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前編 高校生編

 こちらは前編の出会い編になります。

ほんのりBL要素が入っているので、苦手な方はご注意ください。

「ああああのっ!好きです!!」


 人生で初めての告白を、人生で初めて好きだと思った人に伝えていった。


 しかし目の前の黒髪黒目の同級生は、少しだけ目を見開いたらなぜか自分の後ろを振り返る。

 そうして首を傾げたら、真正面に向き直ってようやく口を開いた。


「その告白は俺でいいのか?」

「……あなたしかここにはいませんよね?」

「そうだな」

「…………」


(あれ、これフラれた?)


 明確なお断りの言葉ではないが、「好きだ」と伝えたのに「伝える相手は自分でいいのか」と確認するということは、遠回しに言われたのかと固まる千佳(ちか)に、もう一度、首を傾げた目の前の男、姫守(ひめもり)(たすく)が短く首肯した。


「ふむ……。山吹(やまぶき)は高校からの編入組だったか。それなら知らないのも無理はないな」

「え?」


 確かに、中高一貫のこの学校ではほとんどが持ち上がりなため、高校から入る外部生はとても少ない。


 それを思い出したのか、納得した(たすく)が何度か頷いて、訳が分からなくて固まったままの千佳(ちか)をまっすぐと見返した。


 短く刈り上げた黒髪に切れ長の黒い瞳、制服を着崩した姿を見たことがなく、いつでも姿勢良くまっすぐ正しい同級生の姿に目を奪われた千佳は、その目に自分が映っていることに気付いて真っ赤になった。


 思わず頭を下げて視線を逸らした千佳の頭上には、輔の声が響いていった。


「申し訳ないが……」


(あ、やっぱりフラれたんだ)


 頭も下げて気持ちも落ち込みかけた千佳の耳に届いた言葉は全然違うものだった。


「俺は今、とある者から人生を賭けて口説かれ中なんだ」


(…………はい?)


 また新しい断りの文句なのだろうかと固まる千佳には、淡々と言葉を紡いでいく。


「そいつの人生が賭かっているからな、俺の家や見た目だけで好ましいと思うような軽い気持ちのヤツとは簡単に付き合うことはできない。不誠実だからな。だから山吹も結婚がしたいとか将来のことまで考えての告白なら俺も考えるが、学生時代の思い出の一つにするくらいの軽さなら二度と近付かないでくれ」

「……え……っ、と……」


 急に言われたお断りのようなお断りじゃないような、よく分からない輔の言葉をゆっくりと噛み締めながら顔を上げて、千佳が好きになったまっすぐな眼差しで見つめていた輔に本当のことなのだと知った。


 しかし、千佳にも引けないものはある。だって初恋だ。


 誰かを特別だと想えたのも初めてだし、好きだと気持ちを伝えたくなったのも初めてなのだ。


「た、たしかにわたしは、あわよくば付き合いたいなーくらいの気持ちですけど!初めて人を好きになったんですよ!毎日毎日、気持ちが溢れてしょうがなくなったから伝えたんです!生半可な気持ちじゃありませんから!!」


 これでは居直り強盗か押しかけ妻のようなめちゃくちゃさだが、こっちだって真剣だ。

 見た目がカッコいいから、ということもまああるけれど。それだけで告白なんてするかと怒鳴るように伝えた千佳に、輔は今度こそ目を丸くした。


「そ、そうか、それはすまない」

「い、……いえ」


 あれ?わたし、告白したんだよね?と、よく分からない事態になって混乱する千佳は頭を抱えてどこからやり直せばいいのかと悩むけれども。


 フッと小さな笑い声が上から降ってきたことで顔を上げた。


「そうか、山吹が真剣ならば俺も返さねばならんな。よし、分かった。それなら俺を口説いてるヤツに会わせよう」

「はっ!?」


 恋の最大のライバルに会わせようとはどういう了見だと顔を(ゆが)ませたら、今度はハッキリと笑顔になった輔が「気が合うはずだ」と明るい声で言った。


「なかなか可愛い男だ。山吹も仲良くなれるだろう」

「はっ!?」


 じゃあまた後でと輔が去り、休憩時間の終わりを告げる鐘が鳴り響いた中庭で一人、千佳は呆然と立ち(すく)んでいた。


「は?え?何?……えっ!?」


(お、男って言った?男って……)


 山吹(やまぶき)千佳(ちか)は女で、告白した相手の姫守(ひめもり)(たすく)は男だ。


 しかしその輔を口説いている相手が


「おとこ……?」


 どういう理由で人生を賭けているのかも分からないが、どういう関係の二人なのかも分かることが何もない千佳は、輔が「家に行くぞ」と呼びに来るまで中庭にいた。




「ただいま帰りました」

「……」


(なんだこの門構えは……)


「ひいっ」


 門の外側についていたインターホンに輔が声を掛けたら、ギイッと重たそうな門が内側から開き、中から老年の男性が現れた。


「おかえりなさいませ」

「うん」


 出迎えた男性に対する輔に不自然なところはない。

 もしかしなくても執事だろうかと固まる千佳は、その執事がじっと自分を見ていたことに気が付いて居住まいを正した。


「ひ、姫守さんの同級生をやっております、山吹千佳と申します!本日はお、おおお邪魔しますっ!」


 ガバッと勢いよく頭を下げて挨拶をした千佳の頭上で、またしても輔のフッと小さな笑い声が落ちてきた。


「そんなに固くなる家じゃない。父は消防士だしな」

「え?」


(消防士は東京の一等地とも言える場所で、こんな立派な門構えがある家に住めるの?)


