表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱の地図術士、ダンジョンを書き換える 〜敵の巣窟を自由自在に変えて最速クリアします〜  作者: いおにあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

第6話 迷宮を操る者


『深き岩窟』の入り口に到着したのは、それから二時間後のことだった。

 

 入り口はさほど大きくなく、ぽっかりと開いた黒い穴が地面に口を開けていた。


「ここか」


 リリエンが辺りを見回す。周囲には岩山がそびえ、風が冷たく吹き抜けている。


「地図は?」

「過去の調査記録をもとに描きました」

「うん、それで良いだろう」


 二人は洞窟の中へと足を踏み入れた。


 中は思ったより広かった。天井は高く、壁には発光苔が生えている。通路は複雑に分岐しており、迷路のような構造だった。


「まずはボスの間を特定したい」


 トオルはスケッチブックを開き、これまでの調査記録を確認する。


「過去のデータによると、ボスの間は入り口から北西に二百メートル、さらに下に三十メートルの位置にあるそうです」

「真下か」

 地図を覗き込んだリリエンが足を踏み鳴らす。固い岩盤の音がした。


「そこに直通の通路を作れないか?」

「やってみます」


 トオルは現在地を地図に書き込み、そこからボスの間へ向かう最短経路を計算した。普通なら迷路を迂回して進む必要があるが、もし直線で穴を掘ることができれば――


「ここから真下に、階段を作ります」


 トオルは鉛筆を走らせた。正確な寸法で、一段一段の高さ、幅、奥行きを描き込む。手すりの位置まで細かく指定する。


「ここに、ボスの間へ続く階段があったことにする」


 そう呟いた瞬間、ゴゴゴ……という低い音と共に、地面が割れた。いや、割れたのではない。“最初からそこにあった”かのように、石の階段が下へと続いている。


「よし!」


 リリエンが先に立つ。トオルはその後を追った。


 階段を下りること数分。突き当たりには分厚い岩壁があった。


「ここがボスの間の真横か」


 トオルは壁に手を当てた。冷たい。固い。


「ここに、ボスの間への入口を作ります」


 鉛筆が走る。今度は通路の高さ、幅、そしてボスの間の位置を正確に測量したデータをもとに。


「ここに、通路があったことにする」


 ガラガラ……という音と共に、壁が左右に割れた。向こう側には、広大な空間が広がっている。


「いたぞ!」

 

 リリエンが思わず叫ぶ。


 そこには、確かに四人の冒険者がいた。銀の鎧を身にまとった青年――ギルバート・シュタイナー。それから名前は知らないが、彼の仲間――重戦士、魔術師、神官。皆、疲れ切った表情を浮かべている。


