、どういう顔をすればいいのかも分からない。


「え、ええと……、えぇーと……、ひゃっ!?」


 しっかりと握られていることで逃げられないが、思わず一歩後ろに下がった千佳の腕を引き、腰に腕を回して捕まえていく敬太はとても楽しそうに笑って言った。


過去(うしろ)に逃げるより(オレ)を見てくれない?」

「っ!?」


 昔、陸が輔に言われた言葉と似ているようで全然違う言葉をひどく楽しそうに(ささや)く敬太に、なんと返せばいいのか分からない千佳は固まったままだ。


 輔と一緒に来たのに、自分を先に見つけて声を掛けようとしてくれていたことと、(そら)から「ちーちゃんも今日の食事会、来る?」という誘いにも「先約があるから、また今度」と断ったことで、そろそろいいんじゃないかと思って聞いてみたのだが。




「……」

「……………」


 しばらく待ってみたが、真正面から自分へと好意が向けられたことも初めてで、ガチガチに固まったまま息もしていない気がする千佳に気付いた敬太は、少しだけ上を見たら助け舟を出そうかと提案してみた。


「あー……、そういう時は、『イエス』か『うん』て言えば良いと思うよ?」

「ああ、なるほ……、うん?」

「ふっ」


 返事の見本を言われてどちらか(・・・・)でいいのかと安心したのに、意味が分かってまた首を傾げていく素直過ぎる千佳に(たま)らず吹き出した。


「あれ?どっちも同じ意味じゃ……、てゆーか、そこで笑う!?」

「いや、笑うなってほうが無理でしょ」


 近いついでに敬太の胸倉を(つか)んでくる千佳に、こっちも()る気満々だなあとまた可笑しくなるけれど。


 腰に回した右腕に力を込めたら、「腹立つッ!」と握られた千佳の拳を左手で包んで顔を近付けた。


「それで?初めてのキスはどこがいい?」

「っっっ!!!?」


 断られることをまったく考えていない敬太の言い分に気付いた千佳は、全身を真っ赤にさせて震えるけれど。


「………………っ観覧車」

了解(りょーかい)


 (にら)みつけながらも絞り出した理想の場所を小さく呟いたら、嬉しそうに笑って頷いてくれるから。


 手を繋いでその場所まで、……その()も隣りにいようかと、笑いながら喧嘩をしながら並んで歩くことにした。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

こちらはこれで完結ですが、またどこかでお会いできたらその時はよろしくお願いします。

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