 とても古いということが分かる経年劣化が見られるが、丁寧に整備されていることも分かって、維持できる財力があるのだということを無言で伝えていた。


 さらに、門と並んだ壁の先が分からないほど長いし遠い。


(何LDKですか……?)


 平屋っぽいが、門から玄関までがまず長いし、庭にも立派な大きい松の木が生えてて、絶対に庭師も別にいるでしょっていう家に、超庶民な千佳は敷居(しきい)(また)いでいいのか躊躇(ためら)うくらいだ。


「なんだ、蛇とかお化けとかは出ないぞ?祖父が政治家で、えーと、曽祖父がなんだったかな?まあ、とにかくそんな家の娘と結婚した消防士の父を持つ息子が俺なだけだ」

「はあ……」


 自分の力でも父親のものでもないと言っていく輔の表情は悲壮感に満ちているわけでも、卑下しているわけでもない。


 たまたまそういう(・・・・)家に産まれただけで、輔を彩る一つではあるが、ひけらかすようなものではないと淡々と話していく。


 ただの事実を言っているだけで、それは千佳が好ましく思っているまっすぐな輔の姿だった。


「ただいまー」

「おかえりー」


「ひいっ」


 今度は気軽な声で玄関扉を開けたら、すぐに返事が帰ってきて千佳は驚いた。


 出迎えたのは同じくらいの年頃の少年で、少し長めの焦茶に近い髪と垂れ目の優しげな雰囲気がまさに薄幸の美少年という感じで、千佳はまた小さい悲鳴を上げてしまった。


「お、(りく)、ただいま。早いな」

「おかえり、輔。てか急に家に来いってなんなの?学校で言えばいいじゃん」

「学校は面倒だろう」


 何でもないことのように鞄を陸に渡したら、脱いだ靴をキッチリ揃えて鞄を受け取っていく輔はとても自然で、そんな二人にもまた千佳は固まってしまった。


(新婚さんですか?)


「それで、そっちが会わせたいって言ってた人?」


 サラリと流れる焦茶の髪の間から、不信感が含まれているような視線を感じた千佳は、ピシッと背筋を伸ばして挨拶をしていった。


「は、はは初めまして。姫守さんの同級生をやらせていただいております、山吹千佳と申します!」

「そう、山吹。俺が好きなんだって」

「ちょっ!!!??」


(それ言う!!???)


 デリカシーとかプライバシーとか、色々ごちゃ混ぜになりながらも慌てて手を伸ばす千佳に、一瞬で理解した陸が輔の頭に手刀した。


「いてっ」

「まず、順を追って話してくれない?あと、いくら言われた本人でも、言った本人の前で許可なく第三者に言わないの、分かった?」

「………、かった」


 絶対に分かっていない()ねた顔で応えた輔に呆れた溜息を吐いた陸が、申し訳なさそうな顔で千佳に振り返る。


「輔が家まで連れてきて、おれに会わせようとした意味は分かったけど。山吹さんも分かったよね?こういうやつだよ?」

「……」


 千佳はたしか今日、輔を口説いているという男に会いに来たはずだ。

 それが目の前のこの人でいいのかも分からないが、まず、


「あの、……そもそも(りく)、さんは、姫守くんの何ですか?」


 私服だが、先ほどの会話から同じ学校ということは分かった。

 しかしこんな美少年いたっけ?な千佳は高校からの外部生ということもあって、クラスメイト以外はあまり覚えていない。


 千佳の疑問には、ああと気付いた陸がポケットから眼鏡を取り出し、ついでとばかりに前髪をぐしゃっとしていった。


「これなら分かるかな?」

「ああっ!!!」


 輔を目で追い始めてから、視界にちょくちょく入っていた、ぬぼーっとした影の薄い友人ぽい人だと気付き、思わず指を差しながら叫んでしまった。


「あっ、ごめんなさい」

「いや、いいけど」


 人を指差してはいけませんと言われた言葉を思い出し、慌てて差した指を隠すように左手で覆っていった。


「……ふむ。よく分からんが、山吹からの挨拶は済んだな?じゃあ、次は陸だ」


 微妙に気まずい空気が流れる玄関で、二人を見比べた輔が口を挟んだ。


「……いや。はいどうぞと言われても、何を言えばいいの?」

「ん?お前のライバルが現れたから連れてきたんだぞ。最近、お前は(なま)けがちだったからな。さあ、俺を口説(くど)いてみせろ!」

「ここで!?」

「はいっ!?」


 ドンと胸を叩きながら言われても、そんな雰囲気でも流れでもないだろうと、至極真っ当な指摘をした陸に、千佳は力いっぱい賛同してしまった。


(わたし、もしかしなくてもとんでもない人を好きになっちゃったの……?)