「な……!」


 ギルバートが目を見開く。彼の目の前に、突然通路が現れたのだ。


「なぜここが……!?」

「救助だ! うちたちは地図屋とその相棒だ!」


 リリエンが大声で伝える。ギルバートは一瞬、トオルを見て、何かを理解したように表情を変えた。


「……まさか、お前たちが……どうやってここまで」

「後で説明します。まずは脱出を」


 トオルとリリエンは手を差し伸べる。


 だがそのとき低い唸り声が、空間全体に響いた。


 ボスの間の奥から、一つの影が現れた。その姿は不定形で、時々刻々と形を変えている。石でできた壺のようにも見えるし、生き物のようにも見える。


「来たか……」


 ギルバートが剣を構える。


「あれはルーム・シフター。この部屋を自在に操るボスだ。壁を動かして閉じ込めたり、床を消して落とし穴を作ったりする」

「なるほど」


 トオルはスケッチブックを開いた。


「だから三日間も閉じ込められていたわけですね」

「そういうことだ。お前たちの手に負える相手では――」

「やってみます」


 ギルバートの言葉を遮り、トオルは鉛筆を握りしめた。


 ルーム・シフターが壁を動かす。ボスの間の形状が、瞬時に変わる。天井が低くなり、床が波打ち、壁が迫り出す。


 しかしトオルは、それよりも早く鉛筆を動かしていた。


「壁を……元に戻す」


 彼が地図に線を書き足すと、動いていた壁が停止した。いや、“最初から動いていなかった”かのように、元の位置に戻る。


「なに……!?」

 ギルバートが驚きの声を上げる。


 ルーム・シフターもまた、驚いたように震える。自分の能力が通じない――いや、上書きされたのだ。


「次は――床を固める」


 トオルが書き換える。波打っていた床が、みるみるうちに平らになっていく。


「グオオ……!」


 ルーム・シフターが怒りに震え、今度は天井から落石を降らせようとする。しかし――


「落石も……なかったことにする」


 トオルの鉛筆が走る。落ちかけた岩が、空中で静止した。そして、ゆっくりと元の位置に戻っていく。


「す、すげえ……」


 重戦士が声を漏らす。魔術師も神官も、驚愕の表情を浮かべている。


「これで――とどめだ」


 トオルは最後の線を書き足した。


「ボスの間を、ただの空き部屋にする」


 その瞬間、ルーム・シフターの体が歪み始めた。自分の縄張りであるはずの部屋が、自分を拒絶し始めている。


「グアアアア……!」


 ルーム・シフターはもがくが、もはや何もできない。壁は動かない。床は変わらない。天井も落ちてこない。


――ここは、ただの空間。魔物の住む場所ではない。


「今だ!」


 ギルバートが剣を振るう。ルーム・シフターの核を正確に捉えた。


「はあっ!」


 重戦士の斧が追撃する。魔術師の魔法が炸裂する。


 ルーム・シフターは、最後に小さな断末魔を上げて、消え去った。



「……終わったのか?」


 リリエンが呟く。トオルはスケッチブックを閉じ、深く息を吐いた。


「終わりました……たぶん」

「たぶん、じゃないだろうが」


 ギルバートが近づいてくる。彼の表情は、困惑と尊敬が混ざったようなものだった。


「お前は、一体何者なんだ?」

「観月トオルです。地図術士です」

「そんなことはわかってる。そうじゃない――あの能力は何なんだ?」


 トオルは一瞬、リリエンを見た。彼女は小さく首を振った。


「……僕のスキルは――詳しいことはまだ言えません」

「なに……?」


ギルバートは怪訝な顔をする。


「今はまだ、そのときではありません」

「おいお前、F級の癖になんだその口の利き方は!」


 重戦士が激昂するが、ギルバートはそれを手で制する。


「ただ一つ言えるのは――これが僕の力なんです」


 トオルは真っ直ぐにギルバートを見つめた。


「戦えない僕でも、これで誰かの役に立てる。それで十分です」


 ギルバートはしばらくの沈黙の後、深く息を吐いた。


「……わかった。このことは、黙っておく。ただし」

「ただし?」

「一つだけ、約束してくれ。決してその力を、悪用しないと」


 トオルは小さく笑った。


「約束します。僕はただ、地図を描き続けたいだけですから」


 

 その夜。


 トオルは一人、ギルドの屋根の上に座っていた。星がきれいな夜だった。


 スケッチブックを開く。そこには、今日書き換えた地図の数々。壁、通路、階段、そしてボスの間。


「……これで、いいんだよね」


 呟いた声は、誰にも届かなかった。


 しかし、その答えはもう、自分の中に出ていた。


 ――自分の力で、誰かを救えた。それだけで十分だ。


「おい、トオル」


 振り返ると、リリエンが屋根に上がってきていた。


「こんなとこいても、寒いぞ。帰ろう」

「……そうですね」

「うっしし~、信じられないほどの報酬が手に入っちゃったね」


 リリエンはご機嫌に、報酬袋を取り出す。


「せっかくだから、なんか美味いもん食って帰ろ」

「ええ、そうですね」


 トオルはスケッチブックを閉じ、立ち上がった。


 戦えない。でも、ダンジョンの設計図なら、俺の思いのまま。

 その事実が、今は少しだけ誇らしかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


気に入っていただけたら、評価やレビュー、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