 高校に入ってからまだニヶ月。学歴重視のために小テストは毎週、定期テストは一ヶ月ごとにあったことと編入組ということで、まだ親しく話せる人がいない千佳に、「姫守はやめておけ」と忠告してくれる友人はおろか、恋愛相談ができる人もいなかった。


「あー……っと。山吹さん?」

「はっ、はいっ!」


 どうすればと頭を抱えるが、好きになった気持ちは全然薄れていない。

 むしろ学校で見る無感情で無表情な輔ではない、素の輔が見れたようで嬉しいとも思っていた。


 そんな自分に呆れるやら、目の前のライバルらしき陸に何と言えばと固まっていたら、申し訳なさそうな陸の声が響いて顔を上げた。


 チラッと輔を見たら、また千佳に視線を戻した陸は、何だかすでに受け入れているような眼差しを向けてきた。


「山吹さん()、輔が好きなんだね?」

「うっ……、は、はぃ……」


 二度目の告白を本人の目の前で強制的にされるとは、今日は一体何の日なのだろうか。


 それでも真剣な陸に真っ赤になりながらも答えたら、はあっと小さな溜息が聴こえた。


「輔がライバルと言うならそうなんだろうね。……まあじゃあ、よろしく」


 差し出された繊細な手のひらに、自分の手を無意識に重ねていった千佳は、よく分からないままでも頷いた。


「はい、よろしくお願いします」


 一体何を……?とは思う間もなく、ただ一人、輔だけが満足そうな顔で笑ってた。




「山吹、おはよう」

「山吹さん、おはよう」


 告白した次の日から、学校で会ったら挨拶をするようになった。


「おはよう、姫守くん、高槻(たかつき)くん」


 高校入学から二ヶ月目にしてようやく挨拶ができる人ができて嬉しい千佳だが、自分が告白した相手と、自分()恋のライバルと仲良くなるとはどういう状況なのかと頭を抱えたくなるけれど。


 お昼の時間も楽しいが、試験前は特に頭の良い人と一緒だととても助かる。受かる頭はある千佳だが、スピードが速すぎてついていくだけで大変だからだ。


「なんで二人はこんな隅っこで食べてるんですか?」


 お昼も一緒に食べることができて、まだクラスメイトにも馴染めていない千佳はありがたいが、その場所は校舎の端っこの裏のほうだったのだ。


面倒(めんどう)だからだな」

面倒(めんどう)?」

「輔、それじゃ分かんないよ」


 今日も美味しそうな弁当を食べながらの輔は、その一言で十分だとおかずを口に頬張っていくだけだ。

 そんな輔に呆れた溜息を吐いた陸が千佳に向き直る。


「高校も一応、ケータイとか持ち込み禁止になってるけど、山吹さんも持ってきてるよね?」

「あ、……はぃ。登下校以外、電源は切ってますけど」


 家から少し遠い学校ということもあって、何かあったら悪いからということで千佳はケータイを持たされていた。


 そのケータイは親の安全確認くらいにしか発揮されておらず、アドレスに新しく追加されることも電話が掛かってくることもない寂しいものではあるのだが。


「そのケータイがまあ、中学より高校のほうが(ゆる)くなっちゃってさ。そうすると、撮られるんだよ」

「撮られる?」

「そう」


 そう言った陸がチラと美味しそうに弁当を食べている輔を見たことで、千佳は察した。


「なるほど。無防備すぎる」

「でしょ?」

「あ?なんだ?」


 陸が近くにいるから、ということもあるだろうけれど。

 とても美味しいことが分かる顔で食べている輔は、普段の無表情と比べるとギャップがすごい。


「おれも撮られたくなくて前髪伸ばしたし」

「あー……」


 長めの前髪はそういう意味かと、千佳はこっちにも納得した。

 なぜこんなに可愛い顔をわざわざ隠すのだろうかと、ずっと不思議に思っていたのだ。


「見ず知らずの他人のケータイに、撮られた覚えがない自分の写真があるって本当に恐怖だし、ものすごく気持ちが悪いものなんだよ」

「……美形って大変ですね」


 げっそりとした顔で言う陸の重みのある言葉に、そんなことが日常であったら家から出られないなと、平凡な顔立ちの千佳は思った。思うだけで、この先も見知らぬ他人に写真を撮られることはないのだろうけど。


「そういうわけで、お昼はどこからも(のぞ)かれないここにいるの」

「そうなんですね」


 そんな場所を教えてくれたことに感謝をしつつ、もう少し仲良くなれたら一緒に写真を撮りたいなあと思ったことは内緒にしようと誓った。




「てか、山吹さんは何で高校からここに入ったの?」

「え?」


 何度目かのお昼休憩の時、陸に(たず)ねられて箸が止まった。


 授業の進みは早く、試験が細々とあるこの学校は中高一貫で。基本的には中学から入ることが普通で、さらにそれなりの家柄の子供が通うことでも有名だった。


 そんな学校(ところ)に高校から入るとはという当然の疑問も、友人ができていなかった千佳は初めて訊かれて微妙に視線を彷徨(さまよ)わせた。


「あー、えーっと」

「ん?言いたくないなら言わなくていいぞ」

「ああ、うん、そうだね。気に障ったらごめんね」


 何て言おうかと迷っただけなのだが、言いたくないと思われたらしい。察した輔が言わなくてもいいと言ったことで、気軽に聞いてはいけない内容なのかと気付いた陸も謝っていった。


「いやいやいや、謝らなくていいです!ええと……、言いにくいのは、泡銭(あぶくぜに)というか、臨時収入(ボーナス)のようなものが入ったので、中学の時には足りなかったお金ができたからという、ちょっと特殊な事情だから、です」


 目の前にいる、東京の一等地とも呼べる古い住宅街に、門付き、執事付き、料理長付きの家に住んでいる輔と。


 初めは一つの部品から。今では陸海空、あらゆる部門に(たずさ)わる、国内のみならず海外進出もしている高槻グループの御曹司である陸には、少し、いや、かなり言いにくい内容だったために千佳の声は段々小さくなっていた。


 しかし、この二人がそんなことで気まずくなるわけも、引いたりもするわけがない。


泡銭(あぶくぜに)か、いいね」

「へ?」

「株や投資で入る金とは違うもんな。ボーナス、うむ、いい響きだ」

「え?」


 ふぅんと楽しそうな反応を示した陸の言葉に、輔も「早くボーナスをもらってみたいものだ」と何度も頷いていた。


「それは山吹さんだけがもらったの?」

「えっ、あ、いえ。両親と三等分にして、わたしは学校関係に使わせてもらって、両親はそれぞれ趣味に使うって言ってました」


 兄弟がいない千佳は、両親と三人で暮らしていた。

 千佳が中学二年の時、父親がダメ元で買った宝くじが当たり、小学生の時にはお金が足りないという理由で入れなかったこの学校に、高校から入れることになったのだ。


「それは良かったけど、ここに入学して何か目標があるの?」

「いやあ、そこはあれです。完全にミーハーな気持ちです」


 せっかく庶民の家とは言え、東京に産まれたのだ。

 好きな勉強をもっとしたいという気持ちもあるけれど。それよりも、ある程度の学力とそれなりの財力がなければ入れない学校とはどういうものかという気持ちで入学したのだった。


 つまりこの学校に通うことが目標で、千佳の最大の目的だった。


 ああ、なるほどと納得した陸は軽く頷いて、「記念受験の人は毎年いるけど、本当に入る人ってほぼいないもんなあ」と、千佳から話す人も声を掛けてくる人も自分たち以外にはいなかったことを思い出した。


「そうなんですよ……」


 おかげで周りは本物のお金持ちの子供ばかりで、それなりに勉強ができるだけでは超えられない壁があった。

 そもそも友人関係もすでに構築済みの中に途中参戦した一般庶民の千佳は、いろんな意味で浮いていた。


 ゆえに一目惚れで好きな人はできても、声を掛けなければできない友人は皆無だった。


 そんな千佳が好きになった人は、何度か頷いたら笑って言った。


「そうか、なかなかいい金の使い方だな!山吹は勉強もできるし、いい選択だと思うぞ」

「……あ、りがとう、ございます」


 中学の友人からは笑われたし、親戚からは金の無駄だと言われた。先生からは何度も止められたし、クラスメイトからは馬鹿にもされた。

 どこから聞いてきて知ったのか、金の無心をしてくる変な人が沸いたりもあって、正直、入学した当初は人間不信気味になっていた。


「こういうところが好きなんだよねぇ」

「……はぃ」


 同意を求めたわけじゃない、陸のただの小さな独り言だとは思うけど。


 真正面からの輔の貴重な笑顔と真っ直ぐな言葉に、何度目か分からない恋に落ちた千佳は全身を真っ赤にさせていた。




「ひいっ!!」


 学期末テストが終わっても、三人で過ごすことが当たり前になりつつあった夏休み。

 花火には浴衣だろうと集まって、姫守家の庭で花火をすることになった。


「似合うでしょ?」

「っ!っ!っ!!!!」

「……すっごい力強い同意」


 刈り上げた黒髪に仕立てた浴衣を着た輔の姿を見た千佳は、こっそりと「色と柄が輔に合うと思って作ってもらったんだ」と言う陸の言葉に何度もブンブンと頭を揺らして力いっぱいに賛同していく。


「カッ……!!(こいいぃぃ!!!)」


 何度惚れさせれば気が済むのか。

 千佳は何とか拳を握って溢れ出る気持ちを抑えようと頑張ったが、陸の次の言葉で簡単に瓦解した。


「輔、似合ってるよ」

「お、そうか?」

「だよね、山吹さん」

「はいっ!格好良いです!!……はっ」


 陸に声を掛けられて嬉しそうな顔で振り向いた輔に向かって本音を言ってしまった千佳は、同時にここ(・・)がどこだかも思い出して地面に突っ伏した。


「ああああ……、今の!なっ、な、……ナシにできないぃぃ」

「ふはっ、正直っ」


 ご家族の前で何と言うことをと頭を抱えて修正しようと頑張るが、格好良いのだから仕方ない。


「なんだ?楽しそうだな?」

「……」


 そして本人だけが気付いていないことに気が付いた千佳は、半目になって立ち上がる。


「それより、こっちに何か言うことはないんですか?」


 いちおう、大学卒業までかかるお金の余裕はあるが、それでも少しだけ貯金を下ろして浴衣や小物を新調したのだ。


 反物(たんもの)から仕立てる人たちに囲まれているので若干の気恥ずかしさはあるが、これがいまの千佳の精一杯なのだから堂々とするだけだ。


「ああ、似合ってるな」

「っ!!?」

「山吹は色素が薄いから、濃い色がよく似合うな」

「…………もう、そのへんで」


 真っ直ぐな輔の言葉は心臓に悪い。

 先ほどとは違う赤さの千佳に、隣りで口を押えて耐えていた陸が吹き出した。


「あははっ」

「ちょっ、ここで笑う!?」

「いやだって」


 ひどくない!?と(つか)みかかる千佳に謝りながらも、何度もツボに入った陸は花火が終わった後も笑い続けた。




「はあ……。おれは今日で一年分、笑ったかも」

「……笑い死にしてしまえっ」


 ずっと笑っていた陸は、お腹を押さえながら千佳を部屋に案内していく。


 せっかくの夏休みだし、部屋はたくさんあるからということで高槻(たかつき)家のほうに泊まることになったのだ。


「はー。それにしても兄弟っていいねえ」

「それ、ずっと言ってるよね」


 陸には一つ上の姉と八つ下の弟と、さらに六つ下の妹がいる。

 輔は八つ下の妹がいて、こちらも同級生で幼馴染ということで仲良く見えているところも一人っ子の千佳は(うらや)ましかった。


「とくに(そら)ちゃん……。小さい子って、可愛くて柔らかくてすごい」

「どういう感想?」


 高槻家の末っ子の(そら)は、ぱっちりとした大きな瞳に長い睫毛(まつげ)、まだ短いふわふわの薄茶の髪と相まって、「天使ですか!?」と、千佳は何度思って言ったか分からない。そんな末っ子に会える高槻家に来るのが、密かな楽しみになっていた。


「あと今日ので確信したけど、どっちの家族も顔面偏差値高すぎ」

「ん?」


 千佳が一目惚れした輔は、野武士のような実直さがまた短髪黒髪と切れ長の目元に似合っていて渋カッコいい。

 その輔の隣りにいる陸は、サラサラな焦茶の髪に垂れ目が(はかな)げに見える美少年だが、しっかりと筋肉質で見た目ほどやわ(・・)ではないことを千佳は知っている。


「弟の(わたる)くんは正統派イケメンだし……」


 陸と同じくサラサラ黒髪で、輔とはまた違った切れ長の目元は一見怖そうでもあるが、乙女ゲームの王子様のようでもある。さらにいつも隣りにいる輔の(ひな)の美少女っぷりと合わさって、まさに姫と王子と呼びたくなるほどの絵になる二人だった。


「生徒会長は綺麗系の美人さんだし」

「それ、姉さんに言ってあげたら喜ぶよ。本人は兄弟で一番キツい目元を気にしてるから」

「その目に(にら)まれたいって人がいると思うんだけど」

「……それは言わないでいいからね?」


(いたんだな……)


 千佳も通っている学校の生徒会長をしている高槻家の長女 (うみ)は、眼力も強いし美力も強い。艶のある黒髪を(なび)かせながら、背筋を伸ばして颯爽と歩く姿はまさに女王の風格だ。


 二年生で会長を務めていることからも、胆力も人脈も人望も、有り余るくらいにありすぎることが分かって将来の高槻グループは安泰だなあと、十二分に納得できる手腕も実績も持っていた。


「まあ、実際問題、後継ぎは必要だろうからねえ」

「あ……」


 高槻家の長男である陸は後を継ぐことを放棄しているらしい。弁護士になりたいから、ということもあるが、今のところでも好きな人が同性の輔だからだ。


 同じ人を好きでいる山吹の何とも言えない顔を見て、困ったように微笑んだ。


「山吹さんが気にすることじゃないよ。……おれが割り切れれば良かっただけだから」


 割り切って、それはそれとして(ふた)ができれば、会社のための相手と結婚をして次期社長候補として教育されていただろう。


 けれど、


「そんなの、高槻(たかつき)くんのせいでもないでしょ。好きになった人がたまたま姫守(ひめもり)くんだっただけで。……誰かを好きになることに謝ったり申し訳なくなったりする必要なんて、誰にもないよ」


 あと、自分(ライバル)にも遠慮をするなと言う千佳に、目を見開いて固まってしまった陸はフッと小さく微笑んだ。


「……うん、ありがとう」


 昔、よりによって輔本人に気付かれた時に言われた言葉と同じことを言う千佳に、輔が気に入るはずだと納得してしまった。


(だからライバル(・・・・)だと言って連れてきたのかもしれないな)


「何ですか?」

「何でもないよ。おやすみ」

「はい?……おやすみなさい」


 よく分からないけれど、陸が無理をしている感じには見えなかったので、まあいいかと楽しい気持ちのまま眠っていった。




「遅かったな。部屋遠かったか?」


 自室に戻ると輔がいて、何だか()ねているような気がした陸は(のぞ)き込むように近付いた。


「ちょっと話してただけだけど。……なに、気になった?」


 どっちを(・・・・)とは訊かずに尋ねた陸に、ムッと分かりやすく眉間を寄せた輔が顔を逸らした。


「フン、どうせ俺の悪口でも言ってたんだろ」

「……輔の話はしてないな?」


 話の端々では出ていたかもしれないが、(おも)に話していた内容は陸のことだ。


 うん?と上を見ながら「していない」と言われたことで、思わず「しろよ!」と怒鳴ってしまった輔の声が意外と大きくて陸は驚いて目を見開いた。


「……兄さんたち、ひな(・・)が寝るから静かにね」

「あ、すまん」

「ごめん、(わたる)。おやすみ」

「うん。おやすみなさい」


 コンッと小さいノックがして、それぞれの弟妹が寝る時間なのだと小さく注意していった言葉で何時かを思い出した輔が、自分の口を隠すように(おお)っていった。


「もう、そんな時間か。……輔も部屋に戻ったら?」


 高槻家に泊まる時に用意されている部屋がある輔だが、まだ不貞腐(ふてくさ)れている様子から、話し足りないのだと気付いた陸はチラと千佳が眠る部屋のほうに視線を向ける。


ここ(・・)で寝てもいいけど、……次は山吹さんと一緒に寝れる?」

「は?」


 何言ってんだという顔の輔からは、全然分かってないことが分かって、思わず呆れた溜息を吐いてしまった。


 そうして輔の真正面に(かが)んだら、真っ直ぐに見つめて理由を言う。


「何でって、当たり前だろう?おれも山吹さんも、お前が好きだからだよ」

「っ!?」


 息がかかるくらいに近付いて言う、陸の焦茶の瞳に自分が映っていることに気付いた輔が息を呑んだ。


(やっと分かった(・・・・)、かな)


 なんとなく三人で過ごすことが当たり前になりつつあったけど、千佳は輔に告白をしているし、それは陸も同様で、二人は友人でもあるけどライバルでもあった。


 当の本人がすっかり忘れていることに腹が立った、ということもあるけれど。


「おれに口説いて欲しかったんでしょう?……まだ分かんないなら、分かるまで言うけど」


 額がつき、もっと近付く陸の手が輔の手を取り指を絡めていく。

 けれどあと少しで唇が重なる前に、反対側の輔の手のひらが間に挟まった。


「……悪かった。部屋に戻る」


 やんわりと離れていく輔にホッとしつつも、やっぱり分かっていなかったことへの苛立ちもあるけれど。


 パッと絡めていた指も離して立ち上がったら、いつもの顔になるように意識した陸が微笑んでいった。


「おやすみ、輔」

「……おやすみ、陸」


 千佳は知らない、自分だけの顔が見られて嬉しい気持ちと少しの後ろめたさを抱えながら、陸も無理矢理眠りについた。




「なんですか?この芸術祭って」


 秋になり、そろそろ楽しい文化祭かなーとワクワクしていたら、「何だそれ?」と内部生の輔と陸に首を傾げられてしまった千佳は驚愕した。


「クラスごとに屋台をしたり、劇をしたり、作品を飾ったりーってしないんですね、そうですね……」


 そこそこいいところのお坊ちゃんやお嬢様が通う学校なので、生徒の日頃の作品の観覧が(おも)で、招待客も家族のみという厳重な学校だったことを思い出した庶民の千佳は、この学校に入って初めてガッカリしたかもしれない。


 そんなの授業参観でいいじゃないかとも思ったことはさすがに口には出さなかったけれど、あからさまに落ち込んでしまった姿は隠せない。


 そんな千佳の言葉に首を揺らした陸は、「楽しそうだけどねえ」と困った顔で微笑んだ。


「聞いたことはあるけど、ウチはしないねえ」

「しないですかー」

「警備が大変だろうし、誘拐とかあったら困るしな」

「デスヨネー」


 そう考えると千佳が行ってた学校の警備はゆるゆるでも問題なかったのって、犯罪が起きる可能性が少ないからっていうことも大きいのかと納得した。


「はー、文化祭で一緒に周るの楽しみにしてたのになあ……」


 文化祭といえば気になる人、もしくは恋人と周って楽しむ一大イベントの一つだろう。

 普段はあまり落ち込まない千佳の本気のガッカリに、輔と陸は顔を見合わせた。


「他の学校の文化祭というやつに行くことは無理だろうが、出掛けるくらいならできるだろ」

「えっ!?」

「そういえば、学校か家でしか会ってないねえ」

「えっ!?」


 輔と陸がそもそも学校と家の往復に疑問を持たなかったので、千佳もそれにつきあう形で姫守家や高槻家にお邪魔させてもらっていた。


 元々、休みでもあまり出掛けるという発想がなかった二人なので、千佳の中学までの話を楽しく聞いていたりもしたが、自分たちには当てはめていなかったことにようやく気が付いた。


 なるほどと頷いた二人は、パッと顔を上げて手も挙げる。


「おれ、水族館行ってみたい」

「俺は映画館だな!」

「えっ!?行ったことないんですか!?」


 本気で驚いた千佳には、顔を見合わせた二人がしっかりと断言する。


「「ない」」

「えええっ!??行きましょうよっ!!」


 学校行事の一貫として動物園くらいには行ったことがあったが、比較的暗いところが多い室内の水族館や、そもそも暗くて不特定多数がいる密室の映画館は対象外だった。


 こういう時、それなりの家の子なんだなあと実感した一般庶民の千佳は、せっかくテストが終わったしということで、すぐに水族館の場所と上映中の作品チェックをすることにした。




「寒いっ!」


 滅多に雪は降らないが、底冷えのする冬。


 そろそろ近付く年末の気配の前の特大イベントに、千佳は勝手にソワソワしていた。


「ね、ねえ、高槻(たかつき)くん。クリスマスって毎年、どうしてるの?」


 この頃には敬語も少しずつ取れてきた千佳は、こっそりと陸を呼び出してクリスマスの予定を確認していた。


「輔に直接聞いたら?」

「……家族で過ごすって言われたら何も言えないじゃん」

「あー、……だねえ」


 学校では口数が少なくほぼ無表情で過ごしている輔だが、家に帰ると弟妹に甘いデレデレな過保護なお兄ちゃんになることを知った千佳は、まだまだ全然自分の優先順位が低いということも知っている。


「もしかして、もう一回言うつもりでいる?」

「このままだと友人枠に収まりそうで」

「あー、……ねえ」

「否定してよ」

「ごめん」


 嘘は言わない陸なので普段は信用しているけれども、こういう時は嘘でも「違うよ」と言って欲しかった千佳は顔を両手で(おお)ってそのまま落ち込んだ。


(分かってる、分かってはいる)


 告白をしたことでただのその他大勢から抜け出すことができた。

 それぞれの家族とも顔見知りになれたし、何よりも三人で過ごすことが楽しくもなっていた。


「……でも、わたしがなりたいのは友人じゃないから」

「うん」


 千佳の言葉に陸は、昔、言われた言葉と約束を思い出す。


 このまま輔が振り向いてくれなかったら、弁護士になることは許してもらえても、個人的に関わることは許してもらえないだろう。


 自分の代わりは姉がいる。すでに後継者教育は始まっているし、本人にもやる気がある。


 しかし相手は姫守家の長男だ。向こうの家族は本人の意思を尊重してくれているし、後を継ぐような家ではないとも言われているけれど。


「何で好きになっちゃったんだろうねぇ……」


 知らないまま、気付かないままなら良かったのだろうか。


 しかしあの真っ直ぐな瞳と特定の人にしか見せない顔を知ったのだから、気付かれてしまったのだから仕方がないのだろう。


「あー、そこはもう仕方がないですね」


 先ほどとは逆に、陸の呟きに千佳が答えていく。


 声に出してしまったのかと少しの驚きで顔を上げた陸にはニッと微笑んで、その顔に輔の顔が重なって見えた陸は目を見開いた。


「好きになっちゃったんだから、諦めるしかないよ。先に惚れたほうが負けって言うし、初恋なんだから」


 足掻(あが)いて足掻(あが)いて、それでも足掻(あが)いて泥臭く足掻(あが)き続けるしかないのだと、何だか根性論のようなことを千佳がさらに拳を握って言うものだから、陸は思わず笑ってしまった。


「ふはっ!……本当に、そうだね」

「でしょ?」


 落としたら勝ちと言うけれど、そういうことでもないところが恋の面倒くさいところだと言い合って笑った陸は顔を上げた。


「おれたちって面倒なヤツを好きになっちゃったねぇ」

「……ホントにね」


 何だかスッキリした顔の陸が差し出した手を握ったら、千佳が勢いそのままで持ち上げていった。


「よっしゃ!頑張るぞー!」

「おー!」


 どちらが、なのか、どちらでもないのかはまだ分からないけれど。


 ライバルの仲がいいのも悪くないと、また二人で笑い合った。




「俺はもしかして振られたのか?」


「は?」

「何言ってんの、輔?」


 クリスマスについての作戦会議ということで、何かと(ほんめい)を置いて二人になることが増えたある日。どうやれば気付くかと悩む二人が自然と仲良く(・・・)なったのではと、勘違いした輔の頓珍漢な言葉が降ってきた。


「……あの。わたしの好きな人が誰だか分かってます?」

「うーん、俺……、だったよな?たしか」

「もっとしっかり言ってよ!」


 額を押さえながら、爆発しそうな気持ちも抑えながら尋ねた千佳は、首を傾げながらの疑問符付きで言われたことで即・ブチギレた。


「ん?まだ俺なのか?」

「そうですよッ!!」


 キョトンとした顔で言うんじゃないと、またしても怒鳴りながら告白をしてしまった千佳は頭を抱えながら恥ずかしさで床に突っ伏していった。


「あーーー……、すまん?」

「謝らなくていいです……」


 謝られると、まるで振られたみたいではないか。最悪だ。


 そんな千佳にどうすればとオロオロし始めた輔に呆れた溜息を吐いた陸は、自分に向かって指を差していく。


「輔、おれの好きな人は?」

「俺だな」

「うん」


「何でそこは即答なのよっ!!」


 ここは間違ってはいけないところなので、真っ直ぐに迷わず言ったら千佳にまた怒鳴られてしまった。


「そう言われても……。陸が俺以外を好きになったら、まず俺に言うだろうし」

「それはないから」

「ううぅぅぅ……、(うらや)ましいぃぃ」

「え、どっちの何に?」

「どっちにもっ!!」


 輔以外に好きになった人ができたら、陸は必ず言うと確信していることも、陸が輔以外を好きになることはないと断言していることにも。


 迷いなく言っていく二人に、千佳は嫉妬をしてしまっていた。


「ああ、そうだな。陸が山吹を好きになったのかと思ったが、そんなわけないな」

「そうだよ、まったく……」


 それもそうだと否定をしていく輔の言葉には、陸への絶対的な信頼が見えて千佳はまたいろんな感情が爆発しそうになった。


「そもそも俺があり得ない勘違いをしたのはお前がサボるからだぞ。定期的にちゃんと口説け」


 しっかりしろと陸を叱っていくけれど、そういう問題じゃないと頭を横に振る陸が深い溜息を吐いて言う。


「……輔は情緒とかデリカシーとか、落としてきた色々なものを拾ってきてくれない?」

「落とした覚えはないから拾えないな」


 何言ってんだと首を傾げる輔に、陸は遠い目をするだけだ。


 しかしそういうやり取りの中でも二人の間に入れない空気を感じてしまった千佳は、存在ごと忘れられていることに気付いて拳を振り上げた。


「っ、っ、……腹立つッ!!」

「うおっ、どうした!?」

「え、なに!?」


 忘れるなと腕を振り続ける千佳に、二人は逃げ回るしかなかった。




 珍しい雪が降った冬も終わり、二度目の春がやってきた。


 クラス替えというものがないことに、またしても千佳はガッカリするけれど。

 昼休憩や放課後は三人で過ごすことが当たり前になっていたので、特に不自由なく勉強に励んでいた。


「ちーちゃ」

「っ!っ!っ!っ!!!!天使っっっ!!!」


 高槻家の末っ子 (そら)(つたな)いながらも話せるようになって、このたび千佳を「ちーちゃ」と呼べるようになった。


「あああぁぁ……、可愛すぎるっ!天使がわたしの名前をっ!!も、もう一回、もう一回言って!録音するからッ!!」

「相変わらず愛が激しいなあ」


 ケータイを向けて(そら)にお願いをする千佳の姿は、弟妹にデレデレな輔よりもひどくて、(そら)の実兄である陸は引いていた。


「はあ……、わたしがお金持ちだったら(そら)ちゃんに(みつ)ぐのに……」

「大学に行くためのお金は崩しちゃダメだからね?」

「はっ」

「ダメだって」


 お金持ちではないが、小金(・・)持ちだったことを思い出した千佳は残高を確認しながら「空ちゃん、何が欲しい?」と怪しい言葉を三歳児に投げかけていた。


「……なにか買ったら空には二度と会わせないから」

「ひいっ!今のナシで!!!」

「まったく……。山吹は勉強しに来てるんでしょ、早く行くよ」

「あああぁぁ……、空ちゃん!わたしを忘れないでね!!!」


 五体投地の格好で三歳児に本気のお願いをしていく同級生の姿に呆れながら、無理矢理引き離して「受験対策するんでしょ」と言う陸に引き()られていく羽目になった。


「うぅ……」

「大学、行きたくないの?」

「行くよ!行くけど、癒しが……」


 名残惜しそうにチラチラと後ろを見る千佳に呆れた溜息を吐きながらも、実妹をこれほど可愛がってくれている千佳のことはあまり無碍(むげ)にはしたくなかった。


「はー……。写真はダメだけど、録音は許すから帰る時に頼んでみたら?」

「いいの!?」

「声だけね」

「やったー!」


 千佳の予想以上の熱狂っぷりに言わなきゃよかったかなと思いつつ、仕方がないかと陸が諦めることにした。




 二年生になり、大学受験を見据えた授業はさらにスピードと難易度が上がり、元々それなりにできていた千佳だったが、(つまず)くことも地味に増えていった夏。


「はー、ご褒美が欲しい……」

「山吹はたまに図々しいな」

「ぐっ……」


 ご褒美と言いながら、チラと輔のほうを見たことに気付かれていたらしい。


「ああ、まあそうだね。花火くらいはまたするだろうけど、たまには息抜きしないとね」

「そう!それ!」


 うーんと腕を伸ばした陸が、勉強漬けは効率が悪いと千佳の意見に賛同するように言ってくれた。けれど陸にまで見られた輔の顔は、ものすごく嫌そうに(ゆが)んでいる。


「それでなんで俺を見るんだ?お前らと同じ歳なんだから、俺にはなにもできないぞ?」


 免許はないからドライブも行けないし、別荘はあっても未成年だけでは泊まれない。

 一般的な高校生より少しだけお小遣いは多いかもしれないが、お金のやり取りはしないことになっているので(おご)るとかも無理だと拒否をしていく。


「海に行くとか、打ち上げ花火を観に行くとか、お祭りに行くとか。……そういう夏の行事(イベント)がしたいって言ってるの」


 青春真っ只中なんだからと、指を折りながら夏休みを楽しみたいと言う千佳の提案に、「なるほど」とようやく納得してくれたようだ。


「それなら学期末テストの結果次第で出掛けることにすればいいか?」

「っ!頑張る!」


 夏休み前の大きいテストでそれなりの点を取らないと、もれなく補講が待っている。

 こちらは希望して通う人もいるけれど、できれば今のようにどちらかの家で三人で勉強がしたい千佳は手を挙げて賛成していった。


「海はあんまり興味ないけど、打ち上げ花火は観たいかな」

「屋台も出てるはずだから、お祭りっぽいと思うよ」


 うーんと考え込んでいた陸は、庭でする花火じゃないものが観たいと賛同してくれた。


「屋台ってなんだ?」

「綿あめとか、焼きそばとか、りんご飴とか、そういう食べ物系を中心に売っているお店で、歩きながらとか土手に座って食べたりするんだよ」

「それは楽しそうだな!」


 映画館で食べたポップコーンが気に入った輔は、次の日から料理長に作らせるくらいハマっていた。

 さすがにまだファミレスとかチェーン店とかには行けていないが、屋台に食い付いてくれたので千佳は思わずガッツポーズをしていった。


「……もしかして、また(・・)告白()うつもりでいる?」

「クリスマスの惨状、知ってるでしょ……」

「うん、ごめん」


 こっそり尋ねた陸の言葉に目が死んでしまった千佳だが、あわよくば輔に伝えようとは考えていた。


 クリスマスを一緒に過ごすことはできたけれど、帰り際に二人きりにしてくれた陸の温情に報いようと輔に伝えたら、返ってきた返事が「そうか、その調子で頑張れ!」だったのだから意味が分からない。


「惚れた弱みだねえ」

「うぅ……。高槻くんを尊敬するよ」


 何度伝えればいいのか分からない千佳は、質より量なのかと(なか)ばヤケになっていた。


「山吹はまだ一年ちょっとでしょ?おれは七年目に入ったからさあ」

「ななねん……」


 やや達観した言い方の陸の表情と、七年という重みに千佳は頭を抱えるしかなかった。


「まあ、おれはあと一年(・・・・)ちょっと(・・・・)だから、そこからは山吹が頑張ってよ」

「そこからって……」


 いまの現状と輔の鈍感さを思い浮かべて、そもそも(こた)えてくれる未来はあるのだろうかという千佳の疑問には、誰も答えられなかった。


 このまま後編の社会人編に続きます。

合わせてお楽しみいただけたら幸いです。

